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2章 覚悟の高3編

囮作戦

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 僕たちは作戦会議を重ね、非戦闘要員もある程度の訓練をし、それぞれに準備を万全にした。
 僕は、小さなスタンガンを持たされた。ドジな僕の為に、袖口に忍ばせる用とポケットに隠し持つ用、それに加えて首から下げておく用の3つが支給された。
 万が一、僕1人が生き残った時の為にと、相手の拘束から抜ける技も教えてもらった。八千代にもギリギリ通じたから大丈夫だろう。

 八千代と朔は、伸縮自在の警棒と腕に金属の板を嵌めている。盾なんだそうだ。どう使うかはよくわからないが、きっとカッコイイのだろう。
 りっくんと啓吾は、僕のよりも大きなスタンガン。がっつり気絶させられるタイプのやつらしい。僕のは、相手が数秒痺れるだけだと八千代が言っていた。

 当然だが、刃物など相手を殺傷する能力の高い物は準備していない。いや、警棒もスタンガンもそこそこだと思うけどね。
 あくまでも、防衛の為の武器だ。と、朔に言いくるめられた。


 いよいよ、敵の作戦に掛かったフリをして僕は捕まる。念の為、母さんには八千代の家に泊まると言っておいた。準備は万端だ。
 八千代がスパイから仕入れた情報通りだと、今日の夕方、りっくんと啓吾と僕が3人で帰る所を狙うらしい。
 いつもなら、八千代と朔はこの時間にヤボ用で姿を消す。これも作戦のうちなのだが、ここを狙うように仕向けたのだ。八千代と朔は僕のGPSを追って来て、タイミングを見計らって登場する。
 2週間近く掛けて、八千代と朔が僕たちから離れる時間の偽情報まで流し、ようやくここまで仕上げた舞台なのだ。僕がビビっていてはいけない。ビビったフリはするけどね。····フリだもん。

 3人で八千代の家へ向かうふりをして、誘拐されやすそうな高架下をちんたらと歩く。
 後ろから黒いワンボックスカーがついてくる。あれだ。本当に、今から誘拐されちゃうんだ。手が震えてきた。

「ゆいぴ、大丈夫だよ。俺らが居るからね」

「もう前みてぇな情けねぇトコは見せねぇかんな」

 ワンボックスカーは僕たちを追い越し、少し前で停まった。
 男が3人、車から降りてきた。顔も隠さず堂々としたものだ。こういう時って、目出し帽とかを被っているものだと思っていた。捕まらないという自信の表れだろうか。
 2人は僕を庇うような姿勢で前に立ち、驚いた様子で牽制する。

「アンタたち何? 俺らに何か用?」

 りっくんの大根っぷりがこんな所で····。しかし、笑ってはいけない。

「そのちっこいの、俺らに頂戴よ。上からの命令なんだわ」

「邪魔すんだったら、おにーさんらのコトぼっこぼこにしなくちゃなんだよね~」

「渡すわけねぇだろ。やってみろよ」

 啓吾の目が座っている。ここで戦ったら、計画が台無しだ。僕は、慌てて啓吾の腕にしがみつく。勿論、怯えた様子でだ。

「あーあー、怖がってんじゃんか。お前らホント何なの?」

「いいから黙ってソイツ渡せよ! ぶっ殺すぞ!」

 なんという事だろう。全然怖くない。八千代の圧に比べれば何でもないじゃないか。こんな耐性をつけられていたなんて、僕たちは実戦で八千代のヤバさを思い知った。
 だが、りっくんと啓吾は、近寄ってくる男たちを見て本当に焦り始めた。

「ゆいぴ、ダメだ逃げて。マジでヤバいかも。後ろの奴、たぶんポケットにナイフ入れてる」

「手前のやつもポケットに何か入れてんぞ。作戦どころじゃなくねぇ? 結人、マジで逃げろ」

 りっくんと啓吾が小声で僕に指示を出す。ここで逃げたら、2人はどうなるんだ。

「逃げないよ」

「「は?」」

「僕がついて行ったら、2人には手出さないでね」

 僕は男達に言った。りっくんと啓吾は血の気が引いているようだ。けど、2人を犠牲にして逃げるなんて選択肢、僕にはない。
 男達は僕の腕を後ろで押さえ、結束バンドで縛った。止めに入った啓吾とりっくんも、程々に返り討ちにあったふりをして同じ様に拘束された。身体検査で、それぞれポケットに入れていたスタンガンは没収された。僕は、袖に仕込んでいたのも見つかってしまった。
 けれど、作戦通り誘拐される所までは成功だ。

