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俺の推理 4
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「…だが、実際には吉良君が言う通り、俺たち検察は不可解な動きをした。いや、言い訳をするわけではないが、不可解な動きをしたのは俺たち特捜ではなく刑事部とそれに公判部だが…、地検刑事部が所轄警察署から事件を召し上げることなど大よそあり得ない。まして公判部がそんな刑事部の不審な動きを黙認し、あまつさえ手を貸すこともな。にもかかわらず、実際にはそのあり得ないことが起こった…、ということは検察…、刑事部にしても公判部にしてもそのゲームセンターで発生した会社員暴行傷害致死事件について、出頭して来たその17歳の少年が真犯人ではないと知っていたから…、そしてそれを黙認舌から・・・、そうとしかこの不可解な動きは説明できない…」
押田部長は頭を抱えるようにしてそう呟いた。
「ええ。そしてもっと不可解なことに、検察は結局、その出頭して来た17歳の少年の単独犯行として起訴したわけですが、これは警察の利益に適うことでして…、何しろ紛失した、恐らくは田島が今でも隠し持っているに違いない防犯カメラの映像…、ビデオテープですか、そのビデオテープの映像にはその当時は警備局長だった小山の馬鹿息子と共に、それにあと2人の合わせて3人が会社員男性に暴行を加えている場面が記録されていたのでしょうが…、ともあれ検察は…、刑事部も公判部もそれには目をつぶり、出頭して来た17歳の少年の単独犯行として起訴した…、となれば当然、小山はホッとしたでしょうし、何より警察の威信を傷付けずに済んだわけで…、ですがこれでは検察は警察の下請け仕事をしたも同然ですよね…」
「確かに…、いや、俺が刑事部なら田島をとっちめるがな…、あるいは田島の自宅を家宅捜索してでも問題のその、警察幹部の子弟の犯罪を立証する防犯カメラのビデオテープを押さえて、その子弟を真犯人の一味として逮捕…、いや、それ以前に出頭してきた、つまりは身代わりの17歳の少年を徹底的に取り調べて、真実を語らせて、真犯人の3人の少年たちの名を聞き出し、改めて逮捕・起訴するがな…」
押田部長はそう断言し、田林主任検事も同感であったらしく頷いた。
「だが結果として検察は…、刑事部にしろ公判部にしろそうはせずに警察の下請け仕事のような真似をした…」
「ああ…」
難しそうな顔をして頷く押田部長に対して俺は、「でもね…」と続けた。
「一つだけ、検察のこの一見、不可解な、っつか矛盾極まりない対応にも納得のいく説明があるんですよ…、いや、その可能性に過ぎませんが…」
俺が思わせぶりにそう言うと、押田部長は「何だ」と勢い込んで尋ねた。
「順を追って説明しますとね…、ゲームセンターで会社員男性とトラブルになり、その会社員男性をボコボコにして意識不明の重体を負わせた小山の馬鹿息子は家に逃げ帰ると親に、警備局長だった小山に泣き付いたはずです…」
「とんでもないことをしてしまった、とでも言って泣き付いたわけだな?」
「ええ。小山は当然、馬鹿息子から事情を問い質したはずです。勿論、他にも暴行に加わっていたあとの二人の少年の身元についても、そしてただ遠巻きに眺めていただけの、後に出頭することになる、自分たちがパシリに使っていた17歳の少年の身元についても…」
「まさか…、あとの二人のうち一人は…」
どうやら押田部長は気付いた様子であった。
「ええ。お察しの通り、恐らくは法務検察幹部の子弟、いや、馬鹿息子ではなかったかと…、ともあれ倅から話を聞いた小山警備局長はビックリ仰天したはずです。そして何としてでもこれをもみ消なければとも思ったことでしょう…、この不肖の息子のためにも…、何より警備局長というポストを失いたくない自分のためにも…」
