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徳川家基毒殺トリック解明篇 1
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「残る問題は…、家基がことぞ…」
家治は思い出したように声を、それも振り絞るようにして出した。
如何にして家基を毒殺…、毒キノコであるシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させた食事、それも夕食を家基に食べさせたのか、それが未だに分からなかった。
いや、一橋家と縁のある西之丸の小納戸の瀧川久助とその縁者にして同じく小納戸の落合郷八が関与しているのはほぼ間違いないだろう。
即ち、瀧川久助と落合郷八は小納戸としての職分…、御膳掛として宿直の折には将軍、いや、次期将軍の夕食の毒見を担う、その職分を利用、いや、悪用、濫用して、本来、行うべき毒見を行わずに、それどころかシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを夕食に混入した疑いがあるのだ。
だがここで一つ問題が、それも大きな問題があった。それは、
「西之丸の御膳奉行は皆、一橋家とは無縁…」
ということであった。
そうであれば西之丸の御膳奉行が一橋治済の姦計、即ち、
「次期将軍たる家基を殺害、毒殺し、己が実子の豊千代を家基に代わる次期将軍位に就ける…」
その姦計に手を貸す筈がなかった。
だが、家基を毒殺…、それも食事にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入するという芸当は西之丸の御膳奉行の協力がないことには絶対に不可能であった。
それと言うのも仮に小納戸の瀧川久助と落合郷八が毒見と称して夕食にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入しようにも、御膳奉行が小納戸の毒見の様子をしっかりと監視するために、瀧川久助と落合郷八が夕食にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入しようにも彼ら御膳奉行の目が光っていては無理というものであり、まして、
「御膳奉行の目を盗んで…」
夕食にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入するなどと、そのような芸当は不可能であった。
すると直熙が「突破口」を口にした。
「そは…、畏れ多くも大納言様が中奥にてお食事をお召しあがりになられし場合にて…」
直熙がそう口にしたので、家治は大いに興味を惹かれ、「続けよ」と命じた。
「ははっ。されば畏れ多くも大納言様にあらせられましては…、上様にも同じことが申せましょうが、常に中奥にてお食事をお召しあがりになられますわけではなく…」
直熙がそう言いかけると、「そうかっ」と家治は大きな声を出すと同時に膝を打ったかと思うと、
「されば、大奥にて食事を摂ることもあったわ…」
家治は思い出したようにそう口にし、直熙に、「御意…」と頷かせた。
「してその時の…、大納言様が大奥にてお食事をお召しあがりになられし時の毒見の体制は?」
意知が勢い込んで尋ねた。
「されば上様が大奥にてお食事をお召しあがりになられし場合にも当て嵌まり申すが…」
直熙はそう前置きした後、
「やはり中奥にてお食事を…、この場合はご夕食をお召しあがりになられし時と同じく、中奥の御台所にて作られ、それをまず御膳奉行が毒見を致し、続いて毒見をせし御膳奉行の手により小納戸の元へと運ばれ、小納戸は御膳奉行の監視の下、毒見を行い…」
ここまでは中奥にて食事を摂る場合と同じであり、それはここ本丸にて暮らす将軍であろうとも、西之丸にて暮らす次期将軍であろうとも変わるところがない、と直熙は説明した。
「されば大奥にてお食事をお召しあがりになられし場合には小納戸による毒見を済ませた後、その小納戸の手により大奥へと…、それも廣敷の表御膳所へとそのお食事が運ばれ…」
大奥の食事はこの廣敷の表御膳所にて作られる。御台所の食事も姫君の食事も、そして奥女中の食事も、であった。
そして御台所や姫君の食事についてはこの廣敷の表御膳所において、廣敷番之頭がその出来立ての食事…、御台所や姫君の食事の毒見を行うので、そうであれば、御台所の倫子の食事や姫君の萬壽姫の食事にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入したのは廣敷番之頭の若林平左衛門と木室七左衛門ではなく、中年寄のお富の方や高橋であった可能性が高いとも、直熙は付け加えた。
