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俺の推理 3
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「田島の悪評を聞いたことがあると?公判担当検事として?」
押田部長は目の前に座る田林主任検事に対して念押しするように尋ねた。
「はい」
「それは…、一体、どんな悪評ですか?」
俺は思わず隣から口を挟んでしまった。だが押田部長にしろ、田林主任検事にしろ、嫌な顔ひとつ見せずに田林主任検事は俺の質問に答えてくれた。
「2年前、いや、1年半ほど前でしたか、世田谷署管内で傷害致死事案が発生しまして…」
1年半ほど前…、それに俺は大いに興味を惹かれた。それは押田部長も同じであった。何しろ1年半前といえば、警視総監の小山がまだ、警察庁の警備局長であった頃だからだ。
ともあれ押田部長は、「それで…」と田林主任検事に先を促した。
「はい。現場は世田谷署管内のゲームセンターでして、当時17歳の少年が30歳の会社員男性とトラブルになり、少年が会社員の男性を殴りまして、会社員の男性は意識不明の重体、翌日、収容先の病院で脳挫傷で死亡が確認されました。被疑者の少年はその場から逃走を図りました…」
「だとするならば、事件は所轄の生活安全課の少年係が担当したと?」
「いえ、その時点では…、世田谷警察署が事件を認知した時点では被疑者が少年とは分からず、刑事組織犯罪対策課が担当しました。ですが翌日、つまり被害者の会社員男性が死亡した日ですが、世田谷署に被疑者の少年が出頭しまして、そこで初めて被疑者が少年であることを世田谷警察署は認知し…」
「事件は刑事組織犯罪対策課から生活安全課の少年係へと引き継がれたわけだな?」
「その通りです」
「だが、被害者が死んだとあらば、それも被疑者の少年が17歳と、16歳以上であるからして、当然、逆送案件だな…」
「仰る通りです。そこできたるべき公判に備えて警視庁本部からも当時、少年事件課の指導第二係長の田島康裕が所轄警察署である世田谷警察署に出張り、一方、公判担当は私になりましたので…」
「君も世田谷警察署に出張り、そこで田島と公判対応について協議したわけだな?」
「その通りです」
「それで結果、君が公判を担当したと…」
「そのはずでした…」
田林主任検事は苦虫を噛み潰したような表情をした。それで俺はその先が読めた。
「そのはずとは?」
押田部長は聞き返した。
「直前になって外されまして…」
田林主任検事がそう答えると、俺は堪らず、「もしかして…」と割って入った。すると押田部長はそんな俺を注意するでもなく、「何だ?」と促した。俺は話す前に田林主任検事の顔を見た。すると田林主任検事は遮られたことで不快感を覚えている様子は微塵もなく、それどころか俺に対して頷いてみせたので、それで俺は話すことにした。
「もしかして…、被疑者の少年は他にもいたか、あるいはそもそも、その17歳の少年が被疑者ではなかったか、ともあれ、事件には不審な点があった…、そのことを世田谷署の捜査官から聞かされたのではありませんか?田林主任検事もまた、田島と公判対応でしたっけ?そいつを協議するために、はるばる世田谷警察署まで出張ったわけですから…」
俺の推理に田林主任検事は目を丸くした。どうやら当たりのようであった。
「その通りです。最初に事件を担当しました刑事組織犯罪対策課の警察官からもう少し、事件を掘り下げた方が良いと…」
「アドバイスを受けたんだな?」
「アドバイスと申しますよりは直訴でした…」
「直訴…、これはまた穏やかじゃないが、直訴というからには、何か余程の根拠があってのことなんだろうな。その警察官も…」
「その通りです」
「と言うと?」
「はい。実は犯行現場のゲームセンターには防犯カメラが備え付けられておりまして…」
