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3章 希う大学生編

僕の王子様たち

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 メリーゴーランドが止まり、僕と猪瀬くんは足早に馬車を降りる。

 猪瀬くんは、冬真が視界に入るとまた赤くなった。僕の言葉を思い出したのだろう。少し悪い事をした気がした。
 馬から降りようとする皆を、僕と猪瀬くんは『ダメ』と言って止める。キョトンとする皆に、僕たちの思惑を説明した。そして、皆の返事を聞かずに、僕と猪瀬くんはそそくさと移動しメリーゴーランドの外側からカメラを構える。

「おい、冗談だろ····。なんだこの絵面、キツイぞ」

 動き出す直前、朔が言った。八千代なんて降りようとしている。

「やだ··、八千代、降りないで?」

 ストレートにお願いしてみる。これが存外効くのだ。

 八千代は降りるタイミングを逃し、残酷にもメリーゴーランドは動き出した。猪瀬くんと2人で、満面の笑みを浮かべ手を振って見送る。
 けれど、僕たちから見えなくなる時間が相当辛いらしい。少し可哀想になり、罰ゲーム感を出してあげる事にした。

「ちゃんとカメラに向かって王子様やってね」

 僕が指示を出すと、それぞれ王子感を出してくれる。

 先頭の朔は、ニコッと微笑んで軽く手を振ってくれた。ピンと伸びた背筋が、凛々しさを倍増させているようだ。それと、気のせいかな、周囲から歓声が聞こえた気がするのだけれど。
 八千代はツンとしながらも、僕と目が合うと表情が緩む。八千代が僕だけに見せる特別な一瞬。慣れる事などなく、毎度キュンとする大好きな瞬間だ。
 りっくんなんて、王子になりきってイイ笑顔で手を振ってくれる。その演技力を、高校の文化祭で活かせたら良かったのにね。本当に、僕だけの王子様なんだから。
 啓吾は王子というものを勘違いしているのか、えっへんと聞こえてきそうな顔でふんぞり返っている。可愛いけれど、随分と高飛車な王子だ。
 と思っていたら、冬真も同じ様な王子で笑ってしまった。猪瀬くんは、笑って手を震わせながらも一生懸命カメラを向けている。

 メリーゴーランドが停止するのが早いか、皆はさっさと馬から降りて僕たちの所へ集まる。少しご立腹のようだ。
 けど、僕と猪瀬くんが『カッコ良かったよ♡』と、満足した笑顔を見せれば事なきを得る。なんとも単純で助かった。

 僕たちが我儘を押しつけたからだろうか。いよいよ、1番恐れていたあそこへ向かう話が出る。そう、お化け屋敷だ。

「絶対やだ!」

 僕は、子供みたいに駄々をこねる。ガキかと言われたって構わない。寝転がってジタバタしてみようか。
 そんな事を考えていると、猪瀬くんが救世主になってくれた。

「俺もあんまり得意じゃないんだよな····。武居と待ってるから、行きたいやつだけで行けば?」

 なんと素晴らしい提案だろう。そうだよ、行きたい人だけで行けばいい。怖がる僕を無理に連れ込む必要なんてないのだ。
 と、思ったのだが、あったりと否決された。

「お前らが行かないのに行ってどうすんだよ」

 冬真が何を不満に思っているのかは分からないが、皆も概ね同じ意見らしい。怖がる僕たちを見て楽しみたいという事だろうか。
 だとしたら、とんでもなく迷惑な話だ。

 そんな意地悪な理由だとしたら、断固として行かないんだから。頑なに動こうとしない僕に、八千代が歩み寄ってきてまた顎クイをする。

「ビビってるお前見んの好きなんだよ、クソ可愛いからな。俺が守ってやっから、黙ってついて来い」

「ひぁ、はい····」

 なんてこった。行くって言っちゃったじゃないか。
 ふと隣を見ると、猪瀬くんも同じ手に引っかかっている。揃ってチョロすぎるよ。


 今年のコンセプトはゴーストタウン。毎年、あの手この手で怖がらせにくるらしい。何よりも、ここへ来るのが恒例企画になっていて辛い。
 猪瀬くんはモチロン冬真に、僕は八千代にしがみついて扉を開く。ここから約1km、地獄のような道のりを歩むのだ。

 おどろおどろしい効果音に、僕はビクビクして足が進まない。すると、啓吾が腰を抱いて進ませてくれた。
 通路はかなり広く、商店街を模した通りがある。当然の如くシャッター街で、落書きや荒廃が酷い。