それと言うのもその廣敷にある表御膳所にて、廣敷番之頭がその出来立ての料理…、御台所や姫君が食する料理の毒見を行う際には、その料理を作った料理人…、御台様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人、或いは姫君様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人、彼ら料理人に見られながらの「毒見」となり、そうであれば廣敷番之頭は彼ら料理人の「目」がある中で、とてもではないが、シロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを料理に…、御台所や姫君のために作られたその料理の中に混入するなど不可能と言えた。
ちなみに、御台様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちが御台所、即ち、倫子の料理を作り、一方、姫君様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちが姫君、即ち、萬壽姫の料理を作ったのであった。
さて、将軍や次期将軍が大奥にて食事を摂る場合…、通常は御台所と食事を摂る場合であり、御台所が既に亡い場合などは側室と食事を摂るためということになろうか、ともあれその場合には中奥役人である、そして毒見を行った二人の小納戸がその大奥の廣敷にある表御膳所へとその毒見を済ませた料理を運び、今度は奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちがその小納戸が運んで来た料理を温め直すのであった。それと言うのも大奥の廣敷にある表御膳所へと、将軍や次期将軍が大奥にて食する料理が運ばれる頃には既に冷めていたからだ。
ちなみにこの奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちが将軍や次期将軍が大奥にて食事を摂る際、大奥の廣敷にある表御膳所へと、中奥役人である小納戸によって運ばれてきた、すっかり冷めてしまった料理を温め直すことをその職分としていた。
尤も、そう度々、将軍や次期将軍が大奥にて食事を摂るわけではないので、そうなれば畢竟、彼ら奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちは普段は暇というわけで、そこで御台所や姫君がいる場合には彼女らの料理を作る御台様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たち、或いは姫君様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちを手伝うことがあり、また、彼女たち、御台所や姫君がいない場合には、その他の大勢の奥女中が食べる料理を作ることに専念する。
さて、大奥の廣敷にある表御膳所へと、中奥役人である小納戸の手により運ばれ、次いで奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちの手により温め直されたその料理についてもやはり、廣敷番之頭による「三度目」の毒見が行われ、それが済むと、御台所と共に食事を摂る場合と仮定して、御台所の食事と共に、大きな「船」に乗せられるのであった。
大きな「船」とは比喩表現ではなしに、実際、大きな船形の橇に御台所の食事…、御膳を入れるのであった。それでは何ゆえに大きな船形の橇をしているのかと言うと、それは御台所の食事は常に10人前作られるからだ。
尤も、廣敷番之頭による毒見があるので、毒見後は料理は9人前に減る。
いや、その後でさらに中年寄による毒見が行われるので、料理は8人前へと更に減る。
それでも8人前である。御台所が一人で食べるには多過ぎるようにも思えるが、無論、御台所が一人で8人前も食べる筈もなく、実際には御台所にしても食べるのは一人前に過ぎず、残りの7人前を奥女中が食するのであった。
ちなみに将軍や次期将軍の食事にしても御台所と同じく10人前が作られ、それでも将軍や次期将軍が食べるのはあくまで一人前であり、更に御膳奉行と小納戸による毒見が行われ、料理はやはり7人前に減り、その余った7人前の料理は台所役人の「役得」となった。即ち、折詰にして御城勤めの諸役人に売り歩くのであった。