保身の方が勝った…、俺はそう示唆した。
「そこで小山は少年事件課の指導第二係長の田島にコンタクトを取ったと?」
「恐らくは…、それも自らの不祥事に関することですから、ワンクッション置くこともせず、いきなり、それもその日のうちに田島にコンタクトを取って、直ちに会ったものと思われます」
「うむ。それで?」
「小山は田島に会うなり事の次第を…、倅より打ち明けられた話をそのまま田島に伝えたはずです。被害者はもう駄目だろう、とも。それに対して田島は事件現場から判断して所轄が世田谷警察署であること、さらにその現状、まだ犯人が未成年者だとは所轄の世田谷警察署にも判断できないでしょうから当然、成人がしでかした犯罪として刑事組織犯罪対策課が動いていること、そして場所柄…、ゲームセンターという場所柄から考えて当然、刑事組織犯罪対策課は防犯カメラ…、事件当時の防犯カメラのビデオテープを押さえたであろうから、いずれにしろ逮捕は時間の問題だろうとも、田島は小山に伝えたものと思われます…」
「うむ…、つまり倅の逮捕は時間の問題だと…」
「ええ。そしてこれを解決するにはまだ刑事組織犯罪対策課が防犯カメラのビデオテープの映像から犯人の身元を特定していない今この段階において別人を、それも16歳以上の少年を身代わりに立てて出頭させること…、田島は小山にそうアドバイスをしたはずです。そうすれば事件は組織犯罪対策課から少年係へと引き継がれることになりますから…」
「なるほど…」
「いや、もしかしたら小山は田島にコンタクトを取ろうとした時点で、それを頭に思い描いていたのかも知れません」
「小山が田島に倅が引き起こした事件…、傷害致死事件をもみ消させようと、それを頭に思い描いていたと?」
「そうです。16歳以上の少年による人を死に至らしめた事件ともなれば…、その事件が少年係へと引き継がれれば、その少年の身柄は当然、検察に逆送致、成人と同様に裁かれるわけですから、警察としては公判対応でしたっけ?それについて公判担当検事と打ち合わせをしなければなりませんから…、馬鹿息子から話を聞いた小山は被害者はもう助かるまいと判断して…」
「なるほど…、警察側からは公判対応責任者として本部より少年事件課の指導第二係長が所轄に出張ってくる…」
「ええ。小山はその図を思い描いたからこそ、とうの本人とも言うべき指導第二係長の田島にコンタクトを取ったのかも知れません…、ともあれ話を聞いた田島は繰り返しますが、16歳以上の少年を身代わりにして直ちに所轄の世田谷警察署に出頭させることを提案、それに対して小山はそれならばと、暴行の現場を遠巻きに眺めていただけの、倅がパシリにしていた17歳の少年を出頭させることを思いついた…」
「なるほど…」
「ああ、それから小山は勿論、田島に対して証拠となる…、倅の犯罪を立証するであろう防犯カメラのビデオテープを奪取することもあわせて命じたはずです。事件が組織犯罪対策課から少年係へと引き継がれれば、証拠品も当然、少年係へと引き継がれることになりますから、そうなれば公判対応責任者として所轄であるその世田谷警察署に出張ることとなる、本部少年事件課指導第二係長の田島にも証拠品である防犯カメラに触れる機会があるでしょうから…」
「その機会を利用して、証拠品を奪取しろ、そうすればあとは紛失で押し通せと…、本部も勿論、その言い分をバックアップさせるからと?」
「ええ。ともあれ田島が意気揚々と世田谷警察署に乗り込むためには、身代わりを、それも16歳以上の少年を世田谷警察署に出頭させることが大前提ですから、田島としても小山に急ぐようアドバイスをしたはずです」
「うむ」
