上 下
260 / 353
3章 希う大学生編

自由な職場

しおりを挟む

 僕は、コソッと啓吾にレンズを向ける。バレないように──

 カシャッ──

 予想外の大きな音に、僕はもちろん皆ビクッと身体が跳ねた。ご丁寧にフラッシュまで。即バレだよ····。
 啓吾がバッと顔を上げてこちらを見る。不審なシャッター音にイラついているのだろうか。だけど、敵意を向けた怪訝そうな顔もカッコイイや。
 そして、僕を見るなり、いつものおどけた雰囲気に戻った。

「んぇっ、結人!? なんで? あっ! おい、冬真だろ。なに勝手に結人連れて来たんだよ」

「暇だったから~」

 なんだか揉めている。来たらマズかったのかな。

「あのっ、勝手に来てごめんね。僕、帰るから喧嘩しないで」

「あーっ、違う違う! 来てくれんのは嬉しいから大丈夫だよ。けどなんつぅかさ、その····真面目にやってるとこ見られんのちょっと恥ずかしいつぅか····。結人には特に··な」

 啓吾は毛先を指で摘まみ、クルクル弄りながら言った。照れているようで可愛い。
 けれど、どうして僕には特に恥ずかしいのだろう。頑張っている姿は、とてもカッコイイと思うんだけどな。働いていると芽生える感情なのだろうか。
 僕が思案していると、啓吾が畳んでいた服を置いた。そして、僕の頭をポンポンとして、入り口に向かって叫んだ。

「店長ぉぉ、嫁来たからちょっと抜けるぅぅ」

「あ? お前自由すぎんだろ! なるはやで戻れよ~」

 入り口付近にあるレジの下から声が聞こえる。そこに居たんだ····。入ってきた時、全然気づかなかった。

「へーい」

「え、軽くない?」

 りっくんが驚いて聞く。確かに、そんな簡単に仕事を抜けていいのだろうか。

「うち基本こんなもんだよ。この店、店長と俺しかいないし。休憩も客いない時に自由だし」

「ちょいちょ~い、俺ら客じゃねぇの?」

「お前は客じゃない。駿哉と結人しか認めない」

 啓吾はジトッと冬真を見て、刺々しく言い放った。僕と猪瀬くんだけ、という事は──

「おいこら。俺は?」

 ムッとしたりっくんが問う。
 りっくんの『おいこら』は全然怖くないや。むしろ可愛い。なんて言ったら、余計に機嫌を損ねそうだから黙っていよう。

「なんか買いに来たの?」

「ううん。ここ趣味じゃない。神谷に連れてこられただけ」

「だろ? 客じゃねぇじゃん」

 その定義でいくと、僕と猪瀬くんもお客じゃないんだけどな。ややこしくなりそうだから、とにかく黙っていよう。
 りっくんと冬真がブーブー文句を垂れている。そんなの気にもしていない啓吾に連れられ、スタッフルームに通された。入っていいのかな。

「ねぇ啓吾、ここスタッフオンリーって書いてるけど、僕たち入っていいの?」

「いいよ。テキトーに座ってて。飲みもんだすか··ら、あ~炭酸しかねぇな。冬真、カルピス買ってこいよ」

 小さな冷蔵庫を開け、中を確認しながら啓吾が言った。相変わらず、冬真にはツンツンしている。

「なんで俺なんだよ」

「勝手に結人連れて来た罰。結人、炭酸飲まねぇから」

「マジか。しゃーねぇな··。ん」

 冬真が手を差し出す。

「ん?」

 啓吾は、紙コップにジュースを注ぎながら首を傾げる。

「金」

「は? 罰だから」

「えぇ~!」

「えっと、僕自分で出すよ」

 僕は慌てて財布を取り出した。しかし、冬真は僕からお金を受け取ることなく行ってしまい、なんだか凄く申し訳なくなった。
 すると、りっくんがこっそり『ああ言ってるけど、後で渡すと思うから大丈夫だよ』と教えてくれた。どうして今じゃないのだろう。わざわざ揉めるなんて、変なの。


