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小野章以が日本橋は本銀町一丁目の家屋敷を買い取った経緯
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「なれど…、如何に一橋卿様の陪臣とは申せ、当人がそう申し立てているのみで、何ら証はないのではあるまいか?」
景漸は名主の明田惣蔵にそう水を向けると、明田惣蔵もその疑問を予期していたらしく、「勿論、その通りにて…」と答えると、小野章以に2千両にて本銀町一丁目の家屋敷を売った経緯について景漸に対して、それに平蔵に対しても説明を始めた。
即ち、明和5(1768)年の1月20日に小野章以はその一橋家の陪臣と名乗る山名荒三郎信鷹を引き連れて、名主の明田惣蔵の元を訪れ、明田惣蔵が所有する本銀町一丁目の家屋敷を売って欲しいと持ちかけたそうな。
それに対して明田惣蔵は当然、小野章以の身許を尋ねたそうな。
それに対して小野章以はそこで自分の身許…、牛込白金町の長屋にて小児専門の診療所を開業する小児医であることを打ち明けた上で、さらに己が連れて来た者が一橋家の陪臣の山名荒三郎信鷹であるとも、明田惣蔵に対してそう紹介し、それに対して山名荒三郎も自己紹介をしたそうな。
だが、出し抜けにそのように言われても明田惣蔵としても容易に信ずるわけにはゆかないと、小野章以と、それに山名荒三郎にそう告げたそうな。
すると小野章以はそれは尤もであると、己が職住兼用として住まう牛込白金町を差配する名主に問い合わせてもらって一向に構わないと、そう返答したそうな。
小野章以のその自信たっぷりな態度から明田惣蔵も小野章以の言葉に嘘はないと、そう確信したものの、それでも念のためにと、無駄であるのを承知の上で、わざわざ牛込白金町を差配する名主の中村五三郎に繋ぎを取り、しかもわざわざ足を運んでもらい、面通しをしてもらったそうな。
その結果、中村五三郎が確かに小野章以の身許を保証したことから、明田惣蔵も小野章以の身許については信じたそうな。
だが問題は山名荒三郎信鷹である。山名荒三郎にしても自身が一橋家の陪臣だと名乗っているだけで、果たして真、一橋家の陪臣なのか、それを証し立てるものは何もない。
まさかに小野章以が己の身許を証し立てたのと同じく、名主に頼むわけにもゆかない。
すると小野章以は驚くべき提案をした。
それと言うのも、家屋敷の売買、つまりは代金の支払いを一橋邸にて行うと、そう言い出したのであった。それは唐突に提案したと言うよりも、前もって明田惣蔵の反応を…、果たして真、山名荒三郎と名乗るものが一橋家の陪臣なのかと疑うことを予期しての提案のように思えた。
ともあれ、一橋邸にて代金を支払ってくれるのならば、これ程、確かなものはないだろう。
それも小野章以曰く、一橋御門内にある一橋邸にて代金を支払うとのことであり、つまりは上屋敷で支払ってくれるというわけで、それで明田惣蔵も漸くに、小野章以の言葉を信ずるに至ったそうな。
さて、それから明田惣蔵は家屋敷の代金として2千両の「オファー」を出し、それに対して小野章以は値引きを求めずに即座に応じたので、8日後の1月28日を代金の支払日としたそうな。
そしてそれから8日後の1月28日、明田惣蔵が配下の五人組を引き連れて、一橋邸を訪れたのは他でもない、ボディガードのためでは勿論ない、不動産売買における売買証文に名主のみならず、五人組の請印も必要だからだ。
そうして明田惣蔵と配下の五人組が一橋邸の門前に着くと、既にそこには山名信鷹が待ち受けており、明田惣蔵と配下の五人組は山名信鷹の案内により邸内のそれも奥座敷へと通されたそうで、それで明田惣蔵も山名信鷹が一橋家の陪臣であると信じたそうな。
さて明田惣蔵と配下の五人組が通された奥座敷では既に小野章以が待ち受けており、しかも代金である千両箱が二つも並べられていた。
