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第23話 領地での夏を過ごす。

Chapter-35

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「はぁ……」

 以前にも何度か言ったが、我がアルヴィン・バックエショフ領は、南部山地が南方からの熱気を冷やしてくれるため、夏場もあんまり暑くならない。

 雨季の一時期は、風が南東よりになるために、南部山地を風でちょいと雨が降ることも多いのだが、南西からの本気の暑気が入り込んでくる時期になると、逆に南からの山風が心地よく感じるほどである。

 では、あるのだが……

「あぢ……あぢ」

 あくまで、“他よりは過ごしやすい”。
 雨季明けの強烈な日差しが降り注ぐ時期となっては、湿度も上がってきて、不快指数は上がってくる。いや、この世界にまだそんな概念ないけど。

 当然ながら、この世界にはまだ、空調なんて気の利いたものはないわけで……
 しかも領主という立場上、平日の真っ昼間から短パンにTシャツというわけにも行かないわけで。

 いや、空調…………?



「アルヴィン、兵団の装備の統一についてなんだけど……って、あ、あれ!?」

 女性の特権とばかりに、出会った頃のそれほど厚手ではない衣装をつけているキャロが、執務室に入ってきて、驚いたような声を出した。

「なに、この部屋、涼しい……」
「だろ?」

 俺は、執務机で意見書の選り分けをしながら、そう言った。

 柱にブラケットを取り付け、そこにちょっとした桶を取り付けてもらった。
 そんで、水をバスタブ程度の俺に貯めておいて……

「フリーズ・ブリッド!」

 で、更に、

アクア・ブラスト水散弾!」

 ってなわけで、魔法で砕いた氷を作り、部屋に吊るしてあるわけである。

「まったく魔導師だからできるからって、部屋を冷やすなんて突拍子もない事思いつくわね」

 キャロが苦笑しながら言った。

「それとも、それも前世の記憶ってやつ?」
「あたり」

 キャロの言葉に、俺はぴっ、と指を指して、そう言った。

「と言っても、最も原始的な方法だけどな。前世で客車を冷房……冷やすのに使われていた方法なんだ」
「なるほどねぇ」

 まぁ、客車、と言っても、キャロ達が想像するのは、駅馬車なんかに使われる乗合用の馬車コーチなんだろうけどな。
 俺の前世の世界でこれが使われた有名な例としては、満州鉄道の特急『亜細亜』号の客車のはずだ。

「前世の記憶……などは我々にはわかりませんが、我々もアルヴィン様の叡智のおこぼれに預かれるのは、ありがたいことです」

 俺の補佐をしていたアイザックが、仕事用の正装に身を包んで、書類を整理しながら、そう言った。

 キャロ達ほど経緯をはっきり説明してあるわけではないが、アイザック達にも一応俺がを持っていると言ってある。
 そうでないと、俺の前世の知識で、領地をより良くしていくのが難しいからな。ま、大体は賢者ディオシェリルの弟子故、で説明はついてしまうんだが。

「でも、簡単にできるのは魔法の力のおかげなんだけどね、本来だったら、氷を調達するだけでも騒ぎになっちまうわけだし」

 ある程度の温度までなら人工的に製氷する技術は伝統的にあったはずだが、夏真っ盛りの時期に製氷は無理だ。
 明治期より前の日本で夏に振る舞われた氷は、比較的気温が低い時期につくっておいて、保存しておいたものだ。

「まぁ、それこそ魔導師さまさまってところなんじゃないの?」
「まぁ、こんなことで自分の才能を再確認するのも何だけどな」

 キャロがクスクスと笑いながら言ったので、俺も軽い感じで苦笑しながらそう言った。

 そういや、今に至るまで、俺がなんで魔導の才能があるのかの説明は、俺自身にもなされてないな。

「まっ、それで助かってるんだから気にすることもないのかな」
「え? 何の話?」

 俺が、考え事をしながら呟くと、キャロは、話の脈略が理解できず、キョトン、としたように、訊き返してきた。

「いや、俺がなんで魔導の才能を持って、現世に生まれてきたかだよ」
「それは以前、前世での職業が関係している、って言ってなかったかしら?」

 うーん、それはちょっと違うんだよなぁ。

ケイオススクリプト魔法の呪文をバラして再構築するあたりなんかはそうなんだけど、魔導の才能そのものはそれじゃ説明できないんだよね」
「?…………あ、そうか、そういうことね、魔法の組み立てじゃなくて、魔力そのものの方か」