「そこで小山はその日のうちに倅がパシリに使っていたその17歳の少年を身代わりに立てることを思いつき、まずはその両親にコンタクトを取ったものと思われます…」
「俺の倅の身代わりになって欲しい、と?」
「ええ。小山はその17歳の少年の両親に対して倅とあとの2人…、検察幹部を親に持つ少年とさらにもう一人の少年がゲームセンターで会社員男性に暴行を加えて死に至らしめ、それをお宅の息子さんが遠巻きに眺めていた…、もしお宅の息子さんが身代わりになってくれるのなら…、真犯人として所轄の世田谷警察署に出頭してくれるのであれば、経営が悪化しているお宅の町工場に対して銀行に、あるいは信用金庫に融資をさせようじゃないか…、そう持ちかけたのではないでしょうか…」
「俺がその17歳の少年の父親だったら激怒するがな…」
「それが普通でしょうが、ですが、この父親、そして母親にしてももはや、そんな余裕がないほどに追い詰められていたとしたら…」
「小山の話に飛びつくかも知れない、と?」
「ええ」
「だが、いかに警察幹部から頼まれたからと言ったって…、警察幹部にしろ、あるいは法務検察幹部にしろ、世間的なイメージは良いだろうが、しかし果たして銀行からの融資を引き出すほどの力があるとは思えんがな…」
「いや…」
「何だ?」
「あとのもう一人…、3人目の少年の正体が政治家の子弟だったらどうでしょう…」
「なるほど…、政治家の子弟…、つまり親が政治家ともなれば銀行に融資の口を利く程度の力はあるだろうと、追い詰められた人間ならばそう判断するに違いないな…」
「ええ。親が政治家ならば銀行や信用金庫に顔が利くだろう…、そう判断したとしても不思議ではありません」
「なるほど…」
「そうして結局、その17歳の少年…、ただ暴行の現場を遠巻きに眺めていただけの、小山の倅やそれに検察幹部、あるいは政治家の子弟たちがパシリに使っていた17歳の少年が両親に説き伏せられる格好で、その翌日…、被害者が死んだ日に自分がやりましたと出頭した…、そういうことなのかも知れない…」
「なるほど…、それでその後はやはり吉良君が推理した通りに事が推移したと?」
「恐らくは…、17歳の少年が世田谷警察署に出頭したことで、事件は刑事組織犯罪対策課から少年係へと引き継がれ、被害者が死んだこともあり、当然、検察へとその身柄が逆送致されることが予想されるので、警視庁本部より少年事件課の指導第二係長の田島が公判対応責任者として世田谷警察署に出張り、やはり警察署に出張ってきた公判担当検事…、当初は田林主任が公判担当検事として、田島と打ち合わせるべく世田谷警察署に出張り、実際、田島と今後の公判対応について協議をされたわけですよね?」
俺は田林主任検事の方を見て尋ねた。
「ええ。数回だけですが…」
「その間に田島は見事…、と申し上げては語弊があるでしょうが、証拠の品…、小山の馬鹿息子たちの犯罪を立証する大事な証拠の品である防犯カメラのビデオテープを奪取した…」
俺がそこまで言うと、「いや、待てよ…」と押田部長が遮った。
「君の推理によると、法務検察幹部の子弟も混じっていたとのことだな?犯人の一味の中に…」
「ええ」
「だとしたら、その子弟、いや、馬鹿息子にしても同様に…、小山の馬鹿息子と同様に、法務検察幹部である父親に泣き付いたのではないか?何とかしてくれと…」
「いや、だとしたらもっと早くに事件を所轄警察署から身内の検察へと召し上げたはずです」
「ああ、そうか…」
「恐らく、ですが、法務検察幹部の馬鹿息子は小山の馬鹿息子とは違って、嵐が通り過ぎるのを待つ心境だったのではないでしょうかねぇ…」
「さしずめ、時間が解決してくれる…、要はそのうち何とかなるだろうと?」