明田惣蔵は配下の五人組と手分けして、その2千両を確かめたそうな。確かに2千両があるか否かを、である。この期に及んでまさか足りないなどということはあり得ないだろうが、それでもやはり念のためであった。
結果は予想通りであり、きっかり2千両あり、勿論、偽小判などでないことも明らかであったので、そこで明田惣蔵はそこで漸くに売買証文を取り交わすことになったそうな。
「そのような経緯があったのか…」
平蔵がそう呟くと、「それだけではありませぬ」との明田惣蔵からの答えが返ってきた。
「それだけではない、とは?」
平蔵が聞き返すと、それには奉行の景漸が答えてくれた。
「されば家屋敷…、不動産の売買には弘めが大事なのだ…」
「ひろめ?」
平蔵が首をかしげると、景漸が「ひろめ」こと弘めについて説明してくれた。
要はご近所への挨拶のことであり、この弘めは水帳…、登記などよりも重要と言えた。
「その弘めを行ったと…、小野章以が…」
平蔵がそう言うと、「それに山名様と、それから高尾様も…」と明田惣蔵が付け加えたので、平蔵は思わず「高尾様?」と聞き返した。
山名様が山名荒三郎だとは平蔵も直ぐに見当がついたものの、しかし、高尾様が誰なのか、それは見当もつかなかったからだ。
そしてそれは景漸にしても同様で怪訝な表情を浮かべたものだ。
いや、話の流れから察するに、且つ、明田惣蔵が「様」という最高敬称で呼んだところから察するに「高尾様」なる者が武士であり、しかも一橋家の陪臣だと当たりをつけた平蔵はその当たりを明田惣蔵にぶつけてみると、果たして「ビンゴ」であった。
「如何にも高尾様は山名様と同じく一橋卿様の陪臣にて、されば高尾惣兵衛様と名乗られ…」
明田惣蔵がその名を…、高尾惣兵衛の名を口にした途端、景漸は何かに気付いた表情を浮かべた。
一方、そうとは気付かなかった平蔵は明田惣蔵に対して、
「その高尾惣兵衛なる者が、小野章以やその保証人の山名荒三郎と共に弘めを…、町内の挨拶回りを行ったと、そういうわけで?」
確かめるようにそう尋ね、それに対して明田惣蔵も「左様で…」とこれを首肯した。
景漸は名主の明田惣蔵にそう水を向けると、明田惣蔵もその疑問を予期していたらしく、「勿論、その通りにて…」と答えると、小野章以に2千両にて本銀町一丁目の家屋敷を売った経緯について景漸に対して、それに平蔵に対しても説明を始めた。
即ち、明和5(1768)年の1月20日に小野章以はその一橋家の陪臣と名乗る山名荒三郎信鷹を引き連れて、名主の明田惣蔵の元を訪れ、明田惣蔵が所有する本銀町一丁目の家屋敷を売って欲しいと持ちかけたそうな。
それに対して明田惣蔵は当然、小野章以の身許を尋ねたそうな。
それに対して小野章以はそこで自分の身許…、牛込白金町の長屋にて小児専門の診療所を開業する小児医であることを打ち明けた上で、さらに己が連れて来た者が一橋家の陪臣の山名荒三郎信鷹であるとも、明田惣蔵に対してそう紹介し、それに対して山名荒三郎も自己紹介をしたそうな。
だが、出し抜けにそのように言われても明田惣蔵としても容易に信ずるわけにはゆかないと、小野章以と、それに山名荒三郎にそう告げたそうな。
すると小野章以はそれは尤もであると、己が職住兼用として住まう牛込白金町を差配する名主に問い合わせてもらって一向に構わないと、そう返答したそうな。
小野章以のその自信たっぷりな態度から明田惣蔵も小野章以の言葉に嘘はないと、そう確信したものの、それでも念のためにと、無駄であるのを承知の上で、わざわざ牛込白金町を差配する名主の中村五三郎に繋ぎを取り、しかもわざわざ足を運んでもらい、面通しをしてもらったそうな。
その結果、中村五三郎が確かに小野章以の身許を保証したことから、明田惣蔵も小野章以の身許については信じたそうな。
だが問題は山名荒三郎信鷹である。山名荒三郎にしても自身が一橋家の陪臣だと名乗っているだけで、果たして真、一橋家の陪臣なのか、それを証し立てるものは何もない。
