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家基最期の鷹狩りに従った面子の選考基準
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「ともあれだ、生き残ってる二人…、佐野と小笠原、この二人に聞けば当時のことが…、どうしてこの面子に…、こいつらを家基様の鷹狩りに同行させることにしたのか、そいつが分かるかも知れねぇってことだよな?」
益五郎が確かめるようにそう尋ねると、意外にも準松が、
「それは危ういぞ…」
そう否定的な見解を示した。
「危ういってどういうこと?二人に聞いても分からねぇ、ってこと?」
益五郎が首をかしげると、準松は頭を振った。
「恐らく二人なればその経緯を仔細に覚えているであろうよ。なれど…」
「なれど、何だよ」
益五郎がその先を促すと、正明が「選手交代」とばかり、その先を引き取って見せた。
「小笠原若狭守は誰よりも早くに豊千代君が西之丸入りに賛同されたのだ…」
「えっ…、それじゃあ小笠原の野郎は一橋とグルってことか?」
益五郎はズバリ核心を突く聞き方をした。
「小笠原若狭守までが畏れ多くも大納言様が薨去にかかわっていたのか、そこまでは分からぬが、なれど一橋家と縁があることは事実ぞ…」
準松はそれから小笠原信喜と一橋家との縁について「解説」してくれた。
即ち、分家筋である小笠原新左衛門長直は今でこそ漆奉行を勤めているものの、その前は一橋邸にて仕えており、しかも一橋家の祖・宗尹が当主であった頃よりその邸にて仕えていたのだ。
のみならず、同じく分家筋である、今は小普請の身の小笠原左膳貞郷の妻女は一橋家の臣・天野傳七郎富安の娘を娶っており、その上、小笠原左膳の妹は旗本にして今はやはり小普請の天野傳四郎富義に嫁していたのだが、この天野傳四郎は一橋家の臣・天野傳七郎の甥に当たるのだ。
即ち、天野傳四郎富義の父・傳四郎富房の弟こそが天野傳七郎なのである。
事程左様に小笠原家と一橋家とは縁があった。
「それじゃあ、その小笠原…、若狭守の野郎に迂闊に…、どうしてこいつらを家基様の鷹狩りに従わせたのか、ってなことを訊いたりしたら、敵を…、一橋を警戒させちまうってことか?」
益五郎は遂に一橋家を敵扱いしたものの、しかし、それに対して家治は咎めるどころか頷いた。
「さもあろうな…」
家治はそう認めると、「されば当時の平御側にでもその辺の事情を訊いてみては如何…」と提案した。
「されば…、当時の平御側は大久保志摩守忠翰、大久保下野守忠恕、そして本堂伊豆守親房の三名にて…」
やはり泰行が答えてくれた。
「そいつら皆、生きてんの?」
益五郎がやはりと言うべきか、不躾にそう尋ねると、しかし、泰行は最早、免疫ができたのか、大した反応も示さずに、「左様…」と答えた。
「それにしても大久保姓が二人もいるとは…、もしかしてあんたの親戚?」
益五郎は大久保半五郎に尋ねた。それに対して半五郎は、「左様」と答えた。
「そう…、ってか平御側って、御側衆なんだよね…、御側御用取次の下つ端とは言え、幕府内の序列では結構、上なんだよね?」
益五郎は半五郎に確かめるようにそう尋ねた。それに対して半五郎は益五郎の真意が分からず、流石に困惑げな表情を浮かべたものの、その通りであったので頷いた。
「なら…、そんな御側衆に大久保が二人も選ばれるなんて、これって凄いことだよね…」
成程、と半五郎は漸くに益五郎の真意が呑み込めた。益五郎が言う通り、かつて家基に仕えていた御側衆の中には二人もの大久保一族が任じられていた。
御側衆の定員は本丸、西之丸問わず6人から7人程度であった。
その御側衆の中から筆頭とも言うべき御用取次が2人、あるいは3人程度選ばれるのであった。つまり平御側…、ヒラの御側衆は3人から5人程度というわけで、そんな中で大久保一族が2人もそのヒラとは言え、御側衆に選ばれるのは確かに異例と言えた。益五郎が疑問に思うのも当然であった。
