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元禄13(1700)年11月9日の閣議
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元禄13(1700)年11月9日、この日、江戸城の中奥は御老中部屋において、来年3月にこの江戸に下向、訪れる勅使、院使それぞれの接待役を誰に…、何れの大名に命ずるべきやが話し合われていた。
勅使とは天皇の意思を伝達するために派遣される特使であり、一方、院使とは上皇の意思を伝達するたけに派遣される特使である。
毎年、正月には将軍が朝廷に対して年頭賀のために、年賀の使者を派遣する。この年賀の使者、所謂年賀使は、
「大内御使」
とも称され、幕府の儀典官である高家がこれを務めるのが慣わしであった。
これに対して朝廷も将軍に対して年頭賀の返礼として使者を…、勅使を、そして今のように上皇が存在する場合には院使をも江戸の将軍の元へと派遣するのであった。
そしてこの勅使と院使の接待役は大名が受け持つのがこれまた慣わしであり、何れの大名に接待役を命じるべきか、この御老中部屋にて話し合われていたのだ。
「されば来年の御勅使、御院使の接待は特に重要にて…」
そう口火を切ったのは御側御用人の柳澤出羽守吉保であった。
柳澤吉保は老中格の側用人としてこの御老中部屋での閣議に列席していた。
老中格とは老中に準じる。それゆえ正式な老中に較べて格下の筈であったが、しかし、柳澤吉保は最上席に着座していた。
どうしてこのようなことが許されるのか、それはひとつには柳澤吉保の今の官位にあった。
即ち、柳澤吉保の今の官位は、
「従四位下左近衛権少将…」
であり、これは老中の官位である「従四位下侍従」よりもワンランク上であった。
だが柳澤吉保が老中格と、正式な老中ではないにもかかわらず、御老中部屋の最上席に陣取ることが許される最大の理由は何と言っても、
「将軍・綱吉の寵臣…」
それに尽きるであろう。それゆえ老中もこの柳澤吉保には、
「一歩を譲る…」
というものであった。
さて、柳澤吉保が口にした、
「来年の御勅使、御院使の接待は特に重要…」
との言葉に老中は皆、頷いた。
それは他でもない、綱吉の母、桂昌院の叙任がかかっていたからだ。
綱吉は大の母親想いであり、それゆえ綱吉は母・桂昌院のために、
「従一位…」
という最高位を贈ろうとしていた。
そのために綱吉は高家の中でも肝煎、トップにある吉良上野介義央を頼った。
母・桂昌院のために、
「従一位…」
という最高位を贈ろうと思えば朝廷が欠かせないからだ。それと言うのも叙任権…、位を授ける権利は一応、朝廷にあるからだ。
そして朝廷工作に長けている者と言えば、朝廷への使者をも務める幕府の儀典官である高家を置いて外におらず、その高家の中でも肝煎である吉良義央が一番頼りになるということで、綱吉はこの吉良義央に対して、母・桂昌院に対して従一位を贈るための朝廷工作、言わば、
「特命プロジェクト」
を命じたのであった。
それに対して吉良義央も将軍・綱吉の期待に応えるべく、度々、京の都を訪れては朝廷工作に汗を流した。具体的には京の公家衆に対して少なからぬ金品をばら撒いたのであった。
その吉良義央の「工作」の甲斐あって、朝廷より来年の元禄14(1701)年か、遅くとも再来年の元禄15(1702)年には桂昌院に対して、
「従一位…」
その最高位を授けられるであろうとの内諾を得ることに成功したのであった。
それゆえ来年3月に訪れる朝廷よりの使者である勅使、院使の接待は特に重要、絶対に失敗が許されないものであった。
万が一、粗相でもあろうものなら、それが原因でこれまでの「工作」も水の泡、桂昌院に最高位の従一位を授けるという「特命プロジェクト」がご破算になる危険性があり得たからだ。
勅使とは天皇の意思を伝達するために派遣される特使であり、一方、院使とは上皇の意思を伝達するたけに派遣される特使である。
毎年、正月には将軍が朝廷に対して年頭賀のために、年賀の使者を派遣する。この年賀の使者、所謂年賀使は、
「大内御使」
とも称され、幕府の儀典官である高家がこれを務めるのが慣わしであった。
これに対して朝廷も将軍に対して年頭賀の返礼として使者を…、勅使を、そして今のように上皇が存在する場合には院使をも江戸の将軍の元へと派遣するのであった。
そしてこの勅使と院使の接待役は大名が受け持つのがこれまた慣わしであり、何れの大名に接待役を命じるべきか、この御老中部屋にて話し合われていたのだ。
「されば来年の御勅使、御院使の接待は特に重要にて…」
そう口火を切ったのは御側御用人の柳澤出羽守吉保であった。
柳澤吉保は老中格の側用人としてこの御老中部屋での閣議に列席していた。
老中格とは老中に準じる。それゆえ正式な老中に較べて格下の筈であったが、しかし、柳澤吉保は最上席に着座していた。
どうしてこのようなことが許されるのか、それはひとつには柳澤吉保の今の官位にあった。
即ち、柳澤吉保の今の官位は、
「従四位下左近衛権少将…」
であり、これは老中の官位である「従四位下侍従」よりもワンランク上であった。
だが柳澤吉保が老中格と、正式な老中ではないにもかかわらず、御老中部屋の最上席に陣取ることが許される最大の理由は何と言っても、
「将軍・綱吉の寵臣…」
それに尽きるであろう。それゆえ老中もこの柳澤吉保には、
「一歩を譲る…」
というものであった。
さて、柳澤吉保が口にした、
「来年の御勅使、御院使の接待は特に重要…」
との言葉に老中は皆、頷いた。
それは他でもない、綱吉の母、桂昌院の叙任がかかっていたからだ。
綱吉は大の母親想いであり、それゆえ綱吉は母・桂昌院のために、
「従一位…」
という最高位を贈ろうとしていた。
そのために綱吉は高家の中でも肝煎、トップにある吉良上野介義央を頼った。
母・桂昌院のために、
「従一位…」
という最高位を贈ろうと思えば朝廷が欠かせないからだ。それと言うのも叙任権…、位を授ける権利は一応、朝廷にあるからだ。
そして朝廷工作に長けている者と言えば、朝廷への使者をも務める幕府の儀典官である高家を置いて外におらず、その高家の中でも肝煎である吉良義央が一番頼りになるということで、綱吉はこの吉良義央に対して、母・桂昌院に対して従一位を贈るための朝廷工作、言わば、
「特命プロジェクト」
を命じたのであった。
それに対して吉良義央も将軍・綱吉の期待に応えるべく、度々、京の都を訪れては朝廷工作に汗を流した。具体的には京の公家衆に対して少なからぬ金品をばら撒いたのであった。
その吉良義央の「工作」の甲斐あって、朝廷より来年の元禄14(1701)年か、遅くとも再来年の元禄15(1702)年には桂昌院に対して、
「従一位…」
その最高位を授けられるであろうとの内諾を得ることに成功したのであった。
それゆえ来年3月に訪れる朝廷よりの使者である勅使、院使の接待は特に重要、絶対に失敗が許されないものであった。
万が一、粗相でもあろうものなら、それが原因でこれまでの「工作」も水の泡、桂昌院に最高位の従一位を授けるという「特命プロジェクト」がご破算になる危険性があり得たからだ。
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