天明奇聞 ~たとえば意知が死ななかったら~

ご隠居

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安永のトリカブト殺人事件 ~一橋治済の家基暗殺計画に予期せぬ「伏兵」、正義漢・山村數馬良音の登場~

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 西之丸にしのまる盟主めいしゅたる次期じき将軍しょうぐん家基いえもと不例ふれい重篤じゅうとくとあって、西之丸にしのまる警備けいび平時いつも以上いじょう厳重げんじゅうきわめた。

 西之丸にしのまるへと登城とじょうするもの西之丸にしのまるりょうばん―、小姓組番こしょうぐみばん書院番しょいんばん両方りょうほうばんならびに本丸ほんまるより西之丸にしのまる勤番きんばんとして出役しゅつやくするやはりりょうばんばんによる「身体検査ボディチェック」をけることになる。

 それは相手あいて仮令たとえ老中ろうじゅうであったとしてもだ。

 たとえば今日きょう、23日のひる、九つ半(午後1時頃)には本丸ほんまる老中ろうじゅう松平まつだいら康福やすよしが、それから半刻はんとき(約1時間)の昼八つ(午後2時頃)にはおなじく本丸ほんまる老中ろうじゅう田沼たぬま意次おきつぐ夫々それぞれ西之丸にしのまるへと家基いえもと見舞みまったのだが、そのさい、まずは玄関げんかんにて西之丸にしのまるりょうばんならびに西之丸にしのまる勤番きんばん本丸ほんまるりょうばんによる、

徹底的てっていてきな…」

 身体検査ボディチェックけた。

 が、それでわりではなく、家基いえもとせる中奥なかおくへとあしれるにさいしても、その手前てまえ中奥なかおく表向おもてむきとの境目さかいめである時斗之間とけいのま、その手前てまえ表向おもてむきサイドにおいて西之丸にしのまる供番ともばんとして西之丸にしのまる出役しゅつやくしている本丸ほんまるりょうばんによる二度目にどめの「身体検査ボディチェック」をけることになり、老中ろうじゅう松平まつだいら康福やすよし田沼たぬま意次おきつぐ勿論もちろんけた。

 ちなみに本丸ほんまるりょうばんつとめる西之丸にしのまる勤番きんばん西之丸にしのまる供番ともばんだが、西之丸にしのまる勤番きんばん西之丸にしのまる殿中でんちゅう警備けいび職掌しょくしょうとし、一方いっぽう西之丸にしのまる供番ともばん西之丸にしのまる盟主めいしゅたる次期じき将軍しょうぐん警衛けいえい職掌しょくしょうとする。

 それゆえ、このうち次期じき将軍しょうぐん鷹狩たかがりなどで外出がいしゅつするさい扈従こしょうするのは西之丸にしのまる供番ともばんであり、そうではない場合ばあい、つまりはいまよう次期じき将軍しょうぐん中奥なかおくにいる場合ばあい時斗之間とけいのまにしてわば、「門番もんばん」の役目やくめたす。

 表向おもてむきから中奥なかおくへとあしれるものひからせるのは基本的きほんてきには中奥なかおく表向おもてむきとの境目さかいめである時斗之間とけいのま、そこにめる坊主ぼうず仕事しごとであったが、しかし坊主ぼうずだけでは限界げんかいがあった。

 無論むろん西之丸にしのまるにおいても本丸同様ほんまるどうよう時斗之間とけいのま手前てまえには新番所しんばんしょがあり、新番しんばん―、西之丸にしのまる新番しんばんもまた、表向おもてむきから時斗之間とけいのま踏越ふみこえて中奥なかおくへとあしようとするものにやはりひからせてはいたものの、それでも次期じき将軍しょうぐん御座おは中奥なかおくまもるにはまだ心許こころもとない。

