天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

文字の大きさ
62 / 197

清水重好への疑惑

しおりを挟む
「次男と三男…、又四郎またしろうの兄二人でござるが、二人共、清水邸にてつかえており申す…」

「なっ…、そはまことかっ!」

 景漸かげつぐは興奮した様子で、身を乗り出すようにして尋ねた。一体、どうして景漸かげつぐはそこまで興奮した様子であるのか、事情を知らぬ平左衛門へいざえもんには分からぬと見え、首をかしげていたが、それでもその高橋たかはし又四郎またしろうの兄二人についても景漸かげつぐくわしく解説してみせた。

 すなわち、次男は太郎たろ左衛門ざえもん正長まさながと言い、小栗おぐり姓のまま、つまりは養嗣子ようししとしてむかえられることなく、

附切つけきり

 その身分で、清水邸にてかちがしらとしてつかえていた。

 一方、三男・吉左衛門きちざえもん正幸まさとよは、やはり清水邸にてつかえる山下やました理右衛門りえもん満邦みつくに養嗣子ようししとしてむかえられ、弟・高橋たかはし又四郎またしろうと同様、その姓を小栗おぐりから山下へと改めていた。

 だが驚くべきはその小栗おぐり改め山下やました吉左衛門きちざえもん養父ようふとなった山下やました理右衛門りえもんの清水邸における御役おやく、つまりは「ポジション」であった。

 山下やました理右衛門りえもんは旗本出身ではなく、御家人出身であったが、それでも幕臣ばくしんに変わりはなく、ゆえに、

附切つけきり

 その身分で清水邸につかえていたのだが、その清水邸における山下やました理右衛門りえもんの「ポジション」たるや、驚くべきことに納戸なんどがしらであったのだ。

 平左衛門へいざえもんよりそのことを聞かされた時、誰もが驚き、そして誰もが同じような「」を描いたものである。

 すなわち、何としてでも一橋ひとつばし治済はるさだ実子じっし豊千代とよちよ西之丸にしのまる入りを、つまりは次期将軍就任を阻止そししたいと願っている重好しげよしに対して、山下やました理右衛門りえもんはそんな主君しゅくん重好しげよしに対して、

奥医師おくいし池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつ、その際、一橋ひとつばし治済はるさだの犯行に見せかけるべく、諸大名、あるいは旗本から一橋ひとつばし治済はるさだへとおくられた品の中から、これはと思うものを…、一目ひとめ一橋ひとつばし治済はるさだのためだけにおくられた、さしずめ特注とくちゅうの品をその斬殺ざんさつ現場に落としてはどうか…」

 そのように「アドバイス」をしたのではなかろうか。如何いかにも贈答ぞうとう品を管理する納戸なんどがしららしい「アドバイス」ではないか。

 ともあれ山下やました理右衛門りえもんはさらに続けてこう「アドバイス」をしたに違いない。

都合つごうの良いことに、己が養嗣子ようしし吉左衛門きちざえもん正幸まさとよのすぐ下の弟は一橋ひとつばし邸にて納戸なんどがしらとして勤めており、そうであれば贈答ぞうとう品を…、一橋ひとつばし治済はるさだへとおくられた品を管理するその役目やくめがら、その贈答ぞうとう品を持ち出すのも容易たやすはず…」

 重好しげよしはその山下やました理右衛門りえもんの「アドバイス」に深くうなずき、そして「ゴーサイン」を出したに違いない。

 いや、その前に山下やました理右衛門りえもん重好しげよしから「出世」の言質げんちを取ったものと思われる。

 それと言うのも、仮に山下やました理右衛門りえもん思惑おもわく通り…、そしてそれは重好しげよしにとっても当てまるが、一橋ひとつばし治済はるさだに対して、奥医師おくいし池原いけはら良誠よしのぶ斬殺ざんさつ事件の嫌疑けんぎがかけられたことで、豊千代とよちよ西之丸にしのまる入り、つまりは次期将軍就任が「ご破産はさん」となれば、必然ひつぜん的に将軍・家治の実弟じっていである重好しげよしに次期将軍の「おはち」が回ってくるというものである。

 つまり重好しげよし豊千代とよちよに代わって西之丸にしのまる入りを果たせるというわけで、その際には清水邸からも幾人いくにんかが重好しげよしと共に西之丸にしのまるへと移り、そして重好しげよしに…、次期将軍たる重好しげよしつかえる小姓こしょう、あるいは小納戸こなんどとして取り立てられることになる。

 山下やました理右衛門りえもんはそのうちの一人に…、西之丸にしのまる小姓こしょう、あるいは小納戸こなんどとして取り立てられる一人に加えて欲しいと、重好しげよしにそう要求したに違いない。

 西之丸にしのまる小姓こしょう、あるいは小納戸こなんども、本丸のそれと変わらず、つまりは旗本役であり、御家人ごけにん出身の山下やました理右衛門りえもんがその旗本役である西之丸にしのまる小姓こしょうか、あるいは小納戸こなんどとして取り立てられるということは、それは他でもない、御家人ごけにんから旗本へと、

はんをすすめる…」

 つまりは「ステップアップ」できることを意味しているからだ。

 それに対して重好しげよし山下やました理右衛門りえもんのその要求をんだに違いない。その程度ていどの要求であれば、重好しげよしにとってはまさに、

「安い買い物…」

 それに違いないからだ。

 こうして山下やました理右衛門りえもん重好しげよしとの間で「取引」を成立させるとまずは当然、養嗣子ようしし吉左衛門きちざえもん正幸まさとしに話を持ち込み、それに対して吉左衛門きちざえもんにしてもやはりと言うべきか、あるいは当然と言うべきか、即座そくざにその話に乗ったに違いない。

 何しろ一橋ひとつばし邸にて納戸なんどがしらとしてつかえる高橋たかはし又四郎またしろう贈答ぞうとう品を、それも一目ひとめ治済はるさだへと、治済はるさだのためだけにおくられた、さしずめ特注とくちゅうの品を持ち出してもらい、そして引き渡してもらうことに成功すれば、養父ようふ山下やました理右衛門りえもんは旗本に取り立てられるのだ。

 そして養父ようふが旗本に取り立てられるということは、養嗣子ようししの己もゆくゆくは養父ようふ遺跡いせきげるわけで、つまりは、

養父ようふあといで旗本になれる…」

 養嗣子ようしし吉左衛門きちざえもんはそのまたとない「チャンス」にめぐまれたわけで、ゆえに吉左衛門きちざえもん即座そくざ養父ようふ理右衛門りえもんの話に乗り、そして実弟じってい高橋たかはし又四郎またしろうにその話をそのまま持ち込んだのではあるまいか。

 それに対して高橋たかはし又四郎またしろうは当初は流石さすがに驚きこそしたものの、しかしすぐに冷静さを取り戻すと、山下やました理右衛門りえもん重好しげよしに対して「将来の出世」を要求したように、高橋たかはし又四郎またしろうもまた、「将来の出世」を要求したのではあるまいか。

 高橋たかはし又四郎またしろうは次期将軍を輩出はいしゅつすることが内定ないていした一橋ひとつばし家につかえており、その分、清水家につかえる山下やました理右衛門りえもん吉左衛門きちざえもん親子に比べれば、

「将来の出世…」

 その観点かんてんからすれば一見いっけんめぐまれているかのように見える。つまりは次期将軍として西之丸にしのまるへと移る豊千代とよちよ同道どうどうして西之丸にしのまるへと入り、そして豊千代とよちよ御側おそば近くにつかえる、西之丸にしのまる小姓こしょう小納戸こなんどとして取り立てられるチャンスに、である。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...