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いわゆる痴漢被害者の草壁忍への訊問 3
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「ところで…、あんたのその勤め先…、田島が口利きしてくれた大友商事だが、そいつは一流か?それとも二流か?」
俺はその問いは草壁忍に対して、というよりは志貴と村野事務官に対して発したものであった。
するとそうと察したらしい志貴と村野事務官は互いに顔を合わせ、首をかしげた後、
「多分、一流と二流の間、ってとこだろうな…」
志貴がそう答え、それに村野事務官も頷いた。
「そうか…、さしずめ一流半の会社ってわけだな?」
俺が確かめるように尋ねると、志貴と村野事務官は頷いた。
「それがどうしたって言うんだよ」
草壁忍は俺の問いの意味が訳が分からないといった様子で尋ねた。それは志貴や村野事務官にしても同様であった。
「いや…、こう言っては失礼だが、単なる少年係長がそんな一流半どこの会社に前科持ちのあんたを押し込むだけの力があるのだろうか…、ってそれが疑問だったんでつい…」
俺の遠慮のない言い方に草壁忍はさすがにムッとした表情をのぞかせ、一方、志貴と村野事務官はハッと、それこそ弾かれたような表情をのぞかせたものだった。
ともあれ草壁忍がムッとした表情をのぞかせつつも、俺のその疑問を解き明かしてくれた。
「それなら田島さん、その時には…私が出所した時にはかなり出世したみたいで、それで顔が利くみたいだった…」
「顔利きねぇ…、ちなみにあんたが出世した時の田島のポジションは分かるか?」
草壁忍は俺の問いの意味するところを飲み込めなかったようで、「ポジション?」と首をかしげさせながら聞き返した。
「ああ。例えば、今は俺はこんな部署にいるんだとか言って、名刺をきったりとか、そういうことはなかったか?」
俺が具体例を挙げると、草壁忍にもようやく理解できたようで、「ああ…、そういうことね」と納得したような声を上げた。
「で、どうなんだ?」
「それなら名刺をもらった…」
「今、その名刺あるか?」
俺が身を乗り出して尋ねると、草壁忍は少したじろいだ様子を見せたが、すぐに態勢を立て直し、「ちょっと待って…」と言うと立ち上がり、手近にあった小箱に手をかけると中をまさぐり、やがて、「ああ、これこれ…」とどうやらお目当ての品が見つかったらしい声を上げた。
そうして草壁忍は幾分、古ぼけた名刺を手にして再び、俺の目の前に座ると、その古ぼけた名刺を差し出した。
俺はその名刺に手をかけようとしたところで、「待て」との志貴の厳しい声がしたので、俺は咄嗟に手を止めた。まるで良く訓練された犬みたいだなと、俺は苦笑した。
ともあれ俺の手を止めた志貴はいつの間にかどこかから取り出したらしいビニール袋の中にその古ぼけた名刺を入れるよう草壁忍に促し、それに対して草壁忍も素直に従い、その古ぼけた名刺を志貴が口を開けているビニール袋の中に入れた。
それから志貴はビニール袋に入れられた古ぼけた名刺を俺に差し出した。どうやらもう手に取って見ても良いとの合図らしく、俺はありがたく、それこそ押し頂くようにして志貴からその古ぼけた名刺が入れられたビニール袋を受け取ると、ビニール越しから名刺を覗き見た。
「警視庁本部生活安全部少年事件課少年事件指導指導第二係長」
随分と長ったらしい肩書きのその横には、「警部 田島康裕」とあった。
「田島は警部だったのか…」
俺はついそう呟くと、「出世したらしいな…」との草壁忍の呟き声がかぶさった。
「出世?」
俺が聞きとがめると、「ああ」と草壁忍は応じた。
「出世ってどういうことだ?」
「私が田島の世話になって…、っつか捕まった時には高島平警察署の少年係長だったんだよ」
「田島が…、だな?」
「ああ、で、その時の田島さんの肩書きはまだ補だったんだよ」
「ほ?」
警部補だとの志貴の注釈により俺は飲み込めた。
「だが、あんたが出所した時には警部に昇進していたってわけか?それも所轄警察署から警視庁本部に栄転を果たして…」
「そう。田島さん再会した時に随分とそんなことを自慢してた…」
