天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

文字の大きさ
118 / 197

家基が毒キノコを食した時期を推理する 2

しおりを挟む
 ともあれ家治は祖父・吉宗の霊廟れいびょうにはこの時…、安永8(1779)年2月20日の時点で本丸ほんまるの老中であった意次を代参だいさんさせ、一方でまなむすめであった萬壽ます姫の霊牌れいはいじょにはやはり当時は本丸ほんまる老中であった松平まつだいら輝高てるたかと、さらに西之丸にしのまるの老中であった阿部あべ正允まさちかの両名を東叡とうえいざんへと差し向け、そして萬壽ます姫の霊牌れいはい所にて行われた法会ほうえに将軍・家治の代わりとして松平まつだいら輝高てるたかを、家基いえもとの代わりとして阿部あべ正允まさちかをそれぞれ参加させたのであった。

 阿部あべ正允まさちか西之丸にしのまるにて家基いえもとつかえていたので、家基いえもとの代わりというわけだ。

 それもこれも、萬壽ます姫が父・家治にとって大事なまなむすめであるが、同時に、いや、それ以上に家基いえもとにとっても大事な姉だったからだ。

 そこで家治は姉想いの家基いえもとのためにも萬壽ます姫の霊牌れいはいじょにて行われる法会ほうえには己の代わりとして松平まつだいら輝高てるたかを差し向けて、法会ほうえに参加させると同時に、家基いえもとにもその機会きかいを…、己の代わりに誰かを大事な姉であった萬壽ます姫の霊牌れいはいじょにて行われる法会ほうえに参加させるその機会きかいを与えてやろうと、そこで家治は西之丸にしのまるにて家基いえもとつかえる老中の阿部あべ正允まさちかをも己の代わりである松平まつだいら輝高てるたかと共に東叡とうえいざんへと差し向けて、まなむすめにして大事な姉でもあった萬壽ます姫の法会ほうえにそれぞれ参加させたというわけだ。

 そして代参だいさんを終えた意次と、さらに法会ほうえを終えた松平まつだいら輝高てるたか阿部あべ正允まさちかの両名は江戸城へと帰参きさんすると本丸ほんまるの黒書院にて将軍・家治とさらに家基いえもとに対して、意次は代参だいさんませたことを、松平まつだいら輝高てるたか阿部あべ正允まさちかの両名は法会ほうえを済ませたことをそれぞれ伝えたのであった。

 家基いえもと西之丸にしのまるあるじであったが、この時は本丸ほんまるへと渡御とぎょ、そして黒書院の上段じょうだんにて家基いえもとは父・家治とならんで鎮座ちんざし、下段げだんにてひかえる意次と、さらに松平まつだいら輝高てるたか阿部あべ正允まさちかの両名よりそれぞれ、代参だいさん、あるいは法会ほうえの報告を受けたのであった。

「その時は…、もう昼でしたが、大納言だいなごん様に特に変わった様子はなかったかと…、いえ、私はその時は流石さすが陪席ばいせきは許されませんでしたが、それでも何か…、大納言だいなごん様に異変いへんがあれば必ず、伝わりますから…」

 意知おきともは自信をもってそう答えた。

「されば、大納言だいなごん様が我慢がまんされていた可能性は?」

 善之よしゆきにその可能性を指摘してきされると、意知おきともとしても即答そくとうしかねた。

 確かに家基いえもとならばその可能性はあり得た。何しろ大事な姉、萬壽ます姫の法会ほうえの報告なのである。例え、苦しくともこらえて聞いたに違いない。そしてそれは家治にも共通することであろう。すなわち、崇拝すうはいしてやまない八代将軍・吉宗の霊廟れいびょうへの代参だいさん報告ならば、こらえてでもそれを聞いたに違いない。

「確かに…、その可能性はあり申す…」

 意知おきともはまずはそう認めた上で、「なれど…」と続けた。

「その後…、昼八つ(午後2時頃)だったでしょうか、おそれ多くも上様と大納言だいなごん様におかせられては黒書院から白書院へとお移りあそばされ、そこでお二人は…、上様と大納言だいなごん様のお二人は輪王りんのう門跡もんせき准后じゅんこう公遵こうじゅん法親王ほっしんのう殿下でんかとその弟子でし公延こうえん法親王ほっしんのう殿下でんかのお二人と面会され…、されば上様はともかく、大納言だいなごん様がそのお体に何か異変でも生じていれば、親王しんのう殿下でんかの面会にまでは及ばれないのではないかと…」

