天明繚乱 ~次期将軍の座~

ご隠居

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大詰め ~家治の愛妾の千穂に年寄として仕える玉澤とその妹の長尾の真の経歴、その3~

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 こうして玉澤たまざわことそでは延享2(1745)年に名門の駒井こまい家のちゃく兵部ひょうぶ親奉ちかとももとへとしたそうな。

「それから翌、延享3(1746)年にちゃくを…」

玉澤たまざわ、いや、そで兵部ひょうぶとの間に子を…、だんをなしたと申すか?」

御意ぎょい…」

 延享2(1745)年の時点では玉澤たまざわことそで兵部ひょうぶ親奉ちかともも共に15歳であり、つまりそでは16歳で出産したわけだ。

「ふむ…、それでそのまま、兵部ひょうぶむ、打つ、買うなどと、ゆうきょうにうつつをかさずば玉澤たまざわ、いや、そでも苦労せずにんだものを…」

御意ぎょい…、なれど一概いちがい兵部ひょうぶ親奉ちかともばかりも責められないようで…」

「そはまた、如何いかな意味ぞ?」

 明らかにゆうきょうにうつつを抜かした兵部ひょうぶ親奉ちかともが悪い、それも全面的に悪いように思えてならぬ家治にとって、千穂ちほのその言葉は意外であった。

「されば…、これはあくまで玉澤たまざわの想像にござりまするが…」

 千穂ちほしんちょうにそう前置きした後、意外なことを口にした。

「されば…、兵部ひょうぶ親奉ちかともよう半右衛門はんえもん興房おきふさけしかけられて、む、打つ、買うのゆうきょうに…」

 これには家治も驚いた。だがすぐに合点がてんがいった。

「さしずめ…、にく婿むこを追い出すため、か?」

 家治がそう察しをつけるや、千穂ちほも「御意ぎょい…」と答えた。

 成程なるほど、と家治は思った。半右衛門はんえもん興房おきふさにとって兵部ひょうぶ親奉ちかとも元々もともと、気に入らぬ婿むこであった。

 それがまなむすめ兵部ひょうぶ親奉ちかとも見初みそめたために、半右衛門はんえもん興房おきふさとしても娘可愛かわいさのあまりく二人の結婚を認めたわけであるが、しかし、正式に結婚する前にまなむすめは病死してしまった。

 これでまなむすめちゃくなんでも出産していれば、よう半右衛門はんえもんとしてもまなむすめちゃくなんのこして病死した時点で気に入らぬ婿むこである兵部ひょうぶ親奉ちかともはいちゃく、それどころか駒井こまい家から叩き出していたことだろう。気に入らぬ婿むこである兵部ひょうぶ親奉ちかともえて、まなむすめが産んだ遺児いじを新たにちゃくえれば良いからだ。

 だが実際にはまなむすめちゃくなんをなさずして病死してしまい、これでは兵部ひょうぶ親奉ちかとも如何いかに気に入らぬ婿むことは申せ、兵部ひょうぶ親奉ちかとも駒井こまい家から叩き出してしまっては、駒井こまい家はちゃくざいとなってしまい、

いえの存続」

 という観点かんてんから見て、これは危ういことである。

 そこでよう半右衛門はんえもん興房おきふさ本意ほんいではあったが、にく婿むこ兵部ひょうぶ親奉ちかとものためによめ探しに奔走ほんそうし、その結果、玉澤たまざわことそで射止いとめることにぎつけたのであった。

「そのそで兵部ひょうぶの子を、それもちゃくなんげたとなれば、もう今度こそ兵部ひょうぶようみと、そこで兵部ひょうぶむ、打つ、買うをすすめ、兵部ひょうぶゆうきょうの味を覚えさせ、のめりませたというわけか?半右衛門はんえもんめは…、すべては兵部ひょうぶはいちゃくに追いやるために…、その口実こうじつを得るために…」