「再会ってことはどこかの喫茶店で落ち合ったりしたとか?」
「そう」
「そうか…」
なるほど、確かに警部補から警部へ、それも所轄警察署勤務から本部勤務への異動、それは正しく昇進、栄転と言えるかも知れなかった。
だが言葉は悪いが、例え本部の少年事件課にしても、所詮はヤンキーなどのクズを相手にするだけの部署であり、到底、一流半の会社に押し込むだけの力があるとは思えなかった。
これで例えば企業の横領や贈収賄なども担当する捜査二課ならば一流半の会社に押し込むだけの力があるだろう、企業のアキレス腱を突いて、要は脅して就職の口を利いてやることなどわけないであろうが、しかし、少年事件課ではそうもいくまい。それゆえ俺は首をかしげたのであった。
だがどんなに考えたところで、俺の小さな脳味噌では良い答えが早々、思い浮かぶはずもなく、俺は頭を切りかえて、攻め口を変えることにした。
「ところで…、田島は今でもその…、少年事件課の…、係長なのか?」
俺は名刺を見ながら、田島のその長ったらしい肩書きを口にしようとし、だが、面倒臭くなり、ただ係長と端折ったのであった。
「ああ、それなら別の部署に異動したって…」
「異動?」
「うん。再会した時に教えてくれたから…」
「再会って…、それってつまり田島に会ったってことだな?」
俺は身を乗り出して聞き返した。志貴にしても村野事務官にしても緊張した面持ちで草壁忍からの答えを待った。それはそうだろう。草壁忍とその田島なる刑事との再会はとりもなおさず、浅井事務官を痴漢冤罪に嵌めるための栄えある初会合とも言えるからだ。
「ええ。先々週頃だったかな…」
「具体的には?」
「ええっと…、13日前だったと思うけど…」
「いきなり再会してあんたと会ったわけでもあるまい?電話か何かでコンタクトがあったと思うんだが…」
「ああ、それならあった」
「いつだ?」
「その前の日、つまり14日前ね」
14日前、それは小山が警視総監に着任した日ではないか…、俺は一瞬、そう思ったものの、しかしすぐにそれが早とちりであることに気付いた。それは昨日の時点での話であり、今日はもう日が明けたので、その今日より14日前というのが小山が警視総監に着任した翌日…、もっと言えば挨拶回りで首相官邸を訪れた際、官房長官の草加との間で浅井事務官の処置について話し合われた…、さらに言えば草加が小山に対して浅井事務官の処置を命じたに違いない日の翌日ということに気付かされた。
「その翌日…、いや、14日前にあんたの元へと田島が電話をかけてきたということだな?それとも職場に?」
「私の家…、このアパートによ。何しろ田島さんがこのアパートを紹介してくれたんだから…」
電話番号も当然、知っている…、草壁忍はそう示唆した。
「それで田島はあんたに会いたい、とでも言ったのか?」
「ええ。久しぶりに会って話がしたいって…」
「それで?」
「いいよ、って答えたわ」
「まぁ、田島に恩義のあるあんたとしては断るわけにはいかないよな…」
「ええ」
「で、翌日…、つまりは13日前に会うことにしたわけだな?」
「ええ。私はいつでも良かったんだけれども、田島さんの方が何だか急いでいたみたいだったから、それで…」
「急いでいたみたい?」
「ええ。至急、会って話したいことがある、って…」
「田島にそう言われたあんたは、それなら明日会いましょう、って答えたのか?」
「ええ。ウィークデイだったけど、会社帰りに池袋に必ず寄るから、それなら池袋の喫茶店でどうかって…」
「あんたがそう誘いをかけたところ、田島も乗ったわけだな?その誘いに…」
「ええ」
「それで…、詳しくは何時頃だ?当然、夜だとは思うが…」
「午後7時にルアー池袋って喫茶店で会ったの」
「なるほど…、それで田島から切り出されたんだな?浅井さんを嵌めることを…」
「いきなりそんなことは切り出されなかったわよ…」
「それじゃあ…」
「まずは互いの近況を語り合ったり…」
「近況と言ってもあんたは別に、職場が変わったわけでもなければ、姓が変わったわけでもないだろう?」
「そりゃまぁね…、だから専ら、私が聞き役だったかしら…」
「田島の近況を詳しく聞いたってことだな?」
「ええ」
「田島は何か身分に変化でもあったのか?」
「また異動したみたい…、警部のままだけど…」
