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第4話 第二次珊瑚海海戦
Chapter-35
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ダダダダッ……
敵小型機 ──── TBFがまた1機、分解しながら落ちていく。
El9夜戦型は、機首機銃取付けスペースの制約で、Re4クラスの重爆撃機を迎撃するのには火力に若干不安があった。これは、El9の開発時点では、想定していた敵が艦載機だったためだ。その艦載の戦闘機に手も足も出なかったのが問題なんであるが。
重爆要撃用の夜間戦闘機としては、El9夜戦型はあくまでXF-203までのつなぎ、という位置づけで、20mm機銃は1丁で妥協しているかたちだ。
ヴォゥ…………
El11の編隊が、El9が対処している編隊とは少し離れて飛行している敵編隊の背後に回り込もうとしていた。
「ラバウルタワー、こちらに回り込んでくる編隊はいないのね!?」
El11の戦闘飛行隊の空中指揮官を兼ねる、シグリッド・マティルダ・クレフェルト上級中尉が、無線でラバウルのチハーキュ軍管制に問いかける。
上級中尉は、飛行大隊の空中指揮官の為に設けられている階級で、緊急時以外は地上勤務である大隊長級の大尉・少佐の下につく。
『今、貴隊が一番東にいる。回り込もうとしている編隊は確認できない』
管制はそう返してきた。
── 戦闘機を伴っていないの?
シグリッドは怪訝そうに思いつつも、戦闘機乗りとしての神経は視線に集中する。
── いる!
すでに充分接近している、と思考した半瞬後、手の指は操縦桿の発射釦を押し込んでいた。
ダダダッ
機首に集中搭載されている機銃からの火線が伸びていった先で、パッパッと2発の火花が散る。
20mm弾に翼を撃ち抜かれたその敵機が炎に包まれる。相対速度が開き、炎の塊になった敵が、視覚的にシグリッド機の後方へ流れていく。
ヴォルクスやフィリシスの暗視能力が高いと言っても、文字通り犬や猫程には見えるわけではない。人間の上限付近がヴォルクス、フィリシスの平均値である、程度だ。
暗闇の空中では、「大まかなシルエット」は解るものの、具体的な機種まではわからない。ベテランほど、それをしようとしても、主翼の白い星が見えた瞬間にはトリガーを押し込んでしまっている。
なので、シグリッド達はそれを認識していなかったが、El11の編隊が襲いかかっていたのは、急降下爆撃機のダグラスSBD『ドーントレス』の編隊だった。
「パピー共は夜目が効く、と言うのは本当らしい」
SBDの1個小隊を率いるマシュー・ヘンリー・アンダーソン大尉が、後ろを振り返るようにしながら呟くように言った。
連合軍側は、どうもチハーキュ軍がレーダーを運用しているらしいぞ、というところまでは認識していたが、技術がどの程度まで進んでいるかはまだ把握しきれていない。
ミッドウェイで観測された300Mc/sの電波と、ガダルカナルで観測された890Mc/sの電波がチハーキュ軍のレーダー波でほぼ間違いないこと、また航空機搭載レーダーが存在していることは突き止めていたが、能力がどの程度あるかはまだ詳細まで判明していない。
このように敵レーダーの情報がまだ少ないため、現場に近づくほど「犬人間は夜目が効く」論に走りがちだった。
「目標の滑走路まであと少しだぞ!」
マシューがそういた時、編隊の端でSBDの1機が炎に包まれながら分解し、墜ちていく。
「まだパピーが…………いや!」
目前を、空冷の単発機が横切っていく。
「ジャップか!」
『何機かすり抜けた!』
アーデルハイトの声が、電波警戒器管制車の無線用スピーカーから響く。
表示器の中で、チハーキュ機が阻止線を張っているはずの領域から、内側へ入ってくる何機かの輝点が確認できた。
「対空砲大隊、射撃用意!」
トレーラーに載せられた50口径75mm対空砲8門、35mm前装式ケースレス・リボルバーカノン8門が仰角をとり、暗闇の空に砲口を向ける。セミトレーラーの車台は小径タイヤを履いた前脚と、側面のアウトリガを展開し、そこから周囲、のみならず車台の上まで土嚢を積み上げている。
砲兵が空を睨んでいると、想定射撃範囲より少し東寄りの空で、パパッとオレンジ色の火花が散り、TBFが分解しながら墜ちてくる。
第二五航空戦隊の零戦の3機編隊が、敵の進入路を横切るように旋回していく。
『阻止線を超える、射撃開始!』
ドンッ、ドゴッ、ドン、ドンッ!
