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わたしは裏方で結構です 4

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 花形は事件現場となった池袋のゲームセンター「パラダイス」へと足を運んだ。元クラスメイト・大川冠が経営するゲームセンターにである。

 パラダイスは既に営業中であり、花形は入店するなり目に付いた従業員を呼び止めると身分を明かした上で店長の大川冠に面会を求めた。

 するとその従業員は案の定と言うべきか、花形の左胸に視線を注いだ。明らかにドラマの影響であった。花形が捜査一課の刑事であると名乗ったためであろう、例の「赤バッジ」をつけているものと思い込んでいる様子がアリアリであった。

 search 1 select 選ばれし捜査第一課員とも称される件の赤バッジはしかし、のべつまくなし身に着けるものではなかった。

 なるほど、花形も一応は捜査一課に所属する刑事として赤バッジが与えられ、身に着けることがあるが、それはあくまで警視庁本部に登庁する際の謂わば入館証のようなものであり、それを身に着けて捜査する捜査一課員など絶対に、と言っても良いほどにいなかった。

 無論、捜査本部が立ち上がった所轄警察署において赤バッジを身に着けるような捜査一課員もいない。そんな事をすれば、

「あいつは馬鹿か」

 そんな評価が下され、のみならず、捜査一課から追放されること間違いなしだろう。赤バッジは他人に見せびらかせるものではないのだ。

 いや、第三者である従業員にはそのような事情など分かりよう筈もなく、花形としてはしかし、従業員に対してはそのような事情を打ち明けることはせず、代わりにもう一度、開閉式の警察手帳を提示した。だが従業員は警察手帳よりも赤バッジを信じているらしく、そこで花形は警視庁本部の代表電話を教えるので、そこにかけて自身の身元を確かめて貰って構わないと告げた。

 するとそこで「ああ、そいつは確かに一課のデカだ」との声が割り込んできた。大川冠の声であった。従業員も店長のその声でようやくに花形が捜査一課の刑事であると信じたらしく、引き下がった。

 花形は大川冠と向き合うと、「久しぶりだな」と大川から声がかけられたので、花形も頷くと「半年ぶりだな」と返した。

 花形と大川とは半年前のクラス会で再会を果たして以来であった。その際、花形は大川に今の自分の身の上を明かしていた。

「義弟のことだろ?」

 大川からそう確かめるように尋ねられたので花形は頷いた。

「じゃあ、事務所で話そうか」

 花形が予期した通りの言葉が大川から聞かれたので、やはり花形は頷くと大川の後をついて行く格好で事務所へと向かった。

 事務所では花形は大川から茶菓子を供された。花形は洋菓子が苦手であり、いや、はっきり言って食べられなかった。ケーキの類など見ただけで吐き気を催す。

 その代わり、と言うわけでもないが花形は和菓子には目がなく、とりわけこしあんが大好物であった。

 大川もそれを覚えていたらしく、花形にこしあんの饅頭を供したのであった。

 刑事たる者、本来ならばこの手の供応はご法度であった。とりわけコンプライアンスなる横文字が氾濫する今はなお更であった。

 だが花形はコンプライアンスに逆行し、この程度の供応ならば遠慮なく受けることにしていた。花形は本題に入る前に目の前に差し出された3個のこしあん饅頭をすべて平らげると、茶も一滴残さずに飲み干した。

「気持ちの良い喰いっぷり、飲みっぷりだな」

 大川は目尻を下げた。

「最高に旨い茶菓子だったからな、いわゆる、うまい、うまい、うまい、ってやつだな」

 花形が一昔前のセリフを付け加えると大川は苦笑してみせた。

 だがそれも束の間、大川はすぐに真顔になった。

義弟おとうとのことだったな…」

 大川が思い出したようにそう呟いた。

「そうだ」

「それならもう警察にも話した通りだ」

「それは…、どうかな…」

「どうかな、って?」

「いや…、少なくとも俺の知ってる大川は身内を売るような男には思えないからさ…」

 困っている人間を放っておけない男…、それが花形の知る大川冠という男であった。

 その事を花形は身をもって知っていた。それと言うのも花形がクラスメイトからいわゆる「いじり」を受けている時にそれを救ってくれたのがほかならぬ大川冠であったからだ。

 花形はかつて私立の中高一貫校に通っていた時分、それも高校に進級した時分に苗字のことでクラスメイトから「いじり」を受けるようになったのだ。要は名前負け、それも苗字負けというヤツだ。

「お前のような陰キャにその苗字はないだろ」

 というヤツである。自分が陰キャであることは赤の他人から指摘されるまでもなく自覚していたことだったので、花形も怒るでもなく苦笑まじりに「確かに」と応じた。

 するとそこでホワイトナイトとして登場したのが大川冠であった。大川は花形をいじっていた連中を一喝した上で、花形に対しても「もっと自信を持て」と諭してみせた。

 もっとも花形としては事実を指摘されたまでなので自信を持つも何もあったものではないと応じた。事実、陰キャであったからだ。

 だが大川は頭を振って見せた。大川曰く、「陰のある男の方が魅力的」とのことであった。それはつまりは花形を陰キャであると言っているのと同じであり、せいぜいオブラートに包んで見せただけのことであった。花形がその点をやんわりと指摘すると、大川としてもその通りであるだけにさすがにばつが悪くなった様子をのぞかせた。

 それでも大川が花形を「いじり」から救ってくれた点もこれまた事実であったので、花形はその点については素直に謝意を述べた。

「他人事とは思えなくてな…」

 それが大川が花形を「いじり」から救ってくれた動機であった。大川も実は中学時代には「いじり」の被害を受けていたのだ。それも父親の職業についてであった。

 大川の父親はソープランドの経営者であり、その他にもマージャン店やゲームセンターなど娯楽施設を手広く経営していた。

 どうやらクラスメイトがその事を親から教えられたのであろう、大川をからかったらしい。すると大川は花形とは違い、やり過ごすことはせずにその場で鉄拳制裁を加えたのであった。

 そのような経緯があって、爾来、大川はクラスメイトのみならず、学校中から恐れられるようになり、花形をいじっていた連中も大川が間に入ったことで直ちに退散、花形の「いじり」を止めたのもつまりはそういう訳であった。

 花形は大川からその事を聞かされると、まずは「凄いな」と感想を漏らした。大川はてっきり鉄拳制裁の点を捉えての「凄いな」と誤解したようであったが、そうではなかった。

 いや、無論、それも少しは含まれていたが、それ以上に父親の職業について感心したためであった。

「娯楽施設…、それもソープランドはこの世に男と女がいる限りは絶対に廃れない商売だから、親父さん凄いよ」

 花形は心底、そう褒め称えた。大川も花形が決してからかっている訳ではなく、心底からそう言っているだと悟ると、驚いた様子をのぞかせた。その様に父親の職業を褒められるのは初めての経験だったからだ。

 ともあれこのような一件があってからというもの、花形と大川は親しくなった。

 花形はそんな昔話を今の大川にしてみせると、

「そんな大川が身内を売るなんて…、例え罪を犯したとしてもみすみす警察に売るとは思えないんだが…」

 大川に首を傾げて見せた。

 すると大川は俯いたので、花形は更に畳み掛けた。

「何か…、今回の傷害事件には何か裏があるような気がするんだが…、いや、これこそドラマの見すぎかも知れないが…」

 花形は先ほど、赤バッジを身につけていないことに疑問を抱いていた件の従業員を思い出しながらそう呟いた。

「やっぱり…、花形には敵わんな…」

 大川は俯いたままそう呟いたかと思うと、それから顔を上げ、驚くべき事実を花形に告白した。
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