 そこで本丸ほんまるりょうばん西之丸にしのまる供番ともばんとして、つまりは次期じき将軍しょうぐんまもるべく西之丸にしのまるへとされる。

 そこで次期じき将軍しょうぐんたとえば鷹狩たかがりなどで外出がいしゅつするさいにはたんなる殿中でんちゅう警備けいびため西之丸にしのまるへとされる西之丸にしのまる勤番きんばん本丸ほんまるりょうばんではなく、西之丸にしのまる供番ともばん本丸ほんまるりょうばん扈従こしょうするのはかる事情じじょうによる。

 さて、老中ろうじゅうでさえ、西之丸にしのまる供番ともばん本丸ほんまるりょうばんによる「身体検査ボディチェック」はもとより、そのはる手前てまえ玄関げんかんにおいても西之丸にしのまる勤番きんばん本丸ほんまるりょうばんならびに西之丸にしのまるりょうばんによる「身体検査ボディチェック」をけるのだから、医師いしは言うにおよばず、であった。

 明日あすの2月24日は暁七つ(午前4時頃)より昼四つ(午前10時頃)までは西之丸にしのまるおく医師いし小川おがわ子雍たねやす山添直辰やまぞえなおとき叔父おじおいの「コンビ」にくわえて、本丸奥ほんまるおく医師いしたちばな元周もとちか、そして本丸ほんまるおもてばん医師いし遊佐ゆさ信庭のぶにわ天野あまの敬登たかなり、そして峯岸瑞興みねぎしよしおきの5人が家基いえもと枕頭ちんとう付添つきそうことになっていた。

 そのため彼等かれらはその前日ぜんじつたる今日きょう、23日の暮六つ(午後6時頃)の直前ちょくぜん西之丸にしのまるりをたした。

 暮六つ(午後6時頃)から翌朝ちょくちょうの明六つ(午前6時頃)までは御城えどじょう諸門しょもん所謂いわゆる三十六さんじゅうろく見附みつけかたじられるからだ。

 無論むろん門番もんばん事情じじょうかせば、そのあいだでも脇門わきもんよりとおれる。

 それが次期じき将軍しょうぐん家基いえもと治療ちりょうともなれば尚更なおさらであろうが、しかしそれよりはもんいているうち西之丸にしのまるりをたし、そこで「出番でばん」をったほう合理的ごうりてきであった。

 なにより、小川おがわ子雍たねやすらが西之丸にしのまるりをたした暮六つ(午後6時頃)の直前ちょくぜん西之丸にしのまるへの「来訪者らいほうしゃ」への「身体検査ボディチェック」をにな西之丸にしのまる勤番きんばん本丸ほんまるりょうばん西之丸にしのまるりょうばん、そして西之丸にしのまる供番ともばん本丸ほんまるりょうばんみな一橋家ひとつばしけ所縁ゆかりもの、つまりは治済はるさだいきのかかった者達ものたちめられていた。

 いや正確せいかくにはめられているはずであった、と言うべきか。

 小川おがわ子雍たねやすら5人の医師団いしだん西之丸にしのまる玄関げんかんにては、

なん問題もんだいなく…」

 西之丸にしのまるりょうばんならびに西之丸にしのまる勤番きんばんりょうばんによる「身体検査ボディチェック」をパスした。つまりは「身体検査ボディチェック」をフリーパス、けずにくだんのトリカブトのどく河豚フグどくとを持込もちこむことに成功せいこうした。