「ああ、それは…」
半五郎はその理由を答えることに躊躇した。半五郎もまた、大久保一族であるので、その一族の中から何ゆえ2人も御側衆として、それも西之丸にて家基に仕える御側衆として選ばれたのか、その輩出の理由を承知してはいたものの、しかし、己の口からそれを説明すると自慢話のように聞こえてしまうのではあるまいかと、それを案じて口ごもったのであった。
するとそうと察した将軍・家治がそのような奥ゆかしい半五郎に代わって説明してくれた。
「されば大久保忠翰が妻女は家基の乳母を務めてくれたのだ…」
成程、と益五郎は合点がいった。家基の乳母こそが大久保忠翰の妻女であったならば、忠翰は元より、
「大久保一族の中からあと一人ぐらい…」
といった具合に御側衆に取り立てられたとしても不思議ではない。
「いや、家基だけではない、萬壽が乳母も務めてくれたのだ…」
家治は往時を偲ぶようにそう告げた。萬壽とは萬壽姫のことであり、家治が今は亡き正室の倫子との間にもうけた女児であり、倫子、萬壽姫共に既に亡い。
ともあれ大久保一族が二人も家基に仕える、それも側近中の側近とも言うべき御側衆に選ばれた理由に合点がいった。
「いや、それならどうして大久保一族…、大久保忠翰と大久保忠恕を御用取次に取り立てなかったんで?せめて乳母の旦那の忠翰だけでも…」
益五郎が新たにそのような疑問を発すると、やはり家治が答えてくれた。
「されば身贔屓の謗りを恐れたのよ」
「恐れたって、誰がです?」
「無論、家基よ…、西之丸の人事につきては一応、家基が最終的に決裁するゆえにな…」
「なぁる…、己の乳母の旦那の大久保忠翰と、その同族の大久保忠恕を御側衆の中でも筆頭である御用取次に取り立てたりした日には身贔屓が過ぎるって、そんな悪評が出ることを、家基様は恐れられたと…」
「左様…」
いや、そもそもヒラとは言え、御側衆に己の乳母の旦那である忠翰と、その同族の忠恕の二人も取り立てた時点で十分に身贔屓が過ぎるだろうと、益五郎はそう思ったが、流石に口には出来ずに心の中で呟くに留めた。
「それに…、御側御用取次ともなれば、例えば鷹狩りに従わせしむる士の人選を始めとし、細々とした仕事に追われるゆえ…、正に忙殺されるゆえ、そうなれば家基としても忠翰や忠恕と過ごす時間が失われてしまうと、それも恐れてのことであったがの…」
家治はそう付け加えた。
「えっ…、家基様はそれ程までに大久保一族に心を許していたと?」
益五郎は目を丸くした。
「大久保一族と申すよりは忠翰と忠恕…、とりわけ忠翰に心を許しておったわ…、それも父のようにな…」
家基はまだ十代で西之丸にて暮らしていたのだ。それも本丸にて繰らす父とは別々に。そうであれば日常生活において父の存在を求めたとしても不思議ではなく、その父代わりこそ、
「大久保忠翰だったってことか…」
益五郎は家基の心理が理解できた。
「されば忠翰が家基にとって父のような存在であれば、銕蔵は弟のような存在であろうかの…」
家治はそう思い出を巡らした。
「銕蔵って?」
「ああ…、大久保忠翰が嫡男の銕蔵忠道ぞ…、されば銕蔵は家基が最期の伽であったわ…」
伽とは御伽衆のことであり、御側衆同様、複数の者が、それも大抵、2人が任じられるものであり、家基の場合もそうであった。
「されば銕蔵の他、いまひとり、水野本次郎が…、本次郎貞利が伽でな、この中で家基が一番年長で、銕蔵と本次郎は共に家基とは四歳違い…、四歳年下でな、さしずめ三兄弟のようであったわ…」
「三兄弟ですか…、家基様が長兄で…」
「銕蔵と本次郎とでは銕蔵の方が年上ゆえ、銕蔵が次兄、そして本次郎が末っ子であったわ…、いや、実に仲の良い三兄弟にて、家基にとっては一番、心に残った伽であったやも知れぬ…」
「一番心に残った伽、ですか?」
益五郎がそう問い返すと、家治は「左様」と答えた。
