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「……平和だわ」
バーベナ侯爵邸、私の自室。
エミールの一件が片付き、嵐のような日々が嘘のように静まり返った夜。
私は窓辺のソファに座り、月を見上げていた。
明日は、彼らに答えを出すと約束した日。
手元には、冷めかけたハーブティー。
「……誰を、選ぶか」
私はカップの縁を指でなぞった。
今まで、「王子の婚約者」として生きることが全てだった。
感情を殺し、好みを殺し、ただ「正しいこと」だけを積み重ねてきた。
だから、「誰を愛しているか」なんて問われても、正直なところピンと来ないのだ。
(愛……。物語の中のような、胸が焦げるような感情?)
私は三人の顔を思い浮かべてみた。
まず、ジェラルド様。
『ガハハ! 筋肉は裏切らないぞ!』
……暑苦しい。
声が大きいし、屋敷の門を壊すし、ダンスは竜巻のようだし。
でも、アラン殿下が私を罵倒した時、真っ先に怒ってくれたのは彼だった。
私のために本気で怒り、体を張って守ってくれる。
その背中の大きさは、確かに頼もしかった。
次に、サイラス様。
『君の魔力データ、最高にそそりますねぇ』
……変人だ。
私を実験体としか見ていないし、プレゼントは怪しい薬ばかりだし、空を飛ばされるし。
でも、私の抱えていた「呪い」という見えない恐怖を、理論と知識であっさり解明してくれた。
彼と話していると、悩んでいるのが馬鹿らしくなるほど、世界がクリアに見える。
最後に、レオナルド殿下。
『俺の国に来い。世界を見せてやる』
……俺様だ。
強引だし、ペットは凶暴だし、金銭感覚がおかしいし。
でも、私という人間を「侯爵令嬢」という枠組みではなく、一人の女として評価し、広い世界へ連れ出そうとしてくれる。
その自信に満ちた瞳は、確かに魅力的だった。
「……はぁ」
ため息が出る。
「どいつもこいつも、クセが強すぎるのよ」
普通なら、もっと穏やかで、常識的な相手を選ぶべきだ。
でも、今の私にとって、「普通」の男性たちが物足りなく思えてしまうのも事実だった。
(私、毒されてるのかしら……)
その時。
カチャカチャ、ボッ……。
窓の下、庭の方から奇妙な音が聞こえた。
「ん?」
私は窓を開けて、下を覗き込んだ。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……何してるんですか、貴方達」
庭の真ん中で、三人の男たちが焚き火を囲んでいたのだ。
ジェラルド様が薪を割り、サイラス様が魔法で火を点け、レオナルド殿下が肉を焼いている。
まるでキャンプだ。
「おっ、リーフィー嬢! 起きていたか!」
ジェラルド様が骨付き肉を片手に手を振る。
「こんばんは。夜風が気持ちいいので、野営をすることにしました」
サイラス様が涼しい顔で言う。
「なんだ、腹が減ったのか? 肉ならあるぞ」
レオナルド殿下が串を差し出す。
「……ここは私の家の庭です。なぜ野営を?」
私が呆れて尋ねると、三人は顔を見合わせ、真面目な顔で答えた。
「決まっている! 最後の夜だ。他の悪い虫がつかないよう、鉄壁のガードをしているのだ!」
「エミールのような刺客がまた現れないとも限りませんからね」
「それに、明日の朝一番にお前の顔を見るのは俺だという、牽制も兼ねている」
「……バカなんですか?」
私は思わず吹き出した。
国のトップ3が、こんな夜更けに、人の家の庭で焚き火を囲んで肉を焼いている。
しかも、私を守るために。
「あはは……! 本当に、バカな人たち……」
笑いが止まらなかった。
呪いが解けてから、色々なことがあったけれど、こんなに心の底から笑ったのは初めてかもしれない。
私が笑うと、下の三人もつられて笑った。
「ガハハ! 笑った顔が一番いいな!」