75mm砲が轟音を上げる。
電波警戒器からおおまかな諸元を受け取っているとは言え、精密な電子制御までは存在しないこの時期、対空射撃は目算に過ぎず、夜間ということもあって一撃必中は期待できない。
対空弾が炸裂した閃光と爆煙の中を、チラチラとなにかが横切ってくるのは見えた。だが、思うように当たらない。
1門辺り10何発と撃って、ようやく1機、炎に包まれながら分解しつつ、第5飛行場の滑走路の手前に墜落した。
ガガガガガガ……
35mmリボルバーカノンの射撃も始まるが、夜空に浮かび上がったシルエットに向かって撃っているにも関わらず、命中しない。
ヴァアァァァン……
「ちぃっ! 急降下に入られた! 各員爆風から防護姿勢を取れ!」
急降下爆撃機に必要なダイブ・ブレーキとして、SBDが装備しているパンチングフラップが展開され、その不気味な風切り音が響いてくる。
「Kill Japs!! Kill Puppies!!!!」
マシューの雄叫びのような声とともに、SBDが1000lb爆弾を投下する。
米軍のラバウル攻撃の最大の目的は、ガダルカナルを連日爆撃するRe4とその運用設備、燃料、弾薬類を破壊することだった。
そのためには第5飛行場を破壊する必要があったが、夜間ということもあって、マシュー達は誤ってその西隣の第4飛行場に投弾してしまった。
その意味では主目標を外していたが、El11の予備機6機が破壊され、機銃弾の倉庫は爆風で吹き飛び、パチンパチンと弾薬の誘爆を起こし、滑走路は使用不能の状態にされた。
「ちっくしょー! 逃さないわよ!」
南側を旋回して離脱を図ろうとする敵編隊に、アーデルハイトは自身の小隊の3機とともに、El9を緩降下させて増速しながら向かっていく。
合衆国海軍TF61。
旗艦、空母『ワスプ』、戦闘艦橋。
「ワスプ艦爆隊から報告。目標滑走路を破壊。複数の地上機の破壊を確認」
ハルゼーに対し、そう報告が上がってきた。
「ふん……夜中の攻撃だ。効果は過信しないほうがいいだろうな」
ハルゼーは、最初、むっつりとした表情でそう言ったが、そこで、唇を吊り上げた。
「だが、これでジャップとパピーの空母部隊は、我々の方に向かってくるだろう」
「敵の作戦意図が、読みきれないのが若干、不安材料ですね……」
ブラウニングが、少し険しい表情をしてそう言った。
「それは止むを得まい。この1ヶ月、暗号解読が一切不可能になってしまったからな」
ハルゼーが、眉を歪ませながら言う。
アメリカ合衆国陸海軍は、日本海軍の暗号、連合軍呼称 “JN-25” の解読を進めていた。ミッドウェイ沖海戦の直前には、日本海軍の暗号電文から多くの情報が取り出せるようになっていた。
ところが、Battle of Savo Islands の発生した直後辺りから、暗号の解読が極端に困難になった。
当初は、暗号のコードブックの管理が厳密化されたため、と思われていた。機械式暗号機は、そのアルゴリズムが割れると一気に解読が容易くなるが、エンコード・デコード用の表が記載されたコードブックが更新されると、一時的に解読できなくなる。
ところが、どうもコードブックの更新ではないようなのだ。なぜかと言うと、日本の艦名が拾い上げられたため、従来のコードブックで送信している事が確認された。
さらに、チハーキュ艦の艦名と思しき固有名詞も抽出することが出来た。
つまり、米軍が解読可能な暗号で送信しているのだが、固有名詞以外が何いってんだかまったくわからんデタラメな発音の羅列になってしまっているのだ。
これは機械式暗号だけではなく、何らかの別の暗号を重ねている事が考えられたが、現在のところその見当はついていなかった。
「一体、どういうトリックを使ったのか……」
闘将ハルゼーも、その突然の劇的な状況の変化に訝しげな表情をする。
「ワスプ雷撃隊からの報告はないか?」
ブラウニングが、通信オペレーターに訊ねた。
「ありません。現在のところ……」
「やはりか。TBFではこの先キツそうだな……」
頭を掻くような仕種をしながら、ハルゼーは少し忌々しげにそう言った。