そして小納戸が大奥の廣敷にある表御膳所へと運ぶ料理は勿論、一人前であり、それゆえその大きな「船」には御台所のために作られた、廣敷番之頭が一人前、毒見をしたために9人前に減ったその料理と共に、その一人前…、将軍、或いは次期将軍が大奥にて食する一人前の料理が入れられるので、大きな「船」には都合、10人前の料理が「乗せられる」というわけだ。
この「船」だが、廣敷番之頭の手により、御錠口へと運ばれる。いや、正確には引っ張られると言うべきか。
ともあれ料理が乗せられた「船」が廣敷番之頭の手により御錠口へと運ばれると、そこで待機している奥女中に「選手交代」、今度は奥女中が奥御膳所へと運び、そこで料理を温め直した後、その奥御膳所にて控えていた中年寄がもう一度、毒見をした後、やはり奥女中の手により、それも今度は毒見を済ませた中年寄の手により、御台所が待っている御休息之間へと、その料理の「船」が運ばれる、というのが建前であった。
それと言うのも、御錠口よりその先、奥は正しく、
「女の園…」
とも言うべき大奥御殿であり、男子役人、所謂、廣敷役人が自由に動き回れるのは御錠口の手前にある廣敷というスペースのみであった。
だが実際には9人前もの料理が乗せられた「船」を運ぶなど、女の力では中々に厳しいものがあった。それが将軍が大奥にて御台所と食事を摂るとなると、10人前に増えるのだから尚更であろう。
いや、女であろうとも、やってやれないことはないだろうが、「力仕事」であるために畢竟、
「男の力…」
それを頼りがちとなり、実際には廣敷番之頭が「女の園」とも言うべき大奥御殿内にある奥御膳所へと運び、そして奥御膳所にて奥女中が料理を再び温め直す様を確と見届ける。
そして奥女中の手により、再び料理が温め直されるや、その奥女中たちを奥御膳所よりいったん退出させた後、待機していた中年寄が廣敷番之頭の監視の下、もう一度、毒見を行うのであり、恐らくはこの時に、御台所もとい倫子が食する料理や、或いは姫君もとい萬壽姫が食する料理にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケが混入されたものと思われる。それも恐らくは中年寄の手により、であろう。
ちなみに姫君の料理についても、御台所の料理と同じく10人前が作られる。
それゆえ御台所である倫子とその実娘である姫君の萬壽姫が健在であった折には、2人の廣敷番之頭がそれぞれの料理を…、御台所が食する料理と姫君が食する料理をそれぞれ毒見を行うのであった。
倫子がシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケが混入したと思われる料理、それも夕食を口にした時を例にとるならば、廣敷番之頭の若林平左衛門が御台所である倫子が食する料理の毒見を、一方、同じく廣敷番之頭の木室七左衛門が姫君である萬壽姫が食する料理の毒見をそれぞれ行った後、つまりは一人前食べた後、「船」に9人前の料理を入れると、若林平左衛門と木室七左衛門はやはりそれぞれ、その9人前の料理を入れた「船」を奥御膳所へと引っ張っていくのだ。途中、関所とも言うべき御錠口を通り抜けることとなるが、見咎める者は誰一人としていなかった。
こうして若林平左衛門と木室七左衛門、この2人の手により奥御膳所へと運ばれた、いや、引っ張られた9人前の料理はそこで奥女中の手により温め直された後、再び、それも今度は奥女中の手により膳部に盛りつけ直され、そして奥女中にはいったん奥御膳所から退出を願い、そうして中年寄と廣敷番之頭…、御台所の倫子附の中年寄であったお富の方と姫君の萬壽姫附の中年寄であった高橋と廣敷番之頭の若林平左衛門と木室七左衛門の4人きりとなったところで、お富の方はまず、一人前を食して9人前の料理を8人前に減らすと、その8人前の料理の中から御台所の倫子が食する膳、それも恐らくは山菜料理が盛りつけられた膳にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入したものと思われ、それを高橋や若林平左衛門、木室七左衛門が黙認したものと思われる。
そうして8人前の料理のうち、倫子が食する膳部にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケが混入された一食分は他の7人前の料理と共にもう一度、今度は中年寄の手により「船」に乗せられるのであった。お富の方はきっと、シロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させた膳部がどれであったか、分からなくなってしまうのを防ぐべく、気をつけた筈である。
