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49. 最悪の組み合わせ
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深い池か何かの中に落とされるような感じに陥った。水が口や鼻から入ってきて、気道を塞ぐ。溺死していくような恐ろしい感覚に、リュカは両手足を振り乱して暴れた。
「ェホ…ッ、ぐ、げほ…っ!」
生体的な反射で、気道に入った水を咳で吐き出す。息苦しさで朦朧としていた意識がだんだんとはっきりしていく。水中ではなく、硬い石造りの床の上に横たわっている。
「やぁーっと起きた」
聞き覚えのある声と共に、水をぶっかけられた。冷たい水が針のように肌を刺す。まるで鞭に打たれたかのようにじんじんと痛んだ。リュカはもう一度えずいて、顔を上げた。目の前の人物を目にして、一瞬で覚醒する。
「…ステ、ラ…?」
蝶の異形のステラが仁王立ちで、手には木桶を持っている。大きな黒い瞳と雪のように真白い肌の少年は、間抜け面のリュカを見下ろし、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。驚きのあまり声を出せないでいる少年を残して、ステラはどこかへと歩き去った。
リュカはゆっくりと体を起こした。鳩尾に鈍い痛みが走って、バトーに殴られたことを思い出す。そうだ。爆散したイズルの体の中からバトーが現れて、中に引きずり込まれそうになった。そこへ蘇芳が駆けつけて、バトーに殴られた。その後の記憶がない。だが状況から察するに、自分はあのまま引きずり込まれたのだろうとリュカは思った。
周囲を見回しても、明らかに自室ではなかったのだ。窓もない一面ごつごつとした岩の壁でぐるりと囲まれ、暗くじめっとしている。そこで彼は手足に枷がつけられていることに気がついた。右手と左手、右足と左足それぞれを繋ぐように鎖がつけられている。ずしりと硬く重い無機質な感触が肩にのしかかる、首に巻かれた枷は壁に繋がっていた。行動範囲を制限され、身体の自由を奪われていることに気がつき、リュカは小さく息を呑んだ。まるで牢獄、まるで囚人だ。
足音が近づいてくるのが聞こえて、身構える。懐を探るが、肌身離さず持っていた短刀は見当たらなかった。何か身を守れるようなものがないか、周囲を見回すも、何も見つからなかった。
「よォ、俺のこと、覚えてるか?」
水色の髪とピアスだらけの顔。瞳孔と白目が逆転したような、妙な目。残虐さが前面に浮かぶ顔は、忘れたくても忘れられなかった。
「…忘れるわけ、ないだろ…っ!」
近寄って来るバトーを警戒して、リュカはじりじりと後ずさる。離れたところでは、ステラがニヤニヤと笑っている。何故二人が一緒にいるんだ。
「そう警戒すンなよ。仲良くしようぜ?」
「こんなものつけられて、警戒すんなって方が無理だろ。それに、お前は…っ、イズルに酷いことをした…!そんな奴と、仲良くできるわけないだろ…っ!」
「イズル…?イズルって誰だ?」
目の前の男は顎を撫で、視線を宙に向けた。イズルと言う人物を己の記憶から探っているようだった。それから一拍置いて、彼は閃いたと言わんばかりに表情を輝かせた。
「あァ、あの犬か!そういやそんな名前だったっけか…。ずっと犬としか呼んでなかったから、誰のことか分からなかったぜ」
リュカの中で激しい感情が渦巻く。怒りと悔しさと悲しみで、腹がカッっと熱くなる。こんな最低な奴のために、イズルは弄ばれ、嬲られ、凌辱されたのか。何も知らされず、鬼の里へ放り出されて、拷問を受けて、利用されたのか。
殺生をしたくないと思っていたリュカだったが、バトーは例外だった。優しくも寂しい笑みを浮かべるイズルの姿を鮮明に思い出す。彼の命を何でもないもののように踏みにじり蹂躙したバトーを許せない。誰かを殺したいと思ったのは初めてだった。
リュカは駆け出し、彼に体当たりをした。渾身の力で腕を振り上げると、鉄枷がバトーの鼻っ面にヒットした。攻撃が当たった喜びも束の間、凄まじい力によって少年はあっという間に叩きつけられていた。石床に背中を強打し、一瞬呼吸が止まる。
「バトー様っ!」