「ええ。それで親にも言わなかった…、検察…、地検刑事部やそれに公判部の動きが当初はイレギュラーなものではなく、極めて自然な動きであったのはそのためではありませんかねぇ…」
「だが、結果として検察は…、刑事部とそれに公判部はイレギュラーな動きを示した…」
「ええ。それも田島が証拠の品を押さえた時点…、その直後にね…」
「…どういう意味だ?」
「恐らく田島は小山に命じられた通り、証拠の品を…、防犯カメラのビデオテープを押さえた時点で小山に報告したはずです。もうこれで一安心ですよ、とか何とか言って…」
「ふむ…、だが小山にしてみれば田島からその証拠の品を受け取らない限りは安心できまい?」
「その通りです。ですが田島にしてみればその証拠の品は保険のようなものですからねぇ…、そのお宝映像とも言うべき証拠の品を抱え続けている限りは、小山からもう用済みとして切り捨てられることはない…、その意味で保険のようなものですから、そう易々と小山に引き渡さなかったはずです…」
「だがそれでは小山は納得しまい?」
「ええ。ですから田島はその証拠の品、もといお宝映像をダビングしたのではないでしょうか…」
「ダビング…、と言うことは田島はダビングしたテープを小山に渡したと?」
「あるいは元のテープを渡したか…、そこまでは分かりませんが、ともかく田島は小山に証拠の品を渡す際に、この証拠の品は山ほどダビングしてあるので、よもやないとは思いますが、俺を用済みとして切り捨てるようなことがあれば、その山ほどダビングしたテープがマスコミに流れることになりますよ…、なんて脅しをかけたんじゃないでしょうかねぇ…、小山に対して…」
「なるほど…、大いに考えられるな」
「一方、小山としては内心、苦虫を噛み潰したはずです。恐らくは小山にしても馬鹿息子の犯罪行為を証するその証拠の品である防犯カメラのビデオテープが手に入れば、その時点で田島はもう用済みとして切り捨てるつもりだったはずでしょうから…」
「確かに…、防犯カメラのビデオテープが山ほど、ダビングしてあるとなると、そう易々と田島を切り捨てるわけにはいかなくなるからな…、己を切り捨てるようなことがあればマスコミに流れるとも、田島から脅しをかけられたとなると、小山としても田島を切り捨てるわけにはいかないからな…」
「そうです。小山も一応は田島のブラフではないかと疑ったかも知れませんが…」
「やはりここはブラフなどではないと、そう考えただろうな…」
「そうでしょうね。ともあれ小山としては田島に関しては今後の出世を約束し、その一方で馬鹿息子と共に会社員男性に暴行を加えて死に至らしめた仲間…、そのうちの一人の親…、法務検察幹部に対して脅しをかけたはずです…」
「ゲームセンターでの会社員暴行傷害致死事件で、出頭してきた17歳の少年は実は真犯人ではなく、お宅のご子息こそが真犯人ですよ、と?」
「そうだと思います。小山はその上で、それが証拠に、お宅のご子息がゲームセンターで会社員男性に暴行を加えて死に至らしめた証拠の映像を押さえてある…、そう法務検察幹部に匂わせた…、当然、法務検察幹部はビックリ仰天したでしょう。と同時に事の真偽を正すべく、息子を詰問したはずです。その結果…」
「息子は認めた…、いや、俺だけじゃなく、警察庁警備局長の小山と、それに政治家、その子弟も一緒になって暴行を加えたと言い訳したんじゃないか?」
「勿論、そう言い訳したでしょう。ですからその法務検察幹部としては大激怒したはずです…」
「当然、小山に対して、だな?」
「そうです。その法務検察幹部としては、よくも抜け抜けと…、そんな感覚に囚われたはずです…」
「確かに…、小山の馬鹿息子も暴行傷害致死の被疑者でありながら、さも検察幹部の馬鹿息子一人の犯罪のように言われれば、そう思うのも、いや、激怒するのが当然だろうな…」
