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獣人会議
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城が襲撃された事件は、瞬く間に王都を駆け巡った。
『黒狼王の番が、何者かに襲われた』
『王は激怒し、犯人である虎族に宣戦布告した』
噂は尾ひれをつけ、獣人社会全体を揺るがす一大事となっていた。
カイエンは、宣言通り、翌日には虎族の領地へ乗り込むつもりだった。しかし、その直前、国王陛下からの緊急招集がかかったのだ。
『獣人会議』の臨時開催。
表向きは「種族間の対立を避けるための調停」だが、実際には、すべての有力者の前で、この事件の決着をつけるための舞台だった。
「アルヴァ、お前も行くぞ」
カイエンは、僕の手を取り言った。
「お前が受けた辱めは、すべての獣人の前で償ってもらう。そして、お前が誰のものか、改めて世界に刻み込む」
僕は、頷いた。
もう、公の場に出ることに恐怖はなかった。
僕の居場所は、彼の隣。それだけが、僕の真実だったから。
会議当日。
王城の大広間は、異様な緊張感に包まれていた。
玉座に座る国王ライオン族の老王の両脇には、有力な族長たちが並んでいる。その中には、血の気を失い、死人のような顔をした虎族の族長ガルムの姿もあった。
僕とカイエンが、その大広間へと足を踏み入れた瞬間、会場のすべての視線が僕たちに突き刺さった。
ざわ、と空気が揺れる。
僕は、カイエンが選んでくれた、夜空の色をしたベルベットの礼服を身にまとっていた。
胸を張り、カイエンと並んで歩く。その一歩一歩が、僕の決意を物語っていた。
会場にいる誰もが、息を呑んで僕たちを見ていた。
万獣の王として、常に孤独と厳格さを纏っていた黒狼王カイエンが、隣の雪兎にだけ向ける、痛々しいほどの庇護欲と独占欲に満ちた眼差し。
そして、その王の隣で、毅然とした態度で前を見据える、神々しいほどの光を放つ美しい兎。
その光景が、どれほど異常で、どれほど絶対的なものか。
ここにいる権力者たちは、痛いほど理解していた。
「さて、皆、揃ったな」
国王が、重々しく口を開いた。
「カイエンよ。貴殿の番が襲われた件、誠に遺憾である。だが、私怨による戦争は許されん。この場で、虎族の族長ガルムに、釈明の機会を与えたい」
促され、ガルムが震える足で一歩前に出た。
「お、国王陛下……こ、これは、その……私の監督不行き届きで……で部下が、勝手に……」
見苦しい言い訳を始めた、その時だった。
「茶番はそこまでにしろ」
カイエンの、氷のように冷たい声が、会場に響き渡った。
彼は、僕の手を握ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
「貴様の差し金であることは、捕らえた者の口から、すべて聞いている」
「ひっ……!」
「俺の番に手を出し、俺の城で、俺の民を傷つけた。その罪、万死に値する」
カイエンは、国王に向き直った。
「陛下。俺は、戦争をしたいわけではない。ただ、裁きを下すだけだ」
「……どのような、裁きを望む?」
カイエンは、ガルムを冷たく見下ろした。
「虎族の族長としての地位、全財産、そして、その命。すべてを、この場で差し出すがいい」
あまりにも苛烈な要求に、会場がどよめいた。
しかし、カイエンの瞳は、一片の揺らぎもなかった。王の番に手を出したということが、それほどの重罪なのだ。
ガルムは、その場で崩れ落ちた。
彼の野望は、ここで潰えた。
その時、僕は見つけてしまった。
会場の隅の方で、有力者たちの輪にも入れず、この信じられない光景を、ただ呆然と見ている男の姿を。
金獅子レオード。
