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東京高検検事長・藤川弘一郎は最高検の刑事部長、次長検事であった頃、調査活動費を私的に流用していた 3
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「それにしても…、藤川も良くもまぁ、直筆による裏金作りの指示書なんてものを残してくれましたよね…、俺が藤川の立場なら口頭の指示で済ましますけどね…」
みすみす、自分が裏金作りを指示した証拠となるようなものをわざわざ残した藤川の行動原理が俺には理解できなかった。
「その通りだよ」
「えっ?」
「藤川は最初、指示書を出すことを渋っていたらしい…」
「そりゃそうですよね…、ってことはもしかして、浅井さんに要求されたとか?」
「ああ。その通りだ」
「まぁ、俺が浅井さんの立場ならそうするね…」
俺は浅井事務官の行動原理は良く理解できた。
「何しろ裏金作りの増額を命じられたんだから…、俺なら保険の意味で藤川の直筆による指示書を要求しますね。何かあった時のための…、ざっくり言えば裏金作りがバレた時、俺個人…、浅井個人の犯罪として処理されないよう、つまりはトカゲの尻尾にならないための…、それにしても藤川はそれでも結果的には嫌々だったでしょうが、指示書を書かせられることになったわけですが、どうやって浅井さんは藤川を説得したんで?いや、脅したのか…」
「その通り。浅井事務官は事務局次長を通じて藤川に対して、裏金作りの増額についてこれを了承する代わりに、藤川の直筆による指示書が欲しいと、そう要求したそうだ」
「当然、藤川は激しい拒絶反応を示したでしょうね…」
「勿論だ。だが浅井事務官曰く、藤川刑事部長ご本人の指示書が頂けないのならばこの件を…、裏金作りの更なる増額を藤川刑事部長が求められたことは勿論のこと、これまで最高検察庁で行われていた裏金作りの件も洗いざらいマスメディアにぶちまけてやる…、そう脅したそうだ…」
「やはり事務局次長を通じて、ですか?」
「いや、驚いたことに藤川に面と向かって脅しをかけたそうだ…」
「えっ…、それじゃあ浅井さんは藤川の元に乗り込んで行って?」
「そうだ」
「それで藤川は折れたわけですか?」
「そのようだ。そしてその場で記念すべき第一回目の裏金作りの指示書を書かせたそうだ」
「藤川本人に自分の目の前で裏金作りの指示書を書かせた…、ああ、そういうことね…、第二回目以降は事務局次長を通じて自分の元に…、浅井さんの元に指示書が届けられるだろうが、果たしてその指示書が本当に藤川本人の手によるものかどうか…、藤川のことだ、別人に指示書を書かせて、さも自分が書いたように装い、それを…、別人に書かせた裏金作りの指示書を事務局次長に託して浅井さんの元へと…、それを浅井さんは危惧して、まず初めに自分の目の前で藤川本人に裏金作りの指示書を書かせて、そうして藤川の筆跡を把握したと…」
「そういうことだ。浅井事務官もかつては検察官の片腕の事務官として捜査に当たったこともあるようで、筆跡を見る眼があるそうでな…」
「なるほど…、それなら別人に自分の筆跡に真似てその裏金作りの指示書を書かせたところで、浅井さんの眼はごまかせないと、そういうことですか?」
「その通りだ…、だが、ちょっと違うところもあるな…」
「違う?」
俺は首をかしげた。まさか押田部長から否定されるとは思っていなかったからだ。
「ああ。君はその裏金作りの指示書だが、保険のようなものと言っただろう?」
「ええ。浅井さんにとっては大事な保険のようなものでしょうから…、ってそこが違うと?」
「ああ。浅井事務官曰く、お守りのようなものだったらしい…」
「お守り…、保険って意味じゃないんですか?」
「無論、そういう意味もあっただろうが、もっと深い意味もあってな…」
「どういうことです?」
「これもまた浅井事務官曰く、なんだが、浅井事務官は裏金作りに関して一定のルールをもうけていたらしい」
「ルール?」