TBFは、前任者であるダグラスTBD『デバステイター』よりは性能が向上していたし、耐弾性能も飛躍的に向上している。
だが、ミッドウェイやガダルカナルで戦ったチハーキュ軍の……連合軍コードネームでIe9はRon、El11はNedと呼ばれるそれは、いずれも液冷エンジンを採用した ──── 米軍は現時点で、そう思い込んでいた。──── F4Fに勝る高速機で、TBDよりは速くてもSBDとは大差ない速度で、しかも戦闘機の真似事ができるSBDと比べて鈍重だった。
これでただ、「TBFは使えん! なんとかしろ!!」というだけならないものねだりなのだが、都合がいいのか悪いのか、TBFには、額面上はより高性能な競作機が存在した。
ヴォートTBU『シーウルフ』。最高速度は雷装時で509km/hに達し、TBFより100km/h弱も優速だった。この水平速度であれば、ゼロやオスカーに対しては強襲がかけられるし、水平最大速度が推定で361~373mph(だいたい580~600km/h)とされるロンやネッドに対する安全性もTBFよりは格段に高くなる。
ただ、問題がいくつかあった。
最大のものはエンジンだった。TBFは空冷複列星型14気筒のライトR-2600『サイクロン14』、TBUは空冷複列星型18気筒のP&WR-2800『ダブルワスプ』の搭載を前提としている。
だが、R-2800は同様に制式化が決定し量産準備中のグラマンF6F『ヘルキャット』、ヴォートF4U『コルセア』、それに陸軍のリパブリックP-47『サンダーボルト』など、新鋭戦闘機が採用予定だった。
しかも18気筒の上に、カウンタートルクから発生する振動の抑制のためにダイナミックバランサーと呼ばれる複雑な制振装備をもっているため、R-2600より工数が多い。
機体全体でもヴォートに比べてグラマンの方がより生産性の高い設計をする。それらの観点から、海軍はTBFの量産をより優先していた。
無限に等しいと実際に無限であるはイコールではない。チハーキュが戦時増産を考慮して液冷V型エンジンの優先機種を絞り、工数の少ないS5を割り当てているのと同じで、アメリカも高い生産能力を維持するために高度な生産管理を行っていた。まぁチハーキュの場合はそれが行き過ぎて、自動車用だが72°水平対向5気筒なんてゲテモノまで作っているが。
──── 話を戻すと、ゼロに加えて高速時の機動力が高いと推測されるロンやネッドまでとなると、TBFは生存性が充分ではないと結論づけることができる。そして、TBUは存在しているので、このまま雷撃機乗りをTBFに乗せて出撃させ続けると士気が下がるだろう。
「アーニー親父に、話だけはしておくか」
目元を解すようにしながら、ハルゼーは呟くように言った。
実際のところ、夜襲隊はワスプのSBD 24機とTBF 9機を出撃させ、SBD 7機が撃墜され、TBFは全滅した。その一方で、SBDがEl9 3機を撃墜してもいたが。
ラバウル攻撃は連合軍コードネームとしてHelga と名付けられたB-17モドキの発着能力を奪うことが、海軍としての作戦目的だった。ハルゼーが口にしたとおり、実際にRe4が置かれている航空基地を直接叩けたかは疑問があったが、相手が日本軍だとするなら滑走路にダメージを与えられただけで充分な戦果だった。
ワスプの攻撃機はSBD 29機が残っている。それに、それにもう1隻、旗艦であるこの『サラトガ』の攻撃機はまるまる残っていた。
暗号解読は不完全だったが、ラバウルとの間で『ショウカク』『ズイカク』、それに、おそらくはチハーキュ海軍の大型艦であろう『レムリアス』『アフルヘイムラー』、などといった固有名詞がやり取りされている事が確認されている。少なくとも枢軸軍の空母が付近にいることは確実だ。ハルゼーの目的は、その空母を叩くことだった。
──── そう、相手が日本軍なら充分な戦果だった。
9月6日、払暁。
ラバウル基地、第4飛行場。
「あーシンプルに手間増やしやがって。首謀者捕まえたら仕返ししてやる」
ヴォゥ!!
