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1章 始まりの高2編

弱っちいから

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 ──ガチャッ

 トイレの外扉を開こうとする音だ。けど、見張りの2人が鍵を閉めたうえに、扉に寄りかかって押さえているはず。
 続いて、ドンドンと扉を叩く音。そして、僕を安堵させる声が聞こえた。

「結人! 居ねぇのか!?」

 僕は五十嵐に口を塞がれ、声を出せない。

「んーっ! んんーーーっ!」

 目が回るくらい頭を振った。五十嵐の手が離れた瞬間、腹の底から叫んだ。

「んゃ千代ぉっ!!」

 叫んだ直後、扉は見張りの2人ごと吹っ飛ばされた。その衝撃音が止む前に、個室上部の隙間から八千代が飛び込んできた。
 着地するや否や、五十嵐にヘッドロックをかけ、いとも簡単に意識を飛ばした。その間、ほんの十数秒だった。
 八千代は僕を抱えると、倒れている五十嵐を踏みつけて外に出た。そして、八千代が朔に連絡すると、弾丸の様に飛んで来てくれた。

「朔、わりぃ。結人頼むわ。片付けてくる」

 出会った頃の、怖い八千代の顔だ。目が怖い。八千代は僕の顔も見ずに、朔へと引き渡した。

「わかった。跡残すなよ」

「わかってる。結人綺麗にしてやってくれ。······ヤられられてた」
 
 朔の、僕を抱える手に力が籠った。朔は僕を抱え、急ぎ足で準備室に向かう。
 朔越しに見えた八千代は、トイレに戻りながらどこかに電話をしていた。電話をしながら吹っ飛ばした扉を嵌め込み、トイレと外部とを遮断した。それはきっと、僕に見せない為でもあるのだろう。
 ちなみに、トイレから準備室までは、殆ど使われていないこの校舎の廊下をまっすぐ行くだけ。だから、人に会う心配はほぼ無い。

 朔がりっくんと啓吾に連絡すると、2人も凄い勢いで駆けつけてくれた。2人とも、出番が近いのに申し訳ない。

 3人は、僕をとにかく念入りに拭きあげ、心身とものケアに努めてくれた。僕は少し落ち着き、今になってようやく震えが込み上げてきた。

「怖かったね。もう大丈夫だよ。俺らが居るからね」

 りっくんが僕を膝に乗せ、優しく抱き締めてくれた。

「俺らが結人から離れたから····。本当に悪かった。クソッ····悔やみきれねぇ」

「ううん。僕が飛び出して行ったから····。朔も八千代も置いてったのは僕だよ。僕が····僕がバカで······だから、あんな······」
  
「こないだの奴らか? 俺殴った奴?」

「うん。五十嵐って呼ばれてた」

「五十嵐····灰田高校の····ぶっ殺してやる」

「り、りっくん!? 殺しちゃダメだよ」

 りっくんが僕の前で、本気で過激な言葉を口にするなんて滅多にない事だ。余程の怒りが込み上げているのだろう。

「大丈夫だ。場野が片付けてる。多分、殺してはねぇと思う。多分····」

 八千代は、僕が犯されている所を目の当たりにしてしまった。はらわたが煮えくり返っている事なんて、愚鈍な僕にだって想像に容易い。本当に、事件にならなければ良いのだが。

 と、危惧していたのだが、数分後には杞憂だったと知る。部屋に入ってきた八千代は、はたと我に返ったように頬についた血を指で拭い、鍵とカーテンを全て閉めた。そして、重い空気の中、朔が口火を切った。

「アイツらどうなった?」

「あぁ······。結人、綺麗にしてくれたんだな。あんがとな。アイツらは動かねぇ程度にボコってから、うちの奴呼んで回収させた。主犯の奴は······まぁ今はいいか。はぁ······。うちの奴らには頼りたくなかったんだけどな。今日はしゃーねぇ」

 誰とも目を合わさず独り言のように話し、珍しく沢山の言葉を発した。いつもと様子の違う八千代に、誰も言葉を返せない中、僕は八千代の手の異変に触れた。

「八千代····手、血が······」

 八千代の拳が血で染まっている。おそらく、八千代の血ではないのだろう。

「お、わりぃ。洗ってくる。大丈夫だ。俺んじゃねぇから」

 八千代は手を洗いに、隣の理科室へ行った。

「結人ヤッた奴、殺されなくてよかったな。結人と付き合う前の場野だったら、全員殺されてたんだろうな」

 いつだって表情豊かな啓吾が、無表情で静かに言った。
 そして、何よりも怖いのは、どこまでされたのかを誰も聞いてこないない事。朔は八千代から聞いたのだろうか。りっくんと啓吾は、朔から聞いたのだろうか。
 やはり、汚されてしまった僕は、嫌われてしまうのだろうか。

