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「リーフィー様! 次は私と!」
「いいえ、私が先です! 整理券番号1番を持っています!」
「いつ配ったんだそんなもの! そこをどけ、俺は彼女の瞳の色と同じ宝石を用意したんだ!」
「僕は彼女の足跡の拓本を取りたいんです!」
「……警備兵! 変質者がいます! つまみ出して!」
私は叫んだが、その声は熱狂の渦にかき消された。
会場は大混乱だった。
一方では、レオナルド殿下のペットであるホワイトタイガーがビュッフェの生ハムを食い荒らし、それをジェラルド様がヘッドロックで抑え込んでいる。
もう一方では、暴れる戦象をサイラス様が「重力反転」の魔法で天井に貼り付けている(象が逆さまになってパオーンと鳴いている)。
つまり、私の強力すぎるボディーガードたちは、猛獣の対処で手が塞がっていた。
その隙を突いて、一般の貴族令息たちが、蟻の群れのように私に殺到してきたのだ。
「さあリーフィー様、踊りましょう!」
「え、ちょ、ちょっと……!」
拒否する間もなく、私は見知らぬ男に手を引かれ、ダンスフロアの中央へと引きずり出された。
曲は軽快なポルカ。
休む暇などない。
「ああっ、リーフィー様の手が柔らかい……! もう一週間手を洗いません!」
「不潔なので洗ってください!」
ワンコーラスが終わると、すかさず次の男がタッチしてくる。
「次は僕です! 僕の領地は芋が名産で……」
「興味ありません!」
クルックルッと回される。
目が回る。
「僕は詩人です! 君への愛を即興で詠みます! 『ああリーフィー、君は赤いマグマ、僕を焼く……』」
「熱いし怖いです!」
次から次へとパートナーが変わる。
太った伯爵、ガリガリの学者、香水がきつい若造、やたらと顔が近いオジ様。
(……しんどい)
私は遠い目をした。
さっきまでの三人が、どれだけダンスが上手かったか(クセは強かったが)を痛感する。
ジェラルド様は乱暴だったが、絶対に私を転ばせなかった。
サイラス様は浮いていたが、私の体力を温存させてくれた。
レオナルド殿下はウザかったが、リズム感は完璧だった。
それに比べて、この有象無象たちは……。
「いたっ!」
「あ、すみません! 踏んでしまいました!」
「ドレスの裾を引っ張らないで!」
「リーフィー様、僕と結婚してくれたら、毎日僕のママが美味しいスープを……」
「マザコンは帰って!」
私は必死にステップを踏みながら、会場の隅で猛獣と格闘している三人に視線を送った。
(助けて……!)
視線に気づいたジェラルドが、虎の首を絞めながら叫んだ。
「リーフィー嬢! 今行く! ……くっ、この虎、関節技が効かん!」
「虎に関節技をかけるな! 早くこっちに来て!」
サイラスも天井を見上げたまま叫ぶ。
「象の質量が予想以上です! 下手に下ろすと床が抜ける! あと5分耐えてください!」
「5分も耐えられません! もう足が棒です!」
レオナルドに至っては、象の鼻にぶら下がって遊んでいる。
「ガハハ! 見ろリーフィー! 空中ブランコだ!」
「遊んでないで回収しなさいよ飼い主!」
ダメだ、あの人たち。
頼りになるのかポンコツなのか分からない。
「ゼェ、ゼェ……」
10曲連続で踊らされ、私の体力は限界に達していた。
呼吸が乱れ、視界がチカチカする。
「リーフィー様、顔色が優れませんね。人工呼吸しましょうか?」
「結構です……!」
ニヤついた男が顔を近づけてきた、その時。
パンッ! パンッ!
乾いた破裂音が響き渡り、会場の空気が一瞬で凍りついた。
「そこまでになさい」
凛とした、しかし絶対的な威厳を持つ声。
男たちが蜘蛛の子を散らすように道を開ける。
そこには、優雅に扇を閉じた王妃様が、氷の微笑を浮かべて立っていた。
背後には、鬼の形相をした侍女長マーサと、近衛騎士団が控えている。
「王妃様……」
「主賓を疲れさせてどうするのです。マナーを知らない殿方は、全員マーサの『礼儀作法・地獄の特訓コース』に送り込みますよ?」
「ヒッ……!」
男たちが青ざめて後退る。
マーサの特訓は、泣く子も黙る……というか、大の大人も泣いて逃げ出すと評判のスパルタ教育だ。
「リーフィーさん、こちらへ」
王妃様が手招きをする。
私はよろめきながら、王妃様の元へ歩み寄った。
「助かりました……。もう一歩も動けません」
「ふふ、お疲れ様。貴女の人気は、国を滅ぼしかねないわね」
王妃様は私を支え、バルコニーの奥にある貴賓室へと誘導した。
「少し休みましょう。それに、貴女に話しておきたいことがあります」
「話、ですか?」
「ええ。貴女の未来について。……そして、あのバカ息子(アラン)の処分についてもね」
王妃様の目が、一瞬だけ鋭く光った。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
貴賓室の扉が閉まる直前、ようやく虎を気絶させたジェラルド様たちが、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
「リーフィー嬢! 無事かー!」
「遅いわよ、バカ」
私は小さく呟いて、重厚な扉の向こうへと姿を消した。
ダンスの申し込みラッシュは終わった。