そして御台所の倫子と姫君の萬壽姫が待つ御休息之間までは、今度こそ奥女中が料理を…、8人前に減った料理を運ぶことになる。奥御膳所から御休息之間までは近いからだ。
その際、中年寄が、つまりはお富の方と高橋がその奥女中の案内役を務め、のみならず給仕も担う。
お富の方はきっと、どれがシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させた膳部であったか、間違えぬよう慎重に思い出し、そしてその膳部を取り出して、倫子の前に置いたものと思われる。
それは高橋についても同じことが言えるだろう。即ち、高橋も、今度は木室七左衛門と二人きりとなった奥御膳所において、萬壽姫が食する膳部にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させ、そしてお富の方がそうであったように、高橋もまた慎重に思い出しながら、その膳部を取り出して、萬壽姫の前に置いたものと思われる。
そして家基である。仮に家基がシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを摂取したと思われる2月18日、それも夕方と思われるので、つまりは夕食、その夕食を大奥…、西之丸の大奥にて摂ったのだとすれば、毒見の体制はここ本丸大奥のそれと違わず、つまり、中年寄が…、家基の婚約者であった種姫に附属していた中年寄が廣敷番之頭の監視の下、いや、廣敷番之頭に見守られながら、家基の膳部にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入したものと思われる。
家治は思い出したように声を、それも振り絞るようにして出した。
如何にして家基を毒殺…、毒キノコであるシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させた食事、それも夕食を家基に食べさせたのか、それが未だに分からなかった。
いや、一橋家と縁のある西之丸の小納戸の瀧川久助とその縁者にして同じく小納戸の落合郷八が関与しているのはほぼ間違いないだろう。
即ち、瀧川久助と落合郷八は小納戸としての職分…、御膳掛として宿直の折には将軍、いや、次期将軍の夕食の毒見を担う、その職分を利用、いや、悪用、濫用して、本来、行うべき毒見を行わずに、それどころかシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを夕食に混入した疑いがあるのだ。
だがここで一つ問題が、それも大きな問題があった。それは、
「西之丸の御膳奉行は皆、一橋家とは無縁…」
ということであった。
そうであれば西之丸の御膳奉行が一橋治済の姦計、即ち、
「次期将軍たる家基を殺害、毒殺し、己が実子の豊千代を家基に代わる次期将軍位に就ける…」
その姦計に手を貸す筈がなかった。
だが、家基を毒殺…、それも食事にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入するという芸当は西之丸の御膳奉行の協力がないことには絶対に不可能であった。
それと言うのも仮に小納戸の瀧川久助と落合郷八が毒見と称して夕食にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入しようにも、御膳奉行が小納戸の毒見の様子をしっかりと監視するために、瀧川久助と落合郷八が夕食にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入しようにも彼ら御膳奉行の目が光っていては無理というものであり、まして、
「御膳奉行の目を盗んで…」
夕食にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入するなどと、そのような芸当は不可能であった。
すると直熙が「突破口」を口にした。
「そは…、畏れ多くも大納言様が中奥にてお食事をお召しあがりになられし場合にて…」
直熙がそう口にしたので、家治は大いに興味を惹かれ、「続けよ」と命じた。
「ははっ。されば畏れ多くも大納言様にあらせられましては…、上様にも同じことが申せましょうが、常に中奥にてお食事をお召しあがりになられますわけではなく…」
直熙がそう言いかけると、「そうかっ」と家治は大きな声を出すと同時に膝を打ったかと思うと、
「されば、大奥にて食事を摂ることもあったわ…」
家治は思い出したようにそう口にし、直熙に、「御意…」と頷かせた。
