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エピローグ:十五年分の、これから
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あの日、玄関で交わされた不器用なプロポーズから、季節は何度も巡った。
二人の左手の薬指にはまった揃いのリングは、今ではすっかり肌に馴染み、生活の傷さえも愛おしい輝きに変えている。
高層マンションの一室。柔らかな朝日が、穏やかな寝息を立てる二つの体を照らしていた。先に目を覚ました光希は、隣で安心しきった子どものような顔で眠る恋人の寝顔を、飽きることなく眺めていた。
(この寝顔を見るのも、もう何年目になるんだろう)
くすりと笑みがこぼれる。かつては、この腕の中で眠る男のヘタレっぷりに呆れるばかりだったが、今ではその不器用さこそが、自分だけに向けられた最大の愛情表現なのだと知っている。
「……んん……みつき…?」
光希の視線に気づいたのか、一楓がゆっくりと目を開ける。その瞳は、まだ夢の続きを映しているかのように、とろりと甘く潤んでいた。
「おはよう、一楓さん」
「……おはよ。……なあ、光希」
一楓は長い腕を伸ばし、光希の体をぐっと引き寄せる。
「今日、会社の創立記念パーティーだろ。お前も、俺の隣でスピーチ、してくれるよな?」
「当たり前でしょ。原稿、昨日二人で推敲したじゃない」
「だよな…。なんか、まだ夢みたいでさ。お前が、パートナーとして、俺の隣で会社のみんなの前に立ってくれるなんて」
そう言って、一楓は光希の髪を愛おしそうに撫でる。
光希がこの会社で働き始めてから、もう五年が経った。最初は簡単な事務作業から始まった仕事も、今では彼の冷静な判断力と誠実な人柄が評価され、新規事業開発チームのリーダーを任されるまでになっていた。
一時期、彼を苦しめた「社長の恋人」という色眼鏡は、もうない。
光希は自らの力で、確かな居場所と信頼を築き上げたのだ。
「あんたが、俺を信じて任せてくれたからだよ」
「ばか。お前が、自分の力で掴んだんだろ」
一楓はそう言うと、光希の額に優しいキスを落とした。「さあ、起きるか」とベッドから抜け出そうとする一楓を、今度は光希が引き止める。
「その前に、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「今日のパーティー、白鳥コンツェルンのご令嬢も来るんだよね?」
悪戯っぽく笑う光希に、一楓は一瞬きょとんとした後、すべてを察して顔を真っ赤にした。
「なっ…! なんでそれを!っていうか、あれはただの取引先の…!」
「知ってるよ。でも、一楓さん、彼女と噂になってた時、結構まんざらでもなかったんじゃない?」
からかうように言う光希に、一楓は必死で首を横に振る。
「そんなわけないだろ!俺の目には、十五年前からお前しか映ってない!」
その必死な姿が面白くて、光希は声を立てて笑った。かつては胸を締め付けたあの噂話も、今では二人の間で語られる、笑える思い出の一つになっていた。
***
その夜。
きらびやかなシャンデリアが輝くパーティー会場で、二人は並んで立っていた。
多くの来賓や社員たちの前で、一楓が会社の歩みを語り、そして光希が未来への展望を語る。その堂々とした姿は、かつて施設を出た日に、不安げに一人で立っていた青年の面影はどこにもなかった。
スピーチが万雷の拍手に包まれ、二人はそっと視線を交わして微笑み合う。そのやり取りは、長年連れ添った夫婦のように自然で、穏やかだった。
パーティーが終わり、二人で自宅へと帰る夜道。
「疲れたな」
「うん、でも、いい一日だった」
ふと、一楓が立ち止まり、十五年前のあの日と同じように、真剣な瞳で光希を見つめた。
「なあ、光希」
「なに?」
「俺は、お前を――幸せにできてるか?」
その問いに、光希は驚いて、そして、心の底から愛おしさが込み上げてくるのを感じた。
この男は、どれだけ時が経っても、自分を幸せにすることばかりを考えている。
光希は一歩前に進み、一楓の胸にそっと頭を寄せた。
「……できてなかったら、とっくに家出してるよ」
「……そっか」
安堵のため息をつく一楓の背中に、光希は腕を回す。
「ねえ、一楓さん」
「ん?」
「俺のほうこそ、あんたを幸せにできてるかな?ヘタレで、手のかかるあんたを」
「……当たり前だろ」
一楓の声は、少しだけ震えていた。
「お前が毎日『おかえり』って言ってくれる。それだけで、俺は世界一の幸せ者なんだよ」
玄関のドアを開け、明かりをつける。
見慣れた我が家に、光希がそっと呟いた。
「ただいま、一楓さん」
それを聞いた一楓が、十五年前から変わらない、世界で一番幸せな顔で答える。
「おかえり、光希」
十歳の少年が、あの大雨の中誓った、あまりに切実な約束。
十五年の時を経て始まった二人の物語は、これからも続いていく。
