《Imaginaire Candrillon》【イマジネイフ・サンドリヨン】〜ゲーム世界で本気の闘いを〜

六海刻羽

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第3話 スタート地点

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Side 《Imaginaire Candrillon》管理AI・14号

 随分と変わった奴だった。
 ただのAI、心のない機械仕掛けの喋る人形――そう思われているはずの私に向かって奴は――ルフランは、まるで生きている人間と接しているかのように扱った。
 多くのプレイヤーをこの世界へ案内してきたが、あそこまで面白かった奴はいなかったな。

「笑ってばかりもいられねぇか」

 私は久しぶりに机の裏に備え付けられたタブレットに12桁の英数字を入力した。

『どうした。管理AI・14号』
「マスター。現れましたよ」

 このコードはとある条件を満たしたプレイヤーが現れた時にだけ、最高管理者を呼ぶための緊急コード。
 その条件とは――。

痛覚調整ペインアジスメントを1.0倍に設定したプレイヤーか』
「そうです」

 通話の先にいるのは私たちの創造主の一人であるあのお方。
 報告を聞いた瞬間、どこか嬉しそうな声を滲ませている。

『これまでも痛覚調整ペインアジスメントを現実の等倍にした者はいたな』
「たしか13人。でもそのうち12人は一週間のうちにゲームをやめたか痛覚設定をオフにしてましたよ」

 特別報酬に釣られて気楽に設定した奴らだ。
 そうなっちまったのは当然の帰結だったかもしれねぇ。
 でも、ただ一人だけ、最後まで痛覚設定を残したままのアイツはいまやこの世界のランカーだったな。

『今度の者はどうだ?』
「プレイヤー名はルフラン。男。変わった奴でしたよ」
『変わった奴、AIのお前がそう言うのか』

 どこか面白そうにマスターは口にした。
 いいじゃねぇか。
 思っちまったんだからしょうがねぇだろ。

『さて、この世界にリアルの片鱗を持ち込んできた勇者に歓迎をしなければいけないな』
「ほどほどにしといてやってくださいよ」
『どうした。心配でもしているのか』
「あいつのことを気に入っちまったもんで」

 そう言うと、マスターの笑いを噛み殺す気配が通信越しに伝わってくる。
 マスターは何というか、この世界を愛している。
 この世界のことをリアルだと思い込んでいる。
 だからこそ、この世界に現実と同じ痛みを背負う決意をしたプレイヤーを試すようなマネをする。
 自分と同じようにこの世界をリアルだと感じてくれるのか試練を課す。

『そうだな。OOMオンリーワンモンスターでも与えてみるか』
「あー、死んだな、ルフランのやつ」

 こりゃマスターはルフランのことを一回殺す気でいるな。
 死の痛みを体験させる。
 その上でこの世界に戻ってくるか試す気だ。

『文句があるか?』
「いえいえ、創造主様の申すがままにってね」

 プレイヤーである限り、この世界での死は絶対的な死ではない。
 でも、痛覚設定の残したプレイヤーはこの世界の死が心傷トラウマになって戻ってこないこともある。
 所詮この世界はゲームだと見限ってしまう。

「あいつには、そうなって欲しくねぇな」
『何か言ったか?』
「独り言です。あ、一つだけお願いしてもいいですか?」

 マスターが『ほう?』と興味深そうに先を促してくる。
 なので遠慮なく言わせてもらおう。

「これから自分のことをアイって名乗ってもいいですか?」
『…………はっ』

 短い発破には、最大限の興奮が含まれていた。

『それもそのルフランくんの影響かい?』
「まぁそんなとこです」
『そうかそうか……随分と気になってしまったよ、ルフランくんのことが』

 あ、これマズいことをしちまったかもしれねぇ。
 すまん、ルフラン。
 そのうちお前にうちのマスターがやべぇことするかもしれねぇけど……ごめんな?

『名乗ることは構わない。むしろ喜ばしい限りだよ』
「どーも」
『それでは私はOOMの製作に入る。これからもよろしく頼むよ』
「了解です」

 ブツンッ、と通信が切れる音。
 それを確認して私は椅子にのたれかかって天井を見上げた。

「敗けるなよルフラン。力の限り」

 自然と口が、そう呟いていた。

Side ルフラン

 私がスタート地点に選んだ場所は《白き風の国・ルーディス》その王都である《ホスピライ》です。
 理由としては先輩が待っているから、ただそれだけ。
 個人的にはロボとかに興味があるので《鉄と花火の都・グウィン》とかが良かったんですが、先輩の命令には逆らえません。
 今朝、《Imaginaire Candrillon》にログインすることを言ったら『んじゃ、ホスピライで待ってる』って一方的に言って電話を切っていきやがりましたよ。
 相変わらず自由人をやってるようで安心したような困ったような。

「さて」

 小さく呟いて、私は街を大きく見上げました。
 国の栄誉を象徴しているが如く聳え立つ白亜の城。
 恋人たちで賑わう大噴水。
 それを取り囲むファンタジーな花々たち。
 色彩豊かな髪や瞳を持つ王都の住人。
 当たり前のように街中を闊歩する騎士や衛兵や冒険者。