「それじゃあいよいよ、そんな大久保一族の一人である大久保靱負が家基様を殺す筈がねぇ…」
益五郎は自然とその言葉が口をついて出た。すると靱負の実父でもある半五郎がその通りだと言わんばかりに何度も頷いた。
「だとしたら、これはいよいよもって、治済が重好殿を嵌めるための策略じゃないっすかねぇ…」
益五郎がしみじみそう言うと、「どういうことだ?」と家治が興味深げな様子で益五郎を促した。
「いや、重好殿の縁者…、重好殿とは従兄弟同士の三浦左膳が家基様を殺すのはまだ理解できるんすよ。だって、家基様が…、次期将軍の家基様が亡くなることで、その次期将軍のお鉢が重好殿に廻ってくれば、三浦左膳は次期将軍、そして将軍となる重好殿の縁者に列なるわけで、こりゃもう、子々孫々、栄誉栄華が約束されたも同然だ。でも、大久保一族は違う。確かに大久保一族の一人であるあんた…、半五郎はその弟が重好殿に仕えているそうだが、裏を返せば…、こう言っては失礼だが、その程度の関係に過ぎねぇ…」
「その程度の関係…」
半五郎がその言葉を反芻したので、益五郎は半五郎が気分でも害したかと、そう思い、「こりゃ失敬」と形ばかりの詫びの言葉を口にした後で更に続けた。
「ともあれその程度の関係に過ぎねぇ…、だから仮に重好殿が次期将軍、そして将軍へとさしずめその階段をのぼったところで、三浦左膳のように子々孫々、栄誉栄華が約束されるわけじゃねぇ。いや、それどころか家基様に将軍になってもらった方がより、大久保一族の将来の栄誉栄華に繋がるってもんだ。何しろ、家基様、その上、萬壽姫様までも乳母を務めた女性こそが大久保忠翰の妻女で、しかも家基様は忠翰をもう一人の父のように慕っており、しかもその倅の銕蔵は水野本次郎共々、やはり実の弟のように可愛がっており、銕蔵や本次郎にしても、家基様を実の兄のように慕っていた…、ってことはそんな家基様が将軍になってくれればもう、大久保一族は子々孫々、とまでは言えねぇにしてもだ、少なくとも家基様が将軍でいる間は栄誉栄華が約束されてた筈だ。ならそんな家基様を少なくともその大久保一族の一人である靱負が殺すとはとてもじゃないが信じられねぇ…」
益五郎のその推理に誰もが頷いた。
益五郎が確かめるようにそう尋ねると、意外にも準松が、
「それは危ういぞ…」
そう否定的な見解を示した。
「危ういってどういうこと?二人に聞いても分からねぇ、ってこと?」
益五郎が首をかしげると、準松は頭を振った。
「恐らく二人なればその経緯を仔細に覚えているであろうよ。なれど…」
「なれど、何だよ」
益五郎がその先を促すと、正明が「選手交代」とばかり、その先を引き取って見せた。
「小笠原若狭守は誰よりも早くに豊千代君が西之丸入りに賛同されたのだ…」
「えっ…、それじゃあ小笠原の野郎は一橋とグルってことか?」
益五郎はズバリ核心を突く聞き方をした。
「小笠原若狭守までが畏れ多くも大納言様が薨去にかかわっていたのか、そこまでは分からぬが、なれど一橋家と縁があることは事実ぞ…」
準松はそれから小笠原信喜と一橋家との縁について「解説」してくれた。
即ち、分家筋である小笠原新左衛門長直は今でこそ漆奉行を勤めているものの、その前は一橋邸にて仕えており、しかも一橋家の祖・宗尹が当主であった頃よりその邸にて仕えていたのだ。
のみならず、同じく分家筋である、今は小普請の身の小笠原左膳貞郷の妻女は一橋家の臣・天野傳七郎富安の娘を娶っており、その上、小笠原左膳の妹は旗本にして今はやはり小普請の天野傳四郎富義に嫁していたのだが、この天野傳四郎は一橋家の臣・天野傳七郎の甥に当たるのだ。
即ち、天野傳四郎富義の父・傳四郎富房の弟こそが天野傳七郎なのである。
事程左様に小笠原家と一橋家とは縁があった。
「それじゃあ、その小笠原…、若狭守の野郎に迂闊に…、どうしてこいつらを家基様の鷹狩りに従わせたのか、ってなことを訊いたりしたら、敵を…、一橋を警戒させちまうってことか?」
