最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜

なの

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森の迷子と、眠れない夜

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雨上がりの森には、まだしっとりと湿った空気が残っていた。

葉の上からは時折、水滴がこぼれ落ち、土の匂いと混ざりあって、少し甘く、懐かしい匂いがした。鳥たちのさえずりが戻り、風が枝を揺らす音が耳に心地いい。村にも少しずつ、いつもの穏やかな日常が戻りつつあった。

けれど、俺の胸の中には、戦いの記憶がまだ色濃く残っている。

朝倉さんの涙。あの問いかけと、ぶつけ合った魔法の衝撃。そして……自分がこの世界で生きると選んだ、その決意。

言葉にすれば単純なはずなのに、その重みは胸の奥に沈み続けていた。
俺は本当に……この世界で生き直せているのだろうか?

*** 

「智也ー!ちょっと来てくれー!」

朝、畑に出ようとしていたところで、村の子どもたちの叫び声が耳に届いた。
振り返ると、息を切らした少年が数人、慌てた様子で駆けてきた。その顔には普段のやんちゃな笑顔はなく不安と焦りが色濃くにじんでいた。

「どうした?何かあったのか?」

「森で……!森の中に、知らない子どもがいたんだ。変な服着てて……濡れてて、全然しゃべらなくて!」

その言葉に胸騒ぎが走る。子どもだけで森の中にいるのは危険すぎる。急いで靴を履き直し、森の奥へと向かった。

森の木々は雨に濡れ、足元はぬかるんでいた。
その中を慎重に進んでいくと、倒木の陰に、ひとり蹲る影があった。

それは銀髪の少年だった。まだ十歳前後だろうか。けれど、その雰囲気は年相応の子どもとはどこか違う。
透けるように白い肌、深い藍色の瞳。雨に濡れたその姿は、まるで絵画の中から抜け出した精霊のようだった。

「……君、大丈夫か?」

ゆっくりと近づき、しゃがみ込んで声をかけた。
すると、少年はゆっくりと顔を上げた。その瞳が、まっすぐに俺を捉える。

「……きみ……しってる……きみの……なかに……」

かすれた声。震える体。
でもその口調は、まるで俺を知っているような響きを含んでいた。

「ぼくは……ユノ。……きみの記憶を……とりにきた」

その一言が、胸の奥に鋭く突き刺さった。
記憶?なぜ彼が、そんなことを……しかし、答えは返ってこなかった。
少年、ユノはそれ以上言葉を続けることなく、ふらりと意識を失い俺の腕の中に崩れ落ちた。

*** 

ライガと一緒にユノを家まで運び、布団に寝かせた。
体温は低く肌は冷たかった。だが脈は安定しており、しばらくすれば回復するだろう。

布団の中で小さく丸まるその体は、まるで迷子の小動物のようだった。
不安そうに眉を寄せながらも、どこか安心しているような、そんな寝顔だった。

夕方。
ユノは、静かに目を覚ました。

「……ありがとう。あたたかいの、うれしい」

小さな声でそう言って笑ったその顔は、年相応の子どもに見えた。けれど……その瞳の奥にある、空洞のような無表情がどうしても気になってしまう。

「なぁ、ライガ……あの子、普通じゃないよな」

俺がつぶやくと、ライガも真剣な顔で頷いた。

「……ああ。俺もそう思う。あの子の気配、人間のものとは違う。もしかすると……魔族の血を引いてるかもしれない」

「魔族……」

その言葉が脳裏に焼きついた。あの戦いの日、朝倉が率いていた漆黒の魔術師たち。彼らの使っていた無機質な魔力。その冷たさが、ユノにも少しだけ重なる。

「でも……敵意は感じないんだ。むしろ……俺の中の何かに反応していたような……」

その時、ライガが俺の顔を見つめた。いつもとは違う。迷いと、ためらいが混じったまなざし。

「……智也。お前、自分がどこから来て、なぜこの世界にいるのか……どこまで覚えてる?」

「え……?」

突然の問いに言葉が詰まった。

「いや、全部思い出せってわけじゃない。でもな……お前の魔力、明らかにこの世界の常識じゃない。
まるで……もっと深い場所から持ち込まれた、異質な力って感じがするんだ」

俺は視線を落とした。思い出そうとするたび、頭の奥がズキンと痛む。

現実の世界での暮らし、仕事、人間関係……それらは朧げに思い出せる。けれど、この世界に来た理由だけが、空白のままなのだ。

「……思い出したくないのかもしれないな。きっと、逃げ出したくなるような過去だったんだ」

ライガは苦笑しながらも、少し寂しそうな目をした。

「でもな。無理に思い出さなくていい。お前が、ここにいてくれればそれでいい。……それだけで、俺はもう十分すぎるくらい幸せなんだ」

「……ライガ」

「でも、もし……もしその過去が、お前の今を壊そうとするなら……そのときは、俺が全部守ってやるよ」

その言葉が、心の奥にしみ込んでいった。
ライガの知られざる過去。
ユノの謎。
そして、自分自身の空白。

夜は、静かに深まっていく。

*** 

その夜、俺は眠れなかった。

月が静かに昇り、庭先の空気がひんやりと冷えていた。
火の消えた囲炉裏の灰がまだ少しだけ熱を持っている。
俺はそのそばに座り、夜空を見上げていた。

すると、背後から気配がして、誰かが隣に腰を下ろした。

「……起きてたのか」

「お前こそ」

ライガだった。彼の隣に座ると、あたたかな体温が伝わってくる。

「……怖いんだ」

ふと、ライガが口を開いた。

「お前が……また、どこかへ行ってしまうんじゃないかって。こうして触れていても、時々……夢みたいで、現実じゃない気がする」

その震える声に、俺はゆっくり手を伸ばした。彼の手を、そっと包むように握る。

「……俺は、ちゃんとここにいる。たとえ過去が戻ってきても、俺はもう逃げない。だって今は、ここに俺の居場所があるから」

ライガは、ふっと息を吐いて目を閉じた。その横顔が、いつもより少し幼く見えた。言葉じゃない。ぬくもりだけで伝わるものが、今この瞬間には、確かに存在していた。

これが愛なのかもしれない……そう思った。

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