 警戒心マックスで歩いていると、ガシャガシャガシャッとシャッターが揺れた。

「ぴやぁぁぁぁ!! にゃにっ!? しゃしゃしゃ、しゃった··、きゃぁぁぁ!!!」

 足元を、何かがすり抜けていった。ワサワサとした何か。冷静に考えればビニール袋の様な感触だった気がする。
 開始早々、女子顔負けの悲鳴をあげてしまったじゃないか。懸命に説明するが、それを感じたのは僕だけだったらしく、皆は知らないと言った。それよりも、皆は笑いを堪えるのに必死らしい。

 僕は、熱くなった顔を俯かせ、八千代の腕を頼りに歩く。もう、このままゴールまで顔を上げなくていいや。そんなズルをしようと企んだ。
 だから、バチが当たったのだろう。

 何かに躓き、転びそうになった。咄嗟に、八千代と啓吾が支えてくれる。おかげで転びはしなかったものの、手をついた壁にあった何かに触れてしまった。
 薄明かりに目を凝らして見ると、それは壁に貼り付けられたゾンビの内蔵だった。ぐにゃっと柔らかく、生暖かいそれがいやにリアルで、僕はまた甲高い悲鳴をあげた。
 そして、あろう事か腰が抜けてしまったのだ。涙が出るほど情けない。

「あーあ··、誰が連れてく? ····って、全員譲んねぇよな」

 後ろでイチャついている冬真と猪瀬くんを放って、皆は瞬時に睨み合った。なんで戦闘態勢なんだよ。

「しょーがない、ジャンケンだね」

 まさか、お化け屋敷でジャンケン大会が始まるとは、予想だにしていなかった。結果は、一人勝ちした八千代が僕を担ぐ事になった。

「ごめんね。歩けるようになったら降りるから」

「ゴールまでこのまま行けるわ」

 お姫様抱っこで1kmも歩けるだなんて、とんだゴリラじゃないか。そう思ったのだけれど、啓吾とりっくんもできると言い張る。
 僕ももう少し筋肉がつけば、重いとか言われるのかな。


 八千代に抱えられて数分。驚く度に八千代の胸へ隠れる。すると、耐えきれなくなったりっくんが騒ぎ始めた。

「そろそろ交代しようよ! 俺もゆいぴにギュッてされたい!!」

「よし、もう1回ジャンケンだな」

 朔まで。皆、本当にヤキモチ妬きなんだから。そうして、次はりっくんの番になった。

「駿も腰抜かしていいよ? 抱いてやっから」

「無理だろ。せいぜいおんぶじゃん」

「はぁ? できるし」

 そう言うと、冬真は物凄く踏ん張って猪瀬くんを持ち上げた。

「うわぁっ!? ····うそ、マジで? わぁー··お姫様抱っこされる日が来るとは思わなかった····」

「違ぇだろ! できた事まず褒めろよ!」

「あぁ、凄い凄い。腰抜かしてないから降ろして?」

 冬真は、格好よく猪瀬くんをそっと降ろすと、格好悪く肩を借り息を整えた。アレが普通だよね。
 僕が頬を膨らませている事に気づいたりっくん。

「ゆいぴはそのままでいいんだよ。今のまま、そのままがゆいぴなんだから。誰かみたいにとか考えないの。ゆいぴはゆいぴでしょ」

 なんだろう。全てを見透かされている気分だ。僕の頬は余計に膨れる。

「僕、もう歩ける」

 そう言って、降ろしてもらった。けれど、また少しへっぴり腰でりっくんに寄り掛かる。
 また、抱っこされるのだろうか。

「結人、歩けるんだったら手ぇ繋ごうぜ」

 啓吾は僕の手を引き、ゆっくりと歩き出す。あぁ、啓吾らしいや。無闇に僕を甘やかさない、頑張ろうと思わせてくれる笑顔だ。
 僕は、少し足をもつれさせながらも、恐怖と戦うように踏ん張って歩いた。怖いものは怖いんだけどね。
 その後も、猪瀬くんはビクビク怯えながら、僕は終始絶叫しながらゴールを目指した。小一時間、本当に長い道のりだった。

 お化け屋敷を出て、クタクタの僕と猪瀬くんを労うためにカフェに入る。夕飯は琴華さんのお店に行くから、ここではあまり食べ過ぎないようにしなくちゃ。
 僕はココアとホットドッグ、ロールケーキ、それとチョコパフェだけにした。それでも、よく食べると冬真に写真を撮られ、SNSに載せられた。八千代が一瞬で消させたけど。

 僕のおやつが済むと、冬真がアトラクションを全て回ろうと言いだしたものだから、駆け足で乗り尽くした。そうして、イルミネーションで煌めく遊園地を後にした。

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