婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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チュン、チュン……。

小鳥のさえずりで目が覚める――。

そんな優雅な朝を迎えるはずだった。

「リーフィー様ぁぁぁ!! こちらの花束をお受け取りくださいぃぃ!!」

「いや! 僕の釣書を先に! 資産は城3つ分あります!」

「こっちを向いてくれ! 一目だけでいいんだ!」

「うおおおおお! 女神の家はここかあああ!」

「……うるさい」

私はガバッと布団を跳ね除けた。

窓の外から聞こえてくるのは、小鳥のさえずりどころか、地獄の釜の蓋が開いたような男たちの絶叫だ。

時計を見る。

まだ朝の6時だ。

「……夢じゃなかったのね」

ドレッサーの鏡を覗き込む。

そこに映っているのは、昨日までの「地味で目つきの悪い悪役令嬢」ではなく、発光しそうなほど肌艶の良い、絶世の美女(自覚あり)だった。

「はぁ……」

溜息をつくと、部屋のドアが激しくノックされた。

「お嬢様! お嬢様! 起きていらっしゃいますか!?」

私の専属メイド、マリーの声だ。

悲鳴に近い。

「起きているわ、マリー。入って」

「失礼します! 大変です! 屋敷が包囲されています!」

マリーが血相を変えて飛び込んできた。

「包囲? 革命でも起きたの?」

「いいえ! 求婚者の群れです! 玄関ホールがプレゼントの山で埋まって、執事が遭難しかけています!」

「遭難……」

私はカーテンを少しだけ開けて、窓の外を覗いた。

「ヒッ……」

思わず声が出た。

侯爵邸の正門から、遥か彼方の街道まで、男たちの行列が伸びていた。

馬車、馬車、馬車。

そして色とりどりの花束や、宝石箱を抱えた男たちが、警備の兵士に詰め寄っている。

「お願いだ! これだけでも渡してくれ!」

「僕は隣の領地の伯爵家の三男だ! 将来有望だぞ!」

「俺は詩を書いたんだ! 愛の詩を!」

カオスだ。

まるでバーゲンセールの会場だ。

「……閉めましょ」

私はそっとカーテンを閉じた。

「見なかったことにするわ。二度寝よ」

「ダメですお嬢様! 現実逃避しないでください!」

マリーに布団を引っ剥がされる。

「旦那様がお呼びです! 『今すぐリーフィーを連れてこい!』って、朝からハイテンションで……」

「お父様が?」

私の父、バーベナ侯爵は、厳格で寡黙な人だ。

昨日、帰宅した時は呆然としていたが、一晩経って落ち着いただろうか。

私は仕方なく、寝間着の上にガウンを羽織り、父の執務室へと向かった。

廊下を歩いていると、すれ違う使用人たちが皆、私を見て「あっ……」と顔を赤らめ、直立不動になる。

「おはよう」

「お、おはようございます! 本日もお美しいです!」

「……どうも」

庭師の老人までが頬を染めている。

呪いが解けた影響力は、老若男女を問わないらしい。

不便だ。

執務室の前に着くと、中から父の大きな声が聞こえてきた。

「違う! その肖像画はもっと右だ! いや、やっぱり玄関に飾るべきか!?」

「旦那様、落ち着いてください。それは昨日、絵師に急ぎで描かせたスケッチですが……」

「スケッチでもいい! ああ、なんて神々しいんだ我が娘は!」

……嫌な予感がする。

私は恐る恐るドアを開けた。

「失礼します、お父様」

「おお! リーフィー!」

父が執務机から飛び出してきた。

その目はギラギラと輝き、髭が震えている。

「よく来た我が愛娘! ああ、近くで見ると更に美しい! これがあの、私の遺伝子から生まれたとは信じられん!」

「お父様、それ褒めてませんよね?」

「いや褒めている! 大絶賛だ!」

父は私の両肩をガシッと掴み、涙ぐんだ。

「すまなかったリーフィー! 私は今まで、お前を『真面目だけが取り柄の地味な娘』だと思っていた! 王子の婚約者として恥ずかしくないよう厳しく育ててきたが、まさかこんな『隠し玉』を持っていたとは!」

