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番外編
エピローグ:そして本当の家族に-marineside
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そして、焼き上がったビスコッティーを持って私は出かけた。行き先は、ミセスパークスのところだ。
あの頃、母を失った子供たちに強く生きろと愛のムチを振るっていた血気盛んな彼女も、今ではすっかりロッキングチェアーの似合う穏やかな人になっている。
<あら、ビスケットを持ってきてくれたのかい。じゃぁ、コーヒーを入れるよ。
あんたのビスケットは美味しいんだけどさ、最近は歯にあわなくてねぇ>
歳は取りたくないもんだと、苦笑する。どっこらしょと重い腰を上げる様子に、
<私がやりましょうか?>
と、私が言う。
私が子どもたちの世話をするようになってからは、まるで実家のように足繁く通った家だ。どこになにがあるのかはよく分かっている。
<いいよ。座ってておくれ。年寄りなんてものはさ、やってないと前はできていることだってできなくなっちまうものなんだ。だからできるかぎり身体に覚えさせておかなきゃね>
だが、ミセスパークスはそう言って自ら台所に立った。
そして、コーヒーポットを火にかけながら
<にしてもさ、ハイスクール出たてのようなあんたが、いきなりあの子たちを育てるって言い出したときには驚いたねぇ>
と言う一言に、私は思わずつんのめりそうになる。
<ヤだ、その時私もう30でしたよ>
<知らなかったからさ。こんな子どもがホントに大丈夫なのかと内心ヒヤヒヤだったけど、上手くこなしてるのを見て、この子ホントに苦労してるんだなと思って、できるだけ力になってやんなきゃって思ったもんさ>
そう、私は結局、ミセスパークスからベビーシッターの仕事を取り上げた形になった訳だけど、それで彼女から恨まれると思いきや、逆に私があれやこれやと世話を焼いてもらうことに。その理由が、私がまだティーンエージャーだと思われてたという、なんだか嬉しいようなそうでないようなものだったなんてね。
<もう少し上だったとしても、まさかテオと同い年の子どもがいるとは思わないじゃないか>
ミセスパークスは龍也が私の本当の息子だということを知っている。
私がここから明日香に手紙を書いたのは、日本を出奔してから11年、テオがハイスクールに入学しようという年の春のことだった。
日本に戻るつもりはなかった。戻れないと思っていた。だけど、一年で大きく背の伸びたテオを見ていて、どうしても達也やほのかに会いたい……いや、元気かどうかだけでも知りたいと思ってしまったのだ。
なんとか明日香と連絡が取れ、子どもたちが元気でいること、子どもたちの名前を達也・ほのかから龍也・穂香(読みは同じ)に変えたと知らされた。
そして、パパのお葬式を期に子どもたちと再会して、龍也はその時、カナダに留学しようかと言ってはいたのだが……
「これ、いったいどういうこと!?」
私は龍也が志望している大学名を見て、思わず明日香に電話していた。
「まんまその通りだよ? ちゃんと実在する大学だよね」
海外の大学って全然知らないからと、暢気そうにいう明日香。
「実在するわよ。ウチからそんなに離れてないとこにちゃんとあるよ」
そこに住んでる奴がいるのに、架空の大学なんて持ってこないでしょうよ。それはいいのよ。
確かに伝統あるすごい大学ではあるんだけど……
「トロント王立音楽院ってねぇ……」
龍也はまさかの音大志望だった。実は、ヨーロッパに行くかどうかで悩んでいたらしいのだが、私がトロントにいることを知った龍也はそれならと、トロント王立音楽院にすることを決めたというのだ。
音大ってねぇ……まぁ、シングルマザーの私じゃ、楽器ひとつ買ってやれなくて、そんな選択肢も持てなかっただろうけどさ、
「YUUKIはどうするのよ」
とため息混じりに言った私に、
「穂香がいるわ。あの子はK大の経済」
という明日香。
「秀一郎はどう言ってるの?」
「秀? 応援してるよ。元々お祖父様もYUUKIがなかったら音楽家になりたかったみたいだし。血なんじゃないのって」
そういえば、あっちのお義父様って、ピアノプロ裸足だったっけ。血と言えばそれまでなんだけどさ、にしても暢気な……YUUKIの跡取りとして手放した私の気持ちはどうなるの。あ、穂香が継ぐならそれはそれで良いのか……うーん、なんか微妙。
結局、カナダにやってきた龍也は、作曲家としてデビュー、ここカナダでテレビやゲームの音楽に携わっている。
さらに、龍也はこっちにきてアンヌに一目惚れ、在学中押しに押しに押して、卒業後ゴールイン。
なさぬ仲だった私たちが本当の家族に-
で、来春には新たな家族が増えることが今日アンヌから告げられた。
ビスコッティーはあっちの私が言うように、『幸せの味』なのかもしれない。
ドブんとコーヒーにダンクしたビスコッティーを食べるミセスパークスを見ながら、私はゆっくりとコーヒーを口に含んだ。
ちなみに、経済学部に行ったから継ぐのかと思っていたあっちの龍也くんは、何と経済や株取引をネタにしたミステリー作家となり、結局あっちも穂波ちゃんがYUUKIを継いだという……
運命っちゃそうなのかもしれないけど、こういうとこリンクしないでいいのにねぇ。
さらに、その龍也くんに引きずられて、ヤナのおじさん主人公の完全オリジナル、「Cascade」を執筆することに。あれは私じゃ絶対に浮かばないよ、うん。あれって、ヤナさんのDNAだからね、絶対!