チハーキュ帝国陸軍建設隊の隊員のボヤキを、レイアナー重工業製重機用ディーゼルエンジンの咆哮がかき消す。
レングードの除雪にホイールローダーが使われているぐらい、チハーキュでは建設機械の普及が進んでいて…………なんでか実写でもイラストでも露出度の高い衣装を着たダークエルフのモデルがホイールローダーの広告看板に使われているような国なので、当然のように建設隊にも多様な建設機械がすでに配備されていた。
ホイールローダー、ブルドーザー、自走式スクレーパー、自走・電気ハンマー式パイルドライバー等々が持ち込まれた。日本軍が200人以上を動員して半年弱ほどかけて第3飛行場を作ったのに対して、100人ちょっとで作りかけの第4飛行場をあっという間に完成させ、Re4の運用可能数を増やすための第5飛行場も8月上旬までに完成させてしまった。
一般の日本軍兵士はただ唖然呆然としていればよかったが、士官になると感情はより複雑になる。
「チハーキュでは女でもビルが建つような建設機械が普及している! ドイツの5倍も頼りになる国が味方についたのだ!」
とか興奮する者もいれば、
「チハーキュの建設隊士官は、アメリカは同程度以上の物はもっているだろうと言っていた。皇軍はそう言う相手に戦争を始めたんだぞ……」
と、険しい顔をする者もいた。
とりあえず言えることは、以前の日本軍ならその日、日中の航空機出撃には使えない程度の破壊は、滑走路はものの2時間強で修復された、という事実だった。
敵小型機 ──── TBFがまた1機、分解しながら落ちていく。
El9夜戦型は、機首機銃取付けスペースの制約で、Re4クラスの重爆撃機を迎撃するのには火力に若干不安があった。これは、El9の開発時点では、想定していた敵が艦載機だったためだ。その艦載の戦闘機に手も足も出なかったのが問題なんであるが。
重爆要撃用の夜間戦闘機としては、El9夜戦型はあくまでXF-203までのつなぎ、という位置づけで、20mm機銃は1丁で妥協しているかたちだ。
ヴォゥ…………
El11の編隊が、El9が対処している編隊とは少し離れて飛行している敵編隊の背後に回り込もうとしていた。
「ラバウルタワー、こちらに回り込んでくる編隊はいないのね!?」
El11の戦闘飛行隊の空中指揮官を兼ねる、シグリッド・マティルダ・クレフェルト上級中尉が、無線でラバウルのチハーキュ軍管制に問いかける。
上級中尉は、飛行大隊の空中指揮官の為に設けられている階級で、緊急時以外は地上勤務である大隊長級の大尉・少佐の下につく。
『今、貴隊が一番東にいる。回り込もうとしている編隊は確認できない』
管制はそう返してきた。
── 戦闘機を伴っていないの?
シグリッドは怪訝そうに思いつつも、戦闘機乗りとしての神経は視線に集中する。
── いる!
すでに充分接近している、と思考した半瞬後、手の指は操縦桿の発射釦を押し込んでいた。
ダダダッ
機首に集中搭載されている機銃からの火線が伸びていった先で、パッパッと2発の火花が散る。
20mm弾に翼を撃ち抜かれたその敵機が炎に包まれる。相対速度が開き、炎の塊になった敵が、視覚的にシグリッド機の後方へ流れていく。
ヴォルクスやフィリシスの暗視能力が高いと言っても、文字通り犬や猫程には見えるわけではない。人間の上限付近がヴォルクス、フィリシスの平均値である、程度だ。
暗闇の空中では、「大まかなシルエット」は解るものの、具体的な機種まではわからない。ベテランほど、それをしようとしても、主翼の白い星が見えた瞬間にはトリガーを押し込んでしまっている。
なので、シグリッド達はそれを認識していなかったが、El11の編隊が襲いかかっていたのは、急降下爆撃機のダグラスSBD『ドーントレス』の編隊だった。
「パピー共は夜目が効く、と言うのは本当らしい」
SBDの1個小隊を率いるマシュー・ヘンリー・アンダーソン大尉が、後ろを振り返るようにしながら呟くように言った。
連合軍側は、どうもチハーキュ軍がレーダーを運用しているらしいぞ、というところまでは認識していたが、技術がどの程度まで進んでいるかはまだ把握しきれていない。
ミッドウェイで観測された300Mc/sの電波と、ガダルカナルで観測された890Mc/sの電波がチハーキュ軍のレーダー波でほぼ間違いないこと、また航空機搭載レーダーが存在していることは突き止めていたが、能力がどの程度あるかはまだ詳細まで判明していない。
このように敵レーダーの情報がまだ少ないため、現場に近づくほど「犬人間は夜目が効く」論に走りがちだった。
「目標の滑走路まであと少しだぞ!」