 だが西之丸にしのまる供番ともばん本丸ほんまるりょうばんによる二度目にどめの「身体検査ボディチェック」で問題もんだい発生はっせいした。

 本丸小姓組番ほんまるこしょうぐみばんは4番組ばんぐみばん山村やまむら數馬かずま良音たかおと小川おがわ子雍たねやすら5人の医師団いしだんたいして、

徹底的てっていてきな…」

 身体検査ボディチェックおこなおうとしたのだ。

 それこそ薬箱やくばこなかまで、それも薬包紙やくほうしひとひとつまで丁寧ていねいあらたようとした。

 それが本来ほんらい、あるべき姿すがたであったが、しかしほかの、

治済はるさだいきのかかった…」

 彼等番士かれらばんしからすれば、山村やまむら數馬かずま行動こうどう暴挙ぼうきょ、もとい治済はるさだへの「裏切うらぎり」としかうつらなかった。

 当然とうぜん彼等番士かれらばんし山村やまむら數馬かずまの「暴挙ぼうきょ」をめさせようとした。

医師いしへのあらためは無用むよういたせ」

 まずそう口火くちびったのは山村やまむら數馬かずまの「先輩せんぱい」である江口えぐち文右衛門ぶんえもん輝證てるあきであった。

 江口えぐち文右衛門ぶんえもん一橋ひとつばし家臣かしん江口えぐち六郎右衛門ろくろうえもん輝文てるふみ実兄じっけいであり、

「バリバリの…」

 一橋ひとつばし治済はるさだシンパと言えた。

 無論むろん今日きょう治済はるさだ計画けいかく―、小川おがわ子雍たねやすらが治療ちりょうかこつけて、今度こんどこそ家基いえもといきめんとするその計画けいかくについて承知しょうちしており、後輩こうはい一人ひとり山村やまむら數馬かずまにしてもそうだと、あたまからしんじていた。

 それゆえ山村やまむら數馬かずま暴挙ぼうきょしんじられず、きゅうでもれたのでなくば、裏切うらぎりとしかかんがえられなかった。

 それは山村やまむら數馬かずまとは同期どうきである松平まつだいら兵庫榮隆ひょうごよしたかにしても同様どうようである。

 ちなみに松平まつだいら兵庫ひょうごはやはり、

「バリバリの…」

 一橋ひとつばし治済はるさだシンパにして西之丸にしのまる目附めつけ松平まつだいら田宮たみや恒隆つねたか嫡子ちゃくしであり、勿論もちろん治済はるさだの「計画けいかく」、もとい「姦計かんけい」について把握はあくしていた。

 そこで松平まつだいら兵庫ひょうご江口えぐち文右衛門ぶんえもんに「加勢かせい」して、山村やまむら數馬かずまなだめた。

番方ばんかた我等われらには医学いがく心得こころえがあるわけでもなし、あらためたところで無駄むだであろう…」

 松平まつだいら兵庫ひょうご山村やまむら數馬かずまをそうなだめたものの、しかし數馬かずま納得なっとくしなかった。

「されば医学いがく心得こころえのある、そう、医師いし協力きょうりょくもとめればいではないか」

 山村やまむら數馬かずまはそう言放いいはなち、江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうご絶句ぜっくさせた。

 成程なるほど山村やまむら數馬かずまの言うとおり、医師いしりるのは、「身体検査ボディチェック」にはきわめて有効ゆうこうであろう。

 だがその場合ばあい小川おがわ子雍たねやすらが家基いえもとふくませるべく薬箱やくばこ仕舞しまうトリカブトのどく河豚フグどくとが発見はっけんされてしまうことになり、それは治済はるさだの「計画けいかく」の失敗しっぱい意味いみする。

 本丸小姓組番ほんまるこしょうぐみばん4番組ばんぐみなかからは山村やまむら數馬かずま江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうごとも西之丸にしのまる供番ともばんえらばれたからには、山村やまむら數馬かずま当然とうぜん

治済はるさだ共犯者きょうはんしゃ…」

 江口えぐち文右衛門ぶんえもんにしろ松平まつだいら兵庫ひょうごにしろ、そうしんじてうたがわなかった。

 それゆえ実際じっさいには治済はるさだの「計画けいかく」を水泡すいほうさしめる山村やまむら數馬かずま行動こうどう江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうごにはしんじられず、つい江口えぐち文右衛門ぶんえもんたまね、