「隠していたわけではありません。呪いです」

「そうだったな! あのバカ王子め、よくも私の可愛いリーフィーに呪いを! おかげで私は、娘の可愛さを愛でる期間を18年も損した!」

父はハンカチで目元を拭った。

「だが、これからは違う! 失われた時間を取り戻すぞ! パパがお前を全力でプロデュースする!」

「パパ……?」

今まで一度も聞いたことのない一人称が出た。

父は机の上に積み上げられた書類の山を指差した。

「見ろ! 今朝だけで届いた釣書(プロフィール)だ! 500通はある!」

「500……」

「だが安心しろ。パパが厳選に厳選を重ねている」

父は書類の束を手に取り、高速で仕分けを始めた。

「こいつは領地が狭い。却下!」

バサッ!(ゴミ箱へ)

「こいつは女性関係の噂がある。論外! 死刑!」

ビリビリッ!(破り捨てる)

「おっ、こいつは鉱山持ちか。……だが顔が好みじゃないな。保留!」

ポンッ(保留箱へ)

「お父様、楽しんでますね」

「当たり前だ! 今や我が家は、国一番の注目の的だぞ! お前を安売りしてたまるか!」

父の目が完全に『商売人』の目になっている。

というか、親バカが爆発して制御不能だ。

「あの、お父様。私は別に、すぐに結婚したいわけでは……」

「何を言う! アラン殿下との婚約が破棄された今、お前はフリーだ。悪い虫がつかないうちに、私が最高の婿を見繕ってやる!」

「いえ、ですから……」

「それに、お前のその美貌だ。放っておいても男が寄ってくる。現に外を見ろ!」

父が窓を指差す。

歓声が一段と大きくなった気がする。

「リーフィー様ー! 僕と結婚してくださーい!」

「俺の筋肉を見てくれー!」

「……頭が痛い」

私はこめかみを押さえた。

静かに暮らしたい。

領地の片隅で、野菜でも育てながら晴耕雨読の日々を送りたい。

それが私のささやかな夢だったのに。

「旦那様、大変です!」

そこへ、執事が転がり込んできた。

「今度は何だ! また求婚者か!」

「いえ、王宮からの使者です! 王妃様からの親書と、大量の謝罪品が届いております!」

「王妃様だと?」

父の表情が引き締まる。

「……ふん。アラン殿下の不始末、親として詫びに来たか。通せ!」

「はっ!」

執事が出て行くと、父は私に向き直った。

「リーフィー。お前は部屋に戻って休んでいなさい。王宮との交渉は私がやる」

「でも……」

「お前はもう、王子の顔色を窺う必要はない。嫌なことは嫌と言っていい。パパが全精力をかけてお前を守る!」

父がドンと胸を叩く。

頼もしいが、暑苦しい。

「……ありがとうございます。では、お言葉に甘えて」

私は一礼して部屋を出ようとした。

その時。

ドカーン!!

屋敷の玄関の方で、爆発音がした。

「な、なんだ!?」

父と顔を見合わせる。

「テロか!?」

慌てて廊下に出ると、窓の外、正門付近から黒煙が上がっているのが見えた。

そして、拡声魔法を使った大声が響き渡る。

『どきなさい雑魚ども! そこは僕が通る道だ!』

聞き覚えのある、ねっとりとした声。

「サイラス様……?」

続いて、怒号が響く。

『貴様! 一般市民に向けて魔法を撃つなと言っただろう!』

『おや、ジェラルド団長。君こそ、その大剣で門を破壊するのはやめたまえよ』

「……」

私は遠い目をした。

あの二人だ。

昨日の今日で、もう来たのか。

「おのれ、騎士団長と宮廷魔導師! 私の娘に手を出そうなど、100年早いわ!」

父が壁に飾ってあったサーベルを抜き放った。

「総員、戦闘配置! 娘の貞操を守り抜け!」

「おおーっ!」

使用人たちも、なぜかモップやフライパンを構えて呼応する。

ここは戦場か。

「……もう、知らない」

私は耳を塞ぎ、自室へと走った。

平和な朝食など、夢のまた夢だった。
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