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「では、お一人ずつお話をさせていただきます」
翌朝。
私は庭で待ち構えていた三人の男たちに向かって宣言した。
「三人同時に愛を叫ばれても、私の耳は二つしかありませんので。順番にお呼びします」
「なるほど、面接方式か」
「ふん、勿体ぶるな」
「一番手は誰だ?」
三人がゴクリと唾を飲む。
私はリスト(という名のメモ帳)を見て、名前を呼んだ。
「ジェラルド・アイアンサイド様。……ついて来てください」
「うむ!」
ジェラルドが勢いよく立ち上がり、他の二人に勝ち誇ったような視線を送った。
「見ていろ。私の『直球』で、彼女のハートをストライクにしてくる!」
「野球ですか? 乱暴しないでくださいよ」
サイラスの野次を背に、私たちは庭園の奥、静かな東屋へと向かった。
*
東屋に着くと、ジェラルドは私に向かい合った。
朝日に照らされた彼は、無精髭こそ生えているものの、彫刻のように整った顔立ちと、圧倒的な体躯を持っていた。
黙っていれば、絵になる男なのだ。黙っていれば。
「……さて、リーフィー嬢」
ジェラルドが口を開く。
いつもの大声ではなく、少し緊張したような、低い声だ。
「改まって二人きりとなると……何を話すべきか、言葉が見つからん」
彼は照れくさそうに頬をかいた。
「いつも通りで構いませんわ。筋肉の話でもしますか?」
「いや、今日は筋肉の話は封印する! ……いや、少しするかもしれないが」
「するんですね」
ジェラルドは咳払いを一つして、真剣な眼差しで私を見つめた。
「リーフィー嬢。単刀直入に言おう」
彼は一歩踏み出し、私の両肩をガシッと掴んだ。
力強いが、痛くはない。壊れ物を扱うような慎重さだ。
「私は、君が好きだ」
「……はい」
「だが、それは君が『絶世の美女』になったからではない。いや、今の君も最高に美しいが、私が惚れたのはそこじゃない」
ジェラルドの瞳が、熱を帯びる。
「私が君に惹かれたのは……学園時代、君がアラン殿下を叱責していた、あの瞬間だ」
「叱責していた時?」
意外なポイントだ。
あんな鬼のような顔で説教していた姿を見られていたなんて、穴があったら入りたい。
「普通、王子相手にあそこまで正論をぶつけることはできん。皆、保身に走るか、媚びを売るかだ。だが君は違った」
ジェラルドは懐かしそうに目を細めた。
「君は、国のために、そして殿下本人のために、嫌われることを恐れず立ち向かっていた。その背中は……どんな屈強な騎士よりも、凛として強かった」
「……買い被りですわ。私はただ、口うるさい女だっただけです」
「いいや! あれこそが『強さ』だ!」
ジェラルドが力を込める。
「君には『呪い』がかかっていたそうだな。周囲から嫌われ、魅力を封じられる呪いが。……だが、私の目は誤魔化せなかったぞ」
彼は私の目を見つめ、断言した。
「君の魂の輝きまでは、呪いでも消せなかった。私はずっと見ていたんだ。君の、その折れない心を」
「ジェラルド様……」
胸がドキンと跳ねた。
呪いのせいで、誰からも理解されず、孤独に戦ってきたあの日々。
それを「見ていた」と言ってくれる人がいたなんて。
「私は武人だ。難しい言葉は知らんし、洒落たエスコートもできん。君を怒らせることもあるだろう」
ジェラルドは、私の手を包み込むように握りしめた。
その掌は分厚く、マメだらけで、温かかった。
「だが、君が辛い時、敵に囲まれた時、私が必ず前に立つ。君の最強の『盾』になり、君の道を切り開く『剣』になる」
彼は真っ直ぐに私を見て、ニカッと笑った。
「だから、私の背中に隠れていてくれ。……いや、君なら私の背中を任せられるな。共に戦ってくれ、リーフィー!」
「戦うことが前提なんですね」
私は思わず苦笑したが、目頭が熱くなるのを感じた。
なんて不器用で、暑苦しくて、そして……誠実な人なんだろう。
「……貴方は、本当にズルい方です」
