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俺の推理
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【午前8時45分】
草壁忍は志貴から任意同行を求められ、すると草壁忍は簡単な身支度を整えた後、素直に任意同行に応じた。
アパート前に違法駐車しておいたレクサスの運転席にはやはり志貴が乗り込み、助手席にはこれまたやはり俺が乗り込み、そして後部座席には村野事務官と草壁忍が乗り込んだ。
「おい…、大丈夫か…」
俺はシートベルトを締めると、同じくシートベルトを締めた志貴に対してそう声をかけた。
「大丈夫って何がだ?」
志貴はハンドルを握りながら尋ねた。
「いや、その…、村野事務官に任せて…」
草壁忍が悪心でも起こさないとも限らず、その場合、村野事務官が一人で立ち向かわねばならず、仮に村野事務官が草壁忍に制圧されてしまったら、草壁忍のことである、今度はハンドルを握る志貴に対して必ずと断言しても良いほどに、行き先の変更を命じるに違いなかった。
するとそうと察した志貴がニヤリと笑みを浮かべると、
「それじゃあお前が村野さんの代わりに草壁女史の面倒を見てやるか?」
などと実に底意地の悪いことを言う始末であった。これには俺も顔をしかめた。
「非力な俺には草壁女史のお相手をするのは無理だ…」
「それなら俺が草壁女史の相手をするからお前が俺の代わりにハンドルを握ってくれるか?」
「運転免許がないことは知ってるだろうに…」
すると志貴は「冗談だ」と口にすると、「安心しろ」とも言った。
「どうして?」
「彼女…、村野事務官は俺よりも強いからな…」
志貴は後部座席へと振り返ると、村野事務官の方を見た。すると村野事務官は恥ずかしそうな表情をのぞかせたのであった。
「志貴よりも強いってどういうことだよ…」
志貴は高校時代は空手部に所属しており、東大時代も空手部に所属していたそうで、そんな志貴よりも村野事務官の方が強いとは一体、どういうことだろうかと、俺は首をかしげた。もしかして、隣に座る草壁忍に対してのブラフかとも思った。それは草壁忍にしても同様であり、俺と志貴との会話は小声であったものの、ここは車内であり、そのような密閉空間ではどんなに声を低くしたところで、後部座席にその声が届かないはずがなく、当然、後部座席に座る草壁忍の耳にも届いていた。
それゆえ草壁忍もまた、一体、どういうことだろうかと、隣に座る村野事務官をまじまじと見つめた。
するとそんな俺とそれに草壁忍の様子を悟った志貴が絵解きをしてくれた。
「彼女…、村野事務官は早稲田出身なんだが、ボクシング部だったんだよ」
俺はそれを耳にすると思わず、「マジかよ…」と呟いた。
「ああ、マジだ。ブラフじゃないぜ。嘘だと思うなら、ネットで村野恵子で検索してみると良い。戦績が出るはずだから…」
俺は思わず後ろを振り返り、草壁忍がそうしたようにまじまじと見つめたものであった。隣に座る草壁忍にしても改めてまじまじと見つめるものだから、村野事務官は実に居心地の悪そうな様子をのぞかせた。
正にカッコ可愛い…、してみると村野事務官はやはり雨宮事務官と言うよりは、内海刑事に近いと思った。
【午前9時13分】
それから地検に着くまでの間、村野事務官は草壁忍に目を光らせながら、スマホでもって押田部長に連絡を取り、これまでの経緯を要領良く伝え、その上で草壁忍より痴漢冤罪を裏付ける重要な傍証とも言える田島からの名刺と、それにやはり田島から受け取った100万円をその封筒と共に任意提出させたことをも告げたのであった。
そうして地検に到着すると、草壁忍は志貴と村野事務官とに挟まれるようにして志貴の執務室へと向かった。志貴の執務室において改めて草壁忍の取調べが行われるわけで、当然、その間、俺は志貴の執務室に出入りするわけにはゆかず、しかし、ここで俺は志貴の執務室に昨日の戦利品とも言える大量の漫画を詰め込んだリュックサックとバッグの存在を思い出したのであった。俺はそれら荷物を志貴の執務室に置きっ放しにして、志貴の運転するレクサスでもって草壁忍の住まう板橋のアパートへと向かった次第であり、そうであれば俺としては草壁忍の取調べが終わるまでの間は志貴の執務室に置きっ放しにしたそれら荷物を請け出すことができないわけで、要はその間、俺は手持ち無沙汰となるわけだ。