益五郎は遂に一橋家を敵扱いしたものの、しかし、それに対して家治は咎めるどころか頷いた。
「さもあろうな…」
家治はそう認めると、「されば当時の平御側にでもその辺の事情を訊いてみては如何…」と提案した。
「されば…、当時の平御側は大久保志摩守忠翰、大久保下野守忠恕、そして本堂伊豆守親房の三名にて…」
やはり泰行が答えてくれた。
「そいつら皆、生きてんの?」
益五郎がやはりと言うべきか、不躾にそう尋ねると、しかし、泰行は最早、免疫ができたのか、大した反応も示さずに、「左様…」と答えた。
「それにしても大久保姓が二人もいるとは…、もしかしてあんたの親戚?」
益五郎は大久保半五郎に尋ねた。それに対して半五郎は、「左様」と答えた。
「そう…、ってか平御側って、御側衆なんだよね…、御側御用取次の下つ端とは言え、幕府内の序列では結構、上なんだよね?」
益五郎は半五郎に確かめるようにそう尋ねた。それに対して半五郎は益五郎の真意が分からず、流石に困惑げな表情を浮かべたものの、その通りであったので頷いた。
「なら…、そんな御側衆に大久保が二人も選ばれるなんて、これって凄いことだよね…」
成程、と半五郎は漸くに益五郎の真意が呑み込めた。益五郎が言う通り、かつて家基に仕えていた御側衆の中には二人もの大久保一族が任じられていた。
御側衆の定員は本丸、西之丸問わず6人から7人程度であった。
その御側衆の中から筆頭とも言うべき御用取次が2人、あるいは3人程度選ばれるのであった。つまり平御側…、ヒラの御側衆は3人から5人程度というわけで、そんな中で大久保一族が2人もそのヒラとは言え、御側衆に選ばれるのは確かに異例と言えた。益五郎が疑問に思うのも当然であった。
「ああ、それは…」
半五郎はその理由を答えることに躊躇した。半五郎もまた、大久保一族であるので、その一族の中から何ゆえ2人も御側衆として、それも西之丸にて家基に仕える御側衆として選ばれたのか、その輩出の理由を承知してはいたものの、しかし、己の口からそれを説明すると自慢話のように聞こえてしまうのではあるまいかと、それを案じて口ごもったのであった。
するとそうと察した将軍・家治がそのような奥ゆかしい半五郎に代わって説明してくれた。
「されば大久保忠翰が妻女は家基の乳母を務めてくれたのだ…」
成程、と益五郎は合点がいった。家基の乳母こそが大久保忠翰の妻女であったならば、忠翰は元より、
「大久保一族の中からあと一人ぐらい…」
といった具合に御側衆に取り立てられたとしても不思議ではない。
「いや、家基だけではない、萬壽が乳母も務めてくれたのだ…」
家治は往時を偲ぶようにそう告げた。萬壽とは萬壽姫のことであり、家治が今は亡き正室の倫子との間にもうけた女児であり、倫子、萬壽姫共に既に亡い。
ともあれ大久保一族が二人も家基に仕える、それも側近中の側近とも言うべき御側衆に選ばれた理由に合点がいった。
「いや、それならどうして大久保一族…、大久保忠翰と大久保忠恕を御用取次に取り立てなかったんで?せめて乳母の旦那の忠翰だけでも…」
益五郎が新たにそのような疑問を発すると、やはり家治が答えてくれた。
「されば身贔屓の謗りを恐れたのよ」
「恐れたって、誰がです?」
「無論、家基よ…、西之丸の人事につきては一応、家基が最終的に決裁するゆえにな…」
「なぁる…、己の乳母の旦那の大久保忠翰と、その同族の大久保忠恕を御側衆の中でも筆頭である御用取次に取り立てたりした日には身贔屓が過ぎるって、そんな悪評が出ることを、家基様は恐れられたと…」
「左様…」
いや、そもそもヒラとは言え、御側衆に己の乳母の旦那である忠翰と、その同族の忠恕の二人も取り立てた時点で十分に身贔屓が過ぎるだろうと、益五郎はそう思ったが、流石に口には出来ずに心の中で呟くに留めた。
「それに…、御側御用取次ともなれば、例えば鷹狩りに従わせしむる士の人選を始めとし、細々とした仕事に追われるゆえ…、正に忙殺されるゆえ、そうなれば家基としても忠翰や忠恕と過ごす時間が失われてしまうと、それも恐れてのことであったがの…」
