婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「ジャーン、ケーン、ポン!!」

王宮の舞踏会場、その中心。

優雅なワルツが流れる中、国のトップ3とも言える男たちが、子供のような真剣な表情で拳を突き出していた。

「……グーか。騎士団長らしい単純な手だ」

「フン、パーを出した貴様こそ、策に溺れたな魔導師!」

「チッ、俺はチョキか。……おい、もう一回だ!」

「往生際が悪いぞレオナルド!」

彼らが争っているのは、私の「ファーストダンス」の権利だ。

周囲の貴族たちは、ポカンと口を開けてその光景を見守っている。

アラン殿下がチョコレートまみれで退場(連行)された後、会場の空気は一変し、今やこの「頂上決戦」に全ての注目が集まっていた。

「……早くしてください。曲が終わります」

私が扇子でコツコツとリズムを刻むと、三人はハッとして顔を見合わせた。

「よし、勝者は私だ! 文句あるまい!」

ジェラルドが勝ち誇った顔で私に歩み寄る。

どうやら、最初のパートナーは「筋肉」に決まったらしい。

「リーフィー嬢、お手を。……全力でリードする!」

「全力はやめてください。骨が折れます」

私が恐る恐る手を乗せると、ジェラルドは嬉しそうにニカッと笑い、グイッと私を引き寄せた。

「うわっ!?」

次の瞬間、私の体は宙を舞っていた。

「さあ行くぞ! アイアンサイド流・高速ワルツ!」

「速すぎます!!」

ジェラルドのステップは、ダンスというより「回避運動」に近かった。

ブンッ! ブンッ!

彼が回るたびに風圧が発生し、周囲の観客の髪が乱れる。

「見てくれリーフィー嬢! 私の体幹を! どんな回転でも軸がぶれない!」

「私の三半規管がぶれます! 目が回る!」

「ハッハッハ! 戦場ではもっと激しく動くぞ!」

「ここは平和な舞踏会場です!」

私は必死に彼の肩にしがみついた。

端から見れば、猛獣に振り回される小動物か、あるいは竜巻に巻き込まれた赤い花びらにしか見えないだろう。

「とぉっ!」

最後、ジェラルドは私を高く抱え上げ(リフト)、着地と同時にキメ顔をした。

ドスンッ!