 俺が言うと、キャロは一瞬、わからないと言ったように小首をかしげたが、はっと気がついて、そう言った。

「それはさぁ、神様が、その」

 キャロは、そう言いかけて、アイザックをちらりと見る。

「大丈夫ですよ、ご夫妻の間での会話を他人の前でしゃべる趣味はありません」

 アイザックは、キャロの視線に気が付き、そう言った。

「ありがとう。必要があったら、そのときはきちんと説明させるから」

 キャロは、アイザックにそう言ってから、

「でさ、神様がサービスでもしてくれたんじゃないの、前の人生、あんまりだったじゃない」

 と、俺に向かって言ってきた。

「それはあるかもな」

 俺の方は、笑い飛ばすようにしながら、そう言った。

「とは言え、全館空調するほどの氷を作るとなると俺でもひと仕事になっちまうから無理だけど、家の使用人には無理に厚着しなくてもいいし、適宜水を取るようには言ってくれよ。暑いときに水を摂るとかえってバテるって、あれ、迷信だからな?」

 言うほどの暑さではないとは言え、サーヴァント服での作業は大変だろうし、熱中症で倒れられるようなことはしたくない。

「ええ、きちんと、申し伝えてあります」
「私やエミ達からも言ってあげてるわ」

 アイザックと、キャロが、口元で笑いながら、そう言った。

「みんなに氷で、なにか避暑になるものを振る舞ってあげられれば良いんだがな……」

 俺はそう考えて、

「あ、あれがあるな」

 と、気がついた。



「とりあえず、言われるままに作ってみたけど、これを、どうするんだい?」

 俺は、ペンデリンに言って、あるものをつくってもらった。
 その、あるものとは……

 パキッ、と俺が指を鳴らすと、それの、中間の台座に、氷が現れた。
 空気混じりの白味のない、純氷ってやつである。

 中間の台座には、真ん中らへんに、刃のついたスリットが付いている。

「! そうか、これでハンドルを回すと!」

 ペンデリンが、上から氷を押し付けつつ、旋回する、スパイク付きの板を、動かすハンドルを手に掛けようとする。

「おっと、その前に、器、器」

 ペンデリンがハンドルを回し出す前に、俺は、慌てて下に陶器の器を置いた。
 本当は、ガラスか透明アクリルだと、雰囲気が出るんだがな。

 シャリシャリシャリシャリ……と、音を立てて、きめ細やかに削られた氷が、器の上に山を作っていく。

 そう、かき氷機をつくってもらったのだ。
 この程度の氷なら、俺なら簡単に作れるし。

 合成シロップは、まだないので、水飴をベースに薄めたものなんだが、かき氷の味付けには充分だった。
 ちなみに、前世であったあのメロンとかいちごとかのシロップ、実は味は同じで色だけ違うらしいんだよな。

「冷たくて、美味しいです! アルヴィン様はこのようなものまで考え出してしまうんですね!」

 使用人に振る舞っていたら、それを食べたアイリスが、目をぱっちり開きつつ、感動したような顔で俺に言ってきた。

「いや、考え出したってほどのものじゃないんだけどな、みんなに多少は涼しくなってもらったら良いかと思っただけで」

 俺は、前世からちょいと持ってきただけのかき氷の記憶に、大げさに言われた気がして、苦笑した。

「むしろ、こういうものを振る舞おうって気になるところが、アルヴィンの気前の良いところよね」

 キャロが、自分も口をつけながら、そう言った。

「まぁ、みんなで夏を乗り切っていこうじゃないか」
「おー!」

 使用人の食堂で一緒にかき氷を食べながらそう言うと、俺の両隣で、キャロとエミが、同時にそう声を上げた。
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