彼は、最後に市場で会った時よりも、さらにやつれていた。栄光の象徴だったはずの金の鬣は輝きを失い、その瞳は虚ろで生気がなかった。
彼は僕が、この国を揺るがす大事件の中心にいるという事実が、まだ信じられないようだった。
自分が捨てた、出来損ないの兎。
無能だと罵った、ゴミスキルを持つ存在。
それが今、万獣の王を動かし、有力な一族の運命さえも左右している。
僕の視線に気づいたのか、カイエンが僕の耳元で囁いた。
「どうした、アルヴァ。まだ、あの愚か者が気になるか?」
「ううん、違うよ。ただ……」
僕は、まっすぐにレオードを見つめ返した。
もう、憎しみも、怒りもなかった。ただ、深い、深い憐れみだけがそこにあった。
「ただ、あの人が失ったものの大きさを、教えてあげようと思っただけ」
僕の言葉に、カイエンは満足げに口の端を吊り上げた。
そして、わざと周囲に聞こえるように、僕の腰を強く抱き寄せた。
「そうか。ならば、見せつけてやるといい。お前が、誰だけの神子であるかをな」
その瞬間、僕たちの背中にある『番の証』が、呼応するように淡い光を放った。
僕の身体から溢れ出した【癒やしの波動】は、カイエンの荒ぶる魔力と混じり合い、神々しいオーラとなって、会場全体を包み込んだ。
それは、僕たちが完全な一つの存在であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
その光を目の当たりにしたレオードは、ついに、自分が犯した過ちのすべてを理解した。
自分が捨てたのは、ただの兎ではなかった。
自分が手放したのは、ただの幸運ではなかった。自らの手でドブに捨てたのは、この世界の理さえも覆すほどの、奇跡そのものだったのだ。
「ああ……あ……あああ……」
レオードは、老婆のように腰を曲げ、意味のないうめき声を上げた。プライドも、見栄も、権力への執着も、すべてが意味をなくした。彼は、人生最大の、そして取り返しのつかない過ちを犯した、ただの愚か者だった。
周囲から、憐れみと嘲笑の視線が、かつてのエリートに突き刺さっていた。
僕は、もう彼の存在など気にも留めず、僕の番のカイエンの隣で、ただ静かに、その裁きの行方を見届けていた。
『黒狼王の番が、何者かに襲われた』
『王は激怒し、犯人である虎族に宣戦布告した』
噂は尾ひれをつけ、獣人社会全体を揺るがす一大事となっていた。
カイエンは、宣言通り、翌日には虎族の領地へ乗り込むつもりだった。しかし、その直前、国王陛下からの緊急招集がかかったのだ。
『獣人会議』の臨時開催。
表向きは「種族間の対立を避けるための調停」だが、実際には、すべての有力者の前で、この事件の決着をつけるための舞台だった。
「アルヴァ、お前も行くぞ」
カイエンは、僕の手を取り言った。
「お前が受けた辱めは、すべての獣人の前で償ってもらう。そして、お前が誰のものか、改めて世界に刻み込む」
僕は、頷いた。
もう、公の場に出ることに恐怖はなかった。
僕の居場所は、彼の隣。それだけが、僕の真実だったから。
会議当日。
王城の大広間は、異様な緊張感に包まれていた。
玉座に座る国王ライオン族の老王の両脇には、有力な族長たちが並んでいる。その中には、血の気を失い、死人のような顔をした虎族の族長ガルムの姿もあった。
僕とカイエンが、その大広間へと足を踏み入れた瞬間、会場のすべての視線が僕たちに突き刺さった。
ざわ、と空気が揺れる。
僕は、カイエンが選んでくれた、夜空の色をしたベルベットの礼服を身にまとっていた。
胸を張り、カイエンと並んで歩く。その一歩一歩が、僕の決意を物語っていた。
会場にいる誰もが、息を呑んで僕たちを見ていた。
万獣の王として、常に孤独と厳格さを纏っていた黒狼王カイエンが、隣の雪兎にだけ向ける、痛々しいほどの庇護欲と独占欲に満ちた眼差し。
そして、その王の隣で、毅然とした態度で前を見据える、神々しいほどの光を放つ美しい兎。