マシューがそういた時、編隊の端でSBDの1機が炎に包まれながら分解し、墜ちていく。
「まだパピーが…………いや!」
目前を、空冷の単発機が横切っていく。
「ジャップか!」
『何機かすり抜けた!』
アーデルハイトの声が、電波警戒器管制車の無線用スピーカーから響く。
表示器の中で、チハーキュ機が阻止線を張っているはずの領域から、内側へ入ってくる何機かの輝点が確認できた。
「対空砲大隊、射撃用意!」
トレーラーに載せられた50口径75mm対空砲8門、35mm前装式ケースレス・リボルバーカノン8門が仰角をとり、暗闇の空に砲口を向ける。セミトレーラーの車台は小径タイヤを履いた前脚と、側面のアウトリガを展開し、そこから周囲、のみならず車台の上まで土嚢を積み上げている。
砲兵が空を睨んでいると、想定射撃範囲より少し東寄りの空で、パパッとオレンジ色の火花が散り、TBFが分解しながら墜ちてくる。
第二五航空戦隊の零戦の3機編隊が、敵の進入路を横切るように旋回していく。
『阻止線を超える、射撃開始!』
ドンッ、ドゴッ、ドン、ドンッ!
75mm砲が轟音を上げる。
電波警戒器からおおまかな諸元を受け取っているとは言え、精密な電子制御までは存在しないこの時期、対空射撃は目算に過ぎず、夜間ということもあって一撃必中は期待できない。
対空弾が炸裂した閃光と爆煙の中を、チラチラとなにかが横切ってくるのは見えた。だが、思うように当たらない。
1門辺り10何発と撃って、ようやく1機、炎に包まれながら分解しつつ、第5飛行場の滑走路の手前に墜落した。
ガガガガガガ……
35mmリボルバーカノンの射撃も始まるが、夜空に浮かび上がったシルエットに向かって撃っているにも関わらず、命中しない。
ヴァアァァァン……
「ちぃっ! 急降下に入られた! 各員爆風から防護姿勢を取れ!」
急降下爆撃機に必要なダイブ・ブレーキとして、SBDが装備しているパンチングフラップが展開され、その不気味な風切り音が響いてくる。
「Kill Japs!! Kill Puppies!!!!」
マシューの雄叫びのような声とともに、SBDが1000lb爆弾を投下する。
米軍のラバウル攻撃の最大の目的は、ガダルカナルを連日爆撃するRe4とその運用設備、燃料、弾薬類を破壊することだった。
そのためには第5飛行場を破壊する必要があったが、夜間ということもあって、マシュー達は誤ってその西隣の第4飛行場に投弾してしまった。
その意味では主目標を外していたが、El11の予備機6機が破壊され、機銃弾の倉庫は爆風で吹き飛び、パチンパチンと弾薬の誘爆を起こし、滑走路は使用不能の状態にされた。
「ちっくしょー! 逃さないわよ!」
南側を旋回して離脱を図ろうとする敵編隊に、アーデルハイトは自身の小隊の3機とともに、El9を緩降下させて増速しながら向かっていく。
合衆国海軍TF61。
旗艦、空母『ワスプ』、戦闘艦橋。
「ワスプ艦爆隊から報告。目標滑走路を破壊。複数の地上機の破壊を確認」
ハルゼーに対し、そう報告が上がってきた。
「ふん……夜中の攻撃だ。効果は過信しないほうがいいだろうな」
ハルゼーは、最初、むっつりとした表情でそう言ったが、そこで、唇を吊り上げた。
「だが、これでジャップとパピーの空母部隊は、我々の方に向かってくるだろう」
「敵の作戦意図が、読みきれないのが若干、不安材料ですね……」
ブラウニングが、少し険しい表情をしてそう言った。
「それは止むを得まい。この1ヶ月、暗号解読が一切不可能になってしまったからな」
ハルゼーが、眉を歪ませながら言う。
アメリカ合衆国陸海軍は、日本海軍の暗号、連合軍呼称 “JN-25” の解読を進めていた。ミッドウェイ沖海戦の直前には、日本海軍の暗号電文から多くの情報が取り出せるようになっていた。
ところが、Battle of Savo Islands の発生した直後辺りから、暗号の解読が極端に困難になった。
当初は、暗号のコードブックの管理が厳密化されたため、と思われていた。機械式暗号機は、そのアルゴリズムが割れると一気に解読が容易くなるが、エンコード・デコード用の表が記載されたコードブックが更新されると、一時的に解読できなくなる。
ところが、どうもコードブックの更新ではないようなのだ。なぜかと言うと、日本の艦名が拾い上げられたため、従来のコードブックで送信している事が確認された。
さらに、チハーキュ艦の艦名と思しき固有名詞も抽出することが出来た。
つまり、米軍が解読可能な暗号で送信しているのだが、固有名詞以外が何いってんだかまったくわからんデタラメな発音の羅列になってしまっているのだ。