「ゆいぴ、震え止まんないね。さっきより酷くなってる。····まだ怖い?」

 りっくんが心配そうな顔で僕を見る。頬に添えられた手がとても冷たい。
 
「ぼ、僕、みんなの言う事聞かなくって、それで、こんな目に遭って、よ、汚されちゃって····き、嫌われちゃうって····ふぇっ、もっ、嫌われ····うっ、ひっぐ····」

 嫌われたと確信した僕は、自業自得なのに嫌われたくなくて、子供の様に泣きじゃくってしまった。
 りっくんは、そんな情けない僕を力強く抱き締めてくれた。
 
「傷ついたのはゆいぴでしょ。なんで俺らがゆいぴの事嫌いになんの? 大丈夫だよ。何があっても、一生愛してるって言ったでしょ。今この瞬間も、愛しくて堪んないよ」

 りっくんは優しい声で、真っ直ぐに目を見てそう言ってくれた。啓吾は僕の隣に来ると片膝をつき、指で頬を撫でてくれる。

「守れなかったのは俺らでしょ。ごめんな。いつかこうなるかもって危機感はあった筈なのに、正直祭りムードで浮かれてた。俺らの落ち度だよ」

「違うよ! 皆は何も悪くないじゃない。僕が、自分の身も守れない僕が······ごめ゙んな゙さい。みんな゙に、嫌われたくな゙いよぉ」

 ダメだ。涙が止まらない。恐怖心や五十嵐にされた事への嫌悪感よりも、皆に嫌われたくないという焦燥感が、止めどなく涙を溢れさせる。
 もっとちゃんと謝って反省して、まだまだ皆と居たいって言いたいのに、言葉が上手く出ない。

「結人、落ち着け。何度も言ってるけど、俺らはお前を嫌ったりしねぇ。場野だってそうだ。結人が、こんな頼りねぇ俺らを見限らないで居てくれんなら、俺らから離れることは絶対にない」

「なんで? 皆、僕に怒ってないの? みんな以外の人に、えっちな事されちゃったのに、嫌いになんないの? き、汚いでしょ?」

「汚くねぇよ。お前が自分を汚れてるっつーんなら、納得するまで俺らが徹底的に洗ってやる。つーか、なんで俺らがお前に怒れんだよ。お前が俺らに怒んならわかるけど」

 戻ってきた八千代は、僕よりも悲壮感に満ちた顔をしている。

「それこそなんでだよ。僕が皆の忠告を軽く考えてたから、1人になったから、自力で逃げらんなかったから、弱っちいから····だからこうなったんでしょ!? 八千代のお家の人にまで迷惑掛けて····。全部僕の所為じゃん。なんでみんな怒んないの?」

「俺ん家の事はしょうもねぇ意地の問題だから、お前が気にする事はねぇんだよ。つーか、お前は弱くねぇよ。あん時、お前が俺を呼んだから助けに入れたんだ。お前が頑張ったからだろ」

「そんなの····全然頑張ったうちに入んないよ······」

「はは。これじゃ堂々巡りだねぇ。ゆいぴ、根本的に悪いのは灰田の奴らだよ? まぁ、そうだね。守れなかった俺らも、警告を軽視したゆいぴも、そこはどっちもどっちなんだよ」

「そーそっ。結局、悪いのは五十嵐って奴な。結人は被害者なんだし、気に病むことなんかないんだよ? てか、警察とかは······いいの?」

「······うん。大事にはしたくないし、芋づる式に色々と出たらまずいでしょ」

 警察と聞いて、事の重大さを実感した。啓吾に言われるまで、皆への申し訳なさが勝っていて被害者だなんて感覚が無かった。
 そうだ。これは犯罪行為なのだ。僕は被害者という立場にあるわけだ。
 けど、八千代が片付けてくれたのだから、今回はこれで終わりにしたい。正直、警察に捕まるよりも恐ろしい罰を受けていそうだし。

「結人がそう言うなら、俺らが表に出すことはしねぇけど。気が変わったらいつでも言ってくれ。それと莉久、お前さっきから着信凄いけど大丈夫か? そろそろ出番なんじゃないのか?」

