十五年分のただいま

なの

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番外編 夜の帳が下りる頃 ***

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会社の創立記念パーティーの喧騒が、嘘のように遠い。
きらびやかなスーツを脱ぎ捨て、シャワーを浴びた二人は、バスローブ姿でリビングのソファに並んで座っていた。窓の外には、無数の光がまたたく東京の夜景。部屋の明かりは、フロアスタンドの柔らかな光だけが、二人の影を静かに映し出している。

「……疲れた」

光希がぽつりと呟くと、隣の一楓がグラスに注いだワインをそっと手渡してくれた。

「お疲れ様、光希。今日のスピーチ最高だった。みんな、お前の言葉に聞き入ってた」

「あんたのスピーチも、すごく良かったよ。いつもみたいに泣かなかったし」

軽口を叩きながらグラスを傾けると、芳醇な香りが鼻腔をくすぐる。そのアルコールのせいか、パーティーの高揚感のせいか、それとも隣にいる男の体温のせいか、頬が微かに熱を帯びていた。

不意に、一楓の大きな手が、光希の頬にそっと触れた。

「なあ、光希」

その声は、いつもの気の抜けたものではなく、ひどく真剣で、そして少しだけ掠れていた。見上げた先の瞳が、燃えるような熱を帯びて自分を射抜いているのに気づき、光希は息を呑む。

「お前が、俺の隣にいてくれて、本当に良かった」

「……今更、なにを」

「違うんだ。今日、みんなの前で堂々と話すお前を見て、改めて思った。俺は、世界一の宝物を手に入れたんだって」

その手つきは、まるで壊れやすいガラス細工に触れるかのように優しく、それでいて逃さないという強い意志を感じさせた。指先が、ゆっくりと光希の唇の輪郭をなぞる。その痺れるような感触に、体の芯が、じんと熱くなった。

「俺だけのものだ、って、あの場にいた全員に叫びたくなった」

普段のヘタレな姿からは想像もつかない、剥き出しの独占欲。そのギャップに、光希の心臓がうるさいくらいに鳴り響く。

「……叫ばなくて、正解だったと思うよ」

強がりで返した言葉も、吐息に混じって震えていた。

「なあ、光希……」

一楓は、光希の手からワイングラスを抜き取ってテーブルに置くと、その体をぐっと引き寄せた。抵抗する間もなく、二人の唇が重なる。最初は触れるだけだったキスは、すぐに熱を帯び、お互いの感情を確かめ合うように深くなっていく。

「ん……っ」

息が苦しくなって身じろぎすると、一楓は名残惜しそうに唇を離した。しかし、その瞳の熱は、さらに増している。

「……足りない」

絞り出すような声だった。

「お前が、足りないんだ、光希」

一楓は光希を軽々と抱き上げると、寝室へと向かう。月明かりだけが差し込む薄暗い部屋のベッドに、そっと降ろされた。

月光が、光希の白い肌をほのかに照らし出している。

一楓は、その美しさに改めて息を呑んだ。

「綺麗だ……」

呟きながら、指先が光希の鎖骨をゆっくりとなぞる。その軽やかな愛撫に、光希の身体がびくりと震えた。

「んっ……」

小さく漏れた声に、一楓の理性の糸が、さらに細くなっていく。唇が鎖骨に触れると、光希は背中を弓なりに反らせた。

「感じてるのか?」

「……うるさい」

恥ずかしそうに顔を逸らす光希の首筋に、一楓は優しく歯を立てる。

「あっ……!」

一楓の大きな手が、光希の細い腰を包み込むように撫でていく。その温かな掌の感触に、光希の心臓は激しく波打った。愛されているという実感が、全身を駆け巡る。

「一楓さん……もっと……」

自分でも驚くほど甘えた声が漏れて、光希は慌てて唇を噛んだ。しかし一楓は、その言葉を聞き逃すはずがない。

「もっと、なんだ?」

悪戯っぽい笑みを浮かべながら、手の動きを止める。

「……言わせないでよ」 

「聞きたいんだ、光希の声が」

一楓の指が、光希の敏感な部分にそっと触れる。その瞬間、光希の身体に電流のような痺れが走った。

「あ……っ、だめ、そんな……」 

「だめじゃない。俺の光希だから」

所有欲を込めた言葉と共に、愛撫が深くなっていく。
光希は一楓の肩に爪を立て、必死に快感の波に耐えようとする。しかし、恋人の優しく、それでいて確実な愛撫に、理性が少しずつ溶けていく。

「いぶき……お願い……」

「何を?」

「……君が、ほしい」 

その言葉に、一楓の瞳が燃え上がった。もう、我慢の限界だった。

「光希……俺も、お前がほしくて、たまらない」

二人の身体が、ゆっくりと重なり合う。最初の結合の瞬間、光希は一楓の名前を呼んだ。それは、愛と信頼に満ちた声だった。

「愛してる、光希」

「……俺、も」

動きが始まると、部屋には二人の荒い息遣いと、愛を確かめ合う声だけが響いた。汗ばんだ肌が触れ合い、心も身体も、すべてを分かち合いながら、二人は愛の頂点へと昇りつめていく。

やがて、すべてが静寂に包まれた時、光希は一楓の胸の中で、安らかな寝息を立てていた。一楓は、その寝顔を見つめながら、改めて誓う。この人を、一生守り続けると。

夜の帳が、深い愛に満たされた二人を、静かに包み込んでいた。



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