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第5話 授爵の儀────辺境貴族の末っ子、貴族になる。

Chapter-18

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「皇帝陛下、御行幸」

 室内の儀仗兵が捧げ剣の姿勢に入り、それ以外の者が膝を折って頭を垂れる。もちろん、俺もだ。

「余がアドラーシールム帝国第12代皇帝、アイラ・ハリー・アドラーシールム2世である。皆の者、良い、面を上げ、楽にいたせ」

 澄み切ったような声が響いてくる。俺は周りの人間よりワンテンポ遅れてしまいつつ、立ち上がって顔を上げた。

 階段何段分かの上の、玉座の前に立つ形で、皇帝その人はいた。

 見た目は若き女帝であること、皇帝陛下の冠の左右に、耳元を隠すかのようにヴェールを着けていること、そしてその理由、俺はそれらを知っている。だが、それはあくまで知識だ。

 百聞は一見に如かずとは、こういうことも言うんだろうか。俺は完全に周囲の厳かな雰囲気に飲まれてしまっていた。

「マイケル・アルヴィン・バックエショフ」
「は、はいっ」

 陛下に名を呼ばれて、俺は声が裏返ってしまいそうなのを必死に抑えて、返事をする。

「此度の竜禍を未然に防いだ働き、見事であった」
「あ……はい……」

 雰囲気に押されて、そう返事をしてしまってから、はっとなる。

「いえ、し、失礼ながら、ドラゴン退治の功労者は、私だけではありません。ここにいる────」
「みなまで申すな」

 どもりがちになってしまう俺の言葉を、陛下は遮ると言うか、止めてあげるといった感じで、そう言った。

「委細承知している。マイケル・アルヴィン・バックエショフ、ジャック・ヒル・スチャーズ、キャロル・ロゼ・ハリス・エバーワイン、エミ・クラーク・ローチ、此度の功労を勲して、この4名に竜騎勲章を贈る。侍従長!」
「はっ」