「してその時の…、大納言様が大奥にてお食事をお召しあがりになられし時の毒見の体制は?」
意知が勢い込んで尋ねた。
「されば上様が大奥にてお食事をお召しあがりになられし場合にも当て嵌まり申すが…」
直熙はそう前置きした後、
「やはり中奥にてお食事を…、この場合はご夕食をお召しあがりになられし時と同じく、中奥の御台所にて作られ、それをまず御膳奉行が毒見を致し、続いて毒見をせし御膳奉行の手により小納戸の元へと運ばれ、小納戸は御膳奉行の監視の下、毒見を行い…」
ここまでは中奥にて食事を摂る場合と同じであり、それはここ本丸にて暮らす将軍であろうとも、西之丸にて暮らす次期将軍であろうとも変わるところがない、と直熙は説明した。
「されば大奥にてお食事をお召しあがりになられし場合には小納戸による毒見を済ませた後、その小納戸の手により大奥へと…、それも廣敷の表御膳所へとそのお食事が運ばれ…」
大奥の食事はこの廣敷の表御膳所にて作られる。御台所の食事も姫君の食事も、そして奥女中の食事も、であった。
そして御台所や姫君の食事についてはこの廣敷の表御膳所において、廣敷番之頭がその出来立ての食事…、御台所や姫君の食事の毒見を行うので、そうであれば、御台所の倫子の食事や姫君の萬壽姫の食事にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入したのは廣敷番之頭の若林平左衛門と木室七左衛門ではなく、中年寄のお富の方や高橋であった可能性が高いとも、直熙は付け加えた。
それと言うのもその廣敷にある表御膳所にて、廣敷番之頭がその出来立ての料理…、御台所や姫君が食する料理の毒見を行う際には、その料理を作った料理人…、御台様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人、或いは姫君様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人、彼ら料理人に見られながらの「毒見」となり、そうであれば廣敷番之頭は彼ら料理人の「目」がある中で、とてもではないが、シロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを料理に…、御台所や姫君のために作られたその料理の中に混入するなど不可能と言えた。
ちなみに、御台様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちが御台所、即ち、倫子の料理を作り、一方、姫君様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちが姫君、即ち、萬壽姫の料理を作ったのであった。
さて、将軍や次期将軍が大奥にて食事を摂る場合…、通常は御台所と食事を摂る場合であり、御台所が既に亡い場合などは側室と食事を摂るためということになろうか、ともあれその場合には中奥役人である、そして毒見を行った二人の小納戸がその大奥の廣敷にある表御膳所へとその毒見を済ませた料理を運び、今度は奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちがその小納戸が運んで来た料理を温め直すのであった。それと言うのも大奥の廣敷にある表御膳所へと、将軍や次期将軍が大奥にて食する料理が運ばれる頃には既に冷めていたからだ。
ちなみにこの奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちが将軍や次期将軍が大奥にて食事を摂る際、大奥の廣敷にある表御膳所へと、中奥役人である小納戸によって運ばれてきた、すっかり冷めてしまった料理を温め直すことをその職分としていた。
尤も、そう度々、将軍や次期将軍が大奥にて食事を摂るわけではないので、そうなれば畢竟、彼ら奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちは普段は暇というわけで、そこで御台所や姫君がいる場合には彼女らの料理を作る御台様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たち、或いは姫君様御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちを手伝うことがあり、また、彼女たち、御台所や姫君がいない場合には、その他の大勢の奥女中が食べる料理を作ることに専念する。
