婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

文字の大きさ
3 / 28

3

しおりを挟む
「君、本当に面白いねぇ」

宮廷魔導師サイラスは、私の顔を至近距離で覗き込みながら、うっとりとした声を漏らした。

整いすぎた顔立ちと、冷徹さを感じさせる銀の瞳。

片眼鏡の奥で光るその目は、明らかに異性を口説くそれではなく、珍しい実験動物を見つけた学者の目だ。

私は思わず半歩後ずさる。

「あの、近いです。サイラス様」

「おっと、失礼。あまりに魔力波長が美しいもので、つい見惚れてしまった」

サイラスは悪びれる様子もなく、薄い唇を吊り上げた。

「それにしても、この指輪……」

彼は私の手から離れた、黒く変色した指輪を空中に放り投げ、また掌で受け止めた。

「『嫌悪の増幅』に『認識阻害』。これを着けている間、君は周囲から『何となく気に入らない奴』『可愛げのない女』に見えていたはずだ」

「……!」

その言葉に、私は息を呑んだ。

思い当たる節がありすぎる。

私がどれだけ正論を述べても、周囲が眉をひそめていた理由。

アラン殿下が、私の顔を見るたびに「不愉快だ」と言っていた理由。

単に私の性格がキツイからだと思っていたが、それだけではなかったのか。

「さらに言えば、君自身の思考も少し誘導されていたね。『自分は愛されない』『厳しくしなければ価値がない』と思い込むように」

「……思考誘導、ですか」

「微弱なものですがね。しかし、何年も着け続ければ人格に影響が出る。普通なら精神を病んで、本当に『悪役令嬢』のようなヒステリーを起こしていてもおかしくなかった」

サイラスは指輪を握り潰すような仕草をして、私に流し目を送る。

「なのに君は、理性を保ち、高潔さを失わなかった。その精神力と魔力抵抗値……ゾクゾクするよ」

「……褒められている気がしません」

「最高の褒め言葉ですよ? ああ、今すぐ研究室に連れ込んで、君の体の隅々まで調べたい」

「却下だ!!」

横から怒号が飛んできた。

ジェラルド団長が、私を背に隠すようにしてサイラスの前に割り込む。

「貴様のそのねっとりした視線、不愉快だ! リーフィー嬢を穢すな!」

「穢すだなんて心外だなぁ。僕は純粋な知的好奇心で言っているだけだよ。筋肉ダルマの君とは違ってね」

「なんだと!?」

「大体、君に彼女の価値がわかるのかい? 彼女はただ美しいだけじゃない。この国の魔導史を塗り替える可能性を秘めた『魔力の器』なんだよ」

「知ったことか! 私は彼女の『魂』に惚れたのだ! 魔力などどうでもいい!」

「これだから脳筋は……」

騎士と魔導師、一触即発の空気。

二人の間から放たれるプレッシャーで、周囲の貴族たちが怯えて遠巻きにしている。

完全に置いてけぼりの私は、助けを求めるように視線を彷徨わせた。

しかし、目が合う人たちは皆、頬を染めて私に見惚れているか、恐怖で震えているかのどちらかだ。

「……あの、お二人とも」

「なんだい、リーフィー嬢? 僕の研究室に来る気になった?」

「なりません」

「リーフィー嬢! やはり今すぐ教会へ行こう! 神に誓いを立てれば、この変態魔導師も手出しできまい!」

「誰が変態だ」

「行きません」

私は大きく溜息をついた。

状況がカオスすぎる。

とりあえず、誤解を解いておかなければならない相手が一人いる。

私は二人の巨漢の隙間から顔を出し、呆然と突っ立っているアラン殿下を見た。

「殿下」

「は、はいっ!?」

名前を呼んだだけで、アランがビクッと肩を跳ねさせた。

以前なら「気安く呼ぶな!」と怒鳴ってきただろうに、今はまるで憧れの女優に話しかけられた少年のようにドギマギしている。

「先ほどのサイラス様の話、お聞きになりましたか?」

「え、あ、ああ……。指輪が、どうとか……」