その光景が、どれほど異常で、どれほど絶対的なものか。
ここにいる権力者たちは、痛いほど理解していた。
「さて、皆、揃ったな」
国王が、重々しく口を開いた。
「カイエンよ。貴殿の番が襲われた件、誠に遺憾である。だが、私怨による戦争は許されん。この場で、虎族の族長ガルムに、釈明の機会を与えたい」
促され、ガルムが震える足で一歩前に出た。
「お、国王陛下……こ、これは、その……私の監督不行き届きで……で部下が、勝手に……」
見苦しい言い訳を始めた、その時だった。
「茶番はそこまでにしろ」
カイエンの、氷のように冷たい声が、会場に響き渡った。
彼は、僕の手を握ったまま、ゆっくりと立ち上がる。
「貴様の差し金であることは、捕らえた者の口から、すべて聞いている」
「ひっ……!」
「俺の番に手を出し、俺の城で、俺の民を傷つけた。その罪、万死に値する」
カイエンは、国王に向き直った。
「陛下。俺は、戦争をしたいわけではない。ただ、裁きを下すだけだ」
「……どのような、裁きを望む?」
カイエンは、ガルムを冷たく見下ろした。
「虎族の族長としての地位、全財産、そして、その命。すべてを、この場で差し出すがいい」
あまりにも苛烈な要求に、会場がどよめいた。
しかし、カイエンの瞳は、一片の揺らぎもなかった。王の番に手を出したということが、それほどの重罪なのだ。
ガルムは、その場で崩れ落ちた。
彼の野望は、ここで潰えた。
その時、僕は見つけてしまった。
会場の隅の方で、有力者たちの輪にも入れず、この信じられない光景を、ただ呆然と見ている男の姿を。
金獅子レオード。
彼は、最後に市場で会った時よりも、さらにやつれていた。栄光の象徴だったはずの金の鬣は輝きを失い、その瞳は虚ろで生気がなかった。
彼は僕が、この国を揺るがす大事件の中心にいるという事実が、まだ信じられないようだった。
自分が捨てた、出来損ないの兎。
無能だと罵った、ゴミスキルを持つ存在。
それが今、万獣の王を動かし、有力な一族の運命さえも左右している。
僕の視線に気づいたのか、カイエンが僕の耳元で囁いた。
「どうした、アルヴァ。まだ、あの愚か者が気になるか?」
「ううん、違うよ。ただ……」
僕は、まっすぐにレオードを見つめ返した。
もう、憎しみも、怒りもなかった。ただ、深い、深い憐れみだけがそこにあった。
「ただ、あの人が失ったものの大きさを、教えてあげようと思っただけ」
僕の言葉に、カイエンは満足げに口の端を吊り上げた。
そして、わざと周囲に聞こえるように、僕の腰を強く抱き寄せた。
「そうか。ならば、見せつけてやるといい。お前が、誰だけの神子であるかをな」
その瞬間、僕たちの背中にある『番の証』が、呼応するように淡い光を放った。
僕の身体から溢れ出した【癒やしの波動】は、カイエンの荒ぶる魔力と混じり合い、神々しいオーラとなって、会場全体を包み込んだ。
それは、僕たちが完全な一つの存在であることを、何よりも雄弁に物語っていた。
その光を目の当たりにしたレオードは、ついに、自分が犯した過ちのすべてを理解した。
自分が捨てたのは、ただの兎ではなかった。
自分が手放したのは、ただの幸運ではなかった。自らの手でドブに捨てたのは、この世界の理さえも覆すほどの、奇跡そのものだったのだ。
「ああ……あ……あああ……」
レオードは、老婆のように腰を曲げ、意味のないうめき声を上げた。プライドも、見栄も、権力への執着も、すべてが意味をなくした。彼は、人生最大の、そして取り返しのつかない過ちを犯した、ただの愚か者だった。
周囲から、憐れみと嘲笑の視線が、かつてのエリートに突き刺さっていた。
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