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2章 覚悟の高3編

こんなはずじゃなかった

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 翌日、りっくんが迎えに来て、猪瀬くんとの待ち合わせの場所へ向かう。啓吾は寝坊したと連絡があった。

「ゆいぴ、昨日はよく寝れた?」

「うん! 眠すぎてお風呂で一瞬寝ちゃって溺れかけたんだ。あっ、でもね! すぐに起きたから大丈夫だったよ。でね、ベッドに寝転がったらまたすぐに寝ちゃって····」

 誰に何を言ってしまったのか、ハッとして弁解する。
 しかし、すぐに連絡もせずに寝てしまったのだと思い出す。朝スマホを見たら、りっくんから何件も着信があって焦った。

「電話に出ないから寝たんだとは思ってたけど、溺れるのはマジで気をつけてね? ゆいぴに何かあったら俺····、ホントに追いかけるから」

 りっくんは、僕の手を強く握って言う。その真剣な眼差しが少し怖い。追いかけるだなんて、そんな悲しい事を言わないでほしいのだけれど。
 しかし、常日頃から心配をかけ通しなのは本当に申し訳ない。それに、僕を心配するりっくんはいつだって、今にも泣き出してしまいそうな顔をしているから困るんだ。いっそ怒ってくれたほうが気は楽だ。

 誰よりも心配性なりっくん。必死に宥めながら待ち合わせ場所に着くと、猪瀬くんと冬真が居た。何故、冬真が居るのだろう。

「冬真、どうしたの?」

「さっきそこでばったり会ってさ。なんか駿の挙動がおかしかったから問い詰めたんだよ。そしたらお前らと遊ぶっつぅから、なら俺も一緒したいな~って」

「やだよ。神谷は約束してないだろ。邪魔だから帰れよ。つぅか別の用事で来てたんじゃないの?」

 りっくんは容赦なくお断りした。はっきりノーと言える人は凄いと思う。僕なんて、断るのにどれだけの勇気が要るか····。

「別にたいした用じゃないからいいよ。俺も結人と遊びたい。それに、こんなメンツで遊ぶの珍しいじゃん?」

「勝手すぎんだろ。······あのさ、ぶっちゃけ俺ら大事な話あるから遠慮してほしいんだけど」

 りっくんは少し迷ったようだが、正面突破するつもりらしい。果たして、冬真に通じるだろうか。

「へぇ····。なぁ駿、俺に言えない話?」

「や、まぁ····うん。ちょっと言い辛いかな····」

 この2人の関係、ちょっとおかしくないかな。猪瀬くんは、冬真に強く言えないどころか言いなりな気がする。
 それは惚れた弱みと言うよりも、まるで冬真を怖がっているかのようだ。それに、猪瀬くんに話す時の冬真を、僕も少し怖いと思ってしまった。

「冬真、猪瀬くんを困らせちゃダメだよ。て言うかね、なんで猪瀬くんにはそんなに高圧的なの?」

「「え?」」

 冬真と猪瀬くんは目を丸くした。まさか、お互いに自覚していなかったのだろうか。

「『えっ』て、お前らマジかよ····。どう見てもパワーバランスおかしいでしょ。ゆいぴが気づくくらいだよ?」

「りっくん、僕に失礼だよ」

 りっくんがわたわたと僕に謝っていると、背後から聞き慣れた声が聞こえた。

「中学ん時の冬真、なっかなか荒れてたもんな~。駿哉は面倒見いいからそれに振り回されっぱなしだし、それに甘えて冬真は当たり散らすし。すぅっげぇ反抗期だったよな~」

 2人の解説をしてくれたのは、遅れてやってきた啓吾だった。

「おい、人の黒歴史晒すなよ! つぅかそんなに荒れてないし、当たり散らしたつもりもないし」 

「そんなんだから駿哉が苦労すんだろ。まぁ、俺はめんどいから放置してたけどさ、駿哉は見捨てなかったじゃん? ホント、感謝して駿哉に優しくしてやれよな」

「なんだよそれ。これでも親友だと思ってるし、大事にしてるつもりなんだけど」

 猪瀬くんの気持ちを知ってか知らずか、なかなかキツイ事を言っている気がする。

「んじゃさ、いっそ冬真も一緒に聞けばいいんじゃね? どうせ冬真に関わることなんだし」

「ちょ、啓吾!?」

 猪瀬くんがとても焦って声を上げる。猪瀬くんの了承もなしに、勝手にそんな事を言ってしまっていいのだろうか。

「マジで啓吾さぁ····ホントそういうトコ勘弁しろよな」

 猪瀬くんは項垂れて、全てを諦めたような表情を見せた。僕だって、猪瀬くんの立場なら同じように愕然としただろう。
 結局、冬真も一緒に話をする事になった。僕と猪瀬くんにとっては地獄だ。
 そして僕たちは、人目を気にせず話をするべく、あそこへ向かうことにした。一応反対はしたのだが、僕が頼めば大丈夫だと啓吾は言った。本当に大丈夫だろうか。


「んで? 俺ん家で許可おりると思ったんか。結人置いて全員とっとと帰れ」

 インターホン越しに断られた。まぁ、予想通りだ。

「ねぇ八千代、外でえっちな話しちゃダメって行ったの八千代だよ? 密室もダメなんでしょ? なら、話せるとこないんだもん。····ね、お願い? 啓吾の部屋で話すから」