しかし、今度は国のトップとの、逃げ場のない「面談」が始まろうとしていた。
「いいえ、私が先です! 整理券番号1番を持っています!」
「いつ配ったんだそんなもの! そこをどけ、俺は彼女の瞳の色と同じ宝石を用意したんだ!」
「僕は彼女の足跡の拓本を取りたいんです!」
「……警備兵! 変質者がいます! つまみ出して!」
私は叫んだが、その声は熱狂の渦にかき消された。
会場は大混乱だった。
一方では、レオナルド殿下のペットであるホワイトタイガーがビュッフェの生ハムを食い荒らし、それをジェラルド様がヘッドロックで抑え込んでいる。
もう一方では、暴れる戦象をサイラス様が「重力反転」の魔法で天井に貼り付けている(象が逆さまになってパオーンと鳴いている)。
つまり、私の強力すぎるボディーガードたちは、猛獣の対処で手が塞がっていた。
その隙を突いて、一般の貴族令息たちが、蟻の群れのように私に殺到してきたのだ。
「さあリーフィー様、踊りましょう!」
「え、ちょ、ちょっと……!」
拒否する間もなく、私は見知らぬ男に手を引かれ、ダンスフロアの中央へと引きずり出された。
曲は軽快なポルカ。
休む暇などない。
「ああっ、リーフィー様の手が柔らかい……! もう一週間手を洗いません!」
「不潔なので洗ってください!」
ワンコーラスが終わると、すかさず次の男がタッチしてくる。
「次は僕です! 僕の領地は芋が名産で……」
「興味ありません!」
クルックルッと回される。
目が回る。
「僕は詩人です! 君への愛を即興で詠みます! 『ああリーフィー、君は赤いマグマ、僕を焼く……』」
「熱いし怖いです!」
次から次へとパートナーが変わる。
太った伯爵、ガリガリの学者、香水がきつい若造、やたらと顔が近いオジ様。
(……しんどい)
私は遠い目をした。
さっきまでの三人が、どれだけダンスが上手かったか(クセは強かったが)を痛感する。
ジェラルド様は乱暴だったが、絶対に私を転ばせなかった。
サイラス様は浮いていたが、私の体力を温存させてくれた。
レオナルド殿下はウザかったが、リズム感は完璧だった。
それに比べて、この有象無象たちは……。
「いたっ!」
「あ、すみません! 踏んでしまいました!」
「ドレスの裾を引っ張らないで!」
「リーフィー様、僕と結婚してくれたら、毎日僕のママが美味しいスープを……」
「マザコンは帰って!」
私は必死にステップを踏みながら、会場の隅で猛獣と格闘している三人に視線を送った。
(助けて……!)
視線に気づいたジェラルドが、虎の首を絞めながら叫んだ。
「リーフィー嬢! 今行く! ……くっ、この虎、関節技が効かん!」
「虎に関節技をかけるな! 早くこっちに来て!」
サイラスも天井を見上げたまま叫ぶ。
「象の質量が予想以上です! 下手に下ろすと床が抜ける! あと5分耐えてください!」
「5分も耐えられません! もう足が棒です!」
レオナルドに至っては、象の鼻にぶら下がって遊んでいる。
「ガハハ! 見ろリーフィー! 空中ブランコだ!」
「遊んでないで回収しなさいよ飼い主!」
ダメだ、あの人たち。
頼りになるのかポンコツなのか分からない。
「ゼェ、ゼェ……」
10曲連続で踊らされ、私の体力は限界に達していた。
呼吸が乱れ、視界がチカチカする。
「リーフィー様、顔色が優れませんね。人工呼吸しましょうか?」
「結構です……!」
ニヤついた男が顔を近づけてきた、その時。
パンッ! パンッ!
乾いた破裂音が響き渡り、会場の空気が一瞬で凍りついた。
「そこまでになさい」
凛とした、しかし絶対的な威厳を持つ声。
男たちが蜘蛛の子を散らすように道を開ける。
そこには、優雅に扇を閉じた王妃様が、氷の微笑を浮かべて立っていた。
背後には、鬼の形相をした侍女長マーサと、近衛騎士団が控えている。
「王妃様……」
「主賓を疲れさせてどうするのです。マナーを知らない殿方は、全員マーサの『礼儀作法・地獄の特訓コース』に送り込みますよ?」
「ヒッ……!」
男たちが青ざめて後退る。
マーサの特訓は、泣く子も黙る……というか、大の大人も泣いて逃げ出すと評判のスパルタ教育だ。
「リーフィーさん、こちらへ」
王妃様が手招きをする。
私はよろめきながら、王妃様の元へ歩み寄った。
「助かりました……。もう一歩も動けません」
「ふふ、お疲れ様。貴女の人気は、国を滅ぼしかねないわね」
王妃様は私を支え、バルコニーの奥にある貴賓室へと誘導した。
「少し休みましょう。それに、貴女に話しておきたいことがあります」
「話、ですか?」
「ええ。貴女の未来について。……そして、あのバカ息子(アラン)の処分についてもね」
王妃様の目が、一瞬だけ鋭く光った。
私はゴクリと唾を飲み込んだ。
貴賓室の扉が閉まる直前、ようやく虎を気絶させたジェラルド様たちが、こちらに向かって走ってくるのが見えた。
「リーフィー嬢! 無事かー!」
「遅いわよ、バカ」
私は小さく呟いて、重厚な扉の向こうへと姿を消した。
ダンスの申し込みラッシュは終わった。
しかし、今度は国のトップとの、逃げ場のない「面談」が始まろうとしていた。
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