「ええ。ですが現実問題として小山のみならず、法務検察幹部の馬鹿息子までも関わっていた会社員暴行傷害致死事件、それを証する証拠の品は警察、っつか小山に握られてしまっている以上、法務検察幹部としてもあまり大きくは出られず、そこで法務検察幹部としては極めて不本意だったでしょうが…」
「警察の下請け仕事のような真似をしたと、そういうことか?」
「恐らくは…」
俺は頷いた。
押田部長は頭を抱えるようにしてそう呟いた。
「ええ。そしてもっと不可解なことに、検察は結局、その出頭して来た17歳の少年の単独犯行として起訴したわけですが、これは警察の利益に適うことでして…、何しろ紛失した、恐らくは田島が今でも隠し持っているに違いない防犯カメラの映像…、ビデオテープですか、そのビデオテープの映像にはその当時は警備局長だった小山の馬鹿息子と共に、それにあと2人の合わせて3人が会社員男性に暴行を加えている場面が記録されていたのでしょうが…、ともあれ検察は…、刑事部も公判部もそれには目をつぶり、出頭して来た17歳の少年の単独犯行として起訴した…、となれば当然、小山はホッとしたでしょうし、何より警察の威信を傷付けずに済んだわけで…、ですがこれでは検察は警察の下請け仕事をしたも同然ですよね…」
「確かに…、いや、俺が刑事部なら田島をとっちめるがな…、あるいは田島の自宅を家宅捜索してでも問題のその、警察幹部の子弟の犯罪を立証する防犯カメラのビデオテープを押さえて、その子弟を真犯人の一味として逮捕…、いや、それ以前に出頭してきた、つまりは身代わりの17歳の少年を徹底的に取り調べて、真実を語らせて、真犯人の3人の少年たちの名を聞き出し、改めて逮捕・起訴するがな…」
押田部長はそう断言し、田林主任検事も同感であったらしく頷いた。
「だが結果として検察は…、刑事部にしろ公判部にしろそうはせずに警察の下請け仕事のような真似をした…」
「ああ…」
難しそうな顔をして頷く押田部長に対して俺は、「でもね…」と続けた。
「一つだけ、検察のこの一見、不可解な、っつか矛盾極まりない対応にも納得のいく説明があるんですよ…、いや、その可能性に過ぎませんが…」
俺が思わせぶりにそう言うと、押田部長は「何だ」と勢い込んで尋ねた。
「順を追って説明しますとね…、ゲームセンターで会社員男性とトラブルになり、その会社員男性をボコボコにして意識不明の重体を負わせた小山の馬鹿息子は家に逃げ帰ると親に、警備局長だった小山に泣き付いたはずです…」
「とんでもないことをしてしまった、とでも言って泣き付いたわけだな?」
「ええ。小山は当然、馬鹿息子から事情を問い質したはずです。勿論、他にも暴行に加わっていたあとの二人の少年の身元についても、そしてただ遠巻きに眺めていただけの、後に出頭することになる、自分たちがパシリに使っていた17歳の少年の身元についても…」
「まさか…、あとの二人のうち一人は…」
どうやら押田部長は気付いた様子であった。
「ええ。お察しの通り、恐らくは法務検察幹部の子弟、いや、馬鹿息子ではなかったかと…、ともあれ倅から話を聞いた小山警備局長はビックリ仰天したはずです。そして何としてでもこれをもみ消なければとも思ったことでしょう…、この不肖の息子のためにも…、何より警備局長というポストを失いたくない自分のためにも…」
保身の方が勝った…、俺はそう示唆した。
「そこで小山は少年事件課の指導第二係長の田島にコンタクトを取ったと?」
「恐らくは…、それも自らの不祥事に関することですから、ワンクッション置くこともせず、いきなり、それもその日のうちに田島にコンタクトを取って、直ちに会ったものと思われます」
「うむ。それで?」