「ええ、魔力光が輝いていますよ」
「フン、やっと素直になりやがって」
彼らの笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
これが「愛」なのかは、まだ分からない。
でも。
(この人たちとなら……きっと、退屈しない未来が待っている)
それだけは確信できた。
「……風邪を引かないでくださいね」
私は優しく声をかけた。
「あと、お肉の匂いが部屋に入ってくるので、換気魔法を使ってください」
「了解だ!」
「任せてください」
「注文の多い女だ」
私は窓を閉めた。
ベッドに入り、天井を見上げる。
心の中の霧が、少しだけ晴れた気がした。
私は、誰と一緒にいたいのか。
誰の隣で、この新しい人生を歩みたいのか。
まだ迷いはあるけれど、その「答え」の輪郭が、ぼんやりと見えてきたような気がした。
「……明日は、長い一日になりそう」
私は目を閉じ、焚き火の爆ぜる音と、男たちの楽しげな話し声を子守唄に、深い眠りへと落ちていった。
一方、庭では。
「おいジェラルド、肉を食いすぎだ」
「筋肉にはタンパク質が必要なんだ!」
「サイラス、火力が弱いぞ。魔法で調整しろ」
「僕はコンロじゃありませんよ」
「……なあ」
不意に、ジェラルドが真面目な声を出した。
「なんだ、改まって」
「明日、彼女が誰を選んでも……恨みっこなしだぞ」
ジェラルドが炎を見つめながら言う。
サイラスが眼鏡を直し、レオナルドが鼻を鳴らした。
「当然でしょう。彼女の選択は絶対です」
「俺が選ばれるに決まっているがな。……まあ、もしお前らが選ばれたら、祝ってやらんこともない」
「フッ、素直じゃないな」
「お前もな」
男たちの間には、奇妙な友情が芽生えていた。
ライバルであり、戦友。
リーフィーという一人の女性を巡って競い合った時間は、彼らにとっても、かけがえのないものになっていたのだ。
しかし。
彼らはまだ知らなかった。
リーフィーが出す「答え」が、彼らの予想を斜め上に裏切るものであることを。
バーベナ侯爵邸、私の自室。
エミールの一件が片付き、嵐のような日々が嘘のように静まり返った夜。
私は窓辺のソファに座り、月を見上げていた。
明日は、彼らに答えを出すと約束した日。
手元には、冷めかけたハーブティー。
「……誰を、選ぶか」
私はカップの縁を指でなぞった。
今まで、「王子の婚約者」として生きることが全てだった。
感情を殺し、好みを殺し、ただ「正しいこと」だけを積み重ねてきた。
だから、「誰を愛しているか」なんて問われても、正直なところピンと来ないのだ。
(愛……。物語の中のような、胸が焦げるような感情?)
私は三人の顔を思い浮かべてみた。
まず、ジェラルド様。
『ガハハ! 筋肉は裏切らないぞ!』
……暑苦しい。
声が大きいし、屋敷の門を壊すし、ダンスは竜巻のようだし。
でも、アラン殿下が私を罵倒した時、真っ先に怒ってくれたのは彼だった。
私のために本気で怒り、体を張って守ってくれる。
その背中の大きさは、確かに頼もしかった。
次に、サイラス様。
『君の魔力データ、最高にそそりますねぇ』
……変人だ。
私を実験体としか見ていないし、プレゼントは怪しい薬ばかりだし、空を飛ばされるし。
でも、私の抱えていた「呪い」という見えない恐怖を、理論と知識であっさり解明してくれた。
彼と話していると、悩んでいるのが馬鹿らしくなるほど、世界がクリアに見える。
最後に、レオナルド殿下。
『俺の国に来い。世界を見せてやる』
……俺様だ。
強引だし、ペットは凶暴だし、金銭感覚がおかしいし。
でも、私という人間を「侯爵令嬢」という枠組みではなく、一人の女として評価し、広い世界へ連れ出そうとしてくれる。
その自信に満ちた瞳は、確かに魅力的だった。
「……はぁ」
ため息が出る。
