【完結】捨てられ兎アルヴァは、黒狼王の運命の番でした ~無能な僕が、最強の獣人に溺愛されるまで~

なの

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愚者への裁きと、故郷からの嘆願

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獣人会議での一件は、僕が思う以上に大きな波紋を呼んだ。

虎族のガルムを族長から引きずり下ろし、カイエンの要求通り莫大な賠償金を支払うことで全面降伏の意を示した。彼らは王の番に手を出した一族として、その権威を大きく失墜させた。

そして、もう一人。金獅子のレオード。

彼は、会議の場で醜態を晒したことで、完全に社会的地位を失った。彼の持つ権力や人望は、所詮、彼の血筋と見せかけの自信の上に成り立っていた砂の城だったのだ。アルヴァという名の「幸運」を失った今、その城はガラガラと音を立てて崩れ去った。

彼の一族は、王の番を虐げた罪を問われ爵位を剥奪された。レオード自身は心身を病み、もはや誰の目にも触れない辺境の地で、廃人のように暮らしていると聞いた。
その知らせを聞いても、僕の心は不思議なほど穏やかだった。

会議から数週間が経ったある日。
僕とカイエンの元に、意外な来訪者があった。 

僕の故郷である、クラウゼン公爵領からの使者。そして、その中心にいたのは、僕が顔も見たくなかった人物――僕の父親、クラウゼン公爵その人だった。

応接室で彼と対峙した時、僕はカイエンの手を強く握りしめていた。
父は、最後に見た時よりもずっと老け込んで見え、その顔には、かつての傲慢な光はなく、焦りと、そして僅かな怯えの色が浮かんでいる。

「……黒狼王陛下、そして……アルヴァ。此度の非礼、何と詫びればよいか……」

父は深々と頭を下げた。僕に対して、彼が頭を下げるなど生まれて初めてのことだった。

カイエンは、僕の代わりに冷たく言い放った。

「今さら何の用だ、クラウゼン公。貴殿は、我が番を『出来損ない』と呼び、厄介払い同然に追い出したのではなかったか?」

「そ、それは……返す言葉もございません……」

父は、震える声で窮状を訴え始めた。

僕がいなくなり、そしてレオードの一族が没落してから、王国全体に、原因不明の不調が広がっているという。

特に、僕が育ったクラウゼン公爵領では、作物は枯れ、家畜は病に倒れ、民たちの間では争いごとが絶えない。まるで、土地全体から生命力が失われていくかのように、すべてが悪い方向へと向かっているらしかった。

……そうか。僕の力は、僕が気づかないうちに、あの土地全体を癒やしていたんだ。

レオード様個人にだけ影響を与えていると思っていた【癒やしの波動】は、僕が育った土地そのものにも無自覚な恩恵を与え続けていたのだ。

「どうか……!どうか、アルヴァの力で、我らの土地をお救いいただきたい!この通りだ!」

父は、僕の前に跪き床に額をこすりつけた。
かつて僕を支配し、見下していた絶対的な存在が、今は僕に救いを求めて、惨めに縋り付いている。

その姿を見ても、僕の心は不思議なほど凪いでいた。
復讐心が満たされるような快感も、勝利を確信するような高揚感もない。ただ、目の前で起きている出来事を、どこか遠い世界の出来事のように、静かに見つめていた。

……どう動くべきかわからなかった。憎しみはない。けれど、彼らを許す気にもなれなかった。僕を苦しめた人たちのために、なぜ僕が力を貸さなければならないのか。

僕の葛藤を感じ取ったのか、カイエンが口を開いた。

「断る」

その一言は、父の最後の希望を打ち砕いた。

「我が番の慈悲に、貴様らが浴する資格はない。自らの愚かさが招いた結果だ。民と共に、ゆっくりと滅びるがいい」

カイエンは、僕の手を取り、部屋を出て行こうとした。

その時だった。

「待ってください……!」

父が、悲痛な声で叫んだ。

「アルヴァ……いや、神子様!私のことはどうなっても構わん!だが、民には……領地の民たちには罪はないのです!彼らは、ただ懸命に生きているだけだ!どうか、彼らにだけは、慈悲を……!」

民に、罪はない。
その言葉が、僕の胸に重く響いた。

僕の脳裏に、屋敷の厨房で優しくしてくれた料理長の顔が浮かんだ。

僕が育てたハーブを「これは一番の薬になります」と喜んでくれた、町の薬屋のおばさんの顔が浮かんだ。

僕が出来損ないの兎だと言われているとは知らず、名も知らぬ子供が道端で小さな花をくれた記憶。名も知らぬ領民たちの顔が……

彼らは僕を傷つけなかった。彼らは、僕の父やレオード様とは違う。僕は、カイエンの手をそっと離し、父の方へと向き直った。

「……カイエン」

僕が彼の名を呼ぶと、彼は僕の意図を察したのか、少しだけ不満げな、しかし僕の決断を尊重する眼差しで僕を見つめた。

「一度だけです」

僕は、父に告げた。

「一度だけ、故郷に帰ります。でも、僕の力は父様のためではありません。僕が愛した、あの土地と、そこに暮らす民たちのために、使います」

それは、僕が「王の番」としてではなく、一人の「アルヴァ」として下した、初めての大きな決断だった。過去を乗り越え、僕を傷つけた世界さえも、その一部を許し、救いを与えるという決断。

「……アルヴァ」

父は、涙ながらに僕の名前を呼んだ。
その瞳には後悔と、そして僕という息子を初めて正しく認識したかのような、複雑な光が宿っていた。

カイエンは、そんな僕の隣に立つと、僕の肩を強く、誇らしげに抱きしめた。

「……お前は本当に、俺の自慢の番だ」

彼の言葉が、僕の決断は間違っていなかったのだと、教えてくれた。

僕は、もう、ただ守られるだけのか弱い兎ではない。
愛する人と、守るべき民を持つ、この国の、王妃なのだから。
 
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