ヴァールス家 嫡男の憂鬱

よつば 綴

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反省

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 しょぼくれた顔で部屋に戻るノーヴァ。不貞腐れた顔の美少年に、自業自得と言わんばかりのヴァニル。
 2人は、ヴァールス家のメイド達に身の回りの世話をさせる。ヌェーヴェルと同じ扱いを受け、名家にこうも容易く入り込めたのは、ノーヴァの精神を操る能力によるものだ。
 ノーヴァに一滴でも血を取り込まれた者は、普通の人間ならば意のままである。ヌェーヴェルの家族でさえも、2人を親族くらいに思っている。
 ヌェーヴェルはノーヴァの力を知り、企みがあるのではないかと疑っている。それは、未だ拭いきれない。だが、2人には特に企みなど無かった。ただ純粋に、衣食住の整った環境で快楽を貪りたいだけだったのだ。


 しかし、その操作も100%ではない。時々、殆ど洗脳が効かない相手がいるのだ。その理由を、ノーヴァ本人は知らない。

「お前達! ヴェルはどうした」

 長い廊下の果てから急ぎ早に歩いてくる青年。黒髪に琥珀色の瞳が映える、 ヌェーヴェルそっくりのこの男は、ヌェーヴェルの従兄弟であるノウェル。
 年が同じで幼い頃から兄弟の様に育ち、数ヶ月早く生まれたヌェーヴェルを慕っている。現在は別邸で母親と暮らしているが、頻繁にヌェーヴェルに会いに来るのだ。
 そして、ノウェルはヌェーヴェルに執心しており、2人を目の敵にしている。都合の悪い事に、ノウェルには洗脳が効かない。なので、ノーヴァとヴァニルの正体や、3人がただならぬ関係である事も知られている。
 嫉妬にまみれたノウェルは、2人に対し喧嘩腰でしか話せない。本来なら温厚で、誰にでも優しい好青年なのだが。

「ヌェーヴェルならお部屋で寝ていますよ」
「ふんっ! また無理をさせたのだろう! まったく、貴様らなどさっさと追い出してしまえば良いものを」
「ヴェルに相手にされないからって、八つ当たりしないでよ」
「なんだと!?」
「ノーヴァ、煽るんじゃありません。ノウェル、すみません。どうにも我儘が過ぎてしまって」
「そう思うならとっとと出て行け。これ以上ヌェーヴェルを愚弄するな」

 まさに、一触即発と言った雰囲気である。

「愚弄? ヴェル、いつも気持ち良いってイキまくってるよ? 同意なのに、僕たちが嫌がるヴェルを犯してる様な言い方はやめてほしいなぁ~」
「貴様····。ガキの分際でなんと破廉恥な····。」
「ノーヴァ、やめなさい」
「なんで? 」
「ヌェーヴェルがダウンしてるのは、ノーヴァの所為でしょう」 
「まぁ、今回ばかりはボクが悪かったけど。今回はね。いつもはヴァニルが抱き潰すからじゃないか····。まぁとにかく、ヴェルがまだ寝かせろだって。起こすなよ。あと、襲うなよ」
「抱き潰····くそっ! わかった。ヴェルの安眠を妨げる様は真似はしない。だが、お前達の愚行を許した訳では無いからな! 勘違いするなよ! あと、俺は無理矢理ヌェーヴェルを陵辱したりなどしない!!」

 2人を指差して喚きながら、ノウェルは足早にヌェーヴェルの部屋へと向かった。



──ガチャ

「ヌェーヴェル····。ああ、僕のヌェーヴェル、可哀想なヌェーヴェル····」

 普段は血色の良いヌェーヴェルの顔が蒼白く、今にも死にそうな顔をしている。いつもは飛び掛りたくなるほどの美しい寝顔なのに、今日は抱き締めたくなるほど弱々しく見える。
 そんな心情を瞳に映しながら、ノウェルはそっとヌェーヴェルを覗き込んだ。

「お前、また寝込みを襲う気だったろ」
「お、起きていたのかい? 意地悪だなぁ····。そんな事はしないよ。君の安眠を妨害するつもりはなかったんだ」
「よく言う······」

 ノウェルは時々、寝ているヌェーヴェルのもとを訪れては、起こさないようそっと指を這わす。
 髪や睫毛、鎖骨など、いちいち厭らしい触れ方をする。ノーヴァとヴァニルの所為で敏感になっているヌェーヴェルは、少し触れただけでも目が覚めてしまうのだ。
 先日、ヴァニルに抱き潰され深い眠りに落ちていた時には、瞼にキスをされ目が覚めたヌェーヴェルだった。ヌェーヴェルは咄嗟にノウェルを殴ったが、ノウェルは喜んだだけだった。