鼻血を流す男を目にしたステラが金切り声で叫び、彼に駆け寄る。白く清潔そうな手拭いを懐から取り出し、甲斐甲斐しく血を拭う。
「ッ痛ぇな…。ったく、手ェ上げさせンじゃねえ。お前は大事な人質なンだからよ」
「…人、質…?俺が…?」
「あァ、お前は俺が確実に血みどろ羅刹を殺すための人質だ。近々、鬼一族との戦がある。大事な稚児が敵の懐にいるとなれば、簡単に手出し出来ねえだろ」
ステラからひったくった手拭いを鼻に押しつけながら、バトーはにやりと口角を吊り上げた。彼の傍らに立つ蝶の少年は、憎しみに満ちた目をリュカに向けている。
「残念。当てが外れたな、あんた」
「あァ?」
地面に横たわったまま不敵な笑みを浮かべるリュカに、バトーは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「俺じゃ人質になりえないし。俺、人間だぜ?代わりなんていくらでもいる。俺がどうなろうと、蘇芳はきっと構いやしない」
事実だが改めて口に出すと、言いようのない虚しさに見舞われた。バトーへの言葉なのに、全てが刃となって跳ね返ってくるようだった。だけれど、言わずにはいられなかった。蘇芳を殺すと宣言するバトーに無性に腹が立った。
こんな最低の屑野郎に、蘇芳が負けるはずがない。
男の焦った顔を見たかったのだが、予想に反してバトーはいやらしい笑みを張り付けたままだった。リュカの体をまたぎ、上体を屈めると、少年の着物の襟をぐっと引っ張った。着物がはだけ、肌が露になる。
「俺じゃ人質になりえない?こんだけ派手にマーキングの痕をつけられといて、それはねえだろ、ええ?お前は間違いなく血みどろ羅刹のお気に入りだ」
「ちが」
「オイ、生意気な口今すぐ閉じろ。殴られたくなけりゃな」
バトーの睨みに圧倒され、少年は不本意ながら口を噤んだ。まるで蛇に睨まれる蛙の気持ちだ。自分よりも圧倒的な強者だと、逆らうなと本能が警鐘を鳴らす。
「まァ…もし羅刹に捨てられたとしても、俺が引き取ってやるから安心しな。ちゃァんと可愛がってやる。イズルみてェにな」
「…ッ!」
大きく舌を出したバトーに、唇をべろりと舐められる。あまりの気持ちの悪さに、全身が粟立った。逃げたくても、顎を掴まれていて顔を背けることもできない。
「…お前なんかの奴隷になるくらいなら、舌を噛んで死んだ方がマシだ!」
「コイツ…っ!」
全身を拘束されてもなお、リュカは牙をむいた。本心から出た言葉だった。バトーの奴隷になったが最後、残虐にいたぶられて行きつく先は死だ。そんな辱めを受けるくらいなら、自死を選ぶ。
自身の立場をわきまえようとしない少年に、ステラが掴みかかろうとするが、バトーがそれを制した。
「ククッ、俺も大概嫌われたモンだな。まァいい。それくらい活きのいい方が躾がいがある」
「ぁぐっ…!」
軽く振り払われただけだが、バランスを失ったリュカは床に倒れこんだ。
「名前、リュカだっけか。羅刹がそう呼んでた。目の色が銀色になるらしいな?目の色が変わった途端、化け物じみた怪力を発揮してステラを殺しかけたって聞いたぜ。何がトリガーだ?命の危険?悲しみか怒りか?」
「教えるわけないだろ…!」
「お前、さっきからバトー様に向かって生意気なんだよっ!生きる価値のない奴隷の癖して!」
蝶の少年は、横たわった状態でも反抗的な態度のリュカの腹部を蹴りつけた。怒りで頬が赤く染まっている。バトーは甘い声音で彼を抱き寄せると、素早く唇を奪った。
「スーテラ、怖い顔すんなよ。可愛い顔が台無しだ。リュカが憎いのは分かるけどな、コイツは羅刹を呼ぶ大事なエサだ。鬼一族を根絶やしにした後は、お前の好きにさせてやる」
「…ぁ、あン…バトー様…」
「きちんと、世話してやれるよな?」
濃厚に口内を貪られたステラは恍惚の表情を浮かべて、目の前の男を見ている。バトーの腕は少年の腰に回され、指先は尻の窄まりを刺激している。ステラは体をくねらせながら甘い声を出し、やがて頷いた。
眼前で繰り広げられる気持ちの悪い光景に、リュカは吐き気がした。不愉快と言わんばかりに顔をしかめる彼に気がついたバトーは口角を吊り上げ、懐から何かを取り出した。
「これな、お前の首枷の起動装置。押すと枷から電気が流れるようになってる。生殺与奪の権限はステラに握らせる。苦しい思いしたくなけりゃ、ステラに歯向かわないこったな」