床が揺れた。

「……ゼェ、ゼェ……」

私は息も絶え絶えだった。

「素晴らしいダンスだった! いい汗かいたな!」

「……寿命が縮みました」

私がよろめくと、すかさず次の男が滑り込んできた。

「お疲れ様。次は僕の番ですね」

サイラスだ。

彼は涼しい顔で私の手を取り、魔法陣を展開した。

「重力軽減(グラビティ・ゼロ)。摩擦係数ダウン。……さあ、僕の理論に基づいた効率的なダンスを」

「嫌な予感しかしません」

曲調が変わる。

サイラスが一歩踏み出すと、私たちの体はふわりと床から浮き上がった。

「えっ!?」

「床の上で踊るなんて時代遅れですよ。これなら足も疲れないし、他のペアとぶつかる心配もない」

「目立ちすぎです! 下ろして!」

私たちは空中3メートルの高さを、滑るように移動し始めた。

まるで幽霊か、UFOのようだ。

「見なさいリーフィー嬢。下界の人々がゴミのようだ」

「民衆を見下さないでください。あとスカートの中が見えそうで気になります」

「大丈夫、鉄壁の光学迷彩をかけてあります。見えるのは僕だけです」

「それが一番問題なんです!」

私は空中でバタバタと暴れた。

「暴れると墜落しますよ? ……おっと、フィニッシュは華やかに」

サイラスが指を鳴らすと、私たちの周囲に無数の光の球が出現し、花火のように弾けた。

パパンッ! キラキラキラ……。

幻想的ではあるが、演出過剰だ。

「……降ります。今すぐ」

私が睨むと、サイラスは渋々私を床に下ろした。

「やれやれ、ロマンが分からない人だ」

「貴方のはロマンではなく実験です」

地に足がついた安心感に浸る間もなく、最後の男が私の腰を抱いた。

「待たせたな。ようやく本物の男の出番だ」

レオナルドだ。

濃厚な香水の香りと、ジャラジャラという金属音が近づく。

「俺の国のダンスは情熱的だぞ。ついて来れるか?」

「お手柔らかにお願いします」

曲は激しいタンゴ調に変わった。

レオナルドは私の顔を至近距離で見つめ、強引にステップを踏み出した。

「オレ! アモーレ!」

「掛け声がうるさいです」

彼のダンスは、とにかく「俺を見てくれ」という自己主張の塊だった。

キザなポーズを決め、カメラ目線(観客へのアピール)を欠かさない。

「どうだ、この俺の腰使い! セクシーだろう?」

「セクシーというよりクネクネしてます」

「リーフィー、お前のその冷たい目……ゾクゾクするぜ!」

「Mなんですか?」

レオナルドは私をのけぞらせ、バラの花を口にくわえて(どこから出した?)ウィンクをした。

「俺の国に来れば、毎日がカーニバルだぞ」

「静かに暮らしたいので遠慮します」

激しいステップの応酬。

私の足は悲鳴を上げていたが、元悪役令嬢の意地で、なんとか彼のリードについていく。

そして、曲の終わり。

レオナルドは私を抱き寄せ、耳元で囁いた。

「……悪くない。お前、なかなかいい女だ」

「どうも」

私は彼の足をヒールで軽く踏んづけて、距離を取った。

「いったぁ!? ……フッ、激しいな」

三者三様の「地獄のダンスタイム」が終了した。

会場は静まり返っていた。

あまりにも濃すぎるパフォーマンスを見せられ、観客たちは拍手をするタイミングすら失っていたのだ。

「……はぁ、はぁ」

私は肩で息をしながら、扇子で顔を仰いだ。

もう帰りたい。

心からそう思った。

しかし、この「見世物」のおかげで、ある効果が生まれていた。

「す、すごい……」

「騎士団長のパワー、魔導師の魔法、皇太子の色気……全てを受け止めたぞ、あの方」

「なんてスペックの高さだ……」

貴族たちの私を見る目が、もはや「人間」を見る目ではなく、「伝説の生き物」を見る目に変わっていたのだ。

そして。

「次は誰だ!?」

「俺も踊りたい!」

「あんな凄いダンスの後じゃハードルが高いが、一目だけでも!」

ジェラルドたちが去った後、逆に「高嶺の花」への挑戦心が煽られたのか、会場中の男たちが一斉に私に向かって動き出した。

「リーフィー様! 次は私と!」

「いいえ私と!」

「僕のダンスは普通です! 安全です!」

どっと押し寄せる求婚者たちの波。

まさにモーゼの海割りが閉じるような勢いだ。

「ひっ……」

私は一歩後ずさった。

三人の猛獣の次は、百人のハイエナか。

「……休憩! 休憩に入ります!」

私は叫ぶと、ドレスの裾を翻してバルコニーへと逃げ出した。

「あっ、待ってください!」

「逃げるなーっ!」

背後から追いかけてくる男たちの群れ。

王城のバルコニーでの鬼ごっこ。

こんなはずじゃなかった。

私は夜風に当たりながら、手すりにもたれてぐったりとした。

「……誰か、助けて」

本音が漏れた、その時。

「あらあら。大変そうね、リーフィーさん」

隣のバルコニーから、クスクスという上品な笑い声が聞こえた。

月明かりの下、ワイングラスを片手に微笑んでいたのは、この国の真の支配者――王妃様だった。

「王妃様……」

「ふふ。モテる女は辛い、って顔ね。でも、ここからが正念場よ?」

王妃様は意味深にグラスを掲げた。

「貴女が誰を選ぶか、あるいは選ばないか。アランという『お荷物』がいなくなった今、貴女の価値は国を左右するレベルよ」

「……買い被りすぎです」

「いいえ。……で、どうするの? まだ『誰も選ばない』つもり?」

王妃様の問いかけに、私は言葉に詰まった。

賑やかな会場を見下ろす。

そこには、私を探して右往左往するジェラルド、サイラス、レオナルドの姿があった。

彼らはバカで、迷惑で、強引だ。

けれど。

(……私を見てくれている)

アラン殿下のように「自分の付属品」としてではなく、私という個人を見て、真正面からぶつかってくれている。

その事実は、悪い気分ではなかった。

「……もう少しだけ、考えさせてください」

私が答えると、王妃様は満足そうに頷いた。

「ええ、悩みなさい。青春の特権よ」

その時、会場から再び悲鳴が上がった。

「ぎゃあああ! なんだこの虎は!?」

「象が! 象がビュッフェを食べている!」

レオナルドのペットたちが脱走したらしい。

「……前言撤回します。やっぱり考え直します」

「あはは! 行ってらっしゃい、猛獣使いさん!」

私は再び、カオスの渦巻く会場へと戻っていった。

私の平穏な日々は、まだまだ訪れそうにない。
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