「······ッだぁぁっ!! クソッ!」

 きっと、後頭部を掻き乱しながら諦めたのだろう。イラついている八千代が目に浮かぶ。とてもじゃないが、りっくんと啓吾がはなからここで話をするつもりでいたなんて言えない。


「場野って、啓吾が来るまで一人暮らしだったんだよな? 広すぎねぇ?」

「すっごいな····。玄関だけでも俺ん家より広いんじゃないかな····」

 冬真と猪瀬くんは、玄関で呆然と立ち尽くした。そんな2人にはお構いなしで、啓吾はちゃっちゃと部屋に案内する。八千代は、僕にココアを持ってきてそのまま居ついた。なんだかんだ参加する気なんだ。
 ちなみに猪瀬くんは、啓吾と棟は違うが同じ団地に住んでいるらしい。冬真の家は、その近くのマンション。3人とも、幼馴染だったんだ。
 冬真と猪瀬くんはお母さん同士が仲良しで、小さい頃からよく遊んでいたらしい。啓吾が2人と仲良くなったのは、中学に上がってからなんだそうだ。
 と、生い立ちを聞いたところで、またもや啓吾が本題をぶっ込んできた。

「俺さ、冬真に探り入れるつもりだったんだけど、流れ的に聞いちゃうよ?」

「俺に探りって何? つぅかこれ、お前が作った流れだろ。全員巻き込まれてんだけど」

 冬真が少し苛立ったように返す。しかし、啓吾はあっけらかんと言い放つ。

「だってさぁ、俺らぶっちゃけ関係ねぇもん。お前が結人狙ってるから面倒な事になってるだけで。正直そっちで解決してほしいんだけど、そうもいかない感じじゃん? だからでしゃばってやってんの」

「は? 何その恩着せがましいの。いやさ、話が見えないんだけど。俺と駿の問題? 何それ」

 冬真は、本当に気づいていないのだろうか。他人の事には無駄に鋭いのに。
 と言うか、啓吾と冬真が話し出すと、2人の雰囲気がピリつくのは気のせいだろうか。心做しか、啓吾の口調がキツいように思う。

「あ。どうする? 駿哉、自分で言う?」

「ぅえー······。お前鬼なの? ここで俺に振る?」

「いくらなんでも啓吾テキトー過ぎ。流石に猪瀬が可哀想だよ」

 りっくんが助け舟を出す。啓吾と猪瀬くんに代わり、りっくんが事の経緯を説明する。冬真はポカンとした様子で、黙って最後まで聞いていた。

「はぇ~·······駿、俺の事好きなの?」

「えー··っと、たぶん」

「たぶんって何だよ。聞いた感じすげぇ重くない? 俺が喜ぶから結人とくっつけようとしてたんだろ? お前、どんな感覚してんの? ヤバイよ」

 これには、この場の全員が共感した。猪瀬くんの想い方はりっくんとは違ったベクトルで、僕には理解できない。長年の片想いを拗らせると、どうにも危うい感じになってしまうのだろうか。

「で、今日は抱かれた感想聞きに来たの? 俺に抱かれた感想を、結人に?」

「そう。参考までにと思って····その····宿泊研修の時、コイツらがヤッてんの俺も聞いててさ。そんで、武居がすっごい気持ち良さそうだったから、興味っつぅかワンチャンそういう方向でも考えられるかなって····思って····」

 猪瀬くんは俯いたまま、ごにょごにょと心の内を吐露してゆく。冬真はそれを、戸惑いを隠せないまま聞いている。

「俺は冬真をカッコイイとも思うし、可愛いとも思うから····で、できたら抱きたいんだ。けど、お前絶対抱かせてくれないだろうから、だったら俺が··あの····抱かれる側とかでもって····」

「待てよ。それ以前にだよ。駿は俺と付き合いたいの? 告白もされてないのに、なんで抱くとか抱かれるって話になってんの?」

 冬真の意見はご尤もだ。だが、冬真がそれを言うのかと、全員思ったはずだ。思わずツッコミそうになった。
 けれど、猪瀬くんは真面目に答えを返す。

「わかんない。だって、お前可愛い子が好きじゃん。俺は可愛くないし、そういう対象になんないだろ? でもさ、武居を抱いたって聞いて、ホントにワンチャン目隠しとかしたらそういう事できたりすんのかなって思ったんだよ」

 猪瀬くんは冬真を見ることもできずに、ポロポロと想いを零した。

「目隠しってお前····そこまでしねぇとできねぇんなら、まず勃たねぇだろ」

 堪らず口を挟んだのは八千代だった。そして、ズバズバとド正論をかましてゆく。

「まず猪瀬をそういう対象として見れるかだろ。神谷はどうなんだよ」

「なんでいきなり場野が進行してんだよ」

 啓吾がチャチャを入れる。

「うるせぇ。お前が中途半端に話引っ掻き回すからだろ。めんどくせぇからさっさと終わらせて帰らせてぇんだよ」

「なんか、ごめんな? 急に押しかけて迷惑だったよな」

 猪瀬くんは、基本的に常識人なのだろう。狂うのは、冬真に関することだけらしい。本当に、りっくんを見ているようだ。

「そりゃもういいわ。何にしても神谷次第だろ。で、どうなんだ? 猪瀬を抱けんのかよ。もしくは抱かれんのか」

 痺れを切らした八千代は、冬真に核心的な質問を投げつけた。

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