そんな俺に対して、「吉良君」と押田部長が声をかけた。
「ああ、部長…」
どうも、と俺は会釈した。俺は一介のニートであり、押田部長とは勿論、上司と部下との関係ではないものの、それでもいざ、押田部長を前にすると、俺は自然と頭を下げるのがほぼ習慣と化していた。
「君の荷物なら、俺の部屋に運び込んでおいたぞ」
特捜部長室に俺の荷物、それも重たい荷物を運び込んだということは、それは必然的に、
「特捜部長室に来い」
そう命じられているに等しく、さらに押田部長は俺から改めて痴漢冤罪について説明を求める様子でいることさえもうかがえた。
俺は押田部長の案内で特捜部長室へと招じ入れられると予期した通り、痴漢冤罪の真相について俺の意見を求めてきた。
それでも俺はすぐには答えずに、「村野さんからご説明があったではありませんか…」と一応、反駁してみせた。そうしないことには俺としてはスマホでもって押田部長に対して痴漢冤罪の経緯について要領良く伝えた村野事務官の面子を潰してしまうのではないかと恐れ、もっと言えば村野事務官に対して申し訳ない気持ちがあったからだ。それに何より、ボクシング経験者である村野事務官が…、村野事務官の報復が怖かったからだ。
だが押田部長はそんな俺に対して、「確かにあらましは村野事務官より聞いたので把握している…」とまずは村野事務官の仕事ぶりを認めた上で、
「だが、それはあくまで草壁忍の供述に過ぎん。つまりは、きつい言い方になるが、うわべだけの報告に過ぎん。俺としてはそうではなく、君自身の意見が聞きたいんだよ」
そう求められたのであった。押田部長からここまで言われては俺としても拒否するわけにはいかないが、さりとて一体、どんな意見を具申すれば良いのかと、俺は判断に迷った。
するとそうと察した押田部長が俺をリードしてくれた。
「例えば、田島が…、少年事件一筋であった田島が、警備部に異動になった理由とかだ…」
押田部長からそう振られて俺は、「ああ、そうそう」と思い出したように声を上げた。
「その前に部長に聞きたいんですけど…」
「警視庁本部とは言え、少年事件課から警護課への異動は一般的か、だろ?」
押田部長は先回りして俺の質問を言い当てた。
「そうです、そうです…」
俺は何度も頷いてみせた。
「答えはノーだな」
「つまりあり得ない人事だと?」
「ああ。通常ではな…」
「だが実際、田島は少年事件課から警護課へと異動になったわけで…、そこには何らかの力が働いたと思うんですよね…」
俺は思わせぶりにそう言った。
「その口ぶりだと…、何か察したようだな?」
正しく押田部長の言う通りであった。
「ええ…、ですけど何の根拠もない、俺のただの想像ですけど…」
「構わん。むしろそういう意見を求めているんだ」
押田部長は何のてらいもなくそう答えた。これには俺の方がいささか面食らったものである。それでも俺は、
「分かりました…」
と切り出すと、俺の想像を口にした。
「もしかして、なんですけど、田島は少年事件課…、警視庁本部の少年事件課のそれもええっと…」
「少年事件指導の指導第二係長な」
押田部長は長ったらしい名称をそらんじてみせた。やはりニートの俺とは頭の出来が違うようであった。
「その、指導第二係長の職掌っつうか、職分っつうか…」
「それなら、少年事件捜査の実務指導に関すること、それに少年事件に係る家庭裁判所等の関係機関との連絡に関することが指導第二係の職掌だ」
「それじゃあ、その係長さんともなれば、当たり前ですけどその係で一番偉いわけですよね?」
「そうだ」
「これはあくまでもしかして、なんですけど…」
「それは聞いた」
早くしろ…、俺は押田部長からそう急かされたような気がしたので、先を急ぐことにした。
「田島は係長として何らかの少年事件をもみ消したことがあるんじゃないでしょうか…」
俺がそう答えると、押田部長は「ほう…」と実に興味深そうな声を上げた。
「少年事件捜査の実務指導というからには、例えば所轄レベルで受理した少年事件についても、指導という名の名目で、所轄に足を運んでは、自分に…、田島にとって都合の良いように所轄の捜査を歪めることもできるんじゃないでしょうか…」
