婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「ええい、何事だ! 土煙で何も見えん!」

バーベナ侯爵邸の正門前。

爆発による黒煙が立ち込める中、父、バーベナ侯爵がサーベルを片手に仁王立ちしていた。

背後には、フライパンやデッキブラシで武装した使用人部隊が控えている。

やがて煙が晴れると、そこには半壊した正門と、二人の男の姿があった。

一人は、瓦礫を片手で軽々と退かす巨漢の騎士、ジェラルド。

もう一人は、爆風を防壁魔法で無効化し、衣服一つ汚れていない魔導師、サイラス。

二人は、呆気にとられる父を見て、爽やかに挨拶をした。

「おはようございます、侯爵閣下! 朝稽古には少々遅れましたが、参上いたしました!」

「やあ閣下。門が脆すぎますね。セキュリティに問題があるので、僕が結界を張り直してあげましょうか?」

「き、貴様らァァァ!!」

父の怒号が響いた。

「朝の6時から人の家の門を破壊して挨拶とは、どういう了見だ! 常識というものがないのか!」

「常識? 愛に常識は不要です!」

「物理的な門など、心の扉に比べれば些末な問題ですよ」

「屁理屈を言うな! 帰れ! 塩を撒け!」

父が指示を出すと、執事たちがバケツに入った塩を二人に投げつけた。

しかし。

ザッ!