「その防犯カメラに犯行の…、亡くなった30歳の会社員男性をボコボコにする場面がその防犯カメラに残っていたと?」
俺が先回りして尋ねると、「その通りです」と田林主任検事は律儀に答えてくれた。
「それで…、その防犯カメラには犯行の一部始終が映っていたわけだが、それにはその17歳の少年の犯行とするには何か、疑わしい映像でも残されていたというのかね?」
「仰る通りです。私も防犯カメラのその映像を…、被害者の会社員男性が暴行を加えられるその一部始終が記録されておりました映像を確認いたしましたが、そこには確かに17歳の被疑者の少年が映っておりましたが、しかし…」
「他にも誰かがいて、その誰かこそが会社員男性をボコボコにしていた…、そういうことですか?」
俺がやはり先回りして尋ねると、
「その通りです。それも出頭してきました17歳の少年は暴行に加わっているというよりは遠巻きに眺めているだけでして…」
田林主任検事もまた、律儀に答えてくれた。だがその後ですぐ、「但し、実際に被害者の会社員男性に暴行を加えておりましたのは一人ではありませんでしたが…」と付け加えた。
「一人じゃない?つまりその出頭してきた17歳の被疑者の少年以外の人間、それも複数の人間が会社員男性に暴行を加えていたと?」
押田部長は身を乗り出して尋ねた。
「そうです。具体的には3人の男、それも恐らくは出頭してきました17歳の被疑者の少年の仲間ではないかと…」
「いや…、それは仲間と言うよりはパシリ…、出頭してきた17歳の少年はパシリじゃありませんかね…、つまり都合4人のグループの中でその出頭してきた17歳の少年はパシリのような立ち位置で、それでお前が一人でやったことにしろと、そう命じられて出頭してきたんじゃ…、いや、出頭させられたんじゃないですか…」
俺がそんな見立てを説明すると、田林主任検事は頷いて、
「私に直訴してきましたその刑事組織犯罪対策課の警察官も同じ見立てでした」
そう教えてくれたのであった。
「だが…、仮にそうだとしても…、その出頭して来た17歳の少年がだよ、グループ内でパシリのような立場だったとしてもだ、それだけで…、仲間内の、つまりは実際に会社員男性に暴行を加えていた3人からお前ひとりの仕業だとして出頭しろと、そう命じられたところで素直に出頭するものかね…、いや、その少年自身に限って言えばその可能性もあるだろうが、しかし、その少年にだって親御さんがいるだろうに…」
押田部長は懐疑的な見方を示した。確かにその通りであった。
「出頭しようとする少年を両親が必ず止めるに違いない、と?いくら命じられたからって、そんな馬鹿な真似は止めろと…」
俺が尋ねると押田部長は、「ああ、それが普通だろう」と答えた。
「確かに…、普通の親ならそうするかも知れませんねぇ…」
俺は含みのある言い方をしたので、「何が言いたい?」と押田部長は俺に真意を尋ねた。
「もし、普通の親でなかったとしたら?」
「普通の親でなかった、だと?」
「ええ」
それから俺は田林主任検事に対してその出頭して来た17歳の被疑者の少年の親について尋ねた。
「どういうご両親…、いや、その前に二親は健在で?」
俺の古めかしい言い回しに田林主任検事は少しだけ頬を緩めたものの、しかしすぐに表情を引き締めると、
「健在です。同区内にて夫婦で町工場を経営しております」
そう先を見据えて答えた。
「なら…、こうは考えられませんか?その町工場は例えば…、赤字だったとか…」
「まさか…、経営建て直しに必要な資金を融通…、銀行、あるいは信用金庫を脅すか何かして、資金を融通してやるから、その代わりに、か?」
押田部長が先回りして尋ね、正しくその通りであったので、「ええ」と俺は答えた。
「それじゃあまるで…、倅を生贄にするようなものじゃないか…」
