痴漢冤罪に遭遇したニートな俺のダイハードな48時間

ご隠居

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俺の推理 2

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「それから…、仮に田島が小山の馬鹿息子の事件をもみ消してやったことがある…、その仮定を前提に、さらに仮定してみますと、田島はもしかしてそれが初めてでは…、少年事件のもみ消しは小山の馬鹿息子の事件もみ消しが初めてではないような気がするんですよね…」

「前にも同じように少年事件を…、それも有力者の馬鹿息子の事件をもみ消してやったことがあると?」

「有力者、っつか、大友商事の社長さんだか、専務さんだか、あるいは人事担当の役員か…」

 俺が大友商事の名を口にすると、押田部長はそれでピンときたようで、

「…草壁忍が4年前に田島の口利きで大友商事に入社できたのもそのためだと?」

 俺が言わんとすることをピタリと当ててみせた。

「ええ。4年前はまだ、田島は警視庁の少年事件課の警部でした。ですが…、こう申し上げては他の少年事件課の刑事さんに失礼かも知れませんがね…、一介の少年事件課の警部に過ぎない御仁に就職の口利きをしてやれるほどの力があるとは思えないんですよね。まして、大友商事のような一流半の会社ともなれば尚更でしょう。確かに警視庁本部の刑事ともなれば、民間企業からも一目置かれるかも知れませんけれど、でもだからと言ってその本部の少年事件課の刑事から、こいつを雇って欲しいと言われたところで、企業が、はい分かりましたと、即座に了承するとは思えないんですよね…、まして草壁忍は女子少年院上がりだ…、そんなごくつぶし、いくら本部の少年事件課の刑事からの口利きだとしても断るのが普通でしょう…」

「確かにその通りだな…」

「これで例えば、田島が少年事件課ではなく捜査二課の刑事で、大友商事の贈収賄か、あるいは横領のネタでも握っており、それをネタに大友商事を脅して、っていうなら話は分かるんですよ…」

「なるほど…」

「ですが田島は言葉は悪いが企業恐喝が可能な捜査二課の刑事じゃない。ただの少年事件課の刑事だ。そんな田島が一流半どこの大友商事に草壁忍を正社員として押し込めることができたわけは…」

「大友商事の重役の馬鹿息子がしでかした事件をもみ消してやったから…、そういうことだな?」

「ええ。そういう義理があれば、大友商事としても…、いや、大友商事というよりは人事に影響力を持つその重役としても当然、田島からの依頼…、草壁忍を雇って欲しいと、その田島からの依頼とあらば断るわけにはいかないでしょう…、例え、草壁忍が女子少年院上がりだとしても…」

「確かに…、それじゃあもしかして…、田島が高島平警察署の生活安全課の少年係の係長から本部の少年事件課へと引き上げられたのも…、それも警部補から警部に引き上げられたのも、もしかして?」

 人事担当の警察官の馬鹿息子のしでかした事件をやはりもみ消してやったから…、そのご褒美で栄転、昇進を果たしたのかと、押田部長は示唆した。

 それに対して俺は苦笑した。

「いや、それは分かりません。所轄の少年係から本部の少年事件課への異動は、少年事件課から警護課への異動ほどにはイレギュラーなものではないでしょうから…」

「確かに…、それでは田島の実績が正当に評価されたからだと、吉良君は考えているんだね?」

「まぁ、もしかしたら部長が考えておられるように、人事担当の警察官の馬鹿息子がしでかした事件をやはりもみ消してやったご褒美かも知れませんが…」

 俺は一応、押田部長に合わせてみたものの、その可能性は低いように思われた。

「ともあれ、吉良君の仮定に従うとするならばだ、田島はどうして草壁忍のためにそこまでしたんだ?もしかして、今日の…、いや、もう昨日になるが、今日の日を予期してのことかね?それで草壁忍に義理掛けしたというのかね?」