「物騒なもん持ち歩いてんじゃん。え? 弱いとこんな危ねぇもん持ち歩くん?」

「ギャハハっ! 女の前で弱ぇとか言ってやんなよ~」

「テメェらだってナイフとか持ってんだろ。どっちが雑魚だよ」

 何故、啓吾はすぐに敵を煽るのだろうか。悪い癖だ。

「ほら、ザッコい犬ってよく吠えんじゃん? 上からの命令とか言ってたし、ホントに駄犬なんじゃないの?」

 何故、りっくんまで便乗してしまうのだろうか。この状況で敵を煽るなんて、馬鹿のする事だよ。
 案の定、2人は数発殴られてしまった。

「やだっ、やめてよ!! 2人に手出さないでって言ったでしょ!?」

「状況わかってねぇバカに静かにしろって教えてやってんだよ!」

「大丈夫だよ、ゆいぴ。こんなの、場野のデコピンより痛くないから」

「そーそ。アイツにコツかれるほうがよっぼど痛ぇの」

 また2人して煽る。誘拐された地点から、アジトに着くまで約15分。この調子で殴られていたら、2人が大怪我をしてしまう。

「女の前でイイカッコしたいのわかるけどさ~、頭悪すぎじゃね?」

 男たちはまた、2人を殴ろうと腕を振りかぶった。

「やめて! じゃないと、八千代に連絡するよ」

「····は? 八千代って場野か? 手ぇ縛られてんのにどうやって連絡すんだよ」

「知らないの? スマホにはねぇ、音声入力って機能があるんだよ。僕が大きい声で設定した言葉言ったら、スグに八千代に繋がるんだから!」

 なんてハッタリをかましてみたけど通じるだろうか。そもそも、そんな機能がホントにあるのかも知らない。
 しかし、運転手の男がイイ感じに乗ってくれた。

「おい、場野は呼ばれたらマズいぞ。場野ともう1人デケェ奴避けて攫ってんのによぅ、場野が来たらテメェら上に殺されんぞ」

 なるほど。やはり、僕が囮になって正解だったと思う。向こうは、八千代と朔の読み通りの作戦を立てているようだ。あと、運転してる人が1番偉そうだ。
 これで、八千代と朔が思いがけないタイミングで突入したら、敵さんは相当たじろぐだろう。そして、その隙に僕が逃げる。完璧だ。

 僕は完全勝利をイメージして、勝ち誇った顔をしていた。それが気に食わなかったのか、悪者の1人が僕に絡んできた。

「なぁお前、性別どっちよ」

「お、教えない」

「ズボン穿いてっし、さっき“僕”つってたし、男じゃねぇの?」

「でも可愛くねぇ? まぁいいや。下見たら分かんじゃん?」

「おいやめろ! 結人に触んな!!」

 男は啓吾の制止を無視して、僕のベルトに手をかける。僕は、足をバタつかせて抵抗する。すると、頬を引っぱたかれた。

「テメェ!! 結人に手ぇ出してんじゃねぇぞ!!」

 キレたりっくんが男の顔を蹴った。手を縛られた状態でそれは自殺行為だ。蹴られた男は、りっくんに馬乗りになって頬を殴りつける。

「無抵抗なイケメン王子様は、お顔殴られたら泣いちゃうかな~?」

「莉久はそんなんで泣かねぇよ。面がイイのなんて気にした事ねぇからな。モテなさそうなお前らとは違ぇんだよ、バーーーカ」

 喋れないりっくんに代わり、啓吾が男を睨みつけて言葉を射つ。ただひたすらに煽る。そうか、敵の目が僕に向かないようにずっと煽ってたんだ。
 ダメだ。ここで僕が泣いたら、敵に隙を見せることになる。全部終わるまで、絶対に泣かない。そう決めたじゃないか。

「おい、お前らなぁ! 車ん中であんま暴れんじゃねぇよ。事故ったらどうすんだよ。着くまで我慢してろ!」

 運転手に言われ、男達は大人しくなった。やはり、運転手が彼らの中では1番偉いのだろう。


 ほどなくして、敵のアジトに到着した。プレハブの古い大きな倉庫のようだ。
 りっくんも啓吾も既にボロボロで、立っているのすら辛そうだ。

「チャラ男先輩、腕治った~?」

「あ? お前が純平? てめぇマジでイカれてんのな」

 倉庫の奥から、純平くんがアイスキャンディーを舐めながら現れた。少し後ろには、昂平くんが鎖を持ってポケーっと歩いている。鎖は、純平くんが着けている首輪に繋がっている。あんなの、千鶴さん以外に着けられる人居たんだ····。

「それ褒めてんの? あ、ビッチ先輩だぁ。久しぶり~」

 純平くんはヒラヒラと手を振り、僕をビッチ先輩と呼んだ。顔が熱くなったのが、恥ずかしかったからなのか腹が立ったからなのかは分からない。
 それよりも、カラオケで僕を襲った時より、2人の雰囲気が良くないと思った。ぶっ飛んでいそうなところは変わらないのだが、それに加えて危なそうな感じがする。

「結人くん、久しぶり。この間はごめんね。乱暴な事して」

「昂平くん、反省してないでしょ。またこうやって攫って、今度は何するつもり?」

 僕は毅然とした態度で、決して許すつもりはないと示す。謝るだけなら、小さな子にだってできるんだ。

「俺たち2人じゃ流石に失敗したからね。今度は結人くんをちゃんと人質にして、彼氏潰してから俺のモノにしようかなって」

「勝手な事ばっか言ってんじゃねぇよ。俺ら潰したって、ゆいぴがお前の事好きになるわけないだろ」

「莉久先輩ボロボロじゃん。そんなに弱いと結人くんの事守れないでしょ? 情けないヤツは黙っててくださいよ」

「汚い事やっててよく言うよね。人の力借りないと、好きな子1人モノにできないんだろ。どっちが情けないんだよ」

「莉久先輩、昔からムカつく事ばっか言いますよね。マジでウザい。ゆいぴゆいぴって、結人くんにまとわりついてキモいし。今度は彼氏面かよ」

「ははっ····。彼氏じゃねぇよ。こないだプロポーズしてオッケー貰ったからね。婚約者だよ。羨ましいだろ。ざまぁ」

「····は? 何意味わかんない事言ってんだよ」

 表情を強ばらせた昂平くんは、ツカツカとりっくんに歩み寄った。

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