ジェラルドが塩を素手で掴み取った。

「おお、これは上質な岩塩! 汗をかいた後のミネラル補給に最適ですね。いただきます!」

ボリボリボリ。

「食うな!」

一方、サイラスは。

「塩化ナトリウムの結晶ですか。魔除けのつもりでしょうが、科学的にはただの調味料ですよ」

魔法で塩を空中で静止させ、サラサラと地面に落とす。

「……化け物め」

父は額に青筋を浮かべ、サーベルを突きつけた。

「とにかく、娘には会わせん! お前たちのような危険人物に、私の大事なリーフィーを渡せるか!」

「危険人物とは心外な。私はこの国で最も安全な男、騎士団長ですよ?」

「僕は知性の塊、宮廷魔導師筆頭ですが?」

「権力を笠に着るな! だいたい、お前たちは昨日、娘を追い回したそうじゃないか! リーフィーが『キャパオーバー』と泣きついてきたぞ!」

「なんと! 泣かせたのか!?」

ジェラルドがショックを受けた顔をする。

「すまない……。私の愛が大きすぎて、彼女の可憐な器には収まりきらなかったか……。反省せねば」

「……単純な男ですね。彼女は比喩で言ったんですよ」

サイラスが呆れ顔でツッコミを入れる。

「まあ、確かに急すぎたかもしれませんね。では閣下、まずは正規の手順を踏みましょう」

サイラスが懐から分厚い封筒を取り出した。

「これ、結納金代わりの『王都の一等地の権利書』と『レアメタルの採掘権』です」

「金で頬を叩く気か! ……ほう、結構な額だな。いや、騙されんぞ!」

父が一瞬揺らいだが、すぐに首を振った。

そこへジェラルドも割り込む。

「私からはこれだ! 我が家に代々伝わる『竜殺しの大剣』! これをリーフィー嬢に!」

「重いわ! 娘に何を持たせる気だ!」

「護身用です! これがあれば、熊が出てもワンパンで倒せます!」

「貴族の令嬢は熊と戦わん!」

漫才のようなやり取りが続く。

私は2階の自室の窓から、その様子をそっと覗き見ていた。

「……平和ね」

いや、平和ではない。

門は壊れているし、父は血管が切れそうだし、近所の人たちも遠巻きに見ている。

けれど、昨日までの「陰湿な悪意」に満ちたアラン殿下とのやり取りに比べれば、この底抜けに明るい(そして迷惑な)求愛は、どこか憎めないものがあった。

「お嬢様、呑気なことを言っている場合ではありませんよ」

マリーが背後から声をかけてきた。

「あの方々、本気で突破する気ですよ。旦那様だけでは止められません」

「そうね……。お父様、血圧高そうだし」

私が止めに入るべきだろうか。

そう思った矢先、新たな馬車が砂埃を上げて到着した。

王家の紋章が入った、豪華な馬車だ。

「ええい、控えよ! 王妃陛下の使者である!」

御者の鋭い声が響く。

ジェラルドとサイラス、そして父も、反射的に動きを止めた。

馬車の扉が開き、降りてきたのは、王宮の侍女長を務める初老の女性、マーサだった。

厳格で知られる彼女の登場に、場の空気がピリッと引き締まる。

「……朝から騒々しいですね。騎士団長、宮廷魔導師筆頭。貴方達は暇なのですか?」

マーサが氷のような視線を二人に送る。

「ゲッ、マーサ殿……」

「これは手強い」

さすがの二人も、王宮の裏ボスとも呼ばれる侍女長には頭が上がらないらしい。

「バーベナ侯爵。お騒がせして申し訳ありません」

マーサは父に向かって深く一礼した。

「王妃陛下より、此度のアラン殿下の愚行、ならびに婚約破棄の件について、心からの謝罪と賠償の申し出がございます」

「……うむ。王妃様には責任はないが、あのような公衆の面前での恥辱、タダで済ますわけにはいかんぞ」

父が威厳を取り戻して答える。

「もちろんでございます。慰謝料はもちろん、領地の税免除、さらに……」

マーサは言葉を切り、チラリとジェラルドたちを見た。

「こちらの『暴走した粗大ゴミ』の処分についても、王家として責任を持って対処いたします」

「誰が粗大ゴミだ!」

「リサイクル可能な資源と言いたまえ」

二人が抗議するが、マーサは無視した。

「つきましては、リーフィー様にご同席願いたいのですが。陛下からの親書も預かっております」

「……分かった。リーフィー! 降りてきなさい!」

父が大声で私を呼んだ。

私は観念して、窓から顔を出した。

「はい、お父様。すぐに行きます」

私が姿を見せると、ジェラルドとサイラスがパァッと顔を輝かせた。

「おお! リーフィー嬢! おはよう!」

「起きたての顔も素晴らしい……! 魔力光が乱れていてセクシーだ!」

「うるさい」

私は一言で切り捨て、着替えもそこそこに1階へと降りた。

玄関ホールに出ると、父が私を抱きしめんばかりの勢いで迎えてくれた。

「大丈夫かリーフィー! 怖い思いはしなかったか!?」

「ええ、窓から見ていただけですから」

私は父を宥めつつ、マーサの前に進み出た。

「お久しぶりです、マーサ様」

「……リーフィー様」

マーサは私を見ると、一瞬だけ目を見開き、すぐに優しげな笑みを浮かべた。

「なんと……。噂には聞いておりましたが、これほどとは。呪いが解けた貴女様は、王妃様がお若い頃よりもお美しいかもしれません」

「お世辞はお上手ですね」

「本心ですよ。……ああ、アラン殿下は本当に、取り返しのつかないことをなさいました」

マーサは深々と溜息をつき、私に一通の手紙を差し出した。

「王妃陛下からの直筆の手紙です。『息子の教育に失敗した愚かな母を許してほしい。そして、貴女の未来に幸多からんことを』と」

手紙を受け取る。

封蝋には、王妃様の私印が押されていた。

「ありがとうございます。後ほど拝読いたします」

「それと、もう一つ伝言が」

マーサは少し言いづらそうに、しかしはっきりと告げた。

「『次の舞踏会には、ぜひ最高のパートナーを見つけて参加してほしい。アランを見返すためにも』……とのことです」

「舞踏会……」

そういえば、来週には王家主催の謝罪舞踏会が開かれる予定だった。

本来なら、アランと私の婚約を祝うはずだったものが、急遽『アランのやらかし謝罪会』に変更されたのだ。

「パートナー、ですか」

私が呟くと、背後で二つの影が動いた。

「はいはいはい! 私だ!」

「僕でしょう、常識的に考えて」

ジェラルドとサイラスが、いつの間にか父の背後をすり抜けて玄関に入ってきていた。

「入ってくるな!」

父が叫ぶが、二人は聞く耳を持たない。

「リーフィー嬢! 私と踊れば、ダンスフロアを独占できるぞ! 他の客は私の覇気で散らす!」

「そんな殺伐としたダンス嫌です」

「僕なら浮遊魔法で、空中ダンスをエスコートしますよ。目立つこと間違いなし」

「スカートの中が見えるので却下です」

私は二人を冷たくあしらい、マーサに向き直った。

「分かりました。舞踏会には参加します。……ですが、パートナーは自分で決めます。誰にも縛られず、私の意志で」

私の言葉に、ジェラルドとサイラスは一瞬黙り込み、そしてニヤリと笑った。

「なるほど。つまり、舞踏会までの期間が勝負というわけか」

「自分の意志で選ぶ……。いいですね、その主体性。ますます気に入りました」

どうやら、彼らの闘争心にさらに火をつけてしまったらしい。

「お父様、警備を倍にしてください」

「10倍にする! いや、魔法障壁も張るぞ!」

こうして、私の実家での『防衛戦』は、舞踏会までの期間限定で、さらに激化することになったのだった。

一方その頃。

王城の一室では、二日酔いのような顔をしたアラン殿下が、ミナのキンキン声に責め立てられていた。

「ねえ聞いてるの!? ドレスよ! 舞踏会のドレス! 一番高いやつを買ってよ!」

「あー……うるさい……」

アランは頭を抱えていた。

彼の心にあるのは、昨夜見た、光り輝くリーフィーの姿だけだった。

(……俺は、本当に間違っていたのか?)

遅すぎる後悔が、ようやく彼の胸に芽生え始めていた。
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