泣けるほど情けなくて、笑えるほど愛おしい、そんな当たり前の毎日を、手を取り合って。
約束の、そのずっと先まで。二人の「ただいま」と「おかえり」は、これからもずっと、この家に優しく響き続けるのだ。
二人の左手の薬指にはまった揃いのリングは、今ではすっかり肌に馴染み、生活の傷さえも愛おしい輝きに変えている。
高層マンションの一室。柔らかな朝日が、穏やかな寝息を立てる二つの体を照らしていた。先に目を覚ました光希は、隣で安心しきった子どものような顔で眠る恋人の寝顔を、飽きることなく眺めていた。
(この寝顔を見るのも、もう何年目になるんだろう)
くすりと笑みがこぼれる。かつては、この腕の中で眠る男のヘタレっぷりに呆れるばかりだったが、今ではその不器用さこそが、自分だけに向けられた最大の愛情表現なのだと知っている。
「……んん……みつき…?」
光希の視線に気づいたのか、一楓がゆっくりと目を開ける。その瞳は、まだ夢の続きを映しているかのように、とろりと甘く潤んでいた。
「おはよう、一楓さん」
「……おはよ。……なあ、光希」
一楓は長い腕を伸ばし、光希の体をぐっと引き寄せる。
「今日、会社の創立記念パーティーだろ。お前も、俺の隣でスピーチ、してくれるよな?」
「当たり前でしょ。原稿、昨日二人で推敲したじゃない」
「だよな…。なんか、まだ夢みたいでさ。お前が、パートナーとして、俺の隣で会社のみんなの前に立ってくれるなんて」
そう言って、一楓は光希の髪を愛おしそうに撫でる。
光希がこの会社で働き始めてから、もう五年が経った。最初は簡単な事務作業から始まった仕事も、今では彼の冷静な判断力と誠実な人柄が評価され、新規事業開発チームのリーダーを任されるまでになっていた。
一時期、彼を苦しめた「社長の恋人」という色眼鏡は、もうない。
光希は自らの力で、確かな居場所と信頼を築き上げたのだ。
「あんたが、俺を信じて任せてくれたからだよ」
「ばか。お前が、自分の力で掴んだんだろ」
一楓はそう言うと、光希の額に優しいキスを落とした。「さあ、起きるか」とベッドから抜け出そうとする一楓を、今度は光希が引き止める。
「その前に、一つ聞きたいことがあるんだけど」
「ん?」
「今日のパーティー、白鳥コンツェルンのご令嬢も来るんだよね?」
悪戯っぽく笑う光希に、一楓は一瞬きょとんとした後、すべてを察して顔を真っ赤にした。
「なっ…! なんでそれを!っていうか、あれはただの取引先の…!」
「知ってるよ。でも、一楓さん、彼女と噂になってた時、結構まんざらでもなかったんじゃない?」
からかうように言う光希に、一楓は必死で首を横に振る。
「そんなわけないだろ!俺の目には、十五年前からお前しか映ってない!」
その必死な姿が面白くて、光希は声を立てて笑った。かつては胸を締め付けたあの噂話も、今では二人の間で語られる、笑える思い出の一つになっていた。
***
その夜。
きらびやかなシャンデリアが輝くパーティー会場で、二人は並んで立っていた。
多くの来賓や社員たちの前で、一楓が会社の歩みを語り、そして光希が未来への展望を語る。その堂々とした姿は、かつて施設を出た日に、不安げに一人で立っていた青年の面影はどこにもなかった。
スピーチが万雷の拍手に包まれ、二人はそっと視線を交わして微笑み合う。そのやり取りは、長年連れ添った夫婦のように自然で、穏やかだった。
パーティーが終わり、二人で自宅へと帰る夜道。
「疲れたな」
「うん、でも、いい一日だった」
ふと、一楓が立ち止まり、十五年前のあの日と同じように、真剣な瞳で光希を見つめた。
「なあ、光希」
「なに?」
「俺は、お前を――幸せにできてるか?」
その問いに、光希は驚いて、そして、心の底から愛おしさが込み上げてくるのを感じた。
この男は、どれだけ時が経っても、自分を幸せにすることばかりを考えている。
光希は一歩前に進み、一楓の胸にそっと頭を寄せた。
「……できてなかったら、とっくに家出してるよ」
「……そっか」
安堵のため息をつく一楓の背中に、光希は腕を回す。
「ねえ、一楓さん」
「ん?」
「俺のほうこそ、あんたを幸せにできてるかな?ヘタレで、手のかかるあんたを」
「……当たり前だろ」
一楓の声は、少しだけ震えていた。
「お前が毎日『おかえり』って言ってくれる。それだけで、俺は世界一の幸せ者なんだよ」
玄関のドアを開け、明かりをつける。
見慣れた我が家に、光希がそっと呟いた。
「ただいま、一楓さん」
それを聞いた一楓が、十五年前から変わらない、世界で一番幸せな顔で答える。
「おかえり、光希」
十歳の少年が、あの大雨の中誓った、あまりに切実な約束。
十五年の時を経て始まった二人の物語は、これからも続いていく。
泣けるほど情けなくて、笑えるほど愛おしい、そんな当たり前の毎日を、手を取り合って。
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