 バイトがあと1時間で終わるからと、僕たちはスタッフルームで待つことになった。その頃には丁度、八千代と朔も合流できるだろう。
 あまりにも暇なので、変な柄のトランプでババ抜きを始めた。商品棚から持ってきてたけど、いいのかな。

 僕が何度も負けて不機嫌を極めた頃、店長さんが部屋に来た。挨拶をすると、不思議そうな顔をして僕たちを見る。

「で? 啓吾の嫁は?」

 おや、何も聞いていないのだろうか。どうしよう。さっき、“嫁が来た”と言っていたし、僕ですって言っていいんだよね?

「えっと、あの、僕··です」

「お~、そうなんだ。啓吾見に来たんでしょ? いつもねぇすんっごい頑張ってるよ。店の事ほぼ任せちゃってるし。おじさんねぇ、頑張る若者の味方! 温泉旅──」

「あぁ! まーたサボってたんかよ。店長に客だよ。あと荷物届いてるから。つぅか嫁に絡むなっての!」

 扉を勢いよく開け、啓吾がふてぶてしく入ってきた。店長さんの言いかけた事が気になるけど、とても割って入れる様子ではない。

「啓吾、嫁って男の子だったんな。先に言えよ~。女の子見に来たのにぃ~。この子可愛いけど、俺そっちの趣味ねぇのよ」

 僕が女の子だったら、って食われていたのだろうか。どうやら危機は回避されたらしいが、もしも男じゃなかったらと想像して僕は少し身震いした。

「あったらアンタに見せねぇっつぅの。つぅかいっつも口悪いくせにナニ可愛こぶった喋り方してんの? キモイんだけど。ほら、客待ってるから早く行けって」

「口悪いんどっちだよ。つぅかホントどっちが店長かわかんねぇな、あっはは」

 店長さんは、ケラケラ笑いながら出て行った。見た目は強面だけど、凄く気さくで賑やかな人みたいだ。チャラそうな辺り、啓吾と気が合いそうな気がする。


 再び、啓吾の仕事が終わるのを待つ。その間、愚痴という名の惚気を聞かされる。きっと、今日はこれの為に会いたかったのだろう。なにせ、僕たちしか聞けないからね。

「でさぁ、そっから駿が──」

「神谷ぁ、それくらいにしてやんなよ。猪瀬、照れて泣きそうだよ。やり過ぎ」

 みるみる真っ赤になっていた猪瀬くんだったが、赤裸々なえっちの話になると涙目になって俯いてしまった。冬真が面白がって、“可愛すぎて困る”とか“トロトロにしなきゃ素直にならない”とか言うからだ。可哀想な猪瀬くん。
 高校の頃から、僕と猪瀬くん抜きで集まる事があると終始、お互いにこんな話をしていたらしい。だったら、わざわざ僕たちの前でしないでほしいな。注意したりっくんだって、時々『ゆいぴも可愛いし』と反撃するものだから、僕まで恥ずかしくなって顔を上げられなくなってしまった。

 僕と猪瀬くんが無言を貫いていると、仕事を終えた啓吾が戻ってきた。

「結人以外帰ってて良かったのに」

「もう啓吾、そんな事言わないの。僕、皆で喋るの好きだよ」

「まぁ結人そう言うならいいけどぉ。でも折角来たんだからここでイチャつきたかった~」

「イチャつきゃいいじゃん。お前ら付き合ってんだろ?」

「うわぁ! 店長居たんだ。いやさ、ここ一応職場だかんね? 多少は気にすんの。つぅかアンタ、ノックもなしに入ってくるし。それよかさぁ、急に背後に立つのやめてって言ってんじゃん。顔怖いんだからビビんだよ」

 扉を閉めずに立って文句を垂れていた啓吾の後ろに、ずっと立っていたんだけどな。しかし、啓吾が言うほど怖くはないと思うのだけど。
 金髪にグレーの瞳。ハーフなのかな。少しキツそうには見えるけど、端正な顔立ちで凄く綺麗な人だ。だからなのか、無表情だと冷たく見えるかもしれない。
 それにしたって、店長さんに向かって言いたい放題だな。