さて、大奥の廣敷にある表御膳所へと、中奥役人である小納戸の手により運ばれ、次いで奥御膳所台所頭とその配下の組頭や台所人たちの手により温め直されたその料理についてもやはり、廣敷番之頭による「三度目」の毒見が行われ、それが済むと、御台所と共に食事を摂る場合と仮定して、御台所の食事と共に、大きな「船」に乗せられるのであった。
大きな「船」とは比喩表現ではなしに、実際、大きな船形の橇に御台所の食事…、御膳を入れるのであった。それでは何ゆえに大きな船形の橇をしているのかと言うと、それは御台所の食事は常に10人前作られるからだ。
尤も、廣敷番之頭による毒見があるので、毒見後は料理は9人前に減る。
いや、その後でさらに中年寄による毒見が行われるので、料理は8人前へと更に減る。
それでも8人前である。御台所が一人で食べるには多過ぎるようにも思えるが、無論、御台所が一人で8人前も食べる筈もなく、実際には御台所にしても食べるのは一人前に過ぎず、残りの7人前を奥女中が食するのであった。
ちなみに将軍や次期将軍の食事にしても御台所と同じく10人前が作られ、それでも将軍や次期将軍が食べるのはあくまで一人前であり、更に御膳奉行と小納戸による毒見が行われ、料理はやはり7人前に減り、その余った7人前の料理は台所役人の「役得」となった。即ち、折詰にして御城勤めの諸役人に売り歩くのであった。
そして小納戸が大奥の廣敷にある表御膳所へと運ぶ料理は勿論、一人前であり、それゆえその大きな「船」には御台所のために作られた、廣敷番之頭が一人前、毒見をしたために9人前に減ったその料理と共に、その一人前…、将軍、或いは次期将軍が大奥にて食する一人前の料理が入れられるので、大きな「船」には都合、10人前の料理が「乗せられる」というわけだ。
この「船」だが、廣敷番之頭の手により、御錠口へと運ばれる。いや、正確には引っ張られると言うべきか。
ともあれ料理が乗せられた「船」が廣敷番之頭の手により御錠口へと運ばれると、そこで待機している奥女中に「選手交代」、今度は奥女中が奥御膳所へと運び、そこで料理を温め直した後、その奥御膳所にて控えていた中年寄がもう一度、毒見をした後、やはり奥女中の手により、それも今度は毒見を済ませた中年寄の手により、御台所が待っている御休息之間へと、その料理の「船」が運ばれる、というのが建前であった。
それと言うのも、御錠口よりその先、奥は正しく、
「女の園…」
とも言うべき大奥御殿であり、男子役人、所謂、廣敷役人が自由に動き回れるのは御錠口の手前にある廣敷というスペースのみであった。
だが実際には9人前もの料理が乗せられた「船」を運ぶなど、女の力では中々に厳しいものがあった。それが将軍が大奥にて御台所と食事を摂るとなると、10人前に増えるのだから尚更であろう。
いや、女であろうとも、やってやれないことはないだろうが、「力仕事」であるために畢竟、
「男の力…」
それを頼りがちとなり、実際には廣敷番之頭が「女の園」とも言うべき大奥御殿内にある奥御膳所へと運び、そして奥御膳所にて奥女中が料理を再び温め直す様を確と見届ける。
そして奥女中の手により、再び料理が温め直されるや、その奥女中たちを奥御膳所よりいったん退出させた後、待機していた中年寄が廣敷番之頭の監視の下、もう一度、毒見を行うのであり、恐らくはこの時に、御台所もとい倫子が食する料理や、或いは姫君もとい萬壽姫が食する料理にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケが混入されたものと思われる。それも恐らくは中年寄の手により、であろう。
ちなみに姫君の料理についても、御台所の料理と同じく10人前が作られる。
それゆえ御台所である倫子とその実娘である姫君の萬壽姫が健在であった折には、2人の廣敷番之頭がそれぞれの料理を…、御台所が食する料理と姫君が食する料理をそれぞれ毒見を行うのであった。
倫子がシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケが混入したと思われる料理、それも夕食を口にした時を例にとるならば、廣敷番之頭の若林平左衛門が御台所である倫子が食する料理の毒見を、一方、同じく廣敷番之頭の木室七左衛門が姫君である萬壽姫が食する料理の毒見をそれぞれ行った後、つまりは一人前食べた後、「船」に9人前の料理を入れると、若林平左衛門と木室七左衛門はやはりそれぞれ、その9人前の料理を入れた「船」を奥御膳所へと引っ張っていくのだ。途中、関所とも言うべき御錠口を通り抜けることとなるが、見咎める者は誰一人としていなかった。