「ああ。裏金作りはあくまで現場の検事や、あるいは副検事や検察事務官のため…、現場で這いずり回って捜査をしている検事や副検事、検察事務官のその捜査を少しでも円滑にするための、言わば潤滑油…、正規の捜査費では賄いきれずに現場の検事たちの持ち出しとなった分を埋め合わせるために、そのための裏金作りをしているわけであって、決して、上の人間、例えば検事総長や東京高検検事長、それに次長検事や特捜部長、刑事部長等の私的な費目のためには絶対に支出させないこと、そんなルールを課してきたそうだ…」
「それがルール、ですか?」
「そうだ。信念と言い換えても良いかも知れないと…」
「信念、ねぇ…、理由はどうあれ、裏金作りを信念と呼ぶには些かの抵抗を感じずにはいられませんがね…」
俺が揶揄するように言うと、押田部長も苦笑しながら、「そうだな…」と答えた。
「ともあれ、浅井事務官としては藤川に命じられて、さらに増額した分の裏金も間違いなく、現場の検事の捜査費に使われる金だ、と…」
「そう信じたいがためのお守り、ですか?」
「そうだ。とは言え、それはあくまで浅井事務官の主張に過ぎん…」
「保険の意味合いも、もしかしたらあったかも知れないが、美化していると?」
「考えられるだろうな…、まぁ、お守りだとする浅井事務官のその主張にも嘘があるとは思えんが…」
「さしずめ、お守りと保険、その両方の思惑が同居していた、ってところじゃないですかね…、まぁ、本人の胸のうちなんて、所詮、部外者にはうかがい知ることはできませんけど…」
「そうだな…、でも吉良君の言うことが正しいように思える」
「そりゃどうも…、ああ、でも…」
俺が思い出したように声を上げたので、「何だ?」と押田部長は尋ねた。
「これ、とても大事な証拠…、写しですが…、原本は警視庁本部に渡しちゃったわけですよね?告発状と共に…、それならその警視庁本部が事件をもみ消す方に舵を切ったとなると、大事な証拠も…」
「吉良君の言う通り、もみ消すだろうな…、いや、これは検察の急所のようなものだから、みすみす破棄するような真似はしないだろうが…」
「つまり警視庁本部内において、大事な証拠品として保管されると…、でも絶対に持ち主である浅井さんの手元には還付されませんよね…」
「言うまでもないことだ」
「それじゃあ…、浅井さんはもう、藤川から裏金作りを命じられたとするその証拠を失ったことに…」
「それなら心配はいらない」
「と言うと?」
「浅井事務官もすべての証拠を…、藤川から裏金作りを命じられたことを証するすべての物証を警視庁本部に渡してしまうほど、お人好しではないよ…」
「と言うと…、浅井さんはあくまで、証拠の一部しか、警視庁本部に渡さなかったと?」
「その通りだ」
「だとするならば、浅井さんは警視庁本部がもしかしたら、裏切るかも知れないと、それを予期してすべての証拠は引き渡さずに、一部の証拠しか引き渡さなかったと…」
「そういうことだ。具体的には指示書の半分ほどを…、藤川が刑事部長時代の指示書と次長検事時代の指示書、それぞれ半分ずつを渡しただけだったそうだ」
「それじゃあまだ、浅井事務官の手元には残りの半分が…、藤川が刑事部長時代と次長検事時代、それぞれの指示書が残っていると?」
「そういうことだ。そして浅井事務官は俺にその残りすべての指示書を告発状と共に預けてくれたんだよ」
「それじゃあ…、指示書は今は押田部長の手元に?」
「そういうことだ。告発状と共にここ地検のそれも特捜部だけのエリアとも言うべき機動捜査班の資料室に保管してある」
「事件に着手するため、ですか?」
それまで黙っていた志貴が尋ねた。
「その通りだ」
「ところで浅井事務官が会計課長として手に染めていた裏金作りですが、具体的な手口は…」
「今、話題になっていた指示書、こいつを藤川から事務局次長を通じて浅井事務官の元へと届けられると、浅井事務官はその指示書に従い、領収書を偽造して裏金を作り、そして事務局次長を通じて藤川の元へと届けられたそうだ」
「えっ…、銀行振り込みではなく?」
俺は思わず驚きのあまり、声を出していた。まさか最高検の建物で裏金の授受が行われていたとは…」
「銀行振り込みにすると足がつく…、それを恐れたそうだ…」
「藤川が、ですか?」
「その通りだ」
「でも…、事務局次長を通じて金を渡すとなると、事務局次長が少し抜く、って可能性はありませんかね…」
俺は中間搾取の恐れを指摘したが、すると押田部長が苦笑いして、「指示書があるだろ」と告げて俺は指示書の存在を失念していたことに気付かされた。