これは機械式暗号だけではなく、何らかの別の暗号を重ねている事が考えられたが、現在のところその見当はついていなかった。
「一体、どういうトリックを使ったのか……」
闘将ハルゼーも、その突然の劇的な状況の変化に訝しげな表情をする。
「ワスプ雷撃隊からの報告はないか?」
ブラウニングが、通信オペレーターに訊ねた。
「ありません。現在のところ……」
「やはりか。TBFではこの先キツそうだな……」
頭を掻くような仕種をしながら、ハルゼーは少し忌々しげにそう言った。
TBFは、前任者であるダグラスTBD『デバステイター』よりは性能が向上していたし、耐弾性能も飛躍的に向上している。
だが、ミッドウェイやガダルカナルで戦ったチハーキュ軍の……連合軍コードネームでIe9はRon、El11はNedと呼ばれるそれは、いずれも液冷エンジンを採用した ──── 米軍は現時点で、そう思い込んでいた。──── F4Fに勝る高速機で、TBDよりは速くてもSBDとは大差ない速度で、しかも戦闘機の真似事ができるSBDと比べて鈍重だった。
これでただ、「TBFは使えん! なんとかしろ!!」というだけならないものねだりなのだが、都合がいいのか悪いのか、TBFには、額面上はより高性能な競作機が存在した。
ヴォートTBU『シーウルフ』。最高速度は雷装時で509km/hに達し、TBFより100km/h弱も優速だった。この水平速度であれば、ゼロやオスカーに対しては強襲がかけられるし、水平最大速度が推定で361~373mph(だいたい580~600km/h)とされるロンやネッドに対する安全性もTBFよりは格段に高くなる。
ただ、問題がいくつかあった。
最大のものはエンジンだった。TBFは空冷複列星型14気筒のライトR-2600『サイクロン14』、TBUは空冷複列星型18気筒のP&WR-2800『ダブルワスプ』の搭載を前提としている。
だが、R-2800は同様に制式化が決定し量産準備中のグラマンF6F『ヘルキャット』、ヴォートF4U『コルセア』、それに陸軍のリパブリックP-47『サンダーボルト』など、新鋭戦闘機が採用予定だった。
しかも18気筒の上に、カウンタートルクから発生する振動の抑制のためにダイナミックバランサーと呼ばれる複雑な制振装備をもっているため、R-2600より工数が多い。
機体全体でもヴォートに比べてグラマンの方がより生産性の高い設計をする。それらの観点から、海軍はTBFの量産をより優先していた。
無限に等しいと実際に無限であるはイコールではない。チハーキュが戦時増産を考慮して液冷V型エンジンの優先機種を絞り、工数の少ないS5を割り当てているのと同じで、アメリカも高い生産能力を維持するために高度な生産管理を行っていた。まぁチハーキュの場合はそれが行き過ぎて、自動車用だが72°水平対向5気筒なんてゲテモノまで作っているが。
──── 話を戻すと、ゼロに加えて高速時の機動力が高いと推測されるロンやネッドまでとなると、TBFは生存性が充分ではないと結論づけることができる。そして、TBUは存在しているので、このまま雷撃機乗りをTBFに乗せて出撃させ続けると士気が下がるだろう。
「アーニー親父に、話だけはしておくか」
目元を解すようにしながら、ハルゼーは呟くように言った。
実際のところ、夜襲隊はワスプのSBD 24機とTBF 9機を出撃させ、SBD 7機が撃墜され、TBFは全滅した。その一方で、SBDがEl9 3機を撃墜してもいたが。
ラバウル攻撃は連合軍コードネームとしてHelga と名付けられたB-17モドキの発着能力を奪うことが、海軍としての作戦目的だった。ハルゼーが口にしたとおり、実際にRe4が置かれている航空基地を直接叩けたかは疑問があったが、相手が日本軍だとするなら滑走路にダメージを与えられただけで充分な戦果だった。
ワスプの攻撃機はSBD 29機が残っている。それに、それにもう1隻、旗艦であるこの『サラトガ』の攻撃機はまるまる残っていた。
暗号解読は不完全だったが、ラバウルとの間で『ショウカク』『ズイカク』、それに、おそらくはチハーキュ海軍の大型艦であろう『レムリアス』『アフルヘイムラー』、などといった固有名詞がやり取りされている事が確認されている。少なくとも枢軸軍の空母が付近にいることは確実だ。ハルゼーの目的は、その空母を叩くことだった。
──── そう、相手が日本軍なら充分な戦果だった。
9月6日、払暁。
ラバウル基地、第4飛行場。
「あーシンプルに手間増やしやがって。首謀者捕まえたら仕返ししてやる」
ヴォゥ!!