 朔が心配そうな顔でりっくんに問うた。この状況で、聞き辛かっただろうに。

「うん、そうだね。けど、どうでもいいよ。こんな状態のゆいぴ放って、劇なんて行けないよ」

「ダメっ! ····あ、えっと、僕ならもう大丈夫だよ。皆のおかげで落ち着いたから。だから行って? これ以上、僕の所為で他の人にまで迷惑かけるのヤダよ」

 僕は、りっくんの腕の中から抜け出した。涙も引っ込んだし震えも止まった。皆が居てくれるから、僕は何があっても大丈夫。今はそう思える。

「僕は店番に戻るよ。りっくんの劇はちゃんと見に行くから! カッコイイ王子様見せてよね」

「莉久、行ってこいよ。結人の気持ち大事にしてやろうぜ。俺もダンスの方行かねぇとだしな。とりあえず、結人は場野と朔に任せて大丈夫だろ。今は。俺らは後で、な?」

「うん····。俺、ゆいぴの為だけに王子やってくるね。後で迎えに行くからね、姫」

「はーいはい。僕は姫じゃないでしょ。僕じゃなくて、白雪姫の王子やってきてね」

 なんとか言いくるめて、りっくんを送り出した。半ば強引に、啓吾が引っ張っていく形でだったが。
 

「なぁ、結人····挿れていいか?」

 八千代は腫れ物に触るように、僕の前髪に触れた。僕よりも傷ついた顔をして、怒りや憎しみを全部落としてきたように、優しく穏やかに言った。

「おい、今は──」

「ありがと、朔。いいよ。ホントはね、あの人の感触が残ってて気持ち悪いんだ。八千代が嫌じゃなかったら······、八千代ので嫌な感触消して?」

 僕は八千代の手を握って、懇願するように見上げた。
 
「嫌なわけねぇだろ······。そっち、手ぇつけるか?」

 あれを見てしまった八千代だからこそ、傷心に配慮してくれる。そして、僕のお尻の安否を確認すると、舌を滑り込ませた。

「んあっ····ちょ、ダメだよ。汚いよぉ」

 八千代は、優しく傷を舐めるように解してくれる。

「汚くねぇつってんだろ。それより、後ろからは嫌か?」

「や、じゃない。僕、後ろからされるの好き。皆後ろからが1番好き勝手するもんね。へへ····。顔見れないのは寂しいけど、後ろからが1番好きなんだぁ。だから、嫌になりたくないから·····」

 アイツの記憶を消して。と、口に出すのを躊躇い言葉を飲んだ。だが、言葉にできなくとも八千代には伝わったようだ。

 八千代はたっぷりとローションを馴染ませ、僕が怯えていないか都度確認してくれた。こんなにも優しい八千代に、怯えるなんて有り得ない。
 朔は何も言わず、優しく啄むようなキスをしてくれる。僕の反応を確かめながら遠慮がちに。
 瞼にキスをされ、ゆっくりと朔が離れたので目を開く。僕の目に映る朔は不安そうな顔をしていて、今にも泣き出してしまいそうに見えた。

「朔····。僕、朔と八千代に触れてもらえて幸せなの。すっごく気持ち良いの。だから、もっといっぱいキスして?」

 僕は朔の頬に手を添えて、できる限りの笑顔でお願いした。

「ん····。いっぱいしてやる。息もできなくなるくらい」

「ふぁ····ん····んぅ······」

(八千代と朔に触れてもられるの気持ち良いな。りっくんと啓吾にも早く触れたい。触れてほしいな····)


 八千代は、僕が怖がらないよう優しく抱いてくれた。それとは対照的に、朔のキスは段々激しくなって、本当に息ができなくなっていた。ふわふわした中で、2人が何度も「愛してる」と言ってくれていたのを憶えている。

 僕の瞳にハートが浮き上がりそうなほど、とろとろに甘いえっちだった。朔もシたそうな顔をしていたのに、僕を綺麗に拭き終えると教室に戻ろうと言った。
 まだ、僕をどう抱けばいいのか、心の整理がつかないといった様子だ。それなのに、僕をキュッと抱き締めて頭を撫でてくれた。自分だって辛そうなのに、どこまでも僕に優しい朔。
 旧校舎を抜け本館に戻るまで、2人は僕の手を握ってくれていた。
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