最強賢者のスローライフ 〜転生先は獣人だらけの辺境村でした〜

なの

文字の大きさ
15 / 33

森の迷子と、眠れない夜

しおりを挟む
雨上がりの森には、まだしっとりと湿った空気が残っていた。

葉の上からは時折、水滴がこぼれ落ち、土の匂いと混ざりあって、少し甘く、懐かしい匂いがした。鳥たちのさえずりが戻り、風が枝を揺らす音が耳に心地いい。村にも少しずつ、いつもの穏やかな日常が戻りつつあった。

けれど、俺の胸の中には、戦いの記憶がまだ色濃く残っている。

朝倉さんの涙。あの問いかけと、ぶつけ合った魔法の衝撃。そして……自分がこの世界で生きると選んだ、その決意。

言葉にすれば単純なはずなのに、その重みは胸の奥に沈み続けていた。
俺は本当に……この世界で生き直せているのだろうか?

*** 

「智也ー!ちょっと来てくれー!」

朝、畑に出ようとしていたところで、村の子どもたちの叫び声が耳に届いた。
振り返ると、息を切らした少年が数人、慌てた様子で駆けてきた。その顔には普段のやんちゃな笑顔はなく不安と焦りが色濃くにじんでいた。

「どうした?何かあったのか?」

「森で……!森の中に、知らない子どもがいたんだ。変な服着てて……濡れてて、全然しゃべらなくて!」

その言葉に胸騒ぎが走る。子どもだけで森の中にいるのは危険すぎる。急いで靴を履き直し、森の奥へと向かった。

森の木々は雨に濡れ、足元はぬかるんでいた。
その中を慎重に進んでいくと、倒木の陰に、ひとり蹲る影があった。

それは銀髪の少年だった。まだ十歳前後だろうか。けれど、その雰囲気は年相応の子どもとはどこか違う。
透けるように白い肌、深い藍色の瞳。雨に濡れたその姿は、まるで絵画の中から抜け出した精霊のようだった。

「……君、大丈夫か?」

ゆっくりと近づき、しゃがみ込んで声をかけた。
すると、少年はゆっくりと顔を上げた。その瞳が、まっすぐに俺を捉える。

「……きみ……しってる……きみの……なかに……」

かすれた声。震える体。
でもその口調は、まるで俺を知っているような響きを含んでいた。

「ぼくは……ユノ。……きみの記憶を……とりにきた」

その一言が、胸の奥に鋭く突き刺さった。
記憶?なぜ彼が、そんなことを……しかし、答えは返ってこなかった。
少年、ユノはそれ以上言葉を続けることなく、ふらりと意識を失い俺の腕の中に崩れ落ちた。

*** 

ライガと一緒にユノを家まで運び、布団に寝かせた。
体温は低く肌は冷たかった。だが脈は安定しており、しばらくすれば回復するだろう。

布団の中で小さく丸まるその体は、まるで迷子の小動物のようだった。
不安そうに眉を寄せながらも、どこか安心しているような、そんな寝顔だった。

夕方。
ユノは、静かに目を覚ました。

「……ありがとう。あたたかいの、うれしい」

小さな声でそう言って笑ったその顔は、年相応の子どもに見えた。けれど……その瞳の奥にある、空洞のような無表情がどうしても気になってしまう。

「なぁ、ライガ……あの子、普通じゃないよな」

俺がつぶやくと、ライガも真剣な顔で頷いた。

「……ああ。俺もそう思う。あの子の気配、人間のものとは違う。もしかすると……魔族の血を引いてるかもしれない」

「魔族……」

その言葉が脳裏に焼きついた。あの戦いの日、朝倉が率いていた漆黒の魔術師たち。彼らの使っていた無機質な魔力。その冷たさが、ユノにも少しだけ重なる。

「でも……敵意は感じないんだ。むしろ……俺の中の何かに反応していたような……」

その時、ライガが俺の顔を見つめた。いつもとは違う。迷いと、ためらいが混じったまなざし。

「……智也。お前、自分がどこから来て、なぜこの世界にいるのか……どこまで覚えてる?」

「え……?」

突然の問いに言葉が詰まった。

「いや、全部思い出せってわけじゃない。でもな……お前の魔力、明らかにこの世界の常識じゃない。
まるで……もっと深い場所から持ち込まれた、異質な力って感じがするんだ」