家治はそう付け加えた。
「えっ…、家基様はそれ程までに大久保一族に心を許していたと?」
益五郎は目を丸くした。
「大久保一族と申すよりは忠翰と忠恕…、とりわけ忠翰に心を許しておったわ…、それも父のようにな…」
家基はまだ十代で西之丸にて暮らしていたのだ。それも本丸にて繰らす父とは別々に。そうであれば日常生活において父の存在を求めたとしても不思議ではなく、その父代わりこそ、
「大久保忠翰だったってことか…」
益五郎は家基の心理が理解できた。
「されば忠翰が家基にとって父のような存在であれば、銕蔵は弟のような存在であろうかの…」
家治はそう思い出を巡らした。
「銕蔵って?」
「ああ…、大久保忠翰が嫡男の銕蔵忠道ぞ…、されば銕蔵は家基が最期の伽であったわ…」
伽とは御伽衆のことであり、御側衆同様、複数の者が、それも大抵、2人が任じられるものであり、家基の場合もそうであった。
「されば銕蔵の他、いまひとり、水野本次郎が…、本次郎貞利が伽でな、この中で家基が一番年長で、銕蔵と本次郎は共に家基とは四歳違い…、四歳年下でな、さしずめ三兄弟のようであったわ…」
「三兄弟ですか…、家基様が長兄で…」
「銕蔵と本次郎とでは銕蔵の方が年上ゆえ、銕蔵が次兄、そして本次郎が末っ子であったわ…、いや、実に仲の良い三兄弟にて、家基にとっては一番、心に残った伽であったやも知れぬ…」
「一番心に残った伽、ですか?」
益五郎がそう問い返すと、家治は「左様」と答えた。
「それじゃあいよいよ、そんな大久保一族の一人である大久保靱負が家基様を殺す筈がねぇ…」
益五郎は自然とその言葉が口をついて出た。すると靱負の実父でもある半五郎がその通りだと言わんばかりに何度も頷いた。
「だとしたら、これはいよいよもって、治済が重好殿を嵌めるための策略じゃないっすかねぇ…」
益五郎がしみじみそう言うと、「どういうことだ?」と家治が興味深げな様子で益五郎を促した。
「いや、重好殿の縁者…、重好殿とは従兄弟同士の三浦左膳が家基様を殺すのはまだ理解できるんすよ。だって、家基様が…、次期将軍の家基様が亡くなることで、その次期将軍のお鉢が重好殿に廻ってくれば、三浦左膳は次期将軍、そして将軍となる重好殿の縁者に列なるわけで、こりゃもう、子々孫々、栄誉栄華が約束されたも同然だ。でも、大久保一族は違う。確かに大久保一族の一人であるあんた…、半五郎はその弟が重好殿に仕えているそうだが、裏を返せば…、こう言っては失礼だが、その程度の関係に過ぎねぇ…」
「その程度の関係…」
半五郎がその言葉を反芻したので、益五郎は半五郎が気分でも害したかと、そう思い、「こりゃ失敬」と形ばかりの詫びの言葉を口にした後で更に続けた。
「ともあれその程度の関係に過ぎねぇ…、だから仮に重好殿が次期将軍、そして将軍へとさしずめその階段をのぼったところで、三浦左膳のように子々孫々、栄誉栄華が約束されるわけじゃねぇ。いや、それどころか家基様に将軍になってもらった方がより、大久保一族の将来の栄誉栄華に繋がるってもんだ。何しろ、家基様、その上、萬壽姫様までも乳母を務めた女性こそが大久保忠翰の妻女で、しかも家基様は忠翰をもう一人の父のように慕っており、しかもその倅の銕蔵は水野本次郎共々、やはり実の弟のように可愛がっており、銕蔵や本次郎にしても、家基様を実の兄のように慕っていた…、ってことはそんな家基様が将軍になってくれればもう、大久保一族は子々孫々、とまでは言えねぇにしてもだ、少なくとも家基様が将軍でいる間は栄誉栄華が約束されてた筈だ。ならそんな家基様を少なくともその大久保一族の一人である靱負が殺すとはとてもじゃないが信じられねぇ…」
益五郎のその推理に誰もが頷いた。
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