「どこに異動になったんだ?」
俺がそう尋ねると、草壁忍は再び立ち上がると、やはり小箱をまさぐり、今度はすぐにお目当てのものが見つかり、俺に差し出そうとしたので、俺はすぐには手に取らずに、志貴がビニール袋にそれを…、名刺を入れるのを待ってからビニール袋に入れられた名刺を手に取った。
「警視庁警備部警護課第一警護 警護管理係長」
やはり長ったらしい肩書きの横に、「警部 田島康裕」とあった。
「少年事件課から警護課への異動って…、これ、普通の人事なのか?」
俺はこれは志貴と村野事務官に尋ねた。草壁忍に尋ねたところで分からないだろうと思ったからだ。
そうは言っても志貴にしても村野事務官にしてもそこまで警察の人事に通じているわけでもなく、首をかしげたものの、それでも、「ちょっとあり得ないかな…」という志貴の返事が聞かれた。
「まぁ、部長に聞けば分かるかも知れないけれど…」
志貴はそうも付け加えた。なるほど、押田部長ならその辺の事情に詳しいかも知れない。
「それで…、話を先に進めるが、田島からは勿論、浅井さんを嵌めることを持ちかけられたわけだよな?」
「ええ」
「どこで持ちかけられた?」
「ええっと…、互いの近況報告の後で田島さんから大事な話があるんだって言われて…」
「それで?」
「で、私がどんな話なのか尋ねたところ、ここでは話せないって…」
「田島がそう勿体をつけたわけだな?」
「ええ」
「それでどうなった?」
「それじゃあ私のアパートに来る、って誘ったの」
「おいおい…、女のあんたが自分の住んでるこの部屋に大の男を連れ込もうとしたのか?」
俺は草壁忍なる女の貞操観念を疑った。いや、そもそも女だてらにヤンキーをやっているようなクズ女に貞操観念を期待する方がそもそも間違いなのかも知れなかったが。
「だって、このアパートは田島さんが紹介してくれたのよ?」
だから連れ込まないわけにはいかないと、そう言わんばかりの口調であった。
「まぁ、良い…、で、あんたはこのアパートに田島を連れ込んだのか?」
俺がそう尋ねると、草壁忍は頭を振った。
「違うのか?」
「さすがにそれはまずいだろうって…」
どうやら田島も最低限の常識はわきまえているようであった。いや、現職の警察官でありながら、こともあろうに善良な市民を痴漢冤罪で嵌めようとするなど言語道断であり、やはり常識とは無縁と考えるべきであるかも知れない。
「それじゃあ、一体どこに…」
「うってつけの場所があるから俺について来いって…」
「田島にそう言われて、あんたは田島のあとにくっついてのこのこと、そのうってつけの場所へと足を運んだわけか?」
「足を運んだ、っつかタクシーに乗って…」
「タクシー…、ってことは池袋界隈じゃないのか…」
「ええ。喫茶店を出て、それでタクシーをつかまえて…」
「田島がタクシーをつかまえたんだな?」
「そうよ」
「で、田島が運転手に行き先を指示したと?」
「当たり前じゃない」
「どこへ行けと運転手に指示したんだ?」
「ええっと…、確か…、鳥がつく地名だったわね…」
「鳥?カラスとかスズメとか、そんな名前の場所を指示したって言うのか?田島は…」
「ええ…」
「思い出せないか…」
俺はそう水を向けたが、草壁忍はどうやら忘れている様子で首をかしげるばかりであった。
「ああ、それかロケットだったか…」
鳥の名前と言ってみたり、ロケットの名前と言ってみたり、俺はもしかしてかつがれているのかと、思わずそう思ったほどであった。
すると志貴が意外にも正解を導き出してしまった。
「もしかして…、はやぶさ町では?」
志貴がそう水を向けると草壁忍は、「そうそう、はやぶさ町って行ってた」と思い出したかのように大声を上げた。嘘をついているようには見えず、どうやら本当らしかった
「それにしても良く分かったな…」
俺は感嘆した様子で志貴に尋ねた。だがそれとは正反対に志貴の表情は暗かった。
「ああ…」
「どうかしたのか?」
「いや…、そのはやぶさ町なんだが…、隼人の隼で隼町なんだが…」
「うん」
「実はその…、警視総監の公舎があるところなんだよ…」
志貴からそう教えられた俺はさすがに絶句した。
俺はその問いは草壁忍に対して、というよりは志貴と村野事務官に対して発したものであった。