「いや、実を言うと、藤川も後で…、浅井事務官に押し切られる格好で指示書を書かされることとなった、その後という意味だが、その後で指示書の有効性に気付いたそうだ…」
「ああ…、事務局次長が中抜きするのを防止する意味から、指示書の存在は有効だと…」
「その上、浅井事務官に自分の筆跡を把握させたわけだから、事務局次長が指示書の数字を改竄しても、すぐに浅井事務官に見破られると…」
「それじゃあ藤川にしてみれば結果オーライだったわけですか…、浅井さんに脅される格好で直筆の指示書を書くことになったのは…」
「そういうことだ。もっとも、その時は…、だがな」
「そりゃそうですよね…、何しろ指示書の存在は藤川にとっては時限爆弾のようなものですからねぇ…」
「だから藤川も指示書を書くのは了承したが、すぐに破棄しろと、浅井事務官に強い調子で求めたそうだ…」
「それに対して浅井さんは、はいはい、と適当に答えておいて、実は破棄していなかったと…、つまりはやはり保険にしようとの意味じゃありません?」
「そう言われればその通りだな…」
「まぁ、お守りという美化も否定はしませんけどね…」
俺は浅井事務官が指示書を後生大事に抱えていた理由を「お守り」と言い訳し、それを信じた押田部長を気遣うようにそう言った。
「それにしても分からないのは、繰り返しになりますけど、警視庁本部の対応ですよね…」
「ああ。浅井さんは告発を受理してくれた捜査二課の心ある刑事からそっと囁かれたそうだ…」
「事件を捜査すべき派ともみ消すべき派で揉めているってことですよね…」
「そうだ」
「けど、結果として警視庁本部では浅井さんからの告発を1年間も塩漬けにした挙句、もみ消した…、それが分からないんですよね…、いや、そもそもどうして、もみ消すべき派なんて派閥が出来たのか…」
俺は腕組みをして考えるそぶりをしてみせると、押田部長は背広の内ポケットからまた一枚の紙、それも今度は新聞の切り抜きを取り出してそれを俺の前に差し出した。俺は腕組みを解くと、押田部長からその新聞の切り抜きを受け取り、今度は志貴にすぐには回さずに目を通した。新聞の切り抜き程度なら、読み込む自信があったからだ。
どちらがお目当ての記事かと、逆さにしてみた。すると記事の真後ろには広告が、それも不恰好に切り取られていたのですぐに分かった。
『カジノ管理委員会の南村委員長、退任へ』
その記事の見出しにはそうあった。
みすみす、自分が裏金作りを指示した証拠となるようなものをわざわざ残した藤川の行動原理が俺には理解できなかった。
「その通りだよ」
「えっ?」
「藤川は最初、指示書を出すことを渋っていたらしい…」
「そりゃそうですよね…、ってことはもしかして、浅井さんに要求されたとか?」
「ああ。その通りだ」
「まぁ、俺が浅井さんの立場ならそうするね…」
俺は浅井事務官の行動原理は良く理解できた。
「何しろ裏金作りの増額を命じられたんだから…、俺なら保険の意味で藤川の直筆による指示書を要求しますね。何かあった時のための…、ざっくり言えば裏金作りがバレた時、俺個人…、浅井個人の犯罪として処理されないよう、つまりはトカゲの尻尾にならないための…、それにしても藤川はそれでも結果的には嫌々だったでしょうが、指示書を書かせられることになったわけですが、どうやって浅井さんは藤川を説得したんで?いや、脅したのか…」
「その通り。浅井事務官は事務局次長を通じて藤川に対して、裏金作りの増額についてこれを了承する代わりに、藤川の直筆による指示書が欲しいと、そう要求したそうだ」
「当然、藤川は激しい拒絶反応を示したでしょうね…」
「勿論だ。だが浅井事務官曰く、藤川刑事部長ご本人の指示書が頂けないのならばこの件を…、裏金作りの更なる増額を藤川刑事部長が求められたことは勿論のこと、これまで最高検察庁で行われていた裏金作りの件も洗いざらいマスメディアにぶちまけてやる…、そう脅したそうだ…」
「やはり事務局次長を通じて、ですか?」
「いや、驚いたことに藤川に面と向かって脅しをかけたそうだ…」
「えっ…、それじゃあ浅井さんは藤川の元に乗り込んで行って?」
「そうだ」
「それで藤川は折れたわけですか?」
「そのようだ。そしてその場で記念すべき第一回目の裏金作りの指示書を書かせたそうだ」