おそらくは…、もっともすぐにゆうきょうの味を覚えさせましたるわけではないようで…」

「と申すと?」

駒井こまい家の当主たる半右衛門はんえもん興房おきふさいたしましては何より家の存続を、駒井こまい家の存続を第一義に考えておりましたようで…」

「さもあろう…」

「されば半右衛門はんえもん興房おきふさいたしましては、嫁…、取嫁とりよめ玉澤たまざわ、いえそでには出来るだけ子を…、兵部ひょうぶ親奉ちかともとの間に子を、それもだんをなすことを望み…」

「さもあろう…」

 江戸時代は現代と比べて、にゅうようの死亡率がはるかに高い。つまりは折角せっかく、男の子を産んでもすぐに死んでしまう確率が非常に高かった。

 そこでとりわけ「いえの存続」が何よりも求められる武家においては嫁には出来るだけ多くの子を、それも男児を産むことが義務付けられていた。

 玉澤たまざわことそでも当然、その例外ではなかっただろう。

「なれど玉澤たまざわ、いえ、そで兵部ひょうぶ親奉ちかともとの間には結局、ちゃくなんを1人、産みましたるだけにて…、女児にもめぐまれず…」

「何と…、1人しか子にめぐまれなかったのか…」

 家治は目を丸くした。16歳で出産したからにはその後も性別はともかく、夫・兵部ひょうぶ親奉ちかともとの間に立て続けに子をなしたものと、家治はてっきりそう思っていたのだが、それがあん相違そういして1人しか子にめぐまれなかったとは…。

玉澤たまざわ、いえ、そでは16で出産せしことから拝察はいさついたしまするに…」

「男の方に問題があった、か?」

 家治がそうたずねると、千穂ちほし目がち、「御意ぎょい」と小声で答えた。

 つまり兵部ひょうぶ親奉ちかとも淡白たんぱく性質たちだったのであろう。

「されば半右衛門はんえもん興房おきふさいたしましても、駒井こまい家の当主として気が気でなく…」

「さもあろう…、折角せっかく男児だんじを挙げたは良いが、いつ夭折ようせつするとも限らぬゆえ、半右衛門はんえもんとしては玉澤たまざわ、いや、そでにはもそっと子を…、だんを挙げてもらいたいと、然様さようねごうたはず…」

まさしく…、もっとも今も申し上げましたる通り、玉澤たまざわ、いえ、そでは16で出産いたしましたるゆえ…」

半右衛門はんえもんとしても、兵部ひょうぶそで夫妻ふさいに子がめぐまれぬはそでせめではのうて、兵部ひょうぶ…、にく婿むこ兵部ひょうぶにあると、承知しょうちしていたわけだの?」

御意ぎょい。それゆえ玉澤たまざわ、いえ、そではそのことに…、子がめぐまれぬことにつきましてはしゅうと半右衛門はんえもん興房おきふさより責められることはなく…」

「それはせめてもの救いだの…」

御意ぎょい…、玉澤たまざわも同じく然様さように申しておりました…」

「なれど結局、兵部ひょうぶそでとの間には1人しか子がめぐまれなかったのであろう?」

御意ぎょい…、幸いにも夭折ようせつすることもなく…」

「すくすくと成長したわけだの?」

御意ぎょい…、なれどそのことで半右衛門はんえもん興房おきふさに、いよいよもってにく婿むこの追い出しを決意させましたそうで…」

「それは分かるの…、家の存続を願う半右衛門はんえもんとしては兵部ひょうぶそでとの間に子が…、だんが1人しかめぐまれず、果たして夭折ようせつすることなしにすくすくと成長してくれるかどうか案じていたが、それがどうにか成長したのでこれでもう、夭折ようせつする心配はないと、さればにく婿むこである兵部ひょうぶえて、兵部へいぶそでとのあいだに生まれしそのだん…、半右衛門はんえもんにとりてはちゃくそんちゃくえれば良いと、そこで兵部へいぶを追い出すべく、そのための格好かっこう口実こうじつを作るべく、兵部ひょうぶむ、打つ、買うのゆうきょうの味を覚えさせたというわけだな?」