「ですがそれで経営を立て直せるとしたら?お宅の息子さん、一人の仕業として警察署に出頭してくれれば、お宅の経営するその傾きかけた町工場、その町工場が持ち直せるに十分な資金を確実に銀行から、あるいは信用金庫から引っ張ってくるから…、そう言い含められたとしたら…、3人のうちの誰かか、あるいは3人雁首そろえてか、それは分かりませんが、ともあれ、そう言い含められたとしたら…」
「それでも親だろう…」
「ええ。ですが経営に行き詰まっていたとしたら…、ギリギリ追い詰められていたとしたらどうでしょう…」
「大事な我が子を生贄にささげるのも厭わない、と?」
「その可能性は大いにあり得ると思いますがね…、しかもそのうちの一人が警察庁のお偉いさん…、小山だったとしたら、その言葉の信憑性も大いにあり得るというもので…」
「なるほど…、いや、だがそもそも防犯カメラの存在があれば、例えその17歳の少年が出頭してきたところで…、罪を一人で被ろうとしたところで、無駄だろう…」
確かに押田部長の言う通りである。
「いえ、それが…」
田林主任検事は表情を曇らせたので、俺はつい、「まさか…」と声を上げると、
「その防犯カメラがいつの間にか紛失していた、なんてことはありませんよね?」
続いてそう恐る恐る尋ねた。すると田林主任検事は、「そのまさかですよ」と答えてくれた。
「まさか…、田島が証拠品を握り潰したとか?」
俺が尋ねると、田林主任検事は頷いた。
「当時はまさか田島が証拠品を握り潰したとは思いませんでしたが…、いえ、薄々は察しておりましたが…」
「察していた?どういうことだ?」
「証拠品の防犯カメラに最後に手を触れましたのが田島でして…」
「それじゃあ…、その出頭して来た17歳の少年が犯人とするには疑わしいと、君に直訴してきた刑事組織犯罪対策課の警察官は田島に詰め寄ったんじゃないか?いや、それどころか刑事組織犯罪対策課の連中が皆、田島に詰め寄ったんじゃないか?」
「仰る通りです。この私も詰め寄りましたから。ですが…」
「ですが、何だ?」
「その直後、刑事部…、うちの刑事部が世田谷警察署より事件を召し上げてしまいまして…、あとは地検で捜査と公判を引き受けるからと…」
「所轄はもうお払い箱、ってことですか?」
俺が尋ねると田林主任検事は頷き、
「それと同時に、この私も公判担当から外されてしまいました…」
自嘲気味にそう告白したのであった。
「それは田林主任もまた、その出頭して来た17歳の少年の単独犯とするには疑義を唱えたから、ですね?」
俺が確かめるように尋ねると田林主任検事はやはり頷き、
「ともあれ、今こうしてお話をしますと、田島は証拠品の防犯カメラを紛失したと言うよりは握り潰したのではないかと、そう思えてきます…」
しみじみそう言った。だがそれに対して俺は、「いや…」と答えた。
「証拠品のカメラはまだ、田島が個人的に所有していると思いますね」
俺がそう推理を披露すると、「どういうことだね?」と押田部長が促した。
「俺が田島の立場なら、その防犯カメラは正しくお宝映像です。何しろ、警察庁の警備局長という幹部警察官の馬鹿息子の不祥事の記録映像ですからねぇ…」
「取引材料に使える、からか?」
押田部長がそう口を挟んだ。
「ええ、正しく…、出世の取引材料に使えますから、俺なら絶対に捨てませんけどね…、だがそうだとしても分からないこともある…」
「何だ?」
「仮に真犯人の一味…、3人いたそうですが、そのうちの1人が警察庁警備局長の小山の馬鹿息子だったとして、検察にしてみればこんな美味しい事件はないんじゃないですかね…」
「なるほど…、警察幹部の倅が引き起こした不祥事、いや、不祥事なんてそんな生易しいものじゃない、人一人が死んだ重大事件に関与していた…、それも犯人の一味だったとあらば、是が非でもその馬鹿息子を起訴に持ち込むに違いない…、吉良君はそう見ているんだね?」
「仰る通りです。検察にしてみれば警察に一泡吹かせられるまたとない機会でしょうから…」
「だがそれは…、まさか警察幹部の馬鹿息子が映っていたとは検察も知らなかったからじゃないか?」
