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3章 希う大学生編

僕たちの噂

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 学校で、僕たちが噂になっているらしい。

 モテ男4人が、一向に彼女を作らず僕にばかり構っているからだ。その上、女子を近づけさせない、と。そして、矛先は僕に向く。僕が女で、皆を侍らせているのだとか。
 その噂を教えてくれたのは、香上くんだった。

 香上くんとは体育祭の未遂事件以降、あまり関わらないようにしていた。けれど、僕が男女共に狙われていると知り、わざわざ声を掛けてくれたのだ。やっぱり根は悪い人じゃないんだよね。
 それよりも、僕が狙われているとはどういう事なのだろう。それも、男女からだなんて、理由が検討もつかない。

「女子はやっかみだな。武居が女なら、とりあえず邪魔って感じらしいよ。けど、“カワイイ系男子”だと思ってる一部の女子からは普通に狙われてるっぽいな」

 それを聞いて、皆の表情が険しくなる。ちなみにここ、学食だから凄い見られてるんだよね。もう少し場所を選んでほしかったな。

「で、男からはなんで狙われてるんだ?」

「あぁ、そっちのが厄介そうよ。女だったら食いたいってヤツがわんさか。で、男でも食えそうっつぅのも聞いた事あんのよ。言っとくけど、彼ピらは普通に女子から狙われてっかんな。何にしても、お前ら目立ちすぎ」

 香上くんは歯を軋ませるような顔で、僕たちをピッと指さして言い切った。
 て言うか、彼ピって何だ····? ともあれ、皆が狙われているのは嫌だな。そして、香上くんは途端に真剣な顔をして言った。

「なぁ、高校ン時みたいに言わねぇの?」

「隠すつもりはないんだよね。けど、タイミングっていうか、変な噂広めるだけになったら逆効果かなって。今ある噂に尾ヒレがつくだけになるかもでしょ? 結構難しいんだよね」

 りっくんがテーブルに肘をつき、気休めにラテを啜る。

「俺も気ぃつけといてやるけど、早めに対処しろよ。特に、男連中はヤバいよ。先輩とかも狙ってるっぽいから、下手したら面倒になんぞ」

「マジか。でさ、香上はなんでそれを俺らに教えてくれてんの?」

 啓吾が訝しげに問う。また何か、疑っているのだろうか。

「別に··。まぁ罪滅ぼしっつぅか、さ。お前ら普通に面白そうだから、絡んだり飲みに行ったりしたいとは思ってるし」

「香上くん····。僕たちまだ未成年だよ。お酒は20歳になってからだからね?」

「あ~、わーってるわーってる。んな悪い事しないって。武居は相変わらずだなぁ」

 そう言って僕の頭を撫でようとした。その手を、八千代とりっくんに弾かれる。

「わ、わりぃ····つい····」

「“つい”で人の嫁に触ろうとしてんじゃねぇよ。情報提供にゃ感謝すっけどな、お前も結人に手ぇ出したら····高校ン時みてぇなヌルい報復じゃ済まねぇぞ」

「八千代! せっかく色々教えてくれたのに、そんな風に脅しちゃダメでしょ! もう、僕の事になるとホント見境ないんだから。香上くんは、もう友達なんだからそんな心配しなくていいの! わかった?」

「いつ友達になったんだ。俺ら知らねぇぞ」

 すかさず朔がツッコんでくる。何故か機嫌が悪そうだ。

「え、高校の時からだよ? なんで?」

「あんな事あったのにぃ?」

「だって、あの後謝ってくれたし、僕たちの事隠してる間も味方でいてくれたんだよ? むしろ、なんで友達じゃないと思ってたの?」

 皆には、香上くんが敵に映っていたらしい。なるほど、臨戦態勢なわけだ。
 互いの齟齬をすり合わせ、僕たちは改めて“友達”になった。なんだか、言葉にするとこそばゆいな。

 次のコマまで、まだ少し時間がある。僕はりっくんとデザートを買いに席を立つ。
 たんまり買い込んで席に戻ると、女子が4人話し掛けてきた。どうやら、香上くんと仲の良い人達らしい。 どう考えても、僕じゃなく皆狙いだ。