医師いしへのあらためは適当てきとういのだ…、一橋ひとつばしさま御為おんためにも…」

 こえころして山村やまむら數馬かずましかった。

 だが山村やまむら數馬かずまはそれにたいして、

何故なにゆえ一橋ひとつばしさま御名おながここでてくるので?」

 江口えぐち文右衛門ぶんえもんにそう反論はんろんしたことから、文右衛門ぶんえもん絶句ぜっくさせた。

 一方いっぽう山村やまむら數馬かずまはそんな江口えぐち文右衛門ぶんえもん尻目しりめに、

いや…、養父上ちちうえからもおなようなことを…、一橋ひとつばしさま御為おんためにも、今日きょうあらため…、西之丸にしのまる供番ともばんとしてのあらためはゆるやか…、適当てきとういと申付もうしつけられたが…、何故なにゆえ我等われら一橋ひとつばしさまのことをかんがえねばならぬので?我等われらが…、西之丸にしのまる供番ともばんとしての我等われら第一だいいちかんがえるべきは大納言だいなごんさまのことであろう?」

 そう正論せいろんいたのだ。

 それで江口えぐち文右衛門ぶんえもんも、それに松平まつだいら兵庫ひょうごも、「成程なるほど…」と合点がてんがいった。

 成程なるほど山村やまむら數馬かずまちちにして公事くじがた勘定かんじょう奉行ぶぎょう山村やまむら信濃守しなののかみ良旺たかあきら如何いかにも一橋ひとつばしであった。

 それは長女ちょうじょおっとかいして、であった。

 すなわち、山村やまむら良旺たかあきら長女ちょうじょ本丸ほんまる小納戸こなんど松平まつだいら傳之助でんのすけ乗識のりちかもととついでおり、そのちちしゅうと松平まつだいら織部正おりべのかみ乗尹のりただ本丸ほんまる小納戸こなんど頭取とうどりであり、傳之助でんのすけ上司じょうしにもたる。

 だがこの松平まつだいら乗尹のりただ傳之助でんのすけ父子おやこそろって、将軍しょうぐん家治いえはる日光社参にっこうしゃさん扈従こしょう出来できなかった。

 松平まつだいら傳之助でんのすけよりも年次ねんじあさい、小納戸こなんど日光社参にっこうしゃさん扈従こしょうするなかおのれや、小納戸こなんど頭取とうどりたるちち乗尹のりただまでが日光社参にっこうしゃさん扈従こしょう出来できず、そのかん松平まつだいら乗尹のりただ傳之助でんのすけ父子おやこ家治いえはるから留守るすおおけられたことから、疎外感そがいかんき、そこを一橋ひとつばし治済はるさだかれた。

 実際じっさいには松平まつだいら乗尹のりただ傳之助でんのすけ父子ふし日光社参にっこうしゃさん扈従こしょう出来できなかったのは、この2人を「はん家治いえはる」、「しん一橋ひとつばし」、「治済はるさだシンパ」へと仕立したよう画策かくさくした治済はるさだ策略さくりゃくによるものだが、しかし松平まつだいら乗尹のりただ傳之助でんのすけ父子おやこはそうとも気付きづかずに、

「そこもとら父子おやこ日光社参にっこうしゃさん扈従こしょう出来できなかったのはひとえに、上様うえさまと、そこもとら父子おやことを引裂ひきさかんとせし田沼たぬま意次おきつぐや、さらには意次おきつぐくみせし清水しみず重好しげよし謀略ぼうりゃくによるもの…」

 治済はるさだのその「デマ」をけ、結果けっか治済はるさだ期待きたいしたとおり、松平まつだいら乗尹のりただ傳之助でんのすけ父子おやこ家治いえはるへのうらみをつのらせ、それがこうじて、「一橋ひとつばし」、「治済はるさだシンパ」となり、いまでは治済はるさだ天下てんがのぞむまでに「成長せいちょう」をげた。

 その松平まつだいら傳之助でんのすけしゅうとつまおっと山村やまむら良旺たかあきらであったことから、治済はるさだ松平まつだいら傳之助でんのすけかいして山村やまむら良旺たかあきらをも抱込だきこむことに成功せいこうした。

