天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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鷲巣益五郎という男 3

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 だが問題はどこの定火消じょうびけし役屋敷やくやしきにて暮らさせるかであった。いや、そもそも旗本の子弟を預かってくれるような物好きな定火消じょうびけし、それに任じられた旗本がいるものかと、それが左大夫さだゆうには疑問であった。下手に旗本の子弟を引き取り、役屋敷やくやしきにてガエンと共に暮らさせていることが幕府の耳にでも届けば、その定火消じょうびけしにしても、

「その任にあらず…」

 ということでおとがめを受けるやも知れなかったからだ。

 果たしてそんなリスクを負ってまで旗本の子弟を、益五郎ますごろうを引き取ってくれるような奇特きとく定火消じょうびけしがいるものかと、左大夫さだゆうにはそれが疑問であった。

 すると銕三郎てつさぶろうは、そんな左大夫さだゆうの内心の疑問を悟り、「それなれば案ずるな…」と言った。それに対して左大夫さだゆうは、「とおおせられますと?」と首をかしげた。

「それなればいささかアテがあるのだ…」

「アテとは?」

「当家より目と鼻の先にある、定火消じょうびけし役屋敷やくやしきにて益五郎ますごろうを預かってもらってはどうか…」

 小川丁二番火除ひよけ地の真向まむかいにある鷲巣わしのす邸と目と鼻の先に、つまり小川丁内には定火消じょうびけし役屋敷やくやしきがあった。

「今、小川丁の役屋敷やくやしき差配さはいせしは秋元殿にて…」

 定火消じょうびけしの定員は十人、つまり十人の旗本が定火消じょうびけしに任じられることとなる。そしてこの定火消じょうびけしに任じられた旗本は定火消じょうびけし役屋敷やくやしきへと引き移り、そこで暮らすこととなる。さしずめ、町奉行に任じられた旗本が奉行所に引き移り、そこで暮らすようなものである。

 この定火消じょうびけし役屋敷やくやしきは十人の旗本に合わせて十ヶ所、江戸に万遍まんべんなく点在てんざいしていた。

 すなわち、ここ小川丁を始めとし、溜池之端ためいけのはた八代洲やよす河岸がし、駿河台、麹町御門外、市谷いちがや左内坂さないざか、御茶ノ水、四谷御門内、赤坂御門外、そして飯田丁であった。

 このうち、ここ小川丁にある、すなわち、鷲巣わしのす邸と目と鼻の先にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしき差配さはいしているのが「秋元殿」こと秋元あきもと一學いちがく茂朝もちともであった。

 秋元あきもと一學いちがく定火消じょうびけしに任じられるや、定火消じょうびけしとして小川丁にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしき差配さはいするよう幕府より命じられた。これは前に定火消じょうびけしとして小川丁にあるこの定火消じょうびけし役屋敷やくやしき差配さはいしていた石河いしこ右膳うぜん貞義さだよしが病によりその職を辞したため、早急に石河いしこ右膳うぜんに代わる定火消じょうびけしを新たに任じて、小川丁にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしき差配さはいさせる必要が生じたため、そこで当時、寄合よりあいにて待命たいめい中、要は求職中であった秋元あきもと一學いちがくが選ばれた次第である。

 秋元あきもと一學いちがく自身は八代洲やよす河岸がしにある屋敷に住んでいたので、本来ならば八代洲やよす河岸がしにある定火消じょうびけし役屋敷やくやしき差配さはいしたいところであった。その方が、わざわざ小川丁にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしきに引き移るよりも手間がかからないからだ。

 しかし、八代洲やよす河岸がしにある定火消じょうびけし役屋敷やくやしきは既に、4260石余もの大身旗本である本多ほんだ大學だいがく助友すけとも定火消じょうびけしとして差配さはいしていたので、それは無理な話であり、何より秋元あきもと一學いちがくは小川丁にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしき差配さはいしていた定火消じょうびけし石河いしこ右膳うぜんの後任として定火消じょうびけしに任じられたのであり、そうであれば元より小川丁にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしきへと引き移るより他にはなかった。

 ともあれこうして一學いちがく八代洲やよす河岸がしにある屋敷よりここ小川丁にある定火消じょうびけし役屋敷やくやしきへと引き移ってきたわけだが、なにぶんにもこの辺の地理には明るくなかった。地理に不案内ぶあんないというのは定火消じょうびけしにとっては致命的であり、そこで一學いちがくはこの辺の地理を頭に叩き込まなければならなかったのだが、それを助けたのが「ご近所」となった銕三郎てつさぶろうであった。銕三郎てつさぶろうは「ご近所」のよしみ一學いちがく定火消じょうびけしとしてその務めを十分に果たし得るよう、何かと手助けしたものである。正しく、

「武士は相身互あいみたがい…」

 というやつであった。爾来じらい一學いちがく銕三郎てつさぶろうに大いに感謝し、その一學いちがくなれば恩人とも言うべき己の頼みとあらば、せがれ益五郎ますごろうを引き取ってくれるやも知れぬと、銕三郎てつさぶろうにはその自信があり、それらの経緯を知る家老の左大夫さだゆうもなるほどと相槌あいづちを打った。
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