婚約破棄された瞬間、不人気の呪いが解けてモテモテに!?

夏乃みのり

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「ふぅ……。生き返りました」

防音結界が施された貴賓室。

私はふかふかのソファに深々と身を沈め、侍女長マーサが淹れてくれた最高級のハーブティーを一口飲んだ。

会場の喧騒が嘘のように静かだ。

「それは良かったわ。……それにしても、貴女は本当にタフね」

向かいの席で、王妃様が優雅にティーカップを傾けている。

「あの猛獣(ジェラルドたち)と、ハイエナ(有象無象)の群れを相手にして、まだ理性を保っているなんて。私なら開始5分で全員処刑しているわ」

「……その選択肢、魅力的ですね」

私が冗談めかして答えると、王妃様はコロコロと笑った。

「さて、リーフィーさん。まずは謝罪を」

王妃様の表情が、スッと真面目なものに変わる。

「アランのこと、本当に申し訳ありませんでした。あの子がここまで愚かだとは……母親として、教育の至らなさを恥じるばかりです」

王妃様が頭を下げようとするのを、私は慌てて止めた。

「お顔を上げてください、王妃様。アラン殿下の行動は、彼自身の資質によるものです。王妃様の責任ではありません」

「そう言ってくれると救われるわ。……でも、責任は取らせます」

王妃様の目が、氷点下の冷たさを帯びる。

「アランからは王位継承権を剥奪しました。今日この日をもって、彼は『元』王子です」

「剥奪、ですか」

予想はしていたが、早い決断だ。

「ええ。黄金の像なんて作る予算があるなら、治水工事の一つでもすべきだったわね。彼は明日から、北の国境にある砦へ『新人兵士』として送り込みます。ジェラルドに頼んで、一番厳しい鬼軍曹をつけさせたから、数年は帰って来られないでしょう」

「……それは、ご愁傷様です」

アランが泥まみれで訓練される姿を想像し、少しだけ胸がスカッとした。

「あのミナという娘も、修道院行きです。たっぷりと反省してもらいましょう。……これで、貴女の憂いはなくなったかしら?」

「はい。十分すぎます」

「なら、ここからは楽しい話をしましょうか」

王妃様はパッと表情を明るくし、身を乗り出してきた。

その目は、好奇心に輝く乙女のようだ。

「で? 誰にするの?」

「……はい?」

「とぼけないでちょうだい。ジェラルド、サイラス、レオナルド。あの三人のうち、誰を選ぶのかって聞いているのよ」

王妃様は楽しそうだ。完全に「恋バナ」モードだ。

「誰……と言われましても」

私は視線を泳がせた。

「三人とも、個性が強すぎて……。ジェラルド様は筋肉ダルマですし、サイラス様はマッドサイエンティストですし、レオナルド殿下は俺様すぎます」

「あら、いいじゃない。退屈しなくて」

「退屈以前に、命が持ちません」

「ふふふ。でもね、リーフィーさん」

王妃様はカップを置き、優しい眼差しで私を見つめた。

「彼らは確かに変人だけれど、貴女を見る目だけは『本物』よ」

「……本物、ですか」

「ええ。アランは貴女の『外面』や『役職』しか見ていなかった。でもあの三人は、貴女が呪いで地味だった頃から、あるいは貴女の本質を見抜いて、魂に惹かれている。……でなければ、あんな大騒ぎしてまで求婚しないわ」

王妃様の言葉が、胸に染み入る。

確かにそうだ。

ジェラルド様は、私が殿下を叱責する姿を「美しい」と言った。

サイラス様は、私の魔力と精神力を評価した。

レオナルド殿下は、私の気の強さを気に入った。

誰も、今の私の「顔だけ」を見ているわけではない。

「……でも、私には分かりません」

私はポツリと漏らした。

「今まで、『王子の婚約者』として、完璧であることだけを考えて生きてきました。自分の感情なんて二の次で。だから……誰かを好きになるというのが、どういうことなのか」

「難しく考えることはないわ」

王妃様は悪戯っぽく微笑んだ。

「一緒にいて、一番『笑える』相手を選べばいいのよ」

「笑える相手?」

「そう。完璧な王子様なんて、絵本の中にしかいないわ。現実はもっと泥臭くて、滑稽で、大変なものよ。だからこそ、辛い時や大変な時に、隣で一緒にバカをやって笑い飛ばしてくれる……そんな相手が一番強いの」

