雪解けを待つ森で ―スヴェル森の鎮魂歌(レクイエム)―

なの

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第1章 月影の森へ

Ep4:森の夜明け

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どれくらいの間、そうしていたのだろうか。
あの黒い獣が霧の中へ消えた後も、アシェルはその場から動けずにいた。

「好きに生きろ」という言葉が、まるで呪いのように、あるいは祝福のように、頭の中で何度も何度も反響する。
混乱した心とは裏腹に、極限まで冷え切っていた身体は、不思議と少しずつ感覚を取り戻していた。
恐怖と緊張で張り詰めていた筋肉が緩み、疲労感がどっと押し寄せる。もう指一本動かせそうになかった。

(ここで眠ったら、本当に死んでしまう)

それは知識としてではなく、本能が告げる警告だった。死ぬはずだった。
死ぬためにここへ来た。
だが、あの獣は自分を喰わなかった。生きろ、と言った。
ならば、生きなければ――。

なぜそう思うのか、アシェル自身にもよく分からなかった。ただ、あの黄金の瞳に見つめられた瞬間から、そしてあの声を聞いた瞬間から、自分の中で何かが確かに変わってしまった。諦めきって空っぽだったはずの心に、小さな火種が落とされたのだ。

アシェルは残された最後の力を振り絞り、雪の中からゆっくりと身体を起こした。近くにあった大木の根元まで、這うようにしてたどり着く。
幸い、そこは風が直接当たらず、分厚い雪が壁のようになっていた。アシェルは木の幹に背を預け、できるだけ体を小さく丸める。
もう助からないかもしれない。このまま夜が明ける前に凍え死ぬかもしれない。

それも仕方ないことなのかもしれない。
誰にも望まれず、ただ無価値な「生贄」として死ぬのではなく、自分の意志で「生きよう」ともがいた末に死ぬのなら、それはほんの少しだけ、意味のある死のように思えた。

薄い衣の中で、必死に自分の身体を抱きしめる。
遠のいていく意識の中、アシェルはまた、あの不思議な「森の声」を聞いた気がした。
まるで子守唄のように優しく響いていた。

――ちち、ちち。
小さな鳥のさえずりで、アシェルは意識を浮上させた。

ゆっくりと重い瞼を開くと、最初に目に飛び込んできたのは、信じられないような光景だった。

夜の闇を裂いて、東の空が燃えるような茜色に染まり始めている。
夜の間に降り積もった新雪が、その光を反射して、世界全体が淡い薔薇色に輝いていた。
木々の枝に積もった雪は、まるで珊瑚のようだ。夜の間にあれほど恐ろしかった森が、今は荘厳で神々しいほどの美しさを見せている。

「冬暁(ふゆあかつき)」――村の古老が、いつか呟いていた言葉を思い出す。冬の夜明けだけが見せる、冴え冴えとした光景。

アシェルは呆然と、その光景に見入っていた。

――生きて、いる。

あれほどの寒さの中、自分は一夜を越したのだ。
奇跡としか思えなかった。木の根元が雪洞のようになっていたこと、そして夜の間にさらに雪が降り積もり、外気を遮断してくれたことが幸いしたのだろう。

朝日が昇るにつれて、光は茜色から金色へと変わり、力強い光の筋が木々の間を縫って差し込んでくる。
その光がアシェルの顔を照らした時、彼は自分の頬が温かいことに気づいた。
それは朝日の温かさだけではなかった。自分の体温が、確かに身体を巡っている証だった。

「…………」

言葉は出なかった。
ただ、胸の奥から熱いものがこみ上げてくる。
死ぬはずだった場所。
誰にも惜しまれず、孤独に朽ち果てるはずだったこの森で、自分は今、生まれて初めて見るほど美しい朝日を迎えている。

村があった場所を振り返る。遠く、木々の向こうにあるはずの村は、今はもう見えない。
あの場所にも、きっと同じ朝日が昇っているのだろう。人々は安堵しているだろうか。生贄が役目を果たし、今年の冬も越せそうだと。
だが、もうどうでもよかった。
あの村は、もう自分の居場所ではない。帰る場所など、初めからなかったのだ。

――ここで生きていこう。

あの黒い獣が言ったように。好きに、生きてみよう。

狩りの方法も知らない。
火の起こし方も知らない。この先、飢え死にするか、別の獣に襲われるか、あるいは再び凍え死ぬかもしれない。

それもまた、運命なのだから。

アシェルはゆっくりと立ち上がった。
寒さで凍えそうな体はまだ思うように動かないが、その灰色の瞳には、昨日までの諦観とは違う、確かな意志の光が宿っていた。

これは、誰かに与えられた命ではない。
自分が、生きると決めた命だ。
金色の光に満ちた森の中で、少年は深く、深く息を吸い込んだ。それは、彼の新しい人生の、最初の呼吸だった。


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