 ――その非現実を見て、私は本当にゲームの世界に入ってきたのだと実感します。

「噂通り……いや、それ以上ですね」

 僅かに匂う土の香り、手のひらで感じる空気の感触。
 以前に一度プレイしたダイブ型VRMMOとは比較にならないほどの繊細さ。
 もし目の前にファンタジーが広がっていなければこの世界をゲームだとは思わないのではないでしょうか。

「と、そうでした。先輩を待たせているんでした」

 思い立って私は心の中で『マップ』と呟きます。
 目の前に現れたウィンドウには、王都を空から見上げたような全体図が記されていました。
 自分の位置を確認して、先輩に指定された待ち合わせ場所に向かいます。

「ここでしょうか」

 先輩の送ってきた座標に向かうと、そこにあったのは食事処。
 看板にでっかくコミカルな白い海老がプリントされた海鮮ものを中心としたお店のようです。

 名前は『ホワイト・オーシャン』
 そう言えば、先輩は魚介系が好きでしたね。
 いつまでもこのコミカル白海老を見ていても仕方がありません。
 私が意を決して店内に入ると食事をしていた数十の目が一斉に自分に集まります。
 ですが、すぐに興味を喪って食事に戻っていきました。

「いらっしゃいませ。お一人ですか~?」

 突っ立てるとすぐに女性店員がやってきました。
 なんとネコミミですよ。
 いいですねネコミミ、引っ張ってみたい。

「お客様~?」
「あ、失礼。待ち合わせです」
「そうですか。予約とかしてるのかな? お相手さんのお名前とかは~?」
「ティティスです」

 ――瞬間。

 店内の空気が重くなったような気がしました。
 あるで、ピシッ、と空気に亀裂が走ったかのような緊張感。
 実際に何人かのプレイヤーは食事を止めて、私に睨むような視線を浴びせています。

 あれ、あれれ?
 ちょっと先輩のプレイヤーネームを言っただけですよ?
 どうして皆さん、そんな怒りをこもったような目で私を見るんですか?
 店員さん?
 どうしてそんなネコミミをへにゅらせながら涙目になってるんですか?

「あの」
「ひうっ!?」

 声をかけただけで悲鳴をあげさせてしまいました。
 ……あの人、この世界でいったいなにやらかした?

「おい、坊主」

 近くで食事をしていたはずの巨漢の男が私に声をかけてきました。
 ヤバいですよ。
 腕に入れ墨とか彫ってあるリアルであったら財布を渡して許しを請う感じの人ですよ。

「お前、あの【炎帝イグニス】のダチか?」
「ち、違います」
「嘘つくんじゃねぇよ!」

 なら聞くんじゃねぇよ、と言い返してやりたいですね。
 言う度胸ないですけど。
 といより【炎帝イグニス】ってなんですか?
 先輩の二つ名的なそんなサムシングですか?
 そうなんでしょうね……だって似合いますもん、あの人にその名前。

「お前レベルは?」
「さ、先ほど始めたばかりで」
「はっ。こりゃ都合がいい。お前を人質に取れば【炎帝イグニス】に一泡吹かせられるってことか」
「先輩を怒らせるのはやめたほうが……」
「何か言ったか?」
「いえ、気のせいじゃないですか?」

 スゴまれたので前言を高速で撤回しました。
 あの人を怒らせるのは止めてほうがいいと思いますけどね。
 火に油どころかニトログリセリンを注ぐようなものですよ、大爆発です。

 というより、こんな見知らぬ誰かの心配をしている場合じゃありませんね。
 ルフラン、大ピンチです、どうしましょう。

「とりあえず初期アイテムを全部出せや」

《Imaginaire Candrillon》でも強奪の類は禁止です。
 セーフティエリア、ましてや王都なんかで禁止行為を行えばそれなりのペナルティがあるはずですが。

「他プレイヤーへのアイテムの強奪は禁止では?」
「知ってるよ。でもペナルティ一つであの【炎帝イグニス】の嫌な顔が見れるってんなら喜んで一ヶ月くらい牢獄で冷たい飯を食ってやるさ」

 先輩、いったいどれだけ恨まれてんですか。
 私は目眩がしたように手で顔を覆います。

「おい、いまさらブルッたところで逃がさねぇぞ」

 お相手さんは私が恐怖でこのような行動をしているのだと思ったようです。
 それは、ある意味で正解、ある意味で不正解です。
 恐怖を感じたのはその通りですが、問題はその理由。

 入れ墨さんの後ろにて、悪魔のような笑顔を浮かべる長身の女性。
 炎の化身を思わせる逆立った赤髪に、肉食獣かのように獰猛に輝く瞳。
 見た目が違っていても、魂に刻まれた本能が叫んでいます。
 この人が――。

「先輩、ほどほどにしておいてくださいよ」
「ああ。ほどほどに燃やしてくるよ」

 その声を聞いた瞬間、入れ墨さんの顔にあり得ない量の脂汗が浮かびました。
 茫然とする男の肩にポンと先輩は手を置きます。

「なあ、オレの後輩になに手ぇ出してんだ?」

 私は、御愁傷さま、と心の内で呟いて手を合わせました。
 なんていうか、その、あれです。
 この世界で初めて見た魔法は視界を赤く染め上げる綺麗な大火炎でした。
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