 侍従長と呼ばれた初老の男性が、皇帝のそばから、平たいケースを持って、俺達の正面に降りてくる。そしてそこで、俺達に見せるように、木製のそのケースを開けた。

 布敷のそこに、4つの、銀色の竜と槍をかたどった意匠のバッジが入っている。

 左右からそれぞれ現れた従者が、それを俺達の服の襟につけていく。

「それから、報奨として、14アドラスの金を与える」
「身に余る光栄、拝謝いたします」

 俺がどう言うべきか迷っていたら、代わりにキャロが言ってくれた、た、助かった……

 大金貨14枚と聞くと大した事なさそうに感じるが、1人頭で換算しても、1年は遊んで暮らせる額だ。まぁ下位種ドラゴン討伐の報酬としてはそんなところだろう。

「それから、特に勲功著しいマイケル・アルヴィン・バックエショフに対しては──」

 俺に……というと、アレか。

「準男爵の爵位と10万5千ごくの領地を与えるものとする」
「…………」

 貰っちゃったよ、領地……どうすんだこれ……

「アルヴィン、おいアルヴィン!」

 姉弟子が、俺を肘でつつきながら、小声をかけてくる。
 って、あ、そ、そうか。

 俺は、一歩前に出て、皇帝の正面中央に立つと、その場で膝を折った姿勢になりながら、その視線は、玉座の陛下へと集中する。

「マイケル・アルヴィン・バックエショフ、皇帝陛下の名代として、この身を、皇帝陛下に、帝国の大地のために、陛下の臣民のために捧げ、尽くすことを、誓います」

 授爵の宣誓の義……姉弟子に教わっていたが、すっと出るわけがない。今だって緊張のあまり、正しく出来ているか、わからず頭はパニック状態だ。

「うむ。これより帝国の発展と臣民の安寧の為に尽くすことを、余は期待しておるぞ」

 形式的な部分もあるのだろうが、硬い言い回しの中にも、その声には優しい女性のそれを感じさせた。


「ふいーっ、緊張したーっ」

 謁見が終わり、謁見の間から出たところで、俺は盛大に息をついていた。

「はぁ、アルヴィンでも緊張するってことあるんだな」
「どういう意味だよそれ……」

 ジャックが軽々しく声をかけてくるのに、俺はジトッと視線を返しながら言う。

 まぁ、ジャックも開放感と、早いとこ“日常”に戻りたい一心でから軽口が出てくるんだろうけど。

「でも、見た目は優しそうな方だったね」

 エミが言った。俺もそう感じた。

「実際」

 姉弟子が言う。

「とても穏やかな方だよ、と言っても、私も半ばお館様の受け売りなんだけど」

 そうか、ブリュサンメル上級伯なら陛下にお会いする機会も多いだろうな。

「もっとも、帝国に仇なす相手に対しては、その限りではないけどね」

 それはそうだ。領土と国民の保護は国家の最優先事項だものな。

「それで、これからはバックエショフ準男爵閣下と呼んだ方がいいのかな?」
「よしてくださいよ、姉弟子……」

 姉弟子が、冗談めかしていってくる。
実際、建前の上では、騎士爵の姉弟子より偉くなってしまったことになる。と言っても騎士爵と準男爵では、1代限りかそうでないか程度の差でしかないのだが。

 とは言え石高10万5千というと、領民は4万人から5万人くらいか。準男爵の領地じゃないぞ、これ。
 原作では実は領地はもらわない。所謂法衣貴族になるんだが、はブリュサンメル上級伯にそっちの話で推薦状を書いてもらったからな。

 領地がどこのあたりになるかは、この後枢密院が決めることになるんだが。

 ただ、その前に、それも絡んでくることだが、ひとつ問題がある。

「まぁ、当然お館様の寄騎になるんだろ?」

 姉弟子が聞いてきた、これだ。
 準男爵に叙されたからには、高位貴族の寄騎としてバックボーンになってもらわなければならない。

 ただ……

「いえ……それなんですが、実は、ちょっと考えるところがありまして……」
「あれ、そうなのか?」

 姉弟子が意外そうな顔をする。

 ブリュサンメル上級伯には申し訳ないが、ここもBルート選択だ。

「ま、お前さんに考えるところがあるんならいいけどさ、あてはあるのかい?」
「まぁ、それなりに」

 キョトンとしたまま訊ねてくる姉弟子に、俺がそう答えた時。

「バックエショフ準男爵殿!」

 俺に声をかけてくる相手がいた。

 ──来たな……

「此度の授爵、おめでとうございます」

「ありがとうございます、シーガート神官長」

「おお、私の名前をご存知とは、誠に恐縮でございます」

 俺に声をかけてきた、長髪の、皇宮に出入りする他の人種とは明らかに毛色の違う、宗教家の法衣のような──というか、それそのものの姿の、年配の男性。

 姉弟子が不思議そうな顔をしている。まぁ無理もないか。本来なら初対面のはずの人間の名前を、俺が知っていたんだからな。

 シーガート神官長、アドラス聖教会本祖派のトップだ。

「時に準男爵殿にあらせられましては、本洗礼はもうお済みですかな?」

 本洗礼。
 その宗教宗派に帰依しますという宣誓の儀式だ。
 仮洗礼は、貴族ならたいてい生まれた時に済ませているから、本洗礼、ということになる。

 ぶっちゃけ俺は無神論者ではないが、前世の日本人のいい加減極まりない宗教観のままだから、この世界では特定の宗教に帰依するつもりはあんまりなかった。
 いや、前世では実家は浄土真宗の檀家で、よくお寺とか行ってたけど。

 授爵した俺に早速声をかけてきたのも、将来有望な貴族の囲い込みの為……なのだが、実は神官長には別の狙いもある。

「いえ、それはまだですが……」
「ええ、でしたらぜひ、我がアドラス中央聖教会で本洗礼を、いかがでしょうか?」

 姉弟子が俺に耳打ちしてくる。

「受けておきなよ、他の宗派の勧誘避けになるぞ」

 原作ではこの姉弟子のアドバイスもあって、受けてしまうんだが、

「いえ、すみません、まだちょっと考えたいことがありますので、お約束はいたしかねます」

 姉弟子が、おろっ、といったように目をまるくしている。

 以前、ユリアやルイズ、つまり、原作のここまでのヒロインと、結ばれないということは語ったかと思う。
 その元凶が、実はこの神官長なのだ。

 オマケにその縁でいろいろ厄介事も背負い込む。

 なので、ここはパスだ。

「そうですか……それは残念です」

 とは言え、

「お前が自分から厄介事を招くようなことをするなんて、意外だな」

 事情を知らない姉弟子が、小声で言ってきたとおり、授爵を受けておいて、本洗礼を受けておかないとそれはそれで色々厄介だ。

 他の宗派の教会で本洗礼を受けることを考えておくか。
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