「だとしても、いや、だとするならば、その後の検察の動き…、所轄の世田谷警察署から事件を召し上げた検察の動きが理解できません。いえ、地検が所轄から事件を召し上げることなど日常茶飯事というのであれば何ら不可解ではありませんが…」
俺がそう問いかけると、押田部長は押し黙った。どうやら地検が所轄警察署から事件を召し上げるなど、異例のようだった。
押田部長は目の前に座る田林主任検事に対して念押しするように尋ねた。
「はい」
「それは…、一体、どんな悪評ですか?」
俺は思わず隣から口を挟んでしまった。だが押田部長にしろ、田林主任検事にしろ、嫌な顔ひとつ見せずに田林主任検事は俺の質問に答えてくれた。
「2年前、いや、1年半ほど前でしたか、世田谷署管内で傷害致死事案が発生しまして…」
1年半ほど前…、それに俺は大いに興味を惹かれた。それは押田部長も同じであった。何しろ1年半前といえば、警視総監の小山がまだ、警察庁の警備局長であった頃だからだ。
ともあれ押田部長は、「それで…」と田林主任検事に先を促した。
「はい。現場は世田谷署管内のゲームセンターでして、当時17歳の少年が30歳の会社員男性とトラブルになり、少年が会社員の男性を殴りまして、会社員の男性は意識不明の重体、翌日、収容先の病院で脳挫傷で死亡が確認されました。被疑者の少年はその場から逃走を図りました…」
「だとするならば、事件は所轄の生活安全課の少年係が担当したと?」
「いえ、その時点では…、世田谷警察署が事件を認知した時点では被疑者が少年とは分からず、刑事組織犯罪対策課が担当しました。ですが翌日、つまり被害者の会社員男性が死亡した日ですが、世田谷署に被疑者の少年が出頭しまして、そこで初めて被疑者が少年であることを世田谷警察署は認知し…」
「事件は刑事組織犯罪対策課から生活安全課の少年係へと引き継がれたわけだな?」
「その通りです」
「だが、被害者が死んだとあらば、それも被疑者の少年が17歳と、16歳以上であるからして、当然、逆送案件だな…」
「仰る通りです。そこできたるべき公判に備えて警視庁本部からも当時、少年事件課の指導第二係長の田島康裕が所轄警察署である世田谷警察署に出張り、一方、公判担当は私になりましたので…」
「君も世田谷警察署に出張り、そこで田島と公判対応について協議したわけだな?」
「その通りです」
「それで結果、君が公判を担当したと…」
「そのはずでした…」
田林主任検事は苦虫を噛み潰したような表情をした。それで俺はその先が読めた。
「そのはずとは?」
押田部長は聞き返した。
「直前になって外されまして…」
田林主任検事がそう答えると、俺は堪らず、「もしかして…」と割って入った。すると押田部長はそんな俺を注意するでもなく、「何だ?」と促した。俺は話す前に田林主任検事の顔を見た。すると田林主任検事は遮られたことで不快感を覚えている様子は微塵もなく、それどころか俺に対して頷いてみせたので、それで俺は話すことにした。
「もしかして…、被疑者の少年は他にもいたか、あるいはそもそも、その17歳の少年が被疑者ではなかったか、ともあれ、事件には不審な点があった…、そのことを世田谷署の捜査官から聞かされたのではありませんか?田林主任検事もまた、田島と公判対応でしたっけ?そいつを協議するために、はるばる世田谷警察署まで出張ったわけですから…」
俺の推理に田林主任検事は目を丸くした。どうやら当たりのようであった。
「その通りです。最初に事件を担当しました刑事組織犯罪対策課の警察官からもう少し、事件を掘り下げた方が良いと…」
「アドバイスを受けたんだな?」
「アドバイスと申しますよりは直訴でした…」
「直訴…、これはまた穏やかじゃないが、直訴というからには、何か余程の根拠があってのことなんだろうな。その警察官も…」
「その通りです」
「と言うと?」
「はい。実は犯行現場のゲームセンターには防犯カメラが備え付けられておりまして…」