「ああ。できる。君の言う通りだ。それが指導係、それも二係の職掌だからな」
「まるで捜査一課が帳場が立てられた所轄署に出向くみたいな感じですね…」
「ああ。それに近い、いや、そのものだな…、それで?」
押田部長は俺に先を促した。
「だとするらば…、もっと具体的に言うと、どっかのお偉いさんの馬鹿息子…、少年が何かの事件を起こして、所轄警察署が事件に着手してしまったので、そこで所轄の捜査をストップすべく、そのお偉いさんが田島に対して…、お偉いさんが田島に直に命じたか、あるいは田島の直属の上司とも言うべき少年事件課長を通してか、それは分かりませんけど、ともあれお偉いさんの胸のうちを忖度しろと、つまりは所轄の捜査を歪めてしまえ…、いや、さらにはっきり言えば捜査をストップ、もみ消せと命じられ、それに対して田島はお偉いさんの期待に応える格好で、指導係長として所轄警察署に乗り込んで行き、そして見事に事件をもみ消してやったと…」
「なるほど…、だからこそ、そのご褒美として少年事件課から警護課へと異動を、それも大栄転を果たすことができたと、吉良君は見ているわけだな?」
「そうです…、ってやはり警護課への異動は大栄転になるわけですか…」
「勿論だ。公安からの異動が専らであり、あとはせいぜい、警視庁本部の花形とも言うべき刑事部捜査一課からの異動がある程度だな…」
「つまり少年事件課から警護課への異動は皆無に近いと…」
「そういうことだな…、だが実際には君が言ったとおり、田島は皆無に近い人事を現実のものとした…、そうである以上、お偉いさんの馬鹿息子を助けてやったという君の説には大いに頷けるものがあるな…」
「それはどうも…」
「だとしたら、そのお偉いさんこそが警視総監の小山だと?」
「いや…、小山はその時はまだ、恐らくはですが、警視総監ではなかったでしょう…」
「ああ。確かにそうだな…、小山が副総監から警視総監へと異例の昇任を果たしたのは先々週…、もう15日前になるか…、それで田島が草壁忍にコンタクトを取ったのはその翌日、つまり14日前で、いざ実際に田島が草壁忍に会ったのはさらにその翌日、つまり13日前…、そうであればたった3日間の間で少年事件課から警護課へと異動を、それも異例の大栄転を果たしたとも思えないからな…」
「ええ。ですから、仮に、ですが田島が小山の馬鹿息子…、だったとしてですが、その馬鹿息子を救ってやったのは小山がまだ副総監の頃、いや、さらにその前かも知れません…」
「小山はな、副総監の前は実は備局のトップだったんだよ…」
「びきょく?」
「ああ。悪い、悪い。つい癖でな…、警察庁警備局のトップ、つまりは警備局長だったんだよ…」
「警備局長…、ってことは警視庁本部の警備部にも…」
「ああ。顔が利く、どころか命令できる立場にいた…」
「それはいつのことですか?」
「2年前だ」
「2年前…、2年前に小山は警察庁の警備局長に就任したというわけですか?」
「そうだ。そこで1年間、備局のトップを務め上げた後、副総監に就任したってわけだ」
「つまりは今から1年前…、そして副総監として1年を経た今…、15日前に警視総監へと異例の昇格を果たしたわけですね、小山は…」
「その通りだ」
「だとしたら…、これはあくまで俺の想像ですが…、田島は小山が備局のトップだった時に小山の馬鹿息子の事件をもみ消してやったんじゃないでしょうか…」
「なるほど…、そして小山はそれを恩に着て、本部の警備部に対して、それから人事に対しても、だろうが、少年事件課の田島を警備部に異動させてやって欲しいと、そう口を利いてやったと…、それこそが田島の異例の大栄転の真相だと、吉良君は見ているんだな?」
「ええ。だとしたら、ですよ?さらに推理を進めると、もしかしたらこれまで俺は小山が田島に対して…、ノンキャリアの田島に対して直接に痴漢冤罪で浅井さんを嵌めるように、だなんてそんな命令を下すはずがない、恐らくはその間にワンクッション、誰かを置いたんじゃないかって、そう睨んでいたんですが…」
「それは俺も同じだ」
「そうでしたよね…、でも、小山と田島との間にそういうつながりがあったとしたら…、田島が小山の馬鹿息子の事件をもみ消してやったとしたら、そういう過去があったとしたら、小山は田島に対して直接に、浅井さんを痴漢冤罪で嵌めるようにって、命令した可能性が高いんじゃないでしょうか…」