装置を託されたステラの顔に残忍な笑みが浮かぶ。目の当たりにしたリュカはぞっとした。歯向かおうが行儀よくしていようが、蝶の少年が己の快楽のためにリュカを痛めつけるであろうことは目に見えていた。
「ェホ…ッ、ぐ、げほ…っ!」
生体的な反射で、気道に入った水を咳で吐き出す。息苦しさで朦朧としていた意識がだんだんとはっきりしていく。水中ではなく、硬い石造りの床の上に横たわっている。
「やぁーっと起きた」
聞き覚えのある声と共に、水をぶっかけられた。冷たい水が針のように肌を刺す。まるで鞭に打たれたかのようにじんじんと痛んだ。リュカはもう一度えずいて、顔を上げた。目の前の人物を目にして、一瞬で覚醒する。
「…ステ、ラ…?」
蝶の異形のステラが仁王立ちで、手には木桶を持っている。大きな黒い瞳と雪のように真白い肌の少年は、間抜け面のリュカを見下ろし、ニヤリと下卑た笑みを浮かべた。驚きのあまり声を出せないでいる少年を残して、ステラはどこかへと歩き去った。
リュカはゆっくりと体を起こした。鳩尾に鈍い痛みが走って、バトーに殴られたことを思い出す。そうだ。爆散したイズルの体の中からバトーが現れて、中に引きずり込まれそうになった。そこへ蘇芳が駆けつけて、バトーに殴られた。その後の記憶がない。だが状況から察するに、自分はあのまま引きずり込まれたのだろうとリュカは思った。
周囲を見回しても、明らかに自室ではなかったのだ。窓もない一面ごつごつとした岩の壁でぐるりと囲まれ、暗くじめっとしている。そこで彼は手足に枷がつけられていることに気がついた。右手と左手、右足と左足それぞれを繋ぐように鎖がつけられている。ずしりと硬く重い無機質な感触が肩にのしかかる、首に巻かれた枷は壁に繋がっていた。行動範囲を制限され、身体の自由を奪われていることに気がつき、リュカは小さく息を呑んだ。まるで牢獄、まるで囚人だ。
足音が近づいてくるのが聞こえて、身構える。懐を探るが、肌身離さず持っていた短刀は見当たらなかった。何か身を守れるようなものがないか、周囲を見回すも、何も見つからなかった。
「よォ、俺のこと、覚えてるか?」
水色の髪とピアスだらけの顔。瞳孔と白目が逆転したような、妙な目。残虐さが前面に浮かぶ顔は、忘れたくても忘れられなかった。
「…忘れるわけ、ないだろ…っ!」
近寄って来るバトーを警戒して、リュカはじりじりと後ずさる。離れたところでは、ステラがニヤニヤと笑っている。何故二人が一緒にいるんだ。
「そう警戒すンなよ。仲良くしようぜ?」
「こんなものつけられて、警戒すんなって方が無理だろ。それに、お前は…っ、イズルに酷いことをした…!そんな奴と、仲良くできるわけないだろ…っ!」
「イズル…?イズルって誰だ?」
目の前の男は顎を撫で、視線を宙に向けた。イズルと言う人物を己の記憶から探っているようだった。それから一拍置いて、彼は閃いたと言わんばかりに表情を輝かせた。
「あァ、あの犬か!そういやそんな名前だったっけか…。ずっと犬としか呼んでなかったから、誰のことか分からなかったぜ」
リュカの中で激しい感情が渦巻く。怒りと悔しさと悲しみで、腹がカッっと熱くなる。こんな最低な奴のために、イズルは弄ばれ、嬲られ、凌辱されたのか。何も知らされず、鬼の里へ放り出されて、拷問を受けて、利用されたのか。
殺生をしたくないと思っていたリュカだったが、バトーは例外だった。優しくも寂しい笑みを浮かべるイズルの姿を鮮明に思い出す。彼の命を何でもないもののように踏みにじり蹂躙したバトーを許せない。誰かを殺したいと思ったのは初めてだった。
リュカは駆け出し、彼に体当たりをした。渾身の力で腕を振り上げると、鉄枷がバトーの鼻っ面にヒットした。攻撃が当たった喜びも束の間、凄まじい力によって少年はあっという間に叩きつけられていた。石床に背中を強打し、一瞬呼吸が止まる。
「バトー様っ!」
鼻血を流す男を目にしたステラが金切り声で叫び、彼に駆け寄る。白く清潔そうな手拭いを懐から取り出し、甲斐甲斐しく血を拭う。
「ッ痛ぇな…。ったく、手ェ上げさせンじゃねえ。お前は大事な人質なンだからよ」
「…人、質…?俺が…?」