するとそうと察したらしい志貴と村野事務官は互いに顔を合わせ、首をかしげた後、
「多分、一流と二流の間、ってとこだろうな…」
志貴がそう答え、それに村野事務官も頷いた。
「そうか…、さしずめ一流半の会社ってわけだな?」
俺が確かめるように尋ねると、志貴と村野事務官は頷いた。
「それがどうしたって言うんだよ」
草壁忍は俺の問いの意味が訳が分からないといった様子で尋ねた。それは志貴や村野事務官にしても同様であった。
「いや…、こう言っては失礼だが、単なる少年係長がそんな一流半どこの会社に前科持ちのあんたを押し込むだけの力があるのだろうか…、ってそれが疑問だったんでつい…」
俺の遠慮のない言い方に草壁忍はさすがにムッとした表情をのぞかせ、一方、志貴と村野事務官はハッと、それこそ弾かれたような表情をのぞかせたものだった。
ともあれ草壁忍がムッとした表情をのぞかせつつも、俺のその疑問を解き明かしてくれた。
「それなら田島さん、その時には…私が出所した時にはかなり出世したみたいで、それで顔が利くみたいだった…」
「顔利きねぇ…、ちなみにあんたが出世した時の田島のポジションは分かるか?」
草壁忍は俺の問いの意味するところを飲み込めなかったようで、「ポジション?」と首をかしげさせながら聞き返した。
「ああ。例えば、今は俺はこんな部署にいるんだとか言って、名刺をきったりとか、そういうことはなかったか?」
俺が具体例を挙げると、草壁忍にもようやく理解できたようで、「ああ…、そういうことね」と納得したような声を上げた。
「で、どうなんだ?」
「それなら名刺をもらった…」
「今、その名刺あるか?」
俺が身を乗り出して尋ねると、草壁忍は少したじろいだ様子を見せたが、すぐに態勢を立て直し、「ちょっと待って…」と言うと立ち上がり、手近にあった小箱に手をかけると中をまさぐり、やがて、「ああ、これこれ…」とどうやらお目当ての品が見つかったらしい声を上げた。
そうして草壁忍は幾分、古ぼけた名刺を手にして再び、俺の目の前に座ると、その古ぼけた名刺を差し出した。
俺はその名刺に手をかけようとしたところで、「待て」との志貴の厳しい声がしたので、俺は咄嗟に手を止めた。まるで良く訓練された犬みたいだなと、俺は苦笑した。
ともあれ俺の手を止めた志貴はいつの間にかどこかから取り出したらしいビニール袋の中にその古ぼけた名刺を入れるよう草壁忍に促し、それに対して草壁忍も素直に従い、その古ぼけた名刺を志貴が口を開けているビニール袋の中に入れた。
それから志貴はビニール袋に入れられた古ぼけた名刺を俺に差し出した。どうやらもう手に取って見ても良いとの合図らしく、俺はありがたく、それこそ押し頂くようにして志貴からその古ぼけた名刺が入れられたビニール袋を受け取ると、ビニール越しから名刺を覗き見た。
「警視庁本部生活安全部少年事件課少年事件指導指導第二係長」
随分と長ったらしい肩書きのその横には、「警部 田島康裕」とあった。
「田島は警部だったのか…」
俺はついそう呟くと、「出世したらしいな…」との草壁忍の呟き声がかぶさった。
「出世?」
俺が聞きとがめると、「ああ」と草壁忍は応じた。
「出世ってどういうことだ?」
「私が田島の世話になって…、っつか捕まった時には高島平警察署の少年係長だったんだよ」
「田島が…、だな?」
「ああ、で、その時の田島さんの肩書きはまだ補だったんだよ」
「ほ?」
警部補だとの志貴の注釈により俺は飲み込めた。
「だが、あんたが出所した時には警部に昇進していたってわけか?それも所轄警察署から警視庁本部に栄転を果たして…」
「そう。田島さん再会した時に随分とそんなことを自慢してた…」
「再会ってことはどこかの喫茶店で落ち合ったりしたとか?」
「そう」
「そうか…」
なるほど、確かに警部補から警部へ、それも所轄警察署勤務から本部勤務への異動、それは正しく昇進、栄転と言えるかも知れなかった。
だが言葉は悪いが、例え本部の少年事件課にしても、所詮はヤンキーなどのクズを相手にするだけの部署であり、到底、一流半の会社に押し込むだけの力があるとは思えなかった。