「大いにあり得るな…」
押田部長は何度も頷きつつ、俺の意見に同意した。
草壁忍は志貴から任意同行を求められ、すると草壁忍は簡単な身支度を整えた後、素直に任意同行に応じた。
アパート前に違法駐車しておいたレクサスの運転席にはやはり志貴が乗り込み、助手席にはこれまたやはり俺が乗り込み、そして後部座席には村野事務官と草壁忍が乗り込んだ。
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「いや、その…、村野事務官に任せて…」
草壁忍が悪心でも起こさないとも限らず、その場合、村野事務官が一人で立ち向かわねばならず、仮に村野事務官が草壁忍に制圧されてしまったら、草壁忍のことである、今度はハンドルを握る志貴に対して必ずと断言しても良いほどに、行き先の変更を命じるに違いなかった。
するとそうと察した志貴がニヤリと笑みを浮かべると、
「それじゃあお前が村野さんの代わりに草壁女史の面倒を見てやるか?」
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「非力な俺には草壁女史のお相手をするのは無理だ…」
「それなら俺が草壁女史の相手をするからお前が俺の代わりにハンドルを握ってくれるか?」
「運転免許がないことは知ってるだろうに…」
すると志貴は「冗談だ」と口にすると、「安心しろ」とも言った。
「どうして?」
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志貴は後部座席へと振り返ると、村野事務官の方を見た。すると村野事務官は恥ずかしそうな表情をのぞかせたのであった。
「志貴よりも強いってどういうことだよ…」
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それゆえ草壁忍もまた、一体、どういうことだろうかと、隣に座る村野事務官をまじまじと見つめた。
するとそんな俺とそれに草壁忍の様子を悟った志貴が絵解きをしてくれた。
「彼女…、村野事務官は早稲田出身なんだが、ボクシング部だったんだよ」
俺はそれを耳にすると思わず、「マジかよ…」と呟いた。
「ああ、マジだ。ブラフじゃないぜ。嘘だと思うなら、ネットで村野恵子で検索してみると良い。戦績が出るはずだから…」
俺は思わず後ろを振り返り、草壁忍がそうしたようにまじまじと見つめたものであった。隣に座る草壁忍にしても改めてまじまじと見つめるものだから、村野事務官は実に居心地の悪そうな様子をのぞかせた。
正にカッコ可愛い…、してみると村野事務官はやはり雨宮事務官と言うよりは、内海刑事に近いと思った。
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そうして地検に到着すると、草壁忍は志貴と村野事務官とに挟まれるようにして志貴の執務室へと向かった。志貴の執務室において改めて草壁忍の取調べが行われるわけで、当然、その間、俺は志貴の執務室に出入りするわけにはゆかず、しかし、ここで俺は志貴の執務室に昨日の戦利品とも言える大量の漫画を詰め込んだリュックサックとバッグの存在を思い出したのであった。俺はそれら荷物を志貴の執務室に置きっ放しにして、志貴の運転するレクサスでもって草壁忍の住まう板橋のアパートへと向かった次第であり、そうであれば俺としては草壁忍の取調べが終わるまでの間は志貴の執務室に置きっ放しにしたそれら荷物を請け出すことができないわけで、要はその間、俺は手持ち無沙汰となるわけだ。
そんな俺に対して、「吉良君」と押田部長が声をかけた。
「ああ、部長…」
どうも、と俺は会釈した。俺は一介のニートであり、押田部長とは勿論、上司と部下との関係ではないものの、それでもいざ、押田部長を前にすると、俺は自然と頭を下げるのがほぼ習慣と化していた。
「君の荷物なら、俺の部屋に運び込んでおいたぞ」
特捜部長室に俺の荷物、それも重たい荷物を運び込んだということは、それは必然的に、
「特捜部長室に来い」
そう命じられているに等しく、さらに押田部長は俺から改めて痴漢冤罪について説明を求める様子でいることさえもうかがえた。
