Cheeze Scramble

神山 備

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界渡りの真実

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フレンがあたしを召還したって……ウソ」
「本当だ。偶然界渡りの魔法を編んだ俺は、出てきた所にいたお前に一目惚れして強引にこっちに引っ張り込んだ」
驚いてそう言うたあたしに、フレンは俯いたまま首を振ってそう答えた。
「あの時はおとぎ話とか言ってたじゃん」
「それは還れると解ればお前はすぐに還りたいというだろう、だからだ」
俺はお前を帰す気などさらさらなかったと、フレンは相変わらずあたしを見んと言う。
「還りたいって、それ当たり前じゃん。あたしにだって親兄弟はいるし、ちゃんと仕事だってしてたんだよ
そうだ、フレンがあたしを呼んだのって、結局ジーナさんに結婚をせっつかれてたからなんじゃないの?
あたしを家族と離ればなれにさせて、自分はその家族に良い顔するだなんて、最っ低!」
そうや、フレンも最初この結婚に乗り気やなかったはずちゃうん。せやのにぱっと見ぃのあたしを引きずり込んだんって、ジーナさんやランスさんに結婚のことでいろいろ言われたなかっただけやろ。あたし、そんなんのためにそれまで二十二年間生きてきた世界を捨ててこなあかんかったん? ええ加減にしてほしいわ!
「デニスさん、あたし一緒にガッシュタルトに行きます。あたしを連れてってください」
あたしは再びデニスさんの両手を掴むと、そう言うてフレンに面チ切った(作者註:標準語ではシカトかましたでしょうか。それも違う?)。けど、デニスさんからはまさかのソッコー
「お断りします」
やった。
「何故ですか、ちょっと前にリアルパトリックを紹介してくれるって……」
何でなん、ホンの何分前かに約束してくれたやん。
「ここにちゃんとあなたを召還した方がおられるのなら、わざわざガッシュタルトくんだりまで行く必要はないでしょう。
それに、あなたは先ほど大きな音と共にここにたどり着いたと言った。そこにこの界渡りの本当の答えがあるのではないですか。そうですよね、ミスターロッシュ」
あたしが、半泣きで咬みつくと、デニスさんはそう言ってフレンの方を見る。そしたら、フレンは慌ててデニスさんからも目を逸らした。
 せや、あん時床が抜けて落ちると思たとたん、フレンにこっちへ引っ張って来らたんやよな。床が消えたのがトリップのせいやないとしたら……
「なんやろ……まさか大地震? デニスさん、パトリック、いえ、セルディオさんは三年半前ほど前にあっちで大きな地震があったとか言ってませんでしたか」
「地震ね……そう言えば三年半前かどうかは解りませんが、未曾有の大災害があって、映し身の面々はともかく、最初の界渡りで世話になったご夫婦とはしばらく連絡が取れずに心配したとか言ってましたな」
「やっぱり……ああ、お父やお母お姉」
デニスさんからの絶望的な情報にあたしは顔を覆って、泣いた。けど、それを見たデニスさんは、
「まだ、本当にあなたのご家族がその被害にあったとは限りませんよ」
って言うし、
「そうだ、あの直前俺は大きな力の流れを感じたが、揺れは感じなかった。また他に原因があるかもしれんぞ」
フレンもそれに同調する。
「気休めなんか言わないで!」
変な期待なんか持たせんといて!
「気休めなどではない、俺とてこのことは気になっていたのだ。
ただ、単独で界渡りしたところで、言葉の解らぬ俺には何の調べる手だてもないし、その未曾有の災害に見舞われているのなら、帰したところで住むところもないかもしれないのだぞ。お前は、それでも帰ると言うだろう。そんなことが俺に耐えられると思うか」
そしたら、フレンが逸らしてた目をこっちに向けてそう言うた。声も心なしか震えてる。フレンもやっぱりそのことは予想してたんや。もしかして、予想してたから、還れることを隠した?
「フレン、ゴメン……」
あたしが首だけちょこんと下げて謝ると、
「チーズ、こちらこそすまぬ。確かに、お前をここに引き込んだ理由はお前の言う通りだ」
とフレンも頭を下げてあの時の話を始めた
「母上がお前には『天の采配』はまだかだの、もっといろんな人と会わぬからダメなのだなどと騒いで結婚を強要するから、酔った勢いで天に向かって、
『ならば今すぐその女を示せ』と魔道語で叫んだら、たどり着いたのがお前の世界だ。
だが、着いたお前の世界の連中は、ほとんどが黒目黒髪なのに、少しの魔さえまとっている者がいない。そんな中で、一人強力な魔をまとっているのがチーズ、お前だったのだ。
俺は一目で恋に落ちた。
それで実は、あの日より前から、『アクセス』でちょこちょこお前の様子を覗いていたんだ。
そして、運命のあの日も見ていたら、大きな音と共に床が抜け落ちたので俺は咄嗟にお前の手を引いた。
これが、この界渡りの真実だ」
やっぱり床は抜けたんや。その原因が地震やっても、何かの事故やったとしても、フレンがこっちに引っ張ってくれへんかったらあたしは死んでるか、良うて後遺症の残る大怪我やろう。
 あたしがフレンを助けるずっと前に、あたしはフレンに助けられてたんや。やっぱりこれって、みんなの言う『天の采配』なんかもな。けど一つだけ引っかかるもんがない訳でもない。
 