「その指輪を私にくださったのは、殿下ですわよね?」

「うっ……」

アランの顔が引きつる。

そう、あれは婚約が決まった際、アランが「王家に伝わる由緒ある指輪だ」と言って私の指に嵌めたものだ。

「まさか殿下が、私に呪いをかけるために、あのような細工を?」

私の問いかけに、アランは激しく首を振った。

「ち、違う! 俺は知らない! 母上から『これをリーフィーに渡しなさい』と言われて、そのまま……」

「王妃様が?」

意外な名前が出た。

アランの母である王妃様は、厳格だが公平な方だ。

私を嫌っている様子はなかったはずだが。

「ふむ、王妃様経由か」

サイラスが顎に手を当てて呟く。

「あの人は魔術には疎い。おそらく、誰かに入れ知恵されたか、すり替えられたか……。まあ、解析すれば出所はわかるでしょう」

「ええ、お願いします。……ですが殿下」

私は再びアランに向き直る。

「知らなかったとはいえ、貴方は私に呪いの指輪を贈り、その結果生じた『不人気』を理由に婚約破棄を突きつけた。……マッチポンプもいいところですわ」

「ぐ、ううっ……」

「しかも、ご自身の浮気を正当化するために」

「そ、それは……」

アランが言葉に詰まる。

その姿は、あまりにも情けない。

こんな男のために、私は青春を費やして教育係をしていたのかと思うと、涙ではなく乾いた笑いが出てくる。

「リーフィー……。す、すまなかった。俺が悪かった」

アランがふらふらと歩み寄ってくる。

「だから、その……やり直さないか? 呪いが解けた今なら、俺たち、きっとうまくいくはずだ。俺も、君のその……本当の姿を見て、改めて……」

「惚れ直した、と?」

「そ、そうだ! やはり君こそが、俺の隣にふさわしい!」

アランが私の手を取ろうとする。

しかし。

バシッ!!

「痛っ!?」

アランの手が弾かれた。

「気安く触れるな」

「僕の観察対象に手を出さないでくれませんか?」

ジェラルドとサイラスが、同時にアランの手を払い除けたのだ。

「き、貴様ら……! 王族に対する狼藉だぞ!」

「うるさい。元婚約者が未練がましく近寄るな」

ジェラルドが一喝する。

「そうですよ殿下。貴方は『捨てた』んです。一度捨てたゴミが宝の山だったからといって、慌てて拾おうとするのは浅ましいにも程がある」

サイラスが毒舌で追い打ちをかける。

「う、うう……」

アランは二人の迫力に押され、涙目になっている。

その時だった。

「ひどいわアラン様ッ!!」

金切り声と共に、ミナがアランの背中に飛びついた。

「やり直すって何よ! 私はどうなるの!? 私を愛してるって言ったじゃない!」

「うわっ、ミナ! 離せ!」

「離さない! 王妃になるのは私よ! リーフィー様なんかに渡さないわ!」

ミナがアランの首を絞める勢いでしがみつく。

アランは「ぐえっ」と変な声を出しながらも、私の方を見ている。

「ち、違うんだリーフィー! これはその場のノリというか……!」

「最低ですね」

私は冷たく言い放った。

「ミナ様。その方は差し上げます。返品は受け付けませんので、どうぞ末長くお幸せに」

「ふん! 言われなくても貰うわよ!」

ミナが勝ち誇ったように鼻を鳴らす。

しかし、周囲の貴族たちの目は冷ややかだ。

もはや誰も、彼らを「真実の愛」などとは見ていない。

ただの「愚かな王子と、それに群がる性悪女」という認識に変わっている。

「さて、リーフィー嬢」

ジェラルドが私の前に跪き、改めて手を差し出した。

「雑音は消えた。さあ、私と共に来い! 我が家の屋敷は広いぞ! 道場もある!」

「いやいや、僕の研究棟に来るべきだ。魔導書が山ほどあるし、実験器具も使い放題だぞ?」

サイラスが反対の手を取ろうとする。

右に騎士団長。

左に宮廷魔導師。

正面には修羅場の元婚約者カップル。

(……キャパオーバーです)