 だが治済はるさだは、と言うよりは山村やまむら良旺たかあきらはどうやら、せがれ數馬かずま良音たかおとまでは「教育きょういく」しれなかったとえる。

 そうとさっした江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうごあたまかかえた。このままでは小川おがわ子雍たねやすらが西之丸にしのまる中奥なかおくへとトリカブトのどく河豚フグどくとを持込もちこもうとしているのが発覚バレおそれがあったからだ。

 それはつまりは家基いえもと暗殺あんさつ―、治済はるさだ今度こんどこそ家基いえもといきようとしていることの発覚はっかく意味いみしていた。なにしろ江口えぐち文右衛門ぶんえもんいまがた治済はるさだ口走くちばしらせてしまったからだ。

 そのうえ小川おがわ子雍たねやすらがトリカブトのどく河豚フグどくとを所持しょじしていたとなれば、それと治済はるさだとを、さらには治済はるさだ小川おがわ子雍たねやすらを使嗾しそうして家基いえもと暗殺あんさつ毒殺どくさつたくらんでいると、そう連想れんそうするのは容易よういであった。

 かくして江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうごあたまかかえていると、そこへ本丸書院番ほんまるしょいんばんは2番組ばんぐみばん横尾よこお藤次郎とうじろう宅平たくひらたすぶねした。

 いま西之丸にしのまる供番ともばんとしてひからせている本丸ほんまるりょうばんだが、小姓組番こしょうぐみばんが4番組ばんぐみならば、書院番しょいんばんは2番組ばんぐみであった。

 この本丸書院番ほんまるしょいんばん2番組ばんぐみなかからは横尾よこお藤次郎とうじろう西之丸にしのまる供番ともばんえらばれ、いま、こうして本丸小姓組番ほんまるこしょうぐみばんは4番組ばんぐみ西之丸にしのまる供番ともばんすなわち、江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうご、そして山村やまむら數馬かずまとも中奥なかおくへとつうずる時斗之間とけいのま手前てまえにてひからせていた。

 その横尾よこお藤次郎とうじろう江口えぐち文右衛門ぶんえもん山村やまむら數馬かずまあいだってはいると、

一橋ひとつばし民部卿様みんぶのきょうさまにおかせられてはだれよりも大納言だいなごんさま御快癒ごかいゆを…、一日いちにちはや本復ほんぷくのぞまれておれば、かる民部卿様みんぶのきょうさまおもいを大事だいじにしてもらいたいと、江口えぐち殿どのは、それに貴殿きでん父上ちちうえもそうであろう、かる思惑おもわくから一橋ひとつばしさま御名おなしたのだ…」

 文右衛門ぶんえもんわって山村やまむら數馬かずまにそう言訳いいわけした。

 かなりくるしい言訳いいわけではあったが、一応いちおうすじとおっていたので、そこで山村やまむら數馬かずまも「先輩せんぱい」の江口えぐち文右衛門ぶんえもんが、それに養父ようふ山村やまむら良旺たかあきらまでもが一橋ひとつばし治済はるさだしたことに、

一応いちおうの…」

 納得なっとくをしてみせた。

 だがもうひとつの「すじ」、すなわち、小川おがわ子雍たねやすらへの「身体検査ボディチェック」についてはゆずらぬつもりであった。

 山村やまむら數馬かずま西之丸にしのまる供番ともばんとしての職務しょくむまっとうするつもりであった。

 すなわち、小川おがわ子雍たねやすらへの徹底的てっていてきな「身体検査ボディチェック」である。場合ばあいによっては医師いしちからりるつもりであった。

 だがそんな山村やまむら數馬かずま出鼻でばなくじいたのはやはり横尾よこお藤次郎とうじろうであった。

 横尾よこお藤次郎とうじろう家基いえもと存在そんざい持出もちだし、山村やまむら數馬かずま小川おがわ子雍たねやすらへの「身体検査ボディチェック」をあきらめさせたのであった。すなわち、