「その防犯カメラに犯行の…、亡くなった30歳の会社員男性をボコボコにする場面がその防犯カメラに残っていたと?」
俺が先回りして尋ねると、「その通りです」と田林主任検事は律儀に答えてくれた。
「それで…、その防犯カメラには犯行の一部始終が映っていたわけだが、それにはその17歳の少年の犯行とするには何か、疑わしい映像でも残されていたというのかね?」
「仰る通りです。私も防犯カメラのその映像を…、被害者の会社員男性が暴行を加えられるその一部始終が記録されておりました映像を確認いたしましたが、そこには確かに17歳の被疑者の少年が映っておりましたが、しかし…」
「他にも誰かがいて、その誰かこそが会社員男性をボコボコにしていた…、そういうことですか?」
俺がやはり先回りして尋ねると、
「その通りです。それも出頭してきました17歳の少年は暴行に加わっているというよりは遠巻きに眺めているだけでして…」
田林主任検事もまた、律儀に答えてくれた。だがその後ですぐ、「但し、実際に被害者の会社員男性に暴行を加えておりましたのは一人ではありませんでしたが…」と付け加えた。
「一人じゃない?つまりその出頭してきた17歳の被疑者の少年以外の人間、それも複数の人間が会社員男性に暴行を加えていたと?」
押田部長は身を乗り出して尋ねた。
「そうです。具体的には3人の男、それも恐らくは出頭してきました17歳の被疑者の少年の仲間ではないかと…」
「いや…、それは仲間と言うよりはパシリ…、出頭してきた17歳の少年はパシリじゃありませんかね…、つまり都合4人のグループの中でその出頭してきた17歳の少年はパシリのような立ち位置で、それでお前が一人でやったことにしろと、そう命じられて出頭してきたんじゃ…、いや、出頭させられたんじゃないですか…」
俺がそんな見立てを説明すると、田林主任検事は頷いて、
「私に直訴してきましたその刑事組織犯罪対策課の警察官も同じ見立てでした」
そう教えてくれたのであった。
「だが…、仮にそうだとしても…、その出頭して来た17歳の少年がだよ、グループ内でパシリのような立場だったとしてもだ、それだけで…、仲間内の、つまりは実際に会社員男性に暴行を加えていた3人からお前ひとりの仕業だとして出頭しろと、そう命じられたところで素直に出頭するものかね…、いや、その少年自身に限って言えばその可能性もあるだろうが、しかし、その少年にだって親御さんがいるだろうに…」
押田部長は懐疑的な見方を示した。確かにその通りであった。
「出頭しようとする少年を両親が必ず止めるに違いない、と?いくら命じられたからって、そんな馬鹿な真似は止めろと…」
俺が尋ねると押田部長は、「ああ、それが普通だろう」と答えた。
「確かに…、普通の親ならそうするかも知れませんねぇ…」
俺は含みのある言い方をしたので、「何が言いたい?」と押田部長は俺に真意を尋ねた。
「もし、普通の親でなかったとしたら?」
「普通の親でなかった、だと?」
「ええ」
それから俺は田林主任検事に対してその出頭して来た17歳の被疑者の少年の親について尋ねた。
「どういうご両親…、いや、その前に二親は健在で?」
俺の古めかしい言い回しに田林主任検事は少しだけ頬を緩めたものの、しかしすぐに表情を引き締めると、
「健在です。同区内にて夫婦で町工場を経営しております」
そう先を見据えて答えた。
「なら…、こうは考えられませんか?その町工場は例えば…、赤字だったとか…」
「まさか…、経営建て直しに必要な資金を融通…、銀行、あるいは信用金庫を脅すか何かして、資金を融通してやるから、その代わりに、か?」
押田部長が先回りして尋ね、正しくその通りであったので、「ええ」と俺は答えた。
「それじゃあまるで…、倅を生贄にするようなものじゃないか…」