「小山は田島に会うなり事の次第を…、倅より打ち明けられた話をそのまま田島に伝えたはずです。被害者はもう駄目だろう、とも。それに対して田島は事件現場から判断して所轄が世田谷警察署であること、さらにその現状、まだ犯人が未成年者だとは所轄の世田谷警察署にも判断できないでしょうから当然、成人がしでかした犯罪として刑事組織犯罪対策課が動いていること、そして場所柄…、ゲームセンターという場所柄から考えて当然、刑事組織犯罪対策課は防犯カメラ…、事件当時の防犯カメラのビデオテープを押さえたであろうから、いずれにしろ逮捕は時間の問題だろうとも、田島は小山に伝えたものと思われます…」
「うむ…、つまり倅の逮捕は時間の問題だと…」
「ええ。そしてこれを解決するにはまだ刑事組織犯罪対策課が防犯カメラのビデオテープの映像から犯人の身元を特定していない今この段階において別人を、それも16歳以上の少年を身代わりに立てて出頭させること…、田島は小山にそうアドバイスをしたはずです。そうすれば事件は組織犯罪対策課から少年係へと引き継がれることになりますから…」
「なるほど…」
「いや、もしかしたら小山は田島にコンタクトを取ろうとした時点で、それを頭に思い描いていたのかも知れません」
「小山が田島に倅が引き起こした事件…、傷害致死事件をもみ消させようと、それを頭に思い描いていたと?」
「そうです。16歳以上の少年による人を死に至らしめた事件ともなれば…、その事件が少年係へと引き継がれれば、その少年の身柄は当然、検察に逆送致、成人と同様に裁かれるわけですから、警察としては公判対応でしたっけ?それについて公判担当検事と打ち合わせをしなければなりませんから…、馬鹿息子から話を聞いた小山は被害者はもう助かるまいと判断して…」
「なるほど…、警察側からは公判対応責任者として本部より少年事件課の指導第二係長が所轄に出張ってくる…」
「ええ。小山はその図を思い描いたからこそ、とうの本人とも言うべき指導第二係長の田島にコンタクトを取ったのかも知れません…、ともあれ話を聞いた田島は繰り返しますが、16歳以上の少年を身代わりにして直ちに所轄の世田谷警察署に出頭させることを提案、それに対して小山はそれならばと、暴行の現場を遠巻きに眺めていただけの、倅がパシリにしていた17歳の少年を出頭させることを思いついた…」
「なるほど…」
「ああ、それから小山は勿論、田島に対して証拠となる…、倅の犯罪を立証するであろう防犯カメラのビデオテープを奪取することもあわせて命じたはずです。事件が組織犯罪対策課から少年係へと引き継がれれば、証拠品も当然、少年係へと引き継がれることになりますから、そうなれば公判対応責任者として所轄であるその世田谷警察署に出張ることとなる、本部少年事件課指導第二係長の田島にも証拠品である防犯カメラに触れる機会があるでしょうから…」
「その機会を利用して、証拠品を奪取しろ、そうすればあとは紛失で押し通せと…、本部も勿論、その言い分をバックアップさせるからと?」
「ええ。ともあれ田島が意気揚々と世田谷警察署に乗り込むためには、身代わりを、それも16歳以上の少年を世田谷警察署に出頭させることが大前提ですから、田島としても小山に急ぐようアドバイスをしたはずです」
「うむ」
「そこで小山はその日のうちに倅がパシリに使っていたその17歳の少年を身代わりに立てることを思いつき、まずはその両親にコンタクトを取ったものと思われます…」
「俺の倅の身代わりになって欲しい、と?」
「ええ。小山はその17歳の少年の両親に対して倅とあとの2人…、検察幹部を親に持つ少年とさらにもう一人の少年がゲームセンターで会社員男性に暴行を加えて死に至らしめ、それをお宅の息子さんが遠巻きに眺めていた…、もしお宅の息子さんが身代わりになってくれるのなら…、真犯人として所轄の世田谷警察署に出頭してくれるのであれば、経営が悪化しているお宅の町工場に対して銀行に、あるいは信用金庫に融資をさせようじゃないか…、そう持ちかけたのではないでしょうか…」