俺は視線を落とした。思い出そうとするたび、頭の奥がズキンと痛む。

現実の世界での暮らし、仕事、人間関係……それらは朧げに思い出せる。けれど、この世界に来た理由だけが、空白のままなのだ。

「……思い出したくないのかもしれないな。きっと、逃げ出したくなるような過去だったんだ」

ライガは苦笑しながらも、少し寂しそうな目をした。

「でもな。無理に思い出さなくていい。お前が、ここにいてくれればそれでいい。……それだけで、俺はもう十分すぎるくらい幸せなんだ」

「……ライガ」

「でも、もし……もしその過去が、お前の今を壊そうとするなら……そのときは、俺が全部守ってやるよ」

その言葉が、心の奥にしみ込んでいった。
ライガの知られざる過去。
ユノの謎。
そして、自分自身の空白。

夜は、静かに深まっていく。

*** 

その夜、俺は眠れなかった。

月が静かに昇り、庭先の空気がひんやりと冷えていた。
火の消えた囲炉裏の灰がまだ少しだけ熱を持っている。
俺はそのそばに座り、夜空を見上げていた。

すると、背後から気配がして、誰かが隣に腰を下ろした。

「……起きてたのか」

「お前こそ」

ライガだった。彼の隣に座ると、あたたかな体温が伝わってくる。

「……怖いんだ」

ふと、ライガが口を開いた。

「お前が……また、どこかへ行ってしまうんじゃないかって。こうして触れていても、時々……夢みたいで、現実じゃない気がする」

その震える声に、俺はゆっくり手を伸ばした。彼の手を、そっと包むように握る。

「……俺は、ちゃんとここにいる。たとえ過去が戻ってきても、俺はもう逃げない。だって今は、ここに俺の居場所があるから」

ライガは、ふっと息を吐いて目を閉じた。その横顔が、いつもより少し幼く見えた。言葉じゃない。ぬくもりだけで伝わるものが、今この瞬間には、確かに存在していた。

これが愛なのかもしれない……そう思った。

しおりを挟む
感想 2

あなたにおすすめの小説

異世界へ下宿屋と共にトリップしたようで。

やの有麻
BL
山に囲まれた小さな村で下宿屋を営んでる倉科 静。29歳で独身。 昨日泊めた外国人を玄関の前で見送り家の中へ入ると、疲労が溜まってたのか急に眠くなり玄関の前で倒れてしまった。そして気付いたら住み慣れた下宿屋と共に異世界へとトリップしてしまったらしい!・・・え?どーゆうこと? 前編・後編・あとがきの3話です。1話7~8千文字。0時に更新。 *ご都合主義で適当に書きました。実際にこんな村はありません。 *フィクションです。感想は受付ますが、法律が~国が~など現実を突き詰めないでください。あくまで私が描いた空想世界です。 *男性出産関連の表現がちょっと入ってます。苦手な方はオススメしません。

僕だけの番

五珠 izumi
BL
人族、魔人族、獣人族が住む世界。 その中の獣人族にだけ存在する番。 でも、番には滅多に出会うことはないと言われていた。 僕は鳥の獣人で、いつの日か番に出会うことを夢見ていた。だから、これまで誰も好きにならず恋もしてこなかった。 それほどまでに求めていた番に、バイト中めぐり逢えたんだけれど。 出会った番は同性で『番』を認知できない人族だった。 そのうえ、彼には恋人もいて……。 後半、少し百合要素も含みます。苦手な方はお気をつけ下さい。

【本編完結】転生したら、チートな僕が世界の男たちに溺愛される件

表示されませんでした
BL
ごく普通のサラリーマンだった織田悠真は、不慮の事故で命を落とし、ファンタジー世界の男爵家の三男ユウマとして生まれ変わる。 病弱だった前世のユウマとは違い、転生した彼は「創造魔法」というチート能力を手にしていた。 この魔法は、ありとあらゆるものを生み出す究極の力。 しかし、その力を使うたび、ユウマの体からは、男たちを狂おしいほどに惹きつける特殊なフェロモンが放出されるようになる。 ユウマの前に現れるのは、冷酷な魔王、忠実な騎士団長、天才魔法使い、ミステリアスな獣人族の王子、そして実の兄と弟。 強大な力と魅惑のフェロモンに翻弄されるユウマは、彼らの熱い視線と独占欲に囲まれ、愛と欲望が渦巻くハーレムの中心に立つことになる。 これは、転生した少年が、最強のチート能力と最強の愛を手に入れるまでの物語。 甘く、激しく、そして少しだけ危険な、ユウマのハーレム生活が今、始まる――。 本編完結しました。 続いて閑話などを書いているので良かったら引き続きお読みください