俺は押田部長の案内で特捜部長室へと招じ入れられると予期した通り、痴漢冤罪の真相について俺の意見を求めてきた。
それでも俺はすぐには答えずに、「村野さんからご説明があったではありませんか…」と一応、反駁してみせた。そうしないことには俺としてはスマホでもって押田部長に対して痴漢冤罪の経緯について要領良く伝えた村野事務官の面子を潰してしまうのではないかと恐れ、もっと言えば村野事務官に対して申し訳ない気持ちがあったからだ。それに何より、ボクシング経験者である村野事務官が…、村野事務官の報復が怖かったからだ。
だが押田部長はそんな俺に対して、「確かにあらましは村野事務官より聞いたので把握している…」とまずは村野事務官の仕事ぶりを認めた上で、
「だが、それはあくまで草壁忍の供述に過ぎん。つまりは、きつい言い方になるが、うわべだけの報告に過ぎん。俺としてはそうではなく、君自身の意見が聞きたいんだよ」
そう求められたのであった。押田部長からここまで言われては俺としても拒否するわけにはいかないが、さりとて一体、どんな意見を具申すれば良いのかと、俺は判断に迷った。
するとそうと察した押田部長が俺をリードしてくれた。
「例えば、田島が…、少年事件一筋であった田島が、警備部に異動になった理由とかだ…」
押田部長からそう振られて俺は、「ああ、そうそう」と思い出したように声を上げた。
「その前に部長に聞きたいんですけど…」
「警視庁本部とは言え、少年事件課から警護課への異動は一般的か、だろ?」
押田部長は先回りして俺の質問を言い当てた。
「そうです、そうです…」
俺は何度も頷いてみせた。
「答えはノーだな」
「つまりあり得ない人事だと?」
「ああ。通常ではな…」
「だが実際、田島は少年事件課から警護課へと異動になったわけで…、そこには何らかの力が働いたと思うんですよね…」
俺は思わせぶりにそう言った。
「その口ぶりだと…、何か察したようだな?」
正しく押田部長の言う通りであった。
「ええ…、ですけど何の根拠もない、俺のただの想像ですけど…」
「構わん。むしろそういう意見を求めているんだ」
押田部長は何のてらいもなくそう答えた。これには俺の方がいささか面食らったものである。それでも俺は、
「分かりました…」
と切り出すと、俺の想像を口にした。
「もしかして、なんですけど、田島は少年事件課…、警視庁本部の少年事件課のそれもええっと…」
「少年事件指導の指導第二係長な」
押田部長は長ったらしい名称をそらんじてみせた。やはりニートの俺とは頭の出来が違うようであった。
「その、指導第二係長の職掌っつうか、職分っつうか…」
「それなら、少年事件捜査の実務指導に関すること、それに少年事件に係る家庭裁判所等の関係機関との連絡に関することが指導第二係の職掌だ」
「それじゃあ、その係長さんともなれば、当たり前ですけどその係で一番偉いわけですよね?」
「そうだ」
「これはあくまでもしかして、なんですけど…」
「それは聞いた」
早くしろ…、俺は押田部長からそう急かされたような気がしたので、先を急ぐことにした。
「田島は係長として何らかの少年事件をもみ消したことがあるんじゃないでしょうか…」
俺がそう答えると、押田部長は「ほう…」と実に興味深そうな声を上げた。
「少年事件捜査の実務指導というからには、例えば所轄レベルで受理した少年事件についても、指導という名の名目で、所轄に足を運んでは、自分に…、田島にとって都合の良いように所轄の捜査を歪めることもできるんじゃないでしょうか…」
「ああ。できる。君の言う通りだ。それが指導係、それも二係の職掌だからな」
「まるで捜査一課が帳場が立てられた所轄署に出向くみたいな感じですね…」
「ああ。それに近い、いや、そのものだな…、それで?」
押田部長は俺に先を促した。
「だとするらば…、もっと具体的に言うと、どっかのお偉いさんの馬鹿息子…、少年が何かの事件を起こして、所轄警察署が事件に着手してしまったので、そこで所轄の捜査をストップすべく、そのお偉いさんが田島に対して…、お偉いさんが田島に直に命じたか、あるいは田島の直属の上司とも言うべき少年事件課長を通してか、それは分かりませんけど、ともあれお偉いさんの胸のうちを忖度しろと、つまりは所轄の捜査を歪めてしまえ…、いや、さらにはっきり言えば捜査をストップ、もみ消せと命じられ、それに対して田島はお偉いさんの期待に応える格好で、指導係長として所轄警察署に乗り込んで行き、そして見事に事件をもみ消してやったと…」