「ぎりがけ?」

 俺は聞き慣れない言葉に思わず聞き返した。

「ああ。義理掛けとは要するに、刑事がこれはと思った対象者…、この場合は草壁忍だが、恩を売っておいて、いざという時にその恩を義理として回収することだ…」

「何だか公安刑事みたいですね…」

「ああ。正しく公安刑事の手口だが…、田島も草壁忍に義理掛けしたということか?」

「まぁ、さすがに4年前の話ですから、痴漢冤罪に利用しようとは考えていなかったでしょうが、それでも草壁忍は利用価値がありそうだと、そう判断して…」

「田島は大友商事に就職の口を利いてやったというわけか?それに住むところなんかも…、まぁ、もしかしたら、ただ単純に自分の力を草壁忍に見せつけたい、なんてそんな動機もあったかも知れませんがね…」

 俺は苦笑しながらそう付け加えると、押田部長もつられて苦笑した。

「ですが仮に、俺の推理が正しいとしても…、田島が小山の馬鹿息子がしでかした事件をもみ消してやったことがあるって、俺のその推理が正しいとしても、それを裏付けるのはちょっと難しいですよね…」

 俺としては本当は不可能だと思えた。

「いや、それなら田島を逮捕して取り調べれば、田島の口から聞けるかも知れん」

 押田部長は事も無げにそう言ってのけ、俺を驚かせた。

「田島…、逮捕できますかね…」

「あとの二人…、近野と杉山についてはまだ身元が判明していないので、逮捕は無理だろうが、それでも田島の場合は身元が割れている。それに何より、痴漢冤罪を仕組んだ片割れ…、共犯者の草壁忍が村野事務官からの報告通りに綺麗に供述してくれれば、共犯関係についてもバッチリだ。その上、名刺と報酬の100万、それにその100万が入っていたとする封筒という物証まである…」

「ああ、その物証ですが今は…」

「大川検事に頼んで民間の鑑定機関に鑑定を依頼させた」

「鑑定って、勿論、指紋…、指掌紋でしたっけ?その照合ですよね?」

「そうだ。田島からの名刺に付着している指掌紋と、それに報酬の100万と、それにその100万が入っていた封筒から指掌紋が検出されれば…、さらにそこから草壁忍の指掌紋を除外した指掌紋、すべてが一致すれば…」

「それはもう、田島の指掌紋と考えて良いというわけですね?」

「その通りだ。本当なら科警研か科捜研にでも頼みたいところだが…」

「科警研も科捜研も警察の下部機関ですからねぇ…、そんな下部機関に迂闊に大事な証拠を引き渡そうものなら、あっという間に紛失してしまうのがオチですよね…、あくまで純粋に、科学的に鑑定をしてくれる、それこそ信念のある研究員がいてくれれば、そんな心配はないですけど、生憎とそんな信念のある科捜研の男だか女だかは、ドラマの世界の話ですしね…」

 俺がしみじみそう言うと、押田部長はやはり苦笑しながら頷いた。

 それから押田部長は「ああ、そうだ…」と思い出したように声を上げた。

「何です?」

「田島は少年事件課の指導第二係だったな…」

「それが何か?」

「俺たちとも…、検察とも接触している可能性がある」

「どういうことです?」

「指導第二係の職掌、覚えているかね?」

「ええっと…、確か、少年事件捜査の指導、でしたっけ?」

「実務指導に関すること、な?」

「ああ、そうでした」

「それともう一つ、少年事件に係る家庭裁判所等の関係機関との連絡に関すること、というのがある」

「はぁ…、でもそれが何か?」

「この家庭裁判所等の等の中には俺たち検察も含まれているんだよ」

「えっ…、それはどういう…」

「うん。例えば警察が被疑者を逮捕したとするだろう?」

「はい」

「その場合、その被疑者を起訴する段になると、きたるべき公判に備えて検察と警察…、その場合、検察は公判担当検事、警察は公判対応責任者と言うんだが、その公判担当検事と公判対応責任者との間で公判対応について協議するんだよ」