「俺がその17歳の少年の父親だったら激怒するがな…」
「それが普通でしょうが、ですが、この父親、そして母親にしてももはや、そんな余裕がないほどに追い詰められていたとしたら…」
「小山の話に飛びつくかも知れない、と?」
「ええ」
「だが、いかに警察幹部から頼まれたからと言ったって…、警察幹部にしろ、あるいは法務検察幹部にしろ、世間的なイメージは良いだろうが、しかし果たして銀行からの融資を引き出すほどの力があるとは思えんがな…」
「いや…」
「何だ?」
「あとのもう一人…、3人目の少年の正体が政治家の子弟だったらどうでしょう…」
「なるほど…、政治家の子弟…、つまり親が政治家ともなれば銀行に融資の口を利く程度の力はあるだろうと、追い詰められた人間ならばそう判断するに違いないな…」
「ええ。親が政治家ならば銀行や信用金庫に顔が利くだろう…、そう判断したとしても不思議ではありません」
「なるほど…」
「そうして結局、その17歳の少年…、ただ暴行の現場を遠巻きに眺めていただけの、小山の倅やそれに検察幹部、あるいは政治家の子弟たちがパシリに使っていた17歳の少年が両親に説き伏せられる格好で、その翌日…、被害者が死んだ日に自分がやりましたと出頭した…、そういうことなのかも知れない…」
「なるほど…、それでその後はやはり吉良君が推理した通りに事が推移したと?」
「恐らくは…、17歳の少年が世田谷警察署に出頭したことで、事件は刑事組織犯罪対策課から少年係へと引き継がれ、被害者が死んだこともあり、当然、検察へとその身柄が逆送致されることが予想されるので、警視庁本部より少年事件課の指導第二係長の田島が公判対応責任者として世田谷警察署に出張り、やはり警察署に出張ってきた公判担当検事…、当初は田林主任が公判担当検事として、田島と打ち合わせるべく世田谷警察署に出張り、実際、田島と今後の公判対応について協議をされたわけですよね?」
俺は田林主任検事の方を見て尋ねた。
「ええ。数回だけですが…」
「その間に田島は見事…、と申し上げては語弊があるでしょうが、証拠の品…、小山の馬鹿息子たちの犯罪を立証する大事な証拠の品である防犯カメラのビデオテープを奪取した…」
俺がそこまで言うと、「いや、待てよ…」と押田部長が遮った。
「君の推理によると、法務検察幹部の子弟も混じっていたとのことだな?犯人の一味の中に…」
「ええ」
「だとしたら、その子弟、いや、馬鹿息子にしても同様に…、小山の馬鹿息子と同様に、法務検察幹部である父親に泣き付いたのではないか?何とかしてくれと…」
「いや、だとしたらもっと早くに事件を所轄警察署から身内の検察へと召し上げたはずです」
「ああ、そうか…」
「恐らく、ですが、法務検察幹部の馬鹿息子は小山の馬鹿息子とは違って、嵐が通り過ぎるのを待つ心境だったのではないでしょうかねぇ…」
「さしずめ、時間が解決してくれる…、要はそのうち何とかなるだろうと?」
「ええ。それで親にも言わなかった…、検察…、地検刑事部やそれに公判部の動きが当初はイレギュラーなものではなく、極めて自然な動きであったのはそのためではありませんかねぇ…」
「だが、結果として検察は…、刑事部とそれに公判部はイレギュラーな動きを示した…」
「ええ。それも田島が証拠の品を押さえた時点…、その直後にね…」
「…どういう意味だ?」
「恐らく田島は小山に命じられた通り、証拠の品を…、防犯カメラのビデオテープを押さえた時点で小山に報告したはずです。もうこれで一安心ですよ、とか何とか言って…」