「なるほど…、だからこそ、そのご褒美として少年事件課から警護課へと異動を、それも大栄転を果たすことができたと、吉良君は見ているわけだな?」
「そうです…、ってやはり警護課への異動は大栄転になるわけですか…」
「勿論だ。公安からの異動が専らであり、あとはせいぜい、警視庁本部の花形とも言うべき刑事部捜査一課からの異動がある程度だな…」
「つまり少年事件課から警護課への異動は皆無に近いと…」
「そういうことだな…、だが実際には君が言ったとおり、田島は皆無に近い人事を現実のものとした…、そうである以上、お偉いさんの馬鹿息子を助けてやったという君の説には大いに頷けるものがあるな…」
「それはどうも…」
「だとしたら、そのお偉いさんこそが警視総監の小山だと?」
「いや…、小山はその時はまだ、恐らくはですが、警視総監ではなかったでしょう…」
「ああ。確かにそうだな…、小山が副総監から警視総監へと異例の昇任を果たしたのは先々週…、もう15日前になるか…、それで田島が草壁忍にコンタクトを取ったのはその翌日、つまり14日前で、いざ実際に田島が草壁忍に会ったのはさらにその翌日、つまり13日前…、そうであればたった3日間の間で少年事件課から警護課へと異動を、それも異例の大栄転を果たしたとも思えないからな…」
「ええ。ですから、仮に、ですが田島が小山の馬鹿息子…、だったとしてですが、その馬鹿息子を救ってやったのは小山がまだ副総監の頃、いや、さらにその前かも知れません…」
「小山はな、副総監の前は実は備局のトップだったんだよ…」
「びきょく?」
「ああ。悪い、悪い。つい癖でな…、警察庁警備局のトップ、つまりは警備局長だったんだよ…」
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「その通りだ」
「だとしたら…、これはあくまで俺の想像ですが…、田島は小山が備局のトップだった時に小山の馬鹿息子の事件をもみ消してやったんじゃないでしょうか…」
「なるほど…、そして小山はそれを恩に着て、本部の警備部に対して、それから人事に対しても、だろうが、少年事件課の田島を警備部に異動させてやって欲しいと、そう口を利いてやったと…、それこそが田島の異例の大栄転の真相だと、吉良君は見ているんだな?」
「ええ。だとしたら、ですよ?さらに推理を進めると、もしかしたらこれまで俺は小山が田島に対して…、ノンキャリアの田島に対して直接に痴漢冤罪で浅井さんを嵌めるように、だなんてそんな命令を下すはずがない、恐らくはその間にワンクッション、誰かを置いたんじゃないかって、そう睨んでいたんですが…」
「それは俺も同じだ」
「そうでしたよね…、でも、小山と田島との間にそういうつながりがあったとしたら…、田島が小山の馬鹿息子の事件をもみ消してやったとしたら、そういう過去があったとしたら、小山は田島に対して直接に、浅井さんを痴漢冤罪で嵌めるようにって、命令した可能性が高いんじゃないでしょうか…」
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疲れきった日々と、叶うはずのない憧れ――のはずだった。
無愛想で冷静な上司・東條崇雅。
その背中に、ただ静かに憧れを抱きながら、
仕事の重圧と、自分の想いの行き場に限界を感じて、私は退職を申し出た。
けれど――
そこから、彼の態度は変わり始めた。
苦手な仕事から外され、
負担を減らされ、
静かに、けれど確実に囲い込まれていく私。
「辞めるのは認めない」
そんな言葉すらないのに、
無言の圧力と、不器用な優しさが、私を縛りつけていく。
これは愛?
それともただの執着?
じれじれと、甘く、不器用に。
二人の距離は、静かに、でも確かに近づいていく――。
無愛想な上司に、心ごと囲い込まれる、じれじれ溺愛・執着オフィスラブ。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
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