「藤川本人に自分の目の前で裏金作りの指示書を書かせた…、ああ、そういうことね…、第二回目以降は事務局次長を通じて自分の元に…、浅井さんの元に指示書が届けられるだろうが、果たしてその指示書が本当に藤川本人の手によるものかどうか…、藤川のことだ、別人に指示書を書かせて、さも自分が書いたように装い、それを…、別人に書かせた裏金作りの指示書を事務局次長に託して浅井さんの元へと…、それを浅井さんは危惧して、まず初めに自分の目の前で藤川本人に裏金作りの指示書を書かせて、そうして藤川の筆跡を把握したと…」
「そういうことだ。浅井事務官もかつては検察官の片腕の事務官として捜査に当たったこともあるようで、筆跡を見る眼があるそうでな…」
「なるほど…、それなら別人に自分の筆跡に真似てその裏金作りの指示書を書かせたところで、浅井さんの眼はごまかせないと、そういうことですか?」
「その通りだ…、だが、ちょっと違うところもあるな…」
「違う?」
俺は首をかしげた。まさか押田部長から否定されるとは思っていなかったからだ。
「ああ。君はその裏金作りの指示書だが、保険のようなものと言っただろう?」
「ええ。浅井さんにとっては大事な保険のようなものでしょうから…、ってそこが違うと?」
「ああ。浅井事務官曰く、お守りのようなものだったらしい…」
「お守り…、保険って意味じゃないんですか?」
「無論、そういう意味もあっただろうが、もっと深い意味もあってな…」
「どういうことです?」
「これもまた浅井事務官曰く、なんだが、浅井事務官は裏金作りに関して一定のルールをもうけていたらしい」
「ルール?」
「ああ。裏金作りはあくまで現場の検事や、あるいは副検事や検察事務官のため…、現場で這いずり回って捜査をしている検事や副検事、検察事務官のその捜査を少しでも円滑にするための、言わば潤滑油…、正規の捜査費では賄いきれずに現場の検事たちの持ち出しとなった分を埋め合わせるために、そのための裏金作りをしているわけであって、決して、上の人間、例えば検事総長や東京高検検事長、それに次長検事や特捜部長、刑事部長等の私的な費目のためには絶対に支出させないこと、そんなルールを課してきたそうだ…」
「それがルール、ですか?」
「そうだ。信念と言い換えても良いかも知れないと…」
「信念、ねぇ…、理由はどうあれ、裏金作りを信念と呼ぶには些かの抵抗を感じずにはいられませんがね…」
俺が揶揄するように言うと、押田部長も苦笑しながら、「そうだな…」と答えた。
「ともあれ、浅井事務官としては藤川に命じられて、さらに増額した分の裏金も間違いなく、現場の検事の捜査費に使われる金だ、と…」
「そう信じたいがためのお守り、ですか?」
「そうだ。とは言え、それはあくまで浅井事務官の主張に過ぎん…」
「保険の意味合いも、もしかしたらあったかも知れないが、美化していると?」
「考えられるだろうな…、まぁ、お守りだとする浅井事務官のその主張にも嘘があるとは思えんが…」
「さしずめ、お守りと保険、その両方の思惑が同居していた、ってところじゃないですかね…、まぁ、本人の胸のうちなんて、所詮、部外者にはうかがい知ることはできませんけど…」
「そうだな…、でも吉良君の言うことが正しいように思える」
「そりゃどうも…、ああ、でも…」
俺が思い出したように声を上げたので、「何だ?」と押田部長は尋ねた。
「これ、とても大事な証拠…、写しですが…、原本は警視庁本部に渡しちゃったわけですよね?告発状と共に…、それならその警視庁本部が事件をもみ消す方に舵を切ったとなると、大事な証拠も…」
「吉良君の言う通り、もみ消すだろうな…、いや、これは検察の急所のようなものだから、みすみす破棄するような真似はしないだろうが…」
「つまり警視庁本部内において、大事な証拠品として保管されると…、でも絶対に持ち主である浅井さんの手元には還付されませんよね…」
「言うまでもないことだ」
「それじゃあ…、浅井さんはもう、藤川から裏金作りを命じられたとするその証拠を失ったことに…」
「それなら心配はいらない」
「と言うと?」
「浅井事務官もすべての証拠を…、藤川から裏金作りを命じられたことを証するすべての物証を警視庁本部に渡してしまうほど、お人好しではないよ…」
「と言うと…、浅井さんはあくまで、証拠の一部しか、警視庁本部に渡さなかったと?」