まさかに小野章以が己の身許を証し立てたのと同じく、名主に頼むわけにもゆかない。
すると小野章以は驚くべき提案をした。
それと言うのも、家屋敷の売買、つまりは代金の支払いを一橋邸にて行うと、そう言い出したのであった。それは唐突に提案したと言うよりも、前もって明田惣蔵の反応を…、果たして真、山名荒三郎と名乗るものが一橋家の陪臣なのかと疑うことを予期しての提案のように思えた。
ともあれ、一橋邸にて代金を支払ってくれるのならば、これ程、確かなものはないだろう。
それも小野章以曰く、一橋御門内にある一橋邸にて代金を支払うとのことであり、つまりは上屋敷で支払ってくれるというわけで、それで明田惣蔵も漸くに、小野章以の言葉を信ずるに至ったそうな。
さて、それから明田惣蔵は家屋敷の代金として2千両の「オファー」を出し、それに対して小野章以は値引きを求めずに即座に応じたので、8日後の1月28日を代金の支払日としたそうな。
そしてそれから8日後の1月28日、明田惣蔵が配下の五人組を引き連れて、一橋邸を訪れたのは他でもない、ボディガードのためでは勿論ない、不動産売買における売買証文に名主のみならず、五人組の請印も必要だからだ。
そうして明田惣蔵と配下の五人組が一橋邸の門前に着くと、既にそこには山名信鷹が待ち受けており、明田惣蔵と配下の五人組は山名信鷹の案内により邸内のそれも奥座敷へと通されたそうで、それで明田惣蔵も山名信鷹が一橋家の陪臣であると信じたそうな。
さて明田惣蔵と配下の五人組が通された奥座敷では既に小野章以が待ち受けており、しかも代金である千両箱が二つも並べられていた。
明田惣蔵は配下の五人組と手分けして、その2千両を確かめたそうな。確かに2千両があるか否かを、である。この期に及んでまさか足りないなどということはあり得ないだろうが、それでもやはり念のためであった。
結果は予想通りであり、きっかり2千両あり、勿論、偽小判などでないことも明らかであったので、そこで明田惣蔵はそこで漸くに売買証文を取り交わすことになったそうな。
「そのような経緯があったのか…」
平蔵がそう呟くと、「それだけではありませぬ」との明田惣蔵からの答えが返ってきた。
「それだけではない、とは?」
平蔵が聞き返すと、それには奉行の景漸が答えてくれた。
「されば家屋敷…、不動産の売買には弘めが大事なのだ…」
「ひろめ?」
平蔵が首をかしげると、景漸が「ひろめ」こと弘めについて説明してくれた。
要はご近所への挨拶のことであり、この弘めは水帳…、登記などよりも重要と言えた。
「その弘めを行ったと…、小野章以が…」
平蔵がそう言うと、「それに山名様と、それから高尾様も…」と明田惣蔵が付け加えたので、平蔵は思わず「高尾様?」と聞き返した。
山名様が山名荒三郎だとは平蔵も直ぐに見当がついたものの、しかし、高尾様が誰なのか、それは見当もつかなかったからだ。
そしてそれは景漸にしても同様で怪訝な表情を浮かべたものだ。
いや、話の流れから察するに、且つ、明田惣蔵が「様」という最高敬称で呼んだところから察するに「高尾様」なる者が武士であり、しかも一橋家の陪臣だと当たりをつけた平蔵はその当たりを明田惣蔵にぶつけてみると、果たして「ビンゴ」であった。
「如何にも高尾様は山名様と同じく一橋卿様の陪臣にて、されば高尾惣兵衛様と名乗られ…」
明田惣蔵がその名を…、高尾惣兵衛の名を口にした途端、景漸は何かに気付いた表情を浮かべた。
一方、そうとは気付かなかった平蔵は明田惣蔵に対して、
「その高尾惣兵衛なる者が、小野章以やその保証人の山名荒三郎と共に弘めを…、町内の挨拶回りを行ったと、そういうわけで?」
確かめるようにそう尋ね、それに対して明田惣蔵も「左様で…」とこれを首肯した。
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