 いつもは学食で食べていても人が寄り付かないのに。八千代が、寄り付くなってオーラをムンムン出しているからだろうけど。
 今日は、僕を真ん中に皆が並んで座り、香上くんは対面に尋問を受けているかの様な雰囲気で座っている。はたから見たら、誤解されかねない配置だ。
 そこへやってきた女の子たちは、しれっと香上くんを挟んで座った。まるで、合コンみたいじゃないか。

「初めましてぇ」

 中心核っぽい女の子が口火を切る。

「はーい、初めまして~」

 啓吾が軽快に答える。チャラ男全開の笑顔だけど、心から笑っていないのが分かる。
 女の子達が自己紹介を終え、いよいよ合コンっぽくなってきた。そして、自己紹介したがらない八千代と朔の所為で、香上くんが僕たちをまとめて紹介する。八千代は、それすらも不服そうだ。

「えー、真ん中の子、男の子なの? 女の子だと思ってたぁ。カワイ~」

 口々に僕を可愛いと言う。いたたまれなくなってきた。そして、話は矢庭に核心へ。

「ねぇ、皆彼女いるの?」

 きた。皆、なんて返すのだろう。僕は、ドキドキしながら返答を待つ。

「チッ······ハァ。これ」

 そう言って、八千代が僕の頭に手を置いた。まさかのド直球でいくらしい。
 女の子たちは響動どよめき、香上くんが溜め息を漏らす。

「ごめんねぇ。俺ら皆この子のだから、君らに構ってあげらんないの」

 りっくんは僕の肩を抱いて言った。それを聞いた朔が立ち上がり、『もう行っていいのか?』と聞いた。女の子たちは言葉を失い、次々と立ち上がる僕たちを見上げる。

「じゃ、そういう事だから」

 啓吾が手を振って挨拶をする。あの状況で置いていかれる香上くんが、何よりも気の毒でならない。
 僕は、皆にあれで良かったのかと尋ねた。

「他になんて言やいーんだよ。お前のこと隠して、居ねぇつったらよかったンか」

「ゆいぴに当たんじゃねぇよ。もっと優しく言ったげろって」

 僕のキョドった様子を見て、りっくんが庇ってくれる。それに気づいた八千代は、慌てて僕の頭を撫でる。

「あー、わりぃ。“彼女がいねぇ”つったら、お前のこと否定してるみたいで嫌だったんだよ。俺はアレ以外に答えなんかねぇから」

 八千代の不器用な愛情表現だったのだ。それが分かれば、何も不安に思う事はない。

「けどさっきのが広まれば、周りの様子も出方も変わってくるだろうな。場野は何か考えがあるのか?」

「ンや、もうなーんも。敵が現れりゃ潰しゃいいし、問題が起きりゃ片っ端から片づけりゃいいだろ」

「高校ン時に悟ったよな。アレコレ策立てても無駄だって。ハプニングだらけだったもんなぁ····。変に構えるよか、柔軟に対応したほうが得策じゃね?」

 啓吾が遠い目をして言う。

「一応考えはしたけどねぇ。これまでの事考えたら、隠さないでいいやって事くらいしか····ねぇ」

 りっくんが啓吾と顔を見合わせる。悟りの境地みたいな顔をしているけど、相当頭を悩ませてくれたのだろう。その結果、多分諦めと疲れが出たんだね。
 確かに、予定通りに進む事なんてあまりなかった気がする。それどころか、悪い予感はことごとく引き寄せていた。いっそ対策しない方が、事はスムーズに運んでいたかもしれない。
 そんなこんなで、無策のまま周りの出方を窺う事にした。


「皆····って言っても、啓吾とりっくんはほぼ一緒に居るけどさ、八千代と朔はね、その····女の子から声掛けられたりしないの?」

「初日は凄かったぞ」

「んえぇ!? 聞いてないんだけど····」

「言ったら無駄に心配するだろ。まぁでも、場野が蹴散らしてくれたから問題なかったぞ。それ以来、同じ学科の女子からは怖がられてるみたいだしな」

 一体、何をしたのだろう。僕に怒られるからと、頑なに教えてくれなかった。今度、香上くんに探りを入れてみようか。
 兎に角、朔と八千代は言い寄られる心配はなさそうなので一安心だ。2人は、僕の頭を優しく撫でてから、次の講義へと行ってしまった。

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