「公判対応、ですか?」

「そう。まぁ、具体的に言うと、例えば公判担当検事が警察側の公判対応責任者に対して補充捜査を命じたり、とかな…」

「補充捜査…、ああ、つまり警察の捜査では公判で被疑者、いや、被告人の有罪を勝ち取るにはちと足りないので、もう少し、掘り下げてみろ、とか?」

「そういうことだ。例えば、少年事件課で被疑者の少年を…、それも被害者を死に至らしめた、16歳以上の少年を逮捕したとするよな?」

「ああ。いわゆる、逆送致ってやつでしたっけ?」

「そうだ。逆送とも言うが、ともあれ俺たち検察に身柄が送られ、一般成人と同じように起訴されるわけだが、その場合、その少年…、被害者を死に至らしめた16歳以上の少年の起訴、公判を巡って、事件主管課…、警視庁本部の少年事件課でその被疑者の少年を逮捕した場合にはその本部の少年事件課が事件主管課となるわけだが、その事件主管課の公判対応責任者が公判対応検事と少年の公判について協議することとなるわけだが…」

「なるほど…、その場合の窓口となるのが…、警察側の窓口となるのが田島だと?」

「そうだ。少年事件課では指導第二係のそれも係長が公判対応責任者に指定されているからな…」

「なるほど…、それで検察では…、検察の中に田島と接触したことがある人…、検事さんがいるというわけですね?」

「そういうことだ」

「部長は接触されたことは…」

「俺はずっと特捜畑だ」

 押田部長はどこか誇らしげな口調でそう告げた。

「だから田島と接触したことはない、と…」

「そうだ。だが、田林主任なら何か知っているかも知れん…」

「田林主任…、ああ、特捜部の田林主任検事さん?」

「ああ。あいつは去年まで公判部に籍を置いていたんだよ…」

「少年でも起訴ともなれば、当然、公判部が担当する、と?」

「そうだ」

「だから田島とも、もしかしたら接触したことがあると?」

「その通りだ」

「田島と接触したことがあれば田島の人となりについても知っていると?」

「そうだ。いや、それだけじゃない」

「と言うと?」

「仮に吉良君の言う通り、田島が小山の馬鹿息子の事件をもみ消したとして、その場合の事件はそんじょそこらの軽微な事件じゃない、もしかしたら…」

「ああ…、公判が開かれる、つまりは逆送案件の事件に相違なく、その場合、そういったことは悪評となって、必ずと言ってもいいほどに検察、それも公判部にまで届くものだと?」

 俺が先回りしてそう言うと、押田部長は満足気に頷き、それから卓上の電話を取ると、田林主任検事にかけたらしく、田林主任検事に対して大至急、特捜部長室に来るようにと命じたのであった。

 それから実際、間もなくして田林主任検事が特捜部長室に…、俺たちの元に姿を見せた。俺は既に、田林主任検事とも過去に顔を合わせていたので、その俺が特捜部長室にいたので田林主任検事は、「おや」という顔こそのぞかせたものの、それほど驚きはしなかった。

「ああ。田林検事、いま、手が空いてるかね?」

「はい。大丈夫です」

「良かった…、ちょっと長くなるから…」

 押田部長はそう言うと田林主任検事に対してソファに座るようすすめ、田林主任検事はそれに対して、「失礼します」と断ってから俺の隣に座った。

 そして押田部長も再び、テーブルを挟んで俺たちと向かい合って座ると田林主任検事に対してこれまでの経緯について要領良く語って聞かせた。

「…その上でだ、ずばり尋ねるが、田島なる刑事に聞き覚えはあるか?いや、悪評を耳にしたことがあるか?」

 押田部長がそう尋ねると、それに対して田林主任検事は考える間もなく、「あります」と即答したのであった。これには俺は元より、押田部長も目を丸くしたものである。
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