王妃様の言葉に、ハッとした。

笑える相手。

そう言われて思い浮かぶのは、あのカオスな日々だ。

筋肉で全てを解決しようとする騎士。

変な発明品で騒動を広げる魔導師。

象に乗って常識を破壊する皇太子。

彼らと過ごした時間は、確かに迷惑で、疲れて、頭が痛かったけれど……。

(私、怒ってばかりだったけど……退屈はしなかった)

むしろ、あんなに感情を剥き出しにして叫んだり、走ったりしたのは、生まれて初めてだったかもしれない。

「……ふふ」

自然と笑みがこぼれた。

「あら、答えが出た顔ね?」

「いいえ、まだです。……ただ、もう少しだけ、あのお祭り騒ぎに付き合ってみようかなとは、思いました」

「素直じゃないわねぇ。でも、それでこそリーフィーさんよ」

王妃様は満足そうに頷いた。

その時。

ガリガリガリッ!!

ドアの方から、何かが引っ掻くような音がした。

「……何の音ですか?」

「リーフィー嬢! 中にいるのか! 私の鼻が君の香りを捉えているぞ!」

「ここですね。魔力探知に反応あり。……ふむ、結界強度はクラスAか。解除に3分」

「おい開けろ! 俺の女を独占するとは何事だ! 象で突っ込むぞ!」

ドアの向こうから、三人の声が聞こえる。

どうやら、休憩時間は終了らしい。

「あの方々、本当に嗅ぎつけるのが早いですわね……」

マーサが呆れ顔でドアを見つめる。

「開けて差し上げなさい、マーサ。彼らの忍耐も限界のようだし」

「承知いたしました」

マーサが鍵を開けた瞬間。

ドダダダッ!

三人が雪崩れ込んできた。

「リーフィー嬢! 無事か! 王妃様にいじめられていないか!」

「心配しましたよ。君がいない舞踏会なんて、具のないスープです」

「さあ帰るぞ! 俺の船で二次会だ!」

三人が私に群がる。

相変わらずの圧だ。

しかし、さっきまで感じていた「恐怖」や「疲労」とは違う、どこか温かい感情が胸に湧いてきた。

私は立ち上がり、ドレスの埃を払った。

そして、彼らに向かって不敵に微笑んだ。

「皆様。私の休憩を邪魔した罪は重いですわよ?」

「ぐっ……すまん!」

「で、ではお詫びに、新しい魔導具を……」

「俺の島を一つやる!」

「いりません。……その代わり」

私は三人の顔を見渡した。

「最後まで、私を楽しませてくださいね? 退屈させたら、即座に全員振りますから」

私の宣言に、三人は一瞬ポカンとし、そして爆発的な笑顔を見せた。

「おうよ! 任せておけ!」

「望むところです!」

「俺の辞書に退屈という文字はない!」

「ふふ、行ってらっしゃい」

王妃様に見送られ、私は再び騒がしい夜へと戻っていった。

舞踏会は終わりを迎えたが、私の新しい人生は、ここからが本番だった。

……だが。

その裏で、一つだけまだ解決していない謎があった。

「ねえ、マーサ」

私が去った後の貴賓室で、王妃様が低く呟いた。

「はい、陛下」

「あのアランが贈った指輪……。あれに呪いをかけた犯人、まだ見つかっていないのよね?」

「はい。アラン様は『母上から貰った』と仰っていましたが……陛下がお渡しになった指輪は、ただの加護の指輪でした」

「ええ。つまり、私の手からアランに渡るまでの間に、誰かがすり替えたか、呪いを付与したか……」

王妃様はカップの縁を指でなぞった。

「リーフィーさんを『悪役令嬢』に仕立て上げ、アランから遠ざけたかった人物。……単なるアランの浮気心を利用した、もっと深い悪意を感じるわ」

「調査を続行しますか?」

「ええ。徹底的にね。私の可愛いリーフィーさんに手を出した報いは、受けてもらわないと」

華やかな恋騒動の裏で、ミステリーの幕が静かに上がろうとしていた。
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