これで例えば企業の横領や贈収賄なども担当する捜査二課ならば一流半の会社に押し込むだけの力があるだろう、企業のアキレス腱を突いて、要は脅して就職の口を利いてやることなどわけないであろうが、しかし、少年事件課ではそうもいくまい。それゆえ俺は首をかしげたのであった。
だがどんなに考えたところで、俺の小さな脳味噌では良い答えが早々、思い浮かぶはずもなく、俺は頭を切りかえて、攻め口を変えることにした。
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俺は名刺を見ながら、田島のその長ったらしい肩書きを口にしようとし、だが、面倒臭くなり、ただ係長と端折ったのであった。
「ああ、それなら別の部署に異動したって…」
「異動?」
「うん。再会した時に教えてくれたから…」
「再会って…、それってつまり田島に会ったってことだな?」
俺は身を乗り出して聞き返した。志貴にしても村野事務官にしても緊張した面持ちで草壁忍からの答えを待った。それはそうだろう。草壁忍とその田島なる刑事との再会はとりもなおさず、浅井事務官を痴漢冤罪に嵌めるための栄えある初会合とも言えるからだ。
「ええ。先々週頃だったかな…」
「具体的には?」
「ええっと…、13日前だったと思うけど…」
「いきなり再会してあんたと会ったわけでもあるまい?電話か何かでコンタクトがあったと思うんだが…」
「ああ、それならあった」
「いつだ?」
「その前の日、つまり14日前ね」
14日前、それは小山が警視総監に着任した日ではないか…、俺は一瞬、そう思ったものの、しかしすぐにそれが早とちりであることに気付いた。それは昨日の時点での話であり、今日はもう日が明けたので、その今日より14日前というのが小山が警視総監に着任した翌日…、もっと言えば挨拶回りで首相官邸を訪れた際、官房長官の草加との間で浅井事務官の処置について話し合われた…、さらに言えば草加が小山に対して浅井事務官の処置を命じたに違いない日の翌日ということに気付かされた。
「その翌日…、いや、14日前にあんたの元へと田島が電話をかけてきたということだな?それとも職場に?」
「私の家…、このアパートによ。何しろ田島さんがこのアパートを紹介してくれたんだから…」
電話番号も当然、知っている…、草壁忍はそう示唆した。
「それで田島はあんたに会いたい、とでも言ったのか?」
「ええ。久しぶりに会って話がしたいって…」
「それで?」
「いいよ、って答えたわ」
「まぁ、田島に恩義のあるあんたとしては断るわけにはいかないよな…」
「ええ」
「で、翌日…、つまりは13日前に会うことにしたわけだな?」
「ええ。私はいつでも良かったんだけれども、田島さんの方が何だか急いでいたみたいだったから、それで…」
「急いでいたみたい?」
「ええ。至急、会って話したいことがある、って…」
「田島にそう言われたあんたは、それなら明日会いましょう、って答えたのか?」
「ええ。ウィークデイだったけど、会社帰りに池袋に必ず寄るから、それなら池袋の喫茶店でどうかって…」
「あんたがそう誘いをかけたところ、田島も乗ったわけだな?その誘いに…」
「ええ」
「それで…、詳しくは何時頃だ?当然、夜だとは思うが…」
「午後7時にルアー池袋って喫茶店で会ったの」
「なるほど…、それで田島から切り出されたんだな?浅井さんを嵌めることを…」
「いきなりそんなことは切り出されなかったわよ…」
「それじゃあ…」
「まずは互いの近況を語り合ったり…」
「近況と言ってもあんたは別に、職場が変わったわけでもなければ、姓が変わったわけでもないだろう?」
「そりゃまぁね…、だから専ら、私が聞き役だったかしら…」
「田島の近況を詳しく聞いたってことだな?」
「ええ」
「田島は何か身分に変化でもあったのか?」
「また異動したみたい…、警部のままだけど…」
「どこに異動になったんだ?」
俺がそう尋ねると、草壁忍は再び立ち上がると、やはり小箱をまさぐり、今度はすぐにお目当てのものが見つかり、俺に差し出そうとしたので、俺はすぐには手に取らずに、志貴がビニール袋にそれを…、名刺を入れるのを待ってからビニール袋に入れられた名刺を手に取った。
「警視庁警備部警護課第一警護 警護管理係長」
やはり長ったらしい肩書きの横に、「警部 田島康裕」とあった。