御意ぎょい…、とりわけ買うことをすすめましたそうで…」

 千穂ちほがやはりし目がちそう告げると、家治は苦笑した。よう半右衛門はんえもん興房おきふさ意図いとするところが理解できたからだ。

 よう半右衛門はんえもん興房おきふさ意図いととは他でもない、む、打つ、買うの中でも買う、つまり女を買うことを兵部ひょうぶ親奉ちかともにすすめたのは、これで仮にだが、兵部ひょうぶ親奉ちかともが女との間に子を、それもだんでもなしてくれればいよいよもって駒井こまい家は安泰あんたいと、そう考えたからに相違ない。

 兵部ひょうぶ親奉ちかともそでとの間に生まれただんがすくすくと成長し、最早もはや夭折ようせつする心配がないとは言え、それでもいつ何が起こるか分からない。

 そこで兵部ひょうぶ親奉ちかともには遊び、それも「女遊び」にはげんでもらい、結果、別の女との間にだんをなしてくれればいよいよもって駒井こまい家は安泰あんたい、その上、そのように遊びにきょうじたことがにく婿むこである兵部ひょうぶ親奉ちかともはいちゃくに出来る格好かっこう口実こうじつにも使えるのだから、ようである半右衛門はんえもん興房おきふさにしてみれば、兵部ひょうぶ親奉ちかともの「女遊び」は一石二鳥、いや、三鳥どころか四鳥にも思えたはずだ。

もっとも、兵部ひょうぶ親奉ちかともはやはり他のおなごとの間にも子をなすことはなかったそうにて…」

 千穂ちほは苦笑しながらそう答えた。やはり兵部ひょうぶ親奉ちかとも淡白たんぱく性質たちらしい。

「されば宝暦12(1762)年に兵部ひょうぶ親奉ちかとものぞかれ…」

半右衛門はんえもんつい兵部ひょうぶはいちゃくいたしたと申すか?」

御意ぎょい…、さればそれまでは兵部ひょうぶ親奉ちかともは一応、本丸ほんまる書院しょいんばんにて…」

 千穂ちほは「一応」と前置きしたところから察するに、「遊び」が過ぎて勤めもおろそかになっていたことがうかがい知れる。

「されば書院しょいんばんを辞すと同時にのぞかれ…、実際にはようたる半右衛門はんえもん興房おきふさが無理やりに兵部ひょうぶ親奉ちかともばんさせ、それと同時にはいちゃくおよびましたそうで…」

然様さようか…、宝暦12(1762)年ともうさば…、兵部ひょうぶそでとの間に生まれしだんはちょうど16になった年に当たるの…」

御意ぎょい…、されば兵部ひょうぶ親奉ちかとも玉澤たまざわ、いえ、そでが初めて、そして最後にだんをなしましたる年でもあり…」

成程なるほど…、半右衛門はんえもんはこのちゃくそんたるだんはもう、夭折ようせつすることもなくば、万が一の場合もないと然様さように考えて、にく婿むこたる兵部ひょうぶえてちゃくえるべく、兵部ひょうぶはいちゃくおよんだというわけか…」

御意ぎょい…、それにこのままいつまでも兵部ひょうぶ親奉ちかともを遊ばせましたるところで…、女遊びにきょうじさせましたるところで、他のおなごとの間に子を…、だんをもうけることに期待は持てぬと…」

「確かに…、兵部ひょうぶそでとの間に生まれしだんが16に成長せし…、それは裏をかえさば、兵部ひょうぶは16年間も遊びしわけで、なれど16年間も遊びながら…、女遊びをしながらも、他のおなごとの間に子が、性別はともかく1人もなすことができなかったとあらば、この先もさらに兵部ひょうぶに遊びを…、女遊びをさせたところで子が生まれることはないだろうと、半右衛門はんえもんめは然様さように見切りをつけ、いや、見限り、いよいよ兵部ひょうぶはいちゃくおよんだというわけか…」