小学生のゲーム攻略相談にのっていたつもりだったのに、小学生じゃなく異世界の王子さま(イケメン)でした(涙)

九重
BL
大学院修了の年になったが就職できない今どきの学生 坂上 由(ゆう) 男 24歳。 半引きこもり状態となりネットに逃げた彼が見つけたのは【よろず相談サイト】という相談サイトだった。 そこで出会ったアディという小学生? の相談に乗っている間に、由はとんでもない状態に引きずり込まれていく。 これは、知らない間に異世界の国家育成にかかわり、あげく異世界に召喚され、そこで様々な国家の問題に突っ込みたくない足を突っ込み、思いもよらぬ『好意』を得てしまった男の奮闘記である。 注:主人公は女の子が大好きです。それが苦手な方はバックしてください。 *ずいぶん前に、他サイトで公開していた作品の再掲載です。(当時のタイトル「よろず相談サイト」)

【完結】僕の異世界転生先は卵で生まれて捨てられた竜でした

エウラ
BL
どうしてこうなったのか。 僕は今、卵の中。ここに生まれる前の記憶がある。 なんとなく異世界転生したんだと思うけど、捨てられたっぽい? 孵る前に死んじゃうよ!と思ったら誰かに助けられたみたい。 僕、頑張って大きくなって恩返しするからね! 天然記念物的な竜に転生した僕が、助けて育ててくれたエルフなお兄さんと旅をしながらのんびり過ごす話になる予定。 突発的に書き出したので先は分かりませんが短い予定です。 不定期投稿です。 本編完結で、番外編を更新予定です。不定期です。

小悪魔系世界征服計画 ~ちょっと美少年に生まれただけだと思っていたら、異世界の救世主でした~

朱童章絵
BL
「僕はリスでもウサギでもないし、ましてやプリンセスなんかじゃ絶対にない!」 普通よりちょっと可愛くて、人に好かれやすいという以外、まったく普通の男子高校生・瑠佳(ルカ)には、秘密がある。小さな頃からずっと、別な世界で日々を送り、成長していく夢を見続けているのだ。 史上最強の呼び声も高い、大魔法使いである祖母・ベリンダ。 その弟子であり、物腰柔らか、ルカのトラウマを刺激しまくる、超絶美形・ユージーン。 外見も内面も、強くて男らしくて頼りになる、寡黙で優しい、薬屋の跡取り・ジェイク。 いつも笑顔で温厚だけど、ルカ以外にまったく価値を見出さない、ヤンデレ系神父・ネイト。 領主の息子なのに気さくで誠実、親友のイケメン貴公子・フィンレー。 彼らの過剰なスキンシップに狼狽えながらも、ルカは日々を楽しく過ごしていたが、ある時を境に、現実世界での急激な体力の衰えを感じ始める。夢から覚めるたびに強まる倦怠感に加えて、祖母や仲間達の言動にも不可解な点が。更には魔王の復活も重なって、瑠佳は次第に世界全体に疑問を感じるようになっていく。 やがて現実の自分の不調の原因が夢にあるのではないかと考えた瑠佳は、「夢の世界」そのものを否定するようになるが――。 無自覚小悪魔ちゃん、総受系愛され主人公による、保護者同伴RPG(?)。 (この作品は、小説家になろう、カクヨムにも掲載しています)

2度目の異世界移転。あの時の少年がいい歳になっていて殺気立って睨んでくるんだけど。

ありま氷炎
BL
高校一年の時、道路陥没の事故に巻き込まれ、三日間記憶がない。 異世界転移した記憶はあるんだけど、夢だと思っていた。 二年後、どうやら異世界転移してしまったらしい。 しかもこれは二度目で、あれは夢ではなかったようだった。 再会した少年はすっかりいい歳になっていて、殺気立って睨んでくるんだけど。

最弱白魔導士(♂)ですが最強魔王の奥様になりました。

はやしかわともえ
BL
のんびり書いていきます。 2023.04.03 閲覧、お気に入り、栞、ありがとうございます。m(_ _)m お待たせしています。 お待ちくださると幸いです。 2023.04.15 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます。 m(_ _)m 更新頻度が遅く、申し訳ないです。 今月中には完結できたらと思っています。 2023.04.17 完結しました。 閲覧、栞、お気に入りありがとうございます! すずり様にてこの物語の短編を0円配信しています。よろしければご覧下さい。

処理中です...