「少年事件課から警護課への異動って…、これ、普通の人事なのか?」
俺はこれは志貴と村野事務官に尋ねた。草壁忍に尋ねたところで分からないだろうと思ったからだ。
そうは言っても志貴にしても村野事務官にしてもそこまで警察の人事に通じているわけでもなく、首をかしげたものの、それでも、「ちょっとあり得ないかな…」という志貴の返事が聞かれた。
「まぁ、部長に聞けば分かるかも知れないけれど…」
志貴はそうも付け加えた。なるほど、押田部長ならその辺の事情に詳しいかも知れない。
「それで…、話を先に進めるが、田島からは勿論、浅井さんを嵌めることを持ちかけられたわけだよな?」
「ええ」
「どこで持ちかけられた?」
「ええっと…、互いの近況報告の後で田島さんから大事な話があるんだって言われて…」
「それで?」
「で、私がどんな話なのか尋ねたところ、ここでは話せないって…」
「田島がそう勿体をつけたわけだな?」
「ええ」
「それでどうなった?」
「それじゃあ私のアパートに来る、って誘ったの」
「おいおい…、女のあんたが自分の住んでるこの部屋に大の男を連れ込もうとしたのか?」
俺は草壁忍なる女の貞操観念を疑った。いや、そもそも女だてらにヤンキーをやっているようなクズ女に貞操観念を期待する方がそもそも間違いなのかも知れなかったが。
「だって、このアパートは田島さんが紹介してくれたのよ?」
だから連れ込まないわけにはいかないと、そう言わんばかりの口調であった。
「まぁ、良い…、で、あんたはこのアパートに田島を連れ込んだのか?」
俺がそう尋ねると、草壁忍は頭を振った。
「違うのか?」
「さすがにそれはまずいだろうって…」
どうやら田島も最低限の常識はわきまえているようであった。いや、現職の警察官でありながら、こともあろうに善良な市民を痴漢冤罪で嵌めようとするなど言語道断であり、やはり常識とは無縁と考えるべきであるかも知れない。
「それじゃあ、一体どこに…」
「うってつけの場所があるから俺について来いって…」
「田島にそう言われて、あんたは田島のあとにくっついてのこのこと、そのうってつけの場所へと足を運んだわけか?」
「足を運んだ、っつかタクシーに乗って…」
「タクシー…、ってことは池袋界隈じゃないのか…」
「ええ。喫茶店を出て、それでタクシーをつかまえて…」
「田島がタクシーをつかまえたんだな?」
「そうよ」
「で、田島が運転手に行き先を指示したと?」
「当たり前じゃない」
「どこへ行けと運転手に指示したんだ?」
「ええっと…、確か…、鳥がつく地名だったわね…」
「鳥?カラスとかスズメとか、そんな名前の場所を指示したって言うのか?田島は…」
「ええ…」
「思い出せないか…」
俺はそう水を向けたが、草壁忍はどうやら忘れている様子で首をかしげるばかりであった。
「ああ、それかロケットだったか…」
鳥の名前と言ってみたり、ロケットの名前と言ってみたり、俺はもしかしてかつがれているのかと、思わずそう思ったほどであった。
すると志貴が意外にも正解を導き出してしまった。
「もしかして…、はやぶさ町では?」
志貴がそう水を向けると草壁忍は、「そうそう、はやぶさ町って行ってた」と思い出したかのように大声を上げた。嘘をついているようには見えず、どうやら本当らしかった
「それにしても良く分かったな…」
俺は感嘆した様子で志貴に尋ねた。だがそれとは正反対に志貴の表情は暗かった。
「ああ…」
「どうかしたのか?」
「いや…、そのはやぶさ町なんだが…、隼人の隼で隼町なんだが…」
「うん」
「実はその…、警視総監の公舎があるところなんだよ…」
志貴からそう教えられた俺はさすがに絶句した。
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「辞めるのは認めない」
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無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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