「ですがそれで経営を立て直せるとしたら?お宅の息子さん、一人の仕業として警察署に出頭してくれれば、お宅の経営するその傾きかけた町工場、その町工場が持ち直せるに十分な資金を確実に銀行から、あるいは信用金庫から引っ張ってくるから…、そう言い含められたとしたら…、3人のうちの誰かか、あるいは3人雁首そろえてか、それは分かりませんが、ともあれ、そう言い含められたとしたら…」
「それでも親だろう…」
「ええ。ですが経営に行き詰まっていたとしたら…、ギリギリ追い詰められていたとしたらどうでしょう…」
「大事な我が子を生贄にささげるのも厭わない、と?」
「その可能性は大いにあり得ると思いますがね…、しかもそのうちの一人が警察庁のお偉いさん…、小山だったとしたら、その言葉の信憑性も大いにあり得るというもので…」
「なるほど…、いや、だがそもそも防犯カメラの存在があれば、例えその17歳の少年が出頭してきたところで…、罪を一人で被ろうとしたところで、無駄だろう…」
確かに押田部長の言う通りである。
「いえ、それが…」
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「その防犯カメラがいつの間にか紛失していた、なんてことはありませんよね?」
続いてそう恐る恐る尋ねた。すると田林主任検事は、「そのまさかですよ」と答えてくれた。
「まさか…、田島が証拠品を握り潰したとか?」
俺が尋ねると、田林主任検事は頷いた。
「当時はまさか田島が証拠品を握り潰したとは思いませんでしたが…、いえ、薄々は察しておりましたが…」
「察していた?どういうことだ?」
「証拠品の防犯カメラに最後に手を触れましたのが田島でして…」
「それじゃあ…、その出頭して来た17歳の少年が犯人とするには疑わしいと、君に直訴してきた刑事組織犯罪対策課の警察官は田島に詰め寄ったんじゃないか?いや、それどころか刑事組織犯罪対策課の連中が皆、田島に詰め寄ったんじゃないか?」
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俺が確かめるように尋ねると田林主任検事はやはり頷き、
「ともあれ、今こうしてお話をしますと、田島は証拠品の防犯カメラを紛失したと言うよりは握り潰したのではないかと、そう思えてきます…」
しみじみそう言った。だがそれに対して俺は、「いや…」と答えた。
「証拠品のカメラはまだ、田島が個人的に所有していると思いますね」
俺がそう推理を披露すると、「どういうことだね?」と押田部長が促した。
「俺が田島の立場なら、その防犯カメラは正しくお宝映像です。何しろ、警察庁の警備局長という幹部警察官の馬鹿息子の不祥事の記録映像ですからねぇ…」
「取引材料に使える、からか?」
押田部長がそう口を挟んだ。
「ええ、正しく…、出世の取引材料に使えますから、俺なら絶対に捨てませんけどね…、だがそうだとしても分からないこともある…」
「何だ?」
「仮に真犯人の一味…、3人いたそうですが、そのうちの1人が警察庁警備局長の小山の馬鹿息子だったとして、検察にしてみればこんな美味しい事件はないんじゃないですかね…」
「なるほど…、警察幹部の倅が引き起こした不祥事、いや、不祥事なんてそんな生易しいものじゃない、人一人が死んだ重大事件に関与していた…、それも犯人の一味だったとあらば、是が非でもその馬鹿息子を起訴に持ち込むに違いない…、吉良君はそう見ているんだね?」
「仰る通りです。検察にしてみれば警察に一泡吹かせられるまたとない機会でしょうから…」
「だがそれは…、まさか警察幹部の馬鹿息子が映っていたとは検察も知らなかったからじゃないか?」
「だとしても、いや、だとするならば、その後の検察の動き…、所轄の世田谷警察署から事件を召し上げた検察の動きが理解できません。いえ、地検が所轄から事件を召し上げることなど日常茶飯事というのであれば何ら不可解ではありませんが…」
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