「どいつもこいつも、クセが強すぎるのよ」
普通なら、もっと穏やかで、常識的な相手を選ぶべきだ。
でも、今の私にとって、「普通」の男性たちが物足りなく思えてしまうのも事実だった。
(私、毒されてるのかしら……)
その時。
カチャカチャ、ボッ……。
窓の下、庭の方から奇妙な音が聞こえた。
「ん?」
私は窓を開けて、下を覗き込んだ。
そこには、信じられない光景が広がっていた。
「……何してるんですか、貴方達」
庭の真ん中で、三人の男たちが焚き火を囲んでいたのだ。
ジェラルド様が薪を割り、サイラス様が魔法で火を点け、レオナルド殿下が肉を焼いている。
まるでキャンプだ。
「おっ、リーフィー嬢! 起きていたか!」
ジェラルド様が骨付き肉を片手に手を振る。
「こんばんは。夜風が気持ちいいので、野営をすることにしました」
サイラス様が涼しい顔で言う。
「なんだ、腹が減ったのか? 肉ならあるぞ」
レオナルド殿下が串を差し出す。
「……ここは私の家の庭です。なぜ野営を?」
私が呆れて尋ねると、三人は顔を見合わせ、真面目な顔で答えた。
「決まっている! 最後の夜だ。他の悪い虫がつかないよう、鉄壁のガードをしているのだ!」
「エミールのような刺客がまた現れないとも限りませんからね」
「それに、明日の朝一番にお前の顔を見るのは俺だという、牽制も兼ねている」
「……バカなんですか?」
私は思わず吹き出した。
国のトップ3が、こんな夜更けに、人の家の庭で焚き火を囲んで肉を焼いている。
しかも、私を守るために。
「あはは……! 本当に、バカな人たち……」
笑いが止まらなかった。
呪いが解けてから、色々なことがあったけれど、こんなに心の底から笑ったのは初めてかもしれない。
私が笑うと、下の三人もつられて笑った。
「ガハハ! 笑った顔が一番いいな!」
「ええ、魔力光が輝いていますよ」
「フン、やっと素直になりやがって」
彼らの笑顔を見ていると、胸の奥がじんわりと温かくなるのを感じた。
これが「愛」なのかは、まだ分からない。
でも。
(この人たちとなら……きっと、退屈しない未来が待っている)
それだけは確信できた。
「……風邪を引かないでくださいね」
私は優しく声をかけた。
「あと、お肉の匂いが部屋に入ってくるので、換気魔法を使ってください」
「了解だ!」
「任せてください」
「注文の多い女だ」
私は窓を閉めた。
ベッドに入り、天井を見上げる。
心の中の霧が、少しだけ晴れた気がした。
私は、誰と一緒にいたいのか。
誰の隣で、この新しい人生を歩みたいのか。
まだ迷いはあるけれど、その「答え」の輪郭が、ぼんやりと見えてきたような気がした。
「……明日は、長い一日になりそう」
私は目を閉じ、焚き火の爆ぜる音と、男たちの楽しげな話し声を子守唄に、深い眠りへと落ちていった。
一方、庭では。
「おいジェラルド、肉を食いすぎだ」
「筋肉にはタンパク質が必要なんだ!」
「サイラス、火力が弱いぞ。魔法で調整しろ」
「僕はコンロじゃありませんよ」
「……なあ」
不意に、ジェラルドが真面目な声を出した。
「なんだ、改まって」
「明日、彼女が誰を選んでも……恨みっこなしだぞ」
ジェラルドが炎を見つめながら言う。
サイラスが眼鏡を直し、レオナルドが鼻を鳴らした。
「当然でしょう。彼女の選択は絶対です」
「俺が選ばれるに決まっているがな。……まあ、もしお前らが選ばれたら、祝ってやらんこともない」
「フッ、素直じゃないな」
「お前もな」
男たちの間には、奇妙な友情が芽生えていた。
ライバルであり、戦友。
リーフィーという一人の女性を巡って競い合った時間は、彼らにとっても、かけがえのないものになっていたのだ。
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