 助けてもろたんはホンマにありがたいんやけどさ、そのまえの『アクセス』でちょこちょこ見とったって何? はっきし言うてそれ、ストーカーやん。確かにそれがあったからあたしは今こうしてここで生きてる。それは充分解るんやけど、解るんやけど、何か納得いかんわぁ。


 フレンはあたしに隠してたことがなくなった途端、憑き物が落ちたみたいに優しい顔んなって、
「チーズ、一度日本に帰れ。いや、一緒に行こう」
って言うた。
「一体、何の風の吹き回し?」
あたしが思わずそう言うたんも、もっともやと思えへん?
「俺は今まで自分のことばかりを考えていた。お前にも家族がいる。そんな当たり前のことがすっかり抜け落ちていた。
お前の親御さんは急に娘が消えて、さぞかし悲しい思いをされただろう。行って謝罪せねばな」
「フレン……」
ほしたら、フレンはそう言うて深いため息をついた。
 三年半も音沙汰なしっつーのはいただけんけど、何よりちゃんと生きてたってわかったら大丈夫や。なんせ、あんたは命の恩人やねんし。おとうに一発殴られる位が関の山や。(フレンはそれだけで充分凹みそうなお坊ちゃまやけどな)

「そうですな、いっかなミセス・ロッシュに高い魔力があっても、呪文だけでカンタンに行かない方が良いかもしれない。
セルディオも界渡りは座標軸が重要だと言っておりました。
いかにミセス・ロッシュには旧知の場所でも、それがどこにあるのか判らない状態では、案外とんでもない場所に送られてしまうかもしれません。
実際、座標を特定しなかった日本の者たちがたどり着いたのは、グランディールのはずれ。しかも、一ヶ月の時間差までできていたのですからな」
フレンの言葉にうなずいて、デニスさんもそう言う。せやった、あの話でセルディオさんがギリギリの魔力でとりあえずぶっ飛ばしたんもあるかもしれんけど、『こたろう』と『よしひさ』の2人は一ヶ月後の森の中に放り出されたんやった。車に乗ってへんかったら行き倒れになってたかもしれへん。
 それに、あたしが最後に日本でおったんがミナミやし、ちょうどカラオケ屋の前に出てきたらええけど、座標? がずれて御堂筋のど真ん中とかに出てしもたら、着いたとたんに車と鉢合わせなんて、そんなんシャレにもならん。
 それと、あたし一人で帰ったら、今度はオラトリオの場所がたぶん判らへんと思うもん。
「フレン、連れてってくれる?」
あたしがそう言うと、
「ああ」
フレンは頷いて、あたしの髪の毛をくしゃくしゃしながら頭を撫でた。
「では、今から行って来られてはどうですか」
すると、デニスさんはそう言って表に向かおうとする。
「えっ、でもデニスさんガッシュタルトからわざわざ来られたんんでしょ?」
そうやん、あたしらにエレファン(実はマンモス)の話聞くんちゃうん。
「まぁ、それはそうですが、私は既に気ままな隠居の身、日を改めて参ります」
ほしたら、デニスさんはそう言うて止まらんと行くから、
「じゃぁ、良かったらここで待っててください。あたしたち“すぐに帰ってきます”」
あたしは慌ててデニスさんにそう言うた。フレンのために『帰ってきます』の一言に態とに力を込めて。そう、生まれたんは大阪やけど、今生きとんのは、アシュレーンのシュバル。あたしはここに『嫁に来た』んやから。
「チーズ……」
あたしの言葉に戸惑いの表情を見せたフレンに、
「“行こう”、フレン」
あたしはそう言うて頷いた。
「そうだな。行こう、お前の生まれた世界へ」
フレンもその意味に気づいたんか、そう言うてあたしに頷き返した。
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