私は限界だった。

これ以上ここにいたら、頭がおかしくなる。

私はスッと息を吸い込み、優雅にカーテシー(膝を折る礼)をした。

「皆様、熱烈な勧誘、痛み入ります」

「おお! 受けてくれるか!」

「では、どちらを選ぶ?」

二人が身を乗り出す。

私はにっこりと、花が綻ぶような極上の笑みを浮かべた。

呪いが解けた今、この笑顔の破壊力は凄まじいらしく、二人が「ぐふっ」と胸を押さえて怯んだ。

その隙を見逃す私ではない。

「どちらも選びません。……ごきげんよう!」

私はドレスの裾を翻すと、脱兎のごとく駆け出した。

「えっ?」

「あっ、待ちたまえ!」

背後で男たちの素っ頓狂な声が聞こえる。

「逃がすか! 総員、追跡せよ!」

「おっと、物理で捕まえるのは野暮だよ。魔法で……」

「魔法禁止! 彼女に傷がつくだろうが!」

何やら後ろで揉めているが、知ったことではない。

私はハイヒールを脱ぎ捨て、裸足になって会場の出口へと疾走した。

元悪役令嬢を舐めないでほしい。

幼い頃から「淑女教育」という名のスパルタ訓練で、ダンスによる足腰の鍛錬は完璧なのだ。

「お父様、お母様、お先に失礼します!」

呆然としている両親に手を振り、私は夜の闇へと飛び出した。

自由だ。

婚約からも、呪いからも、そして面倒な男たちからも。

……しかし、私が本当の意味で自由になれる日は、当分来そうになかった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

大好きなあなたが「嫌い」と言うから「私もです」と微笑みました。

桗梛葉 (たなは)
恋愛
私はずっと、貴方のことが好きなのです。 でも貴方は私を嫌っています。 だから、私は命を懸けて今日も嘘を吐くのです。 貴方が心置きなく私を嫌っていられるように。 貴方を「嫌い」なのだと告げるのです。

【完結】皇太子の愛人が懐妊した事を、お妃様は結婚式の一週間後に知りました。皇太子様はお妃様を愛するつもりは無いようです。

五月ふう
恋愛
 リックストン国皇太子ポール・リックストンの部屋。 「マティア。僕は一生、君を愛するつもりはない。」  今日は結婚式前夜。婚約者のポールの声が部屋に響き渡る。 「そう……。」  マティアは小さく笑みを浮かべ、ゆっくりとソファーに身を預けた。    明日、ポールの花嫁になるはずの彼女の名前はマティア・ドントール。ドントール国第一王女。21歳。  リッカルド国とドントール国の和平のために、マティアはこの国に嫁いできた。ポールとの結婚は政略的なもの。彼らの意志は一切介入していない。 「どんなことがあっても、僕は君を王妃とは認めない。」  ポールはマティアを憎しみを込めた目でマティアを見つめる。美しい黒髪に青い瞳。ドントール国の宝石と評されるマティア。 「私が……ずっと貴方を好きだったと知っても、妻として認めてくれないの……?」 「ちっ……」  ポールは顔をしかめて舌打ちをした。   「……だからどうした。幼いころのくだらない感情に……今更意味はない。」  ポールは険しい顔でマティアを睨みつける。銀色の髪に赤い瞳のポール。マティアにとってポールは大切な初恋の相手。 だが、ポールにはマティアを愛することはできない理由があった。 二人の結婚式が行われた一週間後、マティアは衝撃の事実を知ることになる。 「サラが懐妊したですって‥‥‥!?」