こうして若林平左衛門と木室七左衛門、この2人の手により奥御膳所へと運ばれた、いや、引っ張られた9人前の料理はそこで奥女中の手により温め直された後、再び、それも今度は奥女中の手により膳部に盛りつけ直され、そして奥女中にはいったん奥御膳所から退出を願い、そうして中年寄と廣敷番之頭…、御台所の倫子附の中年寄であったお富の方と姫君の萬壽姫附の中年寄であった高橋と廣敷番之頭の若林平左衛門と木室七左衛門の4人きりとなったところで、お富の方はまず、一人前を食して9人前の料理を8人前に減らすと、その8人前の料理の中から御台所の倫子が食する膳、それも恐らくは山菜料理が盛りつけられた膳にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入したものと思われ、それを高橋や若林平左衛門、木室七左衛門が黙認したものと思われる。
そうして8人前の料理のうち、倫子が食する膳部にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケが混入された一食分は他の7人前の料理と共にもう一度、今度は中年寄の手により「船」に乗せられるのであった。お富の方はきっと、シロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させた膳部がどれであったか、分からなくなってしまうのを防ぐべく、気をつけた筈である。
そして御台所の倫子と姫君の萬壽姫が待つ御休息之間までは、今度こそ奥女中が料理を…、8人前に減った料理を運ぶことになる。奥御膳所から御休息之間までは近いからだ。
その際、中年寄が、つまりはお富の方と高橋がその奥女中の案内役を務め、のみならず給仕も担う。
お富の方はきっと、どれがシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させた膳部であったか、間違えぬよう慎重に思い出し、そしてその膳部を取り出して、倫子の前に置いたものと思われる。
それは高橋についても同じことが言えるだろう。即ち、高橋も、今度は木室七左衛門と二人きりとなった奥御膳所において、萬壽姫が食する膳部にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入させ、そしてお富の方がそうであったように、高橋もまた慎重に思い出しながら、その膳部を取り出して、萬壽姫の前に置いたものと思われる。
そして家基である。仮に家基がシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを摂取したと思われる2月18日、それも夕方と思われるので、つまりは夕食、その夕食を大奥…、西之丸の大奥にて摂ったのだとすれば、毒見の体制はここ本丸大奥のそれと違わず、つまり、中年寄が…、家基の婚約者であった種姫に附属していた中年寄が廣敷番之頭の監視の下、いや、廣敷番之頭に見守られながら、家基の膳部にシロタマゴテングタケ、或いはドクツルタケを混入したものと思われる。
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1929年に起きた、世界を巻き込んだ大恐慌。世界の大国たちはそれからの脱却を目指し、躍起になっていた。第一次世界大戦の敗戦国となったドイツ第三帝国は多額の賠償金に加えて襲いかかる恐慌に国の存続の危機に陥っていた。援助の約束をしたアメリカは恐慌を理由に賠償金の支援を破棄。フランスは、自らを救うために支払いの延期は認めない姿勢を貫く。
ドイツ第三帝国は自らの存続のために、世界に隠しながら軍備の拡張に奔走することになる。
また、極東の国大日本帝国。関係の悪化の一途を辿る日米関係によって受ける経済的打撃に苦しんでいた。
その解決法として提案された大東亜共栄圏。東南アジア諸国及び中国を含めた大経済圏、生存圏の構築に力を注ごうとしていた。
この小説は、ドイツ第三帝国と大日本帝国の2視点で進んでいく。現代では有り得なかった様々なイフが含まれる。それを楽しんで貰えたらと思う。
またこの小説はいかなる思想を賛美、賞賛するものでは無い。
この小説は現代とは似て非なるもの。登場人物は史実には沿わないので悪しからず…
大日本帝国視点は都合上休止中です。気分により再開するらもしれません。
【重要】
不定期更新。超絶不定期更新です。
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克全
歴史・時代
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