御意ぎょい…」

「確かに…、遊ぶにも軍資金が必要だからの…」

 家治は己の言葉に苦笑した。そしてその軍資金のどころようたる半右衛門はんえもん興房おきふさふところ…、となれば肝心かんじんかなめだんをなしてくれることが最早もはや、期待できないとなれば無駄金、捨て金ということになる。半右衛門はんえもん興房おきふさがいよいよ兵部ひょうぶ親奉ちかともに見切りをつけた、いや、見限ったのも当然と言えた。

「さればはいちゃくされし兵部ひょうぶ如何いかがあいったのだ?」

「当初、半右衛門はんえもん興房おきふさ兵部ひょうぶ親奉ちかとも玉澤たまざわ、いえ、そで共々ともども、家から追い出すつもりにて…」

「さもあろう…、ちゃくそんちゃくえた上はにく婿むこ取嫁とりよめなどようちょうぶつ…、とんだ金食い虫と半右衛門はんえもんめは大方おおかた然様さように考えたのであろう…」

まさしく…、玉澤たまざわも同じように申しておりました…」

「で、あいったのだ?」

「されば結論から申し上げますれば、玉澤たまざわのみ家を出ましてござりまする…」

「されば…、にく婿むこたる兵部ひょうぶ親奉ちかともは家に残ったと?」

 家治はやはり目を丸くした。

御意ぎょい…」

「よくも半右衛門はんえもんが許したの…」

無論むろん半右衛門はんえもん興房おきふさにしてみれば大層たいそう本意ほんいではありましょうが…」

「さもあろう…」

「なれどだん…、ちゃくそん半蔵はんぞう爲隣ためちかに泣き付かれまして…」

 千穂ちほがそう答えると、家治は目をいた。

「何と…、玉澤たまざわ、いや、そでが産みしだんと申すは駒井こまい半蔵はんぞう爲隣ためちかであったと申すか…」

 家治は心底しんそこ、驚いた様子であった。

 それも無理からぬことであり、それと言うのも半蔵はんぞう爲隣ためちかは家治の愛息あいそく家基いえもと納戸なんどとしてつかえていたからだ。

 家治は家基いえもとつかえていた者すべてをあくしているわけではないものの、それでもしょう納戸なんどあくしていた。

「あの半蔵はんぞうがのう…」

 家治はしみじみそうつぶやいた。まさしくえんと言うべきであり、そのえんに家治は感慨かんがいぶかいものを感じた。

「して、その半蔵はんぞうが祖父・半右衛門はんえもんめに泣き付いたと申すか?」

御意ぎょい…、されば何卒なにとぞ、両親を追い出さないで欲しい、と…」

「それで半右衛門はんえもんは…」

婿むこは気に食わぬが、さりとて孫は別…、なれど二人とも…、兵部ひょうぶ玉澤たまざわ、いえ、そでの二人とも家において置くわけにもゆかぬと…、まぁ、経済的な事情からでありましたようで…」

 半右衛門はんえもん興房おきふさ兵部ひょうぶ親奉ちかともはいちゃくした上で、嫁…、取嫁とりよめである玉澤たまざわことそで共々ともども駒井こまい家より追い出そうとしたのは、にく婿むこたる兵部ひょうぶ親奉ちかともに対するそのぞうからという感情的理由もあっただろうが、それ以上に、兵部ひょうぶ親奉ちかともそで|夫妻、それに子の半蔵はんぞう爲隣ためちかの一家三人をやしなうだけのりょく…、経済的なりょく駒井こまい家にはなかった…、千穂ちほは家治にそう示唆しさした。

「そは…、遊びが過ぎたため、か?」

 家治がそう尋ねると、千穂ちほも「おそらくは…」と首肯しゅこうした。つまり兵部ひょうぶ親奉ちかともゆうきょうのせいですっかり駒井こまい家の家計がかたむいてしまったというわけだ。