小川おがわ子雍たねやすらへの査検さけん成程なるほど一見いっけんもっともではあるが、なれどくすりによっては薬包紙やくほうしいた瞬間しゅんかん外気がいきれることで効果こうか半減はんげんするものもあるとく、そうであればそれは結局けっきょく大納言だいなごんさまいのちにもかかわる…、貴殿きでん小川おがわ子雍たねやすらへの徹底的てっていてき査検さけん結果けっか…、くすりひとひとつにいたるまであらためた結果けっか大納言だいなごんさまへとふくませるはずくすり効目ききめ半減致はんげんいたしたならば、貴殿きでんなんとする?」

 横尾よこお藤次郎とうじろう山村やまむら數馬かずまをそう責立せめたてたのだ。

 これにたいして山村やまむら數馬かずまはと言うと、そうまで横尾よこお藤次郎とうじろう責立せめたてられては引下ひきさがるよりほかになく、小川おがわ子雍たねやすらへの、

徹底的てっていてきな…」

 身体検査ボディチェック断念だんねんしたのであった。

 かくして小川おがわ子雍たねやす医師団いしだんはフリーパス、身体検査ボディチェックけずに家基いえもとせる中奥なかおくへとあしれることがかない、くすりかこつけてトリカブトのどく河豚フグどくとを実際じっさい所持しょじしていた子雍たねやすや、それを山添直辰やまぞえなおときらは心底しんそこ、ホッとした。

 いや、ホッとしたのは小川おがわ子雍たねやす医師団いしだんだけではない。山村やまむら數馬かずまのぞ西之丸にしのまる供番ともばんにしてもそうであった。

 すなわち、治済はるさだいきがかかったばんであり、山村やまむら數馬かずま小川おがわ子雍たねやすらへの身体検査ボディチェック断念だんねんさせた横尾よこお藤次郎とうじろうちち横尾よこお六右衛門ろくえもん昭平てるひら一橋ひとつばし用人ようにんであった。

 また横尾よこお藤次郎とうじろうとも西之丸にしのまる供番ともばんえらばれた鈴木すずき大助勝美だいすけかつよし中田なかだ宇兵衛うへえ正喜まさよしにしても同様どうよう縁者えんじゃ一橋ひとつばし家臣かしんであった。

 鈴木すずき大助だいすけ場合ばあい、やはりちち治左衛門じざえもん直裕なおひろ一橋ひとつばし家臣かしん、それも番頭ばんがしらという家老かろう重職じゅうしょくにあった。

 一方いっぽう中田なかだ宇兵衛うへえ場合ばあい叔母おば―、ちち実妹じつまい一橋ひとつばし家臣かしん久野くの三郎兵衛さぶろべえ芳矩よしのりつまであり、また宇兵衛うへえ自身じしんははがこれまた一橋ひとつばし家臣かしん山本やまもと十郎左衛門じゅうろうざえもん胤将たねまさむすめであった。

 つまり中田なかだ宇兵衛うへえちち左兵衛さへえ正綱まさつな一橋ひとつばし家臣かしん山本やまもと十郎左衛門じゅうろうざえもんむすめめとったわけで、そこにをつけた治済はるさだ山本やまもと十郎左衛門じゅうろうざえもんかいして中田なかだ左兵衛さへえ宇兵衛うへえ父子おやこをも抱込だきこんだのであった。

 それゆえ鈴木すずき大助だいすけ中田なかだ宇兵衛うへえにしても横尾よこお藤次郎とうじろうおなじく治済はるさだ天下てんがりをのぞんでいたので、それを―、治済はるさだの「天下てんがり」をせしめる山村やまむら數馬かずま小川おがわ子雍たねやすらへの徹底的てっていてき身体検査ボディチェック言出いいだしたときには江口えぐち文右衛門ぶんえもん松平まつだいら兵庫ひょうごともおおいに愕然がくぜんとさせられ、しかし横尾よこお藤次郎とうじろうがそれを断念だんねんさせると、ぎゃく心底しんそこ、ホッとさせられた。
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