-FIN-
あの頃、母を失った子供たちに強く生きろと愛のムチを振るっていた血気盛んな彼女も、今ではすっかりロッキングチェアーの似合う穏やかな人になっている。
<あら、ビスケットを持ってきてくれたのかい。じゃぁ、コーヒーを入れるよ。
あんたのビスケットは美味しいんだけどさ、最近は歯にあわなくてねぇ>
歳は取りたくないもんだと、苦笑する。どっこらしょと重い腰を上げる様子に、
<私がやりましょうか?>
と、私が言う。
私が子どもたちの世話をするようになってからは、まるで実家のように足繁く通った家だ。どこになにがあるのかはよく分かっている。
<いいよ。座ってておくれ。年寄りなんてものはさ、やってないと前はできていることだってできなくなっちまうものなんだ。だからできるかぎり身体に覚えさせておかなきゃね>
だが、ミセスパークスはそう言って自ら台所に立った。
そして、コーヒーポットを火にかけながら
<にしてもさ、ハイスクール出たてのようなあんたが、いきなりあの子たちを育てるって言い出したときには驚いたねぇ>
と言う一言に、私は思わずつんのめりそうになる。
<ヤだ、その時私もう30でしたよ>
<知らなかったからさ。こんな子どもがホントに大丈夫なのかと内心ヒヤヒヤだったけど、上手くこなしてるのを見て、この子ホントに苦労してるんだなと思って、できるだけ力になってやんなきゃって思ったもんさ>
そう、私は結局、ミセスパークスからベビーシッターの仕事を取り上げた形になった訳だけど、それで彼女から恨まれると思いきや、逆に私があれやこれやと世話を焼いてもらうことに。その理由が、私がまだティーンエージャーだと思われてたという、なんだか嬉しいようなそうでないようなものだったなんてね。
<もう少し上だったとしても、まさかテオと同い年の子どもがいるとは思わないじゃないか>
ミセスパークスは龍也が私の本当の息子だということを知っている。
私がここから明日香に手紙を書いたのは、日本を出奔してから11年、テオがハイスクールに入学しようという年の春のことだった。
日本に戻るつもりはなかった。戻れないと思っていた。だけど、一年で大きく背の伸びたテオを見ていて、どうしても達也やほのかに会いたい……いや、元気かどうかだけでも知りたいと思ってしまったのだ。
なんとか明日香と連絡が取れ、子どもたちが元気でいること、子どもたちの名前を達也・ほのかから龍也・穂香(読みは同じ)に変えたと知らされた。
そして、パパのお葬式を期に子どもたちと再会して、龍也はその時、カナダに留学しようかと言ってはいたのだが……
「これ、いったいどういうこと!?」
私は龍也が志望している大学名を見て、思わず明日香に電話していた。
「まんまその通りだよ? ちゃんと実在する大学だよね」
海外の大学って全然知らないからと、暢気そうにいう明日香。
「実在するわよ。ウチからそんなに離れてないとこにちゃんとあるよ」
そこに住んでる奴がいるのに、架空の大学なんて持ってこないでしょうよ。それはいいのよ。
確かに伝統あるすごい大学ではあるんだけど……
「トロント王立音楽院ってねぇ……」
龍也はまさかの音大志望だった。実は、ヨーロッパに行くかどうかで悩んでいたらしいのだが、私がトロントにいることを知った龍也はそれならと、トロント王立音楽院にすることを決めたというのだ。
音大ってねぇ……まぁ、シングルマザーの私じゃ、楽器ひとつ買ってやれなくて、そんな選択肢も持てなかっただろうけどさ、
「YUUKIはどうするのよ」
とため息混じりに言った私に、
「穂香がいるわ。あの子はK大の経済」
という明日香。
「秀一郎はどう言ってるの?」
「秀? 応援してるよ。元々お祖父様もYUUKIがなかったら音楽家になりたかったみたいだし。血なんじゃないのって」
そういえば、あっちのお義父様って、ピアノプロ裸足だったっけ。血と言えばそれまでなんだけどさ、にしても暢気な……YUUKIの跡取りとして手放した私の気持ちはどうなるの。あ、穂香が継ぐならそれはそれで良いのか……うーん、なんか微妙。
結局、カナダにやってきた龍也は、作曲家としてデビュー、ここカナダでテレビやゲームの音楽に携わっている。
さらに、龍也はこっちにきてアンヌに一目惚れ、在学中押しに押しに押して、卒業後ゴールイン。
なさぬ仲だった私たちが本当の家族に-
で、来春には新たな家族が増えることが今日アンヌから告げられた。
ビスコッティーはあっちの私が言うように、『幸せの味』なのかもしれない。
ドブんとコーヒーにダンクしたビスコッティーを食べるミセスパークスを見ながら、私はゆっくりとコーヒーを口に含んだ。
ちなみに、経済学部に行ったから継ぐのかと思っていたあっちの龍也くんは、何と経済や株取引をネタにしたミステリー作家となり、結局あっちも穂波ちゃんがYUUKIを継いだという……
運命っちゃそうなのかもしれないけど、こういうとこリンクしないでいいのにねぇ。
さらに、その龍也くんに引きずられて、ヤナのおじさん主人公の完全オリジナル、「Cascade」を執筆することに。あれは私じゃ絶対に浮かばないよ、うん。あれって、ヤナさんのDNAだからね、絶対!
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