「それで兵部ひょうぶが残りし理由わけは?」

「されば玉澤たまざわ、いえ、そでが身を引きましたるためにて…」

「身を引いた、とな?」

 家治は首をかしげた。

御意ぎょい…」

さいないがしろにせし夫のために、か?」

 玉澤たまざわやまがある女である。そのような女が果たして、家庭をかえりみることなく遊びに、それも女遊びにうつつを抜かしていた夫のために身を引くものかと、家治にはそれが疑問であった。

「されば夫のためと申しますよりは子のために…」

「そはまた一体…」

「されば玉澤たまざわが申しますには、兵部ひょうぶ親奉ちかともは何の取りもない、下世話げせわに申しますと、ぐうたら亭主とのこと…」

「ぐうたら亭主の…、確かに…」

 言い得てみょうだなと、家治は苦笑した。

「さればかるぐうたら亭主を家から追い出すような真似まねいたしますれば最悪、つじりでも働くやも知れず…」

つじり…」

御意ぎょい…、されば何の取りもない…、いえ、唯一ゆいいつの取りが剣ともなれば、生きていくために…」

つじりにて食い扶持をかせぐやも知れぬ、と?」

御意ぎょい。さればかるたいにでもあいりますれば、兵部ひょうぶ親奉ちかとも無論むろんのこと、駒井こまい家も無事ではまぬと…、たとい、すで兵部ひょうぶ親奉ちかともはいちゃくおよんでいたとしても、駒井こまい家にも何らかのおとがめが…、されば半蔵はんぞう爲隣ためちかの将来にも少なからぬ影響が…、それも悪影響が…、と…」

そで半右衛門はんえもんをそうおどしたわけだの?」

御意ぎょい。その代わり、私めが家を出ますゆえ、と…」

「それで半右衛門はんえもんは納得したのか?」

無論むろんしょうしょうではありましたでしょうが、なれど玉澤たまざわ、いえ、そでの申すことにも一理ある、と…」

「確かに…、何の取りもない兵部ひょうぶのような男をそれこそ身一つで追い出すような真似まねいたさばそれこそ手負ておいのけものと変ずるやも知れず…、その結果、つじりでも働くやも知れぬしのう…」

まさしく…」

「それで…、そで駒井こまい家を出たわけか?夫と子を残して…」

御意ぎょい。それが宝暦12(1762)年のことにて…」

 成程なるほどと、家治は納得すると同時に、玉澤たまざわのようややまのある女でも我が子のこととなると、やはり普通の母親と変わらぬようである。

 いや、普通以上やも知れなかった。それと言うのも、半蔵はんぞう爲隣ためちかが次期将軍たる家基いえもと納戸なんどとしてつかえることができたのもひとえにじつたるそでこと、年寄としよりとして名を改めた玉澤たまざわの力の賜物たまものやも知れぬと、家治はそう思った。何しろ納戸なんどと言えば、従六位じゅろくい布衣ほい役だからだ。しかも誰もがうらや中奥なかおく役人であり、それゆえ誰もがなれるわけではない。

 その納戸なんど半蔵はんぞう爲隣ためちかくことができたのもやはりじつたる玉澤たまざわの力の賜物たまもの相違そういあるまい。

 無論、人事の決裁権者は基本的には征夷大将軍であり、家治は勿論もちろん、将軍として愛息あいそく家基いえもとつかえる納戸こなんどの人事についても決裁けっさいしたわけだが、実際には御側おそば御用ごよう取次とりつぎより提出される人事の推薦名簿を決裁けっさいするのが通例であり、ほどのことがない限り、御側おそば御用ごよう取次とりつぎより提出されるその人事の推薦名簿を将軍が拒否することはない。

 つまり御側おそば御用ごよう取次とりつぎが将軍に対して提出する人事の推薦名簿に名前が登載とうさいされるかどうかが勝負であり、そこで玉澤たまざわは大いに力をふるったものと思われる。

「それからそではこのしろの、それも大奥へとあがったわけか?」

「いえ、その前にいったん、妹のこんに身を寄せましたそうで…」

「妹とは…」

「1つ年下の、長尾ながおこんにて…」

長尾ながおこんとな…」

御意ぎょい。されば赤井あかい家にて…」
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