「お前、薔薇の匂いがキツイんだよ。吐きそうな、くらい····甘い匂いだから····目も覚めるわ。····そこに居ていいから、静かに····して····ろ」

 ヌェーヴェルは再び眠りについた。
 すぐに悪態をつくヌェーヴェルは、決して誰にも心を許さない。だが、ノウェルの純粋な好意は受け止めている。それが劣情を孕んでいようと、自分に害がない限り構いはしない。純粋に好かれている事に、ヌェーヴェルだって悪い気はしないのだから。ヌェーヴェルもまた、吸血鬼程でなくとも欲には忠実なのだ。
 ノウェルはそっと椅子に腰かけ、ヌェーヴェルの寝顔を眺める。このまま時が止まればいいのに、などと思いながら。


 ヌェーヴェルとノウェルの生家であるヴァールス家では、代々異常なまでに多量の血液を生成する能力を持って生まれる。本家の者は、一族の中で能力が一層強い。個人差はあるが、中でもヌェーヴェルの能力はずば抜けて優れていた。
 ヌェーヴェルがずば抜けていると言うだけで、それ以外の者も血液過多に陥るのを防ぐ為、薬で生成を抑えたり適度に抜く必要がある。ヴァールス一族は、主に輸血要員として医学界からは重宝されている。その対価として、貴族の地位を得た。
 吸血鬼の2人にとって、これ以上の優良物件は他にあるまい。ヌェーヴェルにとっては快楽を得ながらの血抜きができ、吸血鬼にしてみれば枯渇しない血の泉を手に入れたようなものなのだから。まさにウィン・ウィンの関係なのだ。
 しかし、いくら生成できると言っても、いっぺんに飲み干すと死んでしまう。そこで結んだのが“不死の吸血”である。単純に『死なない程度に飲めよ』というだけの約束だ。おまけ程度に、ヌェーヴェル以外には手を出さないと言う口約束も含まれている。
 と言うのも、この屋敷に来た日の事。ノーヴァが屋敷中の者の血を吸って歩き、屍屋敷の様な状態に陥ったからだ。洗脳する為に、少量ずつしか吸わなかったから死者こそ出なかったが、ノーヴァはヌェーヴェルにしこたま叱られたのだった。


「ねぇ、ヴァニル。ヴェル、怒ってないかな····」
「まぁ、死んでませんしね。約束は守ったじゃないですか」
「そうだけど····」
「それに、私達が血を吸っても、相手は快楽に堕ちるだけです。まぁ、普通はそのまま死ぬんですけどね。ヌェーヴェルはなまじ死なない分、逆に大変なのでしょうね」
「悪い事しちゃったよね。わざとじゃないんだよ。ただ、本当にアイツの血が美味しすぎて····」
「わかりますよ。彼の血は極上です。あれは、これまでに私達が貪ってきたどんな血よりも美味しい」
「そうでしょ!? ヴァールス家の人間は皆美味しいのかな?」
「そんなことは無いと思いますよ。きっと彼だけです」
「試してみなくちゃわからないじゃないか」
「ダメですよ。約束したじゃないですか」

 ヴァニルは、そっと人差し指を口に当てた。その表情が如何いかに妖艶なことか。顔がいい上に、凄まじい色気を纏っている。
 恋仲ではないと言っているが、ノーヴァはヴァニルの顔がとても好きなのだ。ヴァニルの厭らしい表情を見ると、ノーヴァは堪らなく興奮する。しかし、それはただの嗜好であって愛ではない。
 ヴァニルもそれを自覚していて、ワザと表情を作りノーヴァを喜ばせるのが常だ。そんな美しい2人の戯れを見て、胸を高鳴らせるのがヌェーヴェルである。それは、童貞ゆえの初心さなのかもしれないが。
 そんなヌェーヴェルを中心に、それぞれの歪んだ欲望がノウェルを置き去りにして混じり合っているのだった。


 ヴァニルは気づいていた。自分たちが、どうしてそれ程までにヌェーヴェルの血を美味く感じるのか。
 その理由は恋だ。吸血鬼が人間の血を美味く感じるのは、恋をした相手のみ。想いが強いほど、その相手の血を美味く感じる。これは、人間と吸血鬼との交わりを防ぐ為、広くは知られていない真実。
 ノーヴァはいつの間にか、心根の優しいヌェーヴェルに恋をしていた。ヴァニルも、同じく想いを寄せていた。この3人はそれぞれに、互いに色慾にまみれた恋慕を抱いているのだ。しかし、ヴァニル以外はそれを自覚していない。
 ノーヴァは2人を慕い、ヌェーヴェルは2人に劣情を抱き、ヴァニルはそんな2人を愛していた。そこに恋慕が混じっていることなど、ノーヴァとヌェーヴェルは想像もし得なかった。なぜなら、この時の2人はまだ、恋というものを知らなかったのだから。
 そんな3人の、歪にバランスのとれてしまった関係。そこには何者も付け入る隙など無かった。ただひとつ、ノウェルの激情を除いて。
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