「ふむ…、だが小山にしてみれば田島からその証拠の品を受け取らない限りは安心できまい?」
「その通りです。ですが田島にしてみればその証拠の品は保険のようなものですからねぇ…、そのお宝映像とも言うべき証拠の品を抱え続けている限りは、小山からもう用済みとして切り捨てられることはない…、その意味で保険のようなものですから、そう易々と小山に引き渡さなかったはずです…」
「だがそれでは小山は納得しまい?」
「ええ。ですから田島はその証拠の品、もといお宝映像をダビングしたのではないでしょうか…」
「ダビング…、と言うことは田島はダビングしたテープを小山に渡したと?」
「あるいは元のテープを渡したか…、そこまでは分かりませんが、ともかく田島は小山に証拠の品を渡す際に、この証拠の品は山ほどダビングしてあるので、よもやないとは思いますが、俺を用済みとして切り捨てるようなことがあれば、その山ほどダビングしたテープがマスコミに流れることになりますよ…、なんて脅しをかけたんじゃないでしょうかねぇ…、小山に対して…」
「なるほど…、大いに考えられるな」
「一方、小山としては内心、苦虫を噛み潰したはずです。恐らくは小山にしても馬鹿息子の犯罪行為を証するその証拠の品である防犯カメラのビデオテープが手に入れば、その時点で田島はもう用済みとして切り捨てるつもりだったはずでしょうから…」
「確かに…、防犯カメラのビデオテープが山ほど、ダビングしてあるとなると、そう易々と田島を切り捨てるわけにはいかなくなるからな…、己を切り捨てるようなことがあればマスコミに流れるとも、田島から脅しをかけられたとなると、小山としても田島を切り捨てるわけにはいかないからな…」
「そうです。小山も一応は田島のブラフではないかと疑ったかも知れませんが…」
「やはりここはブラフなどではないと、そう考えただろうな…」
「そうでしょうね。ともあれ小山としては田島に関しては今後の出世を約束し、その一方で馬鹿息子と共に会社員男性に暴行を加えて死に至らしめた仲間…、そのうちの一人の親…、法務検察幹部に対して脅しをかけたはずです…」
「ゲームセンターでの会社員暴行傷害致死事件で、出頭してきた17歳の少年は実は真犯人ではなく、お宅のご子息こそが真犯人ですよ、と?」
「そうだと思います。小山はその上で、それが証拠に、お宅のご子息がゲームセンターで会社員男性に暴行を加えて死に至らしめた証拠の映像を押さえてある…、そう法務検察幹部に匂わせた…、当然、法務検察幹部はビックリ仰天したでしょう。と同時に事の真偽を正すべく、息子を詰問したはずです。その結果…」
「息子は認めた…、いや、俺だけじゃなく、警察庁警備局長の小山と、それに政治家、その子弟も一緒になって暴行を加えたと言い訳したんじゃないか?」
「勿論、そう言い訳したでしょう。ですからその法務検察幹部としては大激怒したはずです…」
「当然、小山に対して、だな?」
「そうです。その法務検察幹部としては、よくも抜け抜けと…、そんな感覚に囚われたはずです…」
「確かに…、小山の馬鹿息子も暴行傷害致死の被疑者でありながら、さも検察幹部の馬鹿息子一人の犯罪のように言われれば、そう思うのも、いや、激怒するのが当然だろうな…」
「ええ。ですが現実問題として小山のみならず、法務検察幹部の馬鹿息子までも関わっていた会社員暴行傷害致死事件、それを証する証拠の品は警察、っつか小山に握られてしまっている以上、法務検察幹部としてもあまり大きくは出られず、そこで法務検察幹部としては極めて不本意だったでしょうが…」
「警察の下請け仕事のような真似をしたと、そういうことか?」
「恐らくは…」
俺は頷いた。
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