「その通りだ」
「だとするならば、浅井さんは警視庁本部がもしかしたら、裏切るかも知れないと、それを予期してすべての証拠は引き渡さずに、一部の証拠しか引き渡さなかったと…」
「そういうことだ。具体的には指示書の半分ほどを…、藤川が刑事部長時代の指示書と次長検事時代の指示書、それぞれ半分ずつを渡しただけだったそうだ」
「それじゃあまだ、浅井事務官の手元には残りの半分が…、藤川が刑事部長時代と次長検事時代、それぞれの指示書が残っていると?」
「そういうことだ。そして浅井事務官は俺にその残りすべての指示書を告発状と共に預けてくれたんだよ」
「それじゃあ…、指示書は今は押田部長の手元に?」
「そういうことだ。告発状と共にここ地検のそれも特捜部だけのエリアとも言うべき機動捜査班の資料室に保管してある」
「事件に着手するため、ですか?」
それまで黙っていた志貴が尋ねた。
「その通りだ」
「ところで浅井事務官が会計課長として手に染めていた裏金作りですが、具体的な手口は…」
「今、話題になっていた指示書、こいつを藤川から事務局次長を通じて浅井事務官の元へと届けられると、浅井事務官はその指示書に従い、領収書を偽造して裏金を作り、そして事務局次長を通じて藤川の元へと届けられたそうだ」
「えっ…、銀行振り込みではなく?」
俺は思わず驚きのあまり、声を出していた。まさか最高検の建物で裏金の授受が行われていたとは…」
「銀行振り込みにすると足がつく…、それを恐れたそうだ…」
「藤川が、ですか?」
「その通りだ」
「でも…、事務局次長を通じて金を渡すとなると、事務局次長が少し抜く、って可能性はありませんかね…」
俺は中間搾取の恐れを指摘したが、すると押田部長が苦笑いして、「指示書があるだろ」と告げて俺は指示書の存在を失念していたことに気付かされた。
「いや、実を言うと、藤川も後で…、浅井事務官に押し切られる格好で指示書を書かされることとなった、その後という意味だが、その後で指示書の有効性に気付いたそうだ…」
「ああ…、事務局次長が中抜きするのを防止する意味から、指示書の存在は有効だと…」
「その上、浅井事務官に自分の筆跡を把握させたわけだから、事務局次長が指示書の数字を改竄しても、すぐに浅井事務官に見破られると…」
「それじゃあ藤川にしてみれば結果オーライだったわけですか…、浅井さんに脅される格好で直筆の指示書を書くことになったのは…」
「そういうことだ。もっとも、その時は…、だがな」
「そりゃそうですよね…、何しろ指示書の存在は藤川にとっては時限爆弾のようなものですからねぇ…」
「だから藤川も指示書を書くのは了承したが、すぐに破棄しろと、浅井事務官に強い調子で求めたそうだ…」
「それに対して浅井さんは、はいはい、と適当に答えておいて、実は破棄していなかったと…、つまりはやはり保険にしようとの意味じゃありません?」
「そう言われればその通りだな…」
「まぁ、お守りという美化も否定はしませんけどね…」
俺は浅井事務官が指示書を後生大事に抱えていた理由を「お守り」と言い訳し、それを信じた押田部長を気遣うようにそう言った。
「それにしても分からないのは、繰り返しになりますけど、警視庁本部の対応ですよね…」
「ああ。浅井さんは告発を受理してくれた捜査二課の心ある刑事からそっと囁かれたそうだ…」
「事件を捜査すべき派ともみ消すべき派で揉めているってことですよね…」
「そうだ」
「けど、結果として警視庁本部では浅井さんからの告発を1年間も塩漬けにした挙句、もみ消した…、それが分からないんですよね…、いや、そもそもどうして、もみ消すべき派なんて派閥が出来たのか…」
俺は腕組みをして考えるそぶりをしてみせると、押田部長は背広の内ポケットからまた一枚の紙、それも今度は新聞の切り抜きを取り出してそれを俺の前に差し出した。俺は腕組みを解くと、押田部長からその新聞の切り抜きを受け取り、今度は志貴にすぐには回さずに目を通した。新聞の切り抜き程度なら、読み込む自信があったからだ。
どちらがお目当ての記事かと、逆さにしてみた。すると記事の真後ろには広告が、それも不恰好に切り取られていたのですぐに分かった。
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