 大事な姉の法会ほうえの報告であれば仮に苦しくとも我慢がまんしてでも聞いただろうが、親王しんのうとの謁見えっけんにまで我慢がまんして付き合う義理はないだろう。

 意知おきともがそう示唆しさすると善之よしゆきも納得した様子を見せた。

「そうであれば20日はまさにせ快復かいふく期…、偽物にせもの快復かいふくの期間にて…」

 善之よしゆきがそう言ったので、意知おきとももそれこそ「復習」する意味で、

「確かその、にせ快復かいふく期は1日から3日程度でしたね…」

 確かめるようにそう尋ねた。

「ええ。20日、丸一日、快復かいふく期だとして、その前日、19日はどうでした?」

 善之よしゆきが続けざま問うた。

「19日は…、良く分かりません…」

「分からないと言うと?」

 善之よしゆきは首をかしげた。

「確かその日は西之丸にしのまるには渡っておらず…、いえ、私は本来、本丸ほんまる雁之間がんのまづめですので…」

 意知おきともはそう言い訳した。いや、意知おきともはそもそも本丸ほんまるにて、表向おもてむきにある雁之間がんのまめていなければならない身なので、西之丸にしのまるへと足を向けること自体、おかしいのだ。

「だとしたら、もしかしたら19日に消化しょうかの異常により苦しんでいた可能性がありますな…」

 善之よしゆきはそう推理した。

嘔吐おうと腹痛ふくつう下痢げりなどの症状しょうじょうですよね?」

 意知おきともはやはり確かめるようにそう尋ねた。

「ええ」

「確か、それが半日から長くて1日程度ていど、続くんでしたよね…」

「ええ」

「だとしたら、大納言だいなごん様は19日は半日から1日かけて苦しまれたと…」

 意知おきともがそう想像すると、善之よしゆきも「だと思いますね」と意知おきとものその想像を支持した。

「そうだとすると大納言だいなごん様が毒を…、シロタマゴテングタケか、あるいはドクツルタケを口にされたのは…、消化しょうか異変いへんが…、嘔吐おうと腹痛ふくつう下痢げりなどの症状しょうじょうが出るのは摂食せっしょく後、早くて三刻(約6時間)後、遅くとも1日後との話ですから…」

 意知おきともがそこで言葉を区切くぎると、善之よしゆきがその先を引き取った。

「18日のいずれかの時分じぶんに口にされたものかと…」

「だとしたら…、夕食よりも朝食の可能性が高いか…」

 意知おきともがそうつぶやくと、善之よしゆきも同感だと言わんばかりにうなずいてみせた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

日本の運命を変えた天才少年-日本が世界一の帝国になる日-

ましゅまろ
歴史・時代
――もしも、日本の運命を変える“少年”が現れたなら。 1941年、戦争の影が世界を覆うなか、日本に突如として現れた一人の少年――蒼月レイ。 わずか13歳の彼は、天才的な頭脳で、戦争そのものを再設計し、歴史を変え、英米独ソをも巻き込みながら、日本を敗戦の未来から救い出す。 だがその歩みは、同時に多くの敵を生み、命を狙われることも――。 これは、一人の少年の手で、世界一の帝国へと昇りつめた日本の物語。 希望と混乱の20世紀を超え、未来に語り継がれる“蒼き伝説”が、いま始まる。 ※アルファポリス限定投稿

もし石田三成が島津義弘の意見に耳を傾けていたら

俣彦
歴史・時代
慶長5年9月14日。 赤坂に到着した徳川家康を狙うべく夜襲を提案する宇喜多秀家と島津義弘。 史実では、これを退けた石田三成でありましたが……。 もしここで彼らの意見に耳を傾けていたら……。

世界はあるべき姿へ戻される 第二次世界大戦if戦記

颯野秋乃
歴史・時代
1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。 ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。 また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。 その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。 この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。 またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。 この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず… 大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。 【重要】 不定期更新。超絶不定期更新です。

四代目 豊臣秀勝

克全
歴史・時代
アルファポリス第5回歴史時代小説大賞参加作です。 読者賞を狙っていますので、アルファポリスで投票とお気に入り登録してくださると助かります。 史実で三木城合戦前後で夭折した木下与一郎が生き延びた。 秀吉の最年長の甥であり、秀長の嫡男・与一郎が生き延びた豊臣家が辿る歴史はどう言うモノになるのか。 小牧長久手で秀吉は勝てるのか? 朝日姫は徳川家康の嫁ぐのか? 朝鮮征伐は行われるのか? 秀頼は生まれるのか。 秀次が後継者に指名され切腹させられるのか?

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

if 大坂夏の陣 〜勝ってはならぬ闘い〜

かまぼこのもと
歴史・時代
1615年5月。 徳川家康の天下統一は最終局面に入っていた。 堅固な大坂城を無力化させ、内部崩壊を煽り、ほぼ勝利を手中に入れる…… 豊臣家に味方する者はいない。 西国無双と呼ばれた立花宗茂も徳川家康の配下となった。 しかし、ほんの少しの違いにより戦局は全く違うものとなっていくのであった。 全5話……と思ってましたが、終わりそうにないので10話ほどになりそうなので、マルチバース豊臣家と別に連載することにしました。

処理中です...