天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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波乱の月次御礼 ~家基の死に疑問を持つ将軍・家治は雁之間詰の意知を召し出す~ 2

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 意知おきともはまだ家督かとくいではおらず、ゆえに本来なればここ江戸城に登城できるような身分ではなかった。

 だが意知おきともの父・意次が老中を務めていたので、江戸城に登城しては表向おもてむきにある雁之間がんのまという部屋にめることが許されていたのだ。

 意知おきとものように父が老中、あるいは京都所司代を務めている場合にはその嫡男ちゃくなんが既に、将軍への初御目見はつおめみを済ませた成人であれば例え、家督かとくを相続する前でも、つまりは未だに大名でなくとも江戸城に登城しては雁之間がんのまめることが許されていたのだ。

 もっとも、そのような意知おきともでも中奥なかおくにまで立ち入ることは許されていなかった。

 にもかかわらず、その意知おきとも中奥なかおくにて将軍・家治と面会することがかなったのはひとえに、将軍たる家治が意知おきとも中奥なかおくへと招いたからだ。

 中奥なかおくにて警備に当たっていた源太郎げんたろうもその時のことを思い出した。すなわち、時斗之間とけいのま肝煎きもいり坊主の案内により、中奥なかおくのさらに奥へと案内される意知おきともの姿を、である。

 そしてその肝煎きもいり坊主は誰あろう今、源太郎げんたろうの目の前にいる準松のりとし附属ふぞくしていた、ここまで…、御側おそば御用ごよう取次とりつぎ詰所つめしょまで準松のりとし源太郎げんたろうを案内したその坊主のはずであり、そうだとすると恐らくは将軍・家治が御側おそば御用ごよう取次とりつぎ準松のりとしに対して、

表向おもてむきにて雁之間がんのまめしおり意知おきともを呼んでまいれ…」

 恐らくはそのように命じ、それに対して準松のりとしも将軍の命である上はこれを拒否できずに「ははぁ」とうけたまわり、御側おそば御用ごよう取次とりつぎたる己に附属ふぞくするその時斗之間とけいのま肝煎きもいり坊主に対して、

表向おもてむき雁之間がんのままで足を運んで、そこにめている意知おきとも中奥なかおくのここ、御座之間ござのまへと連れて来るように…」

 そう命じたのであろうと、源太郎げんたろう見当けんとうをつけた。

「田沼殿はやはり、御座之間ござのまにて上様と謁見えっけんに及ばれたので?」

 源太郎げんたろう中奥なかおく番士ばんしとして、中奥なかおくにて将軍の警護役を務めていたが、年がら年中、将軍に付き添っているわけではない。

 中奥なかおく番士ばんし源太郎げんたろうの他にもおり、その時は別の者が将軍の警護を務めており、源太郎げんたろう中奥なかおくにて殿中の警備に務めていたので、ゆえに意知おきとも中奥なかおくにどの部屋に招かれたのか、すなわち、将軍・家治の言動までは把握はあくしていなかった。

 それでも御座之間ござのまに招かれたであろうことは、源太郎げんたろうにも容易に察しがついた。それというのもここ中奥なかおくにては御座之間ござのまが応接間の役割を果たしていたからだ。

 だが準松のりとしは意外にも頭を振った。

「いや、それがそうではないのだ…」

「と申されると?」

「いや、最初は上様も大和やまと殿を御座之間ござのまに通されたのだ…、身共みどもも左様に上様よりおおせ付かり…」

「最初はと申されると、その後で部屋を移されたとか?」

 源太郎げんたろうがそう尋ねると、準松のりとしうなずいた。

「正にその通りなのだ」

「されば一体、いずこへ…」

「それが驚くではないか…、御用之間ごようのまへと大和やまと殿を招かれたのだ…」

 準松のりとしよりそう聞かされて、源太郎げんたろう流石さすがに驚くと同時に、準松のりとし口惜くちおしげな様子を見せたことにも合点がてんがいった。

 御用之間ごようのまとはここ中奥なかおくでも最奥さいおう部にあり、六畳間ほどの小さな部屋である。いや、そこには将軍直筆じきひつの書状や、あるいは目安箱めやすばこに投じられた訴状そじょうなどが納められた黒塗りの御用ごよう箪笥だんすしつらえられており、実際には四畳半しかなく、

「将軍の秘密部屋」

 とも称されていた。

 そして「将軍の秘密部屋」と称されているだけあって、その部屋に立ち入ることが出来る者は限られており、将軍を除いては、将軍の腹心とも言うべき小姓頭取や小姓の中でも特に限られた、それこそ将軍が心を許したごくわずかな小姓頭取、あるいは小姓が立ち入ることが許されているのみであった。
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