好きでした、さようなら

豆狸
恋愛
「……すまない」 初夜の床で、彼は言いました。 「君ではない。私が欲しかった辺境伯令嬢のアンリエット殿は君ではなかったんだ」 悲しげに俯く姿を見て、私の心は二度目の死を迎えたのです。 なろう様でも公開中です。

【完結】旦那は堂々と不倫行為をするようになったのですが離婚もさせてくれないので、王子とお父様を味方につけました

よどら文鳥
恋愛
 ルーンブレイス国の国家予算に匹敵するほどの資産を持つハイマーネ家のソフィア令嬢は、サーヴィン=アウトロ男爵と恋愛結婚をした。  ソフィアは幸せな人生を送っていけると思っていたのだが、とある日サーヴィンの不倫行為が発覚した。それも一度や二度ではなかった。  ソフィアの気持ちは既に冷めていたため離婚を切り出すも、サーヴィンは立場を理由に認めようとしない。  更にサーヴィンは第二夫妻候補としてラランカという愛人を連れてくる。  再度離婚を申し立てようとするが、ソフィアの財閥と金だけを理由にして一向に離婚を認めようとしなかった。  ソフィアは家から飛び出しピンチになるが、救世主が現れる。  後に全ての成り行きを話し、ロミオ=ルーンブレイス第一王子を味方につけ、更にソフィアの父をも味方につけた。  ソフィアが想定していなかったほどの制裁が始まる。

【完結】愛したあなたは本当に愛する人と幸せになって下さい

高瀬船
恋愛
伯爵家のティアーリア・クランディアは公爵家嫡男、クライヴ・ディー・アウサンドラと婚約秒読みの段階であった。 だが、ティアーリアはある日クライヴと彼の従者二人が話している所に出くわし、聞いてしまう。 クライヴが本当に婚約したかったのはティアーリアの妹のラティリナであったと。 ショックを受けるティアーリアだったが、愛する彼の為自分は身を引く事を決意した。 【誤字脱字のご報告ありがとうございます!小っ恥ずかしい誤字のご報告ありがとうございます!個別にご返信出来ておらず申し訳ございません( •́ •̀ )】

王子妃教育に疲れたので幼馴染の王子との婚約解消をしました

さこの
恋愛
新年のパーティーで婚約破棄?の話が出る。 王子妃教育にも疲れてきていたので、婚約の解消を望むミレイユ 頑張っていても落第令嬢と呼ばれるのにも疲れた。 ゆるい設定です

【完結】ずっと、ずっとあなたを愛していました 〜後悔も、懺悔も今更いりません〜

高瀬船
恋愛
リスティアナ・メイブルムには二歳年上の婚約者が居る。 婚約者は、国の王太子で穏やかで優しく、婚約は王命ではあったが仲睦まじく関係を築けていた。 それなのに、突然ある日婚約者である王太子からは土下座をされ、婚約を解消して欲しいと願われる。 何故、そんな事に。 優しく微笑むその笑顔を向ける先は確かに自分に向けられていたのに。 婚約者として確かに大切にされていたのに何故こうなってしまったのか。 リスティアナの思いとは裏腹に、ある時期からリスティアナに悪い噂が立ち始める。 悪い噂が立つ事など何もしていないのにも関わらず、リスティアナは次第に学園で、夜会で、孤立していく。

王妃様は死にました~今さら後悔しても遅いです~

由良
恋愛
クリスティーナは四歳の頃、王子だったラファエルと婚約を結んだ。 両親が事故に遭い亡くなったあとも、国王が大病を患い隠居したときも、ラファエルはクリスティーナだけが自分の妻になるのだと言って、彼女を守ってきた。 そんなラファエルをクリスティーナは愛し、生涯を共にすると誓った。 王妃となったあとも、ただラファエルのためだけに生きていた。 ――彼が愛する女性を連れてくるまでは。

処理中です...