「んなトコに突っ立ってるお前のが邪魔なんだよ。そこ退け、奥の荷物取るから。あと顔怖いのはいい加減慣れろ」

「不意打ちはビビんの! も~荷物ってどれ? 腰痛めてんだから高いトコのは俺が取るつってんじゃん」

「ジジィ扱いすんじゃねぇよ。俺まだ若いの~」

「ヤリすぎて腰痛めてんだろ。ジジィじゃん。俺、朝までヤッても元気だし。なー♡」

「ばっ、啓吾のばかぁ!」

 確かにいつも元気だけども、元気すぎるくらいだけども! まったく、僕を巻きこんで何を言ってくれているんだ。本当に、恥ずかしいったらない。
 僕が怒っていても、啓吾は『ごめんごめーん』と軽い。わざとらしいくらいの笑顔で謝られると、それ以上怒れないや。
 店長さんと掛け合いのような言い合いをしながら、啓吾は棚の上に置いてあるダンボールを取ってあげた。なんだかんだ言いながら、仲が良さそうで安心した。


 店長さんに『またいつでもおいで』と言ってもらい、僕たちはお店を後にする。八千代と朔も合流し、冬真と猪瀬くんも一緒に夕飯を食べに行く事になった。
 道中、冬真が八千代に理不尽なクレームを入れ始めた。けど、内容は可愛いものだった。

「場野の車さぁ、なんで5人乗りにしたんだよ。俺ら乗れねぇじゃん!」

「お前ら乗せる予定なんかねぇんだよ」

「え~、寂しいこと言うなよ~。お前らともっと遊びたいんだけど。金あんだったらキャンピングカーくらい買えよな~」

「冬真、キャンピングカーっていくらするか知ってる? 普通の車でも買えるの凄いんだよ?」

 猪瀬くんが宥めるが、冬真は頬を膨らませている。仰る通りすぎて、冬真も言い返せないらしい。
 冬真の意見はさて置いて。僕も、皆で遊ぶのは楽しいから好きだ。何処かに遠出してみたいとも思う。

「僕もね、冬真と猪瀬くんと遊ぶの好きだよ。来年の夏とか、また皆で海行きたいね」

「キャンプとかも良くね? 俺、キャンプ行ったことないからやってみたいんだよね」

 冬真が瞳を輝かせている。僕もした事がないので、行ってみたいとは思う。けど、キャンプに行って僕にできる事なんてあるのだろうか。迷惑ばかり掛ける気がする。でも、行ってみたい。

「いいね、キャンプ。僕もした事ないの。これからいろんな所に行ってみたいなぁ。アウトドアだったら、冬真と猪瀬くんも一緒に行けたら楽しいだろうね」

 僕のこのセリフが、後に八千代動かす事になるとは、この時誰も予想していなかった。

 夕飯を食べ、また遊ぼうねと言って2人と別れる。僕たちは、次の連休に忙しくなるので、その準備の為に寄り道をせず帰った。

しおりを挟む
1 / 5

この作品を読んでいる人はこんな作品も読んでいます!

【完結】孕まないから離縁?喜んで!

恋愛 / 完結 24h.ポイント:461pt お気に入り:3,273

隠れジョブ【自然の支配者】で脱ボッチな異世界生活

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:617pt お気に入り:4,044

『私に嫌われて見せてよ』~もしかして私、悪役令嬢?! ~

恋愛 / 完結 24h.ポイント:142pt お気に入り:46

クラスごと異世界に召喚されたけど、私達自力で元の世界に帰ります

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:1,242pt お気に入り:6

『そうぞうしてごらん』っていうけどさ。どうしろっていうのさ!

ファンタジー / 連載中 24h.ポイント:596pt お気に入り:94

ーDESPAIRー:それは希望

ホラー / 連載中 24h.ポイント:0pt お気に入り:0

聖女を召喚したら、現れた美少女に食べられちゃった話

恋愛 / 完結 24h.ポイント:830pt お気に入り:13

処理中です...