チハーキュ帝国陸軍建設隊の隊員のボヤキを、レイアナー重工業製重機用ディーゼルエンジンの咆哮がかき消す。
レングードの除雪にホイールローダーが使われているぐらい、チハーキュでは建設機械の普及が進んでいて…………なんでか実写でもイラストでも露出度の高い衣装を着たダークエルフのモデルがホイールローダーの広告看板に使われているような国なので、当然のように建設隊にも多様な建設機械がすでに配備されていた。
ホイールローダー、ブルドーザー、自走式スクレーパー、自走・電気ハンマー式パイルドライバー等々が持ち込まれた。日本軍が200人以上を動員して半年弱ほどかけて第3飛行場を作ったのに対して、100人ちょっとで作りかけの第4飛行場をあっという間に完成させ、Re4の運用可能数を増やすための第5飛行場も8月上旬までに完成させてしまった。
一般の日本軍兵士はただ唖然呆然としていればよかったが、士官になると感情はより複雑になる。
「チハーキュでは女でもビルが建つような建設機械が普及している! ドイツの5倍も頼りになる国が味方についたのだ!」
とか興奮する者もいれば、
「チハーキュの建設隊士官は、アメリカは同程度以上の物はもっているだろうと言っていた。皇軍はそう言う相手に戦争を始めたんだぞ……」
と、険しい顔をする者もいた。
とりあえず言えることは、以前の日本軍ならその日、日中の航空機出撃には使えない程度の破壊は、滑走路はものの2時間強で修復された、という事実だった。
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追放の話しの一話は、前作とかなり似ていますが2話からは、かなり変わります。
こうご期待。
男女比1対5000世界で俺はどうすれバインダー…
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ひょんな事から男女比1対5000の世界に移動した学生の忠野タケル。
そこで生活していく内に色々なトラブルや問題に巻き込まれながら生活していくものがたりである!
俺得リターン!異世界から地球に戻っても魔法使えるし?アイテムボックスあるし?地球が大変な事になっても俺得なんですが!
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鹿野香(かのかおる)男49歳未婚の派遣が、ある日突然仕事中に異世界へ飛ばされた。(←前作)
異世界でようやく平和な日常を掴んだが、今度は地球へ戻る事に。隕石落下で大混乱中の地球でも相変わらず呑気に頑張るおじさんの日常。「大丈夫、俺、ラッキーだから」
処刑された王女、時間を巻き戻して復讐を誓う
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断頭台で首を刎ねられた王女セリーヌは、女神の加護により処刑の一年前へと時間を巻き戻された。信じていた者たちに裏切られ、民衆に石を投げられた記憶を胸に、彼女は証拠を集め、法を武器に、陰謀の網を逆手に取る。復讐か、赦しか——その選択が、リオネール王国の未来を決める。
これは、王弟の陰謀で処刑された王女が、一年前へと時間を巻き戻され、証拠と同盟と知略で玉座と尊厳を奪還する復讐と再生の物語です。彼女は二度と誰も失わないために、正義を手続きとして示し、赦すか裁くかの決断を自らの手で下します。舞台は剣と魔法の王国リオネール。法と証拠、裁判と契約が逆転の核となり、感情と理性の葛藤を経て、王女は新たな国の夜明けへと歩を進めます。
【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。
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【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎
長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!?
しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。
ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。
といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。
とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない!
フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!
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