「あァ、お前は俺が確実に血みどろ羅刹を殺すための人質だ。近々、鬼一族との戦がある。大事な稚児が敵の懐にいるとなれば、簡単に手出し出来ねえだろ」
ステラからひったくった手拭いを鼻に押しつけながら、バトーはにやりと口角を吊り上げた。彼の傍らに立つ蝶の少年は、憎しみに満ちた目をリュカに向けている。
「残念。当てが外れたな、あんた」
「あァ?」
地面に横たわったまま不敵な笑みを浮かべるリュカに、バトーは怪訝そうに眉間に皺を寄せた。
「俺じゃ人質になりえないし。俺、人間だぜ?代わりなんていくらでもいる。俺がどうなろうと、蘇芳はきっと構いやしない」
事実だが改めて口に出すと、言いようのない虚しさに見舞われた。バトーへの言葉なのに、全てが刃となって跳ね返ってくるようだった。だけれど、言わずにはいられなかった。蘇芳を殺すと宣言するバトーに無性に腹が立った。
こんな最低の屑野郎に、蘇芳が負けるはずがない。
男の焦った顔を見たかったのだが、予想に反してバトーはいやらしい笑みを張り付けたままだった。リュカの体をまたぎ、上体を屈めると、少年の着物の襟をぐっと引っ張った。着物がはだけ、肌が露になる。
「俺じゃ人質になりえない?こんだけ派手にマーキングの痕をつけられといて、それはねえだろ、ええ?お前は間違いなく血みどろ羅刹のお気に入りだ」
「ちが」
「オイ、生意気な口今すぐ閉じろ。殴られたくなけりゃな」
バトーの睨みに圧倒され、少年は不本意ながら口を噤んだ。まるで蛇に睨まれる蛙の気持ちだ。自分よりも圧倒的な強者だと、逆らうなと本能が警鐘を鳴らす。
「まァ…もし羅刹に捨てられたとしても、俺が引き取ってやるから安心しな。ちゃァんと可愛がってやる。イズルみてェにな」
「…ッ!」
大きく舌を出したバトーに、唇をべろりと舐められる。あまりの気持ちの悪さに、全身が粟立った。逃げたくても、顎を掴まれていて顔を背けることもできない。
「…お前なんかの奴隷になるくらいなら、舌を噛んで死んだ方がマシだ!」
「コイツ…っ!」
全身を拘束されてもなお、リュカは牙をむいた。本心から出た言葉だった。バトーの奴隷になったが最後、残虐にいたぶられて行きつく先は死だ。そんな辱めを受けるくらいなら、自死を選ぶ。
自身の立場をわきまえようとしない少年に、ステラが掴みかかろうとするが、バトーがそれを制した。
「ククッ、俺も大概嫌われたモンだな。まァいい。それくらい活きのいい方が躾がいがある」
「ぁぐっ…!」
軽く振り払われただけだが、バランスを失ったリュカは床に倒れこんだ。
「名前、リュカだっけか。羅刹がそう呼んでた。目の色が銀色になるらしいな?目の色が変わった途端、化け物じみた怪力を発揮してステラを殺しかけたって聞いたぜ。何がトリガーだ?命の危険?悲しみか怒りか?」
「教えるわけないだろ…!」
「お前、さっきからバトー様に向かって生意気なんだよっ!生きる価値のない奴隷の癖して!」
蝶の少年は、横たわった状態でも反抗的な態度のリュカの腹部を蹴りつけた。怒りで頬が赤く染まっている。バトーは甘い声音で彼を抱き寄せると、素早く唇を奪った。
「スーテラ、怖い顔すんなよ。可愛い顔が台無しだ。リュカが憎いのは分かるけどな、コイツは羅刹を呼ぶ大事なエサだ。鬼一族を根絶やしにした後は、お前の好きにさせてやる」
「…ぁ、あン…バトー様…」
「きちんと、世話してやれるよな?」
濃厚に口内を貪られたステラは恍惚の表情を浮かべて、目の前の男を見ている。バトーの腕は少年の腰に回され、指先は尻の窄まりを刺激している。ステラは体をくねらせながら甘い声を出し、やがて頷いた。
眼前で繰り広げられる気持ちの悪い光景に、リュカは吐き気がした。不愉快と言わんばかりに顔をしかめる彼に気がついたバトーは口角を吊り上げ、懐から何かを取り出した。
「これな、お前の首枷の起動装置。押すと枷から電気が流れるようになってる。生殺与奪の権限はステラに握らせる。苦しい思いしたくなけりゃ、ステラに歯向かわないこったな」
装置を託されたステラの顔に残忍な笑みが浮かぶ。目の当たりにしたリュカはぞっとした。歯向かおうが行儀よくしていようが、蝶の少年が己の快楽のためにリュカを痛めつけるであろうことは目に見えていた。
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