天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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波乱の月次御礼 ~家基の死に疑問を持つ将軍・家治は雁之間詰の意知を召し出す~

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 ところがここにきて、家治が豊千代とよちよを次期将軍…、将軍家しょうぐんけ御養君ごようくんとして西之丸にむかえ入れることに躊躇ちゅうちょし始めたと言うのである。

「いかさま…、清水卿の方が確かに、豊千代とよちよぎみに比べて上様により近き御血筋おちすじにて…」

 源太郎げんたろうがそう応じると、準松のりとしうなずいた。

「なれど左様なことははじめから分かっていたことではござるまいか?」

 源太郎げんたろうはそう反論した。確かにその通りであったので、準松のりとしはやはりうなずいた。

「それを…、今になって御血筋おちすじを問題にされるとは…」

 源太郎げんたろうにしてみれば、「何を今さら…」であった。いや、源太郎げんたろうならずともそう思うに違いなかった。

「いや、実はもう一つあるのだ…、おそれ多くも上様におかせられては、今になって豊千代とよちよぎみ将軍家しょうぐんけ御養君ごようくんとして西之丸へとおむかえあそばされることにつきて躊躇ためらわれし理由が…」

「何でござるか?」

「繰り返すが…、他言たごん無用むようぞ…」

 準松のりとしは再び、そう前置まえおきした。余程よほどに重大事と見える。源太郎げんたろう威儀いぎを正してうなずき、するとそれを見て取った準松のりとし源太郎げんたろうのそのような殊勝しゅしょうな態度を心強く感じたのか、ようやくに覚悟かくごを決めた表情で、「されば…」と切り出したのであった。

おそれ多くも上様におかせられては亡き大納言だいなごん様の死に疑問を持っておられるご様子にて…」

 準松のりとしは声をひそませてそう告げたのであった。これには源太郎げんたろうも思わず、「えっ!?」と大声を上げそうになり、慌てて大声を飲み込んだ。

「それは…、大納言だいなごん様はご病死ではのうて、誰かに殺されたのではないか…、それが上様のご疑念だと?」

 源太郎げんたろう準松のりとしならい、声をひそませて、しかし、ストレートに尋ねた。

 それに対して準松のりとし源太郎げんたろうのその直球ぶりに流石さすがに嫌な表情を浮かべはしたものの、その通りであったのでうなずいた。

「それで…、上様のご存念ぞんねん如何いかに?」

 源太郎げんたろうは将軍・家治がどうしたいのか、それを尋ねた。

「いや、そこまでは身共みどもにも打ち明けられなんだ…」

 準松のりとしは不満げな様子でそう答えた。将軍・家治の近くに、それも最も近くに仕える御側おそば御用ごよう取次とりつぎの己に対してさえも家治がそこまでの本心は打ち明けてくれなかったことに不服を感じているのであろう。それはとりもなおさず、将軍・家治が準松のりとしを役目においては…、仕事の上では信頼しているものの、しかし、本心を打ち明ける相手とはみなしていないということの何よりのあかしのように源太郎げんたろうには思えた。

 もしかして将軍・家治は準松のりとしをいまいち信じきれず、だからこそ準松のりとしには本心を打ち明けなかったのやも知れない。いずれにしろ家治のその判断は源太郎げんたろうからすれば賢明けんめいと言うしかなかった。

 成程なるほど、確かに源太郎げんたろう準松のりとしにとっては縁者えんじゃに当たる。それも、準松のりとしせがれ源太郎げんたろう養嗣子ようししとして送り込んでおり、しかも、準松のりとしの実娘とめあわせた極めて近しい間柄と言えた。

 それでもそんな近しい間柄というだけで、将軍・家治の本心の一部に過ぎないとはいえ、本心には違いないそれをペラペラと打ち明ける時点で将軍側近としては失格であろう。

「それでもおそれ多くも上様の気持ちを推し量ることは可能ぞ…」

 準松のりとし源太郎げんたろうの胸のうちには気付かずに、胸を張ってそう答えてみせた。それはさしずめ、将軍最側近としての矜持きょうじとでも言おうか。いや、それなら言わぬが花、それこそが将軍最側近としての矜持きょうじのようにも思えるが、元より自己じこ顕示欲けんじよくの強い準松のりとしにそれを期待するのは八百屋やおやで魚をくれと言うに等しい。

 ともあれ源太郎げんたろうは調子を合わせるようにして、

「されば上様は如何いかおぼされていると?」

 そう尋ねたのであった。

「されば上様は恐らく、大納言だいなごん様の死の真相を探らせる所存しょぞんであろう…」

 準松のりとしは自信満々にそう答えたので、源太郎げんたろうは思わずズッコけそうになった。その程度のことは将軍最側近でなくとも、今の話の流れから容易に分かろうというものである。

 だが続いて準松のりとしが語った内容は少なからず、源太郎げんたろうを驚かせた。

「それも恐らくは大和やまと殿…、田沼たぬま大和守やまとのかみ意知おきとも殿に探らせる所存しょぞんではないかと…」

「何ゆえに左様に思われる?何か根拠でも?」

 そう尋ねる源太郎げんたろうに対して準松のりとしは「ある」と即答した。

「そはまた、一体…」

「されば一週間ほど前のことだが…、先月の3月24日に大和やまと殿は雁之間がんのまづめでありながら、何とおそれ多くも上様のおぼしによりこの中奥なかおくへと招かれたのだ…」

 準松のりとしは実に口惜くちおしそうにそう告げたので、それで源太郎げんたろうようやくに思い出した。
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