「えっ? ズルいか? 反則技は使ってないぞ?」
「そういうところです」
私は彼の手を握り返した。
「貴方の言葉、しっかりと受け止めました。……私の心に、深く刺さりましたわ」
「本当か!? ストライクか!?」
「ええ。ど真ん中の直球でした」
ジェラルドはパァッと顔を輝かせ、私を抱きしめようとして……ハッと止まった。
「いかん。まだ返事を聞いていないのに、抱きしめるのはフライングだな」
彼は理性を総動員して手を引っ込めた。
「待っているぞ、リーフィー嬢! 全員の話を聞いた後、一番に私の名を呼んでくれ!」
ジェラルドは敬礼のようなポーズを決め、くるりと回れ右をして走り去っていった。
「うおおおおお! 緊張したァァァ!!」
走りながら叫んでいる。
「……ふふっ」
私はその後ろ姿を見送った。
頼もしい背中。
もし彼と一緒になれば、私は二度と孤独を感じることはないだろう。
物理的にも精神的にも、最強の守護者がいてくれるのだから。
「……さて」
私は熱くなった頬を両手で冷やした。
「次は、変化球の番ね」
リストの二番目の名前を見る。
宮廷魔導師、サイラス。
彼がどんな言葉で私を口説くのか。
私は深呼吸をして、次なる「戦場」へと向かった。
翌朝。
私は庭で待ち構えていた三人の男たちに向かって宣言した。
「三人同時に愛を叫ばれても、私の耳は二つしかありませんので。順番にお呼びします」
「なるほど、面接方式か」
「ふん、勿体ぶるな」
「一番手は誰だ?」
三人がゴクリと唾を飲む。
私はリスト(という名のメモ帳)を見て、名前を呼んだ。
「ジェラルド・アイアンサイド様。……ついて来てください」
「うむ!」
ジェラルドが勢いよく立ち上がり、他の二人に勝ち誇ったような視線を送った。
「見ていろ。私の『直球』で、彼女のハートをストライクにしてくる!」
「野球ですか? 乱暴しないでくださいよ」
サイラスの野次を背に、私たちは庭園の奥、静かな東屋へと向かった。
*
東屋に着くと、ジェラルドは私に向かい合った。
朝日に照らされた彼は、無精髭こそ生えているものの、彫刻のように整った顔立ちと、圧倒的な体躯を持っていた。
黙っていれば、絵になる男なのだ。黙っていれば。
「……さて、リーフィー嬢」
ジェラルドが口を開く。
いつもの大声ではなく、少し緊張したような、低い声だ。
「改まって二人きりとなると……何を話すべきか、言葉が見つからん」
彼は照れくさそうに頬をかいた。
「いつも通りで構いませんわ。筋肉の話でもしますか?」
「いや、今日は筋肉の話は封印する! ……いや、少しするかもしれないが」
「するんですね」
ジェラルドは咳払いを一つして、真剣な眼差しで私を見つめた。
「リーフィー嬢。単刀直入に言おう」
彼は一歩踏み出し、私の両肩をガシッと掴んだ。
力強いが、痛くはない。壊れ物を扱うような慎重さだ。
「私は、君が好きだ」
「……はい」
「だが、それは君が『絶世の美女』になったからではない。いや、今の君も最高に美しいが、私が惚れたのはそこじゃない」
ジェラルドの瞳が、熱を帯びる。
「私が君に惹かれたのは……学園時代、君がアラン殿下を叱責していた、あの瞬間だ」
「叱責していた時?」
意外なポイントだ。
あんな鬼のような顔で説教していた姿を見られていたなんて、穴があったら入りたい。
「普通、王子相手にあそこまで正論をぶつけることはできん。皆、保身に走るか、媚びを売るかだ。だが君は違った」
ジェラルドは懐かしそうに目を細めた。
「君は、国のために、そして殿下本人のために、嫌われることを恐れず立ち向かっていた。その背中は……どんな屈強な騎士よりも、凛として強かった」
「……買い被りですわ。私はただ、口うるさい女だっただけです」
「いいや! あれこそが『強さ』だ!」
ジェラルドが力を込める。
「君には『呪い』がかかっていたそうだな。周囲から嫌われ、魅力を封じられる呪いが。……だが、私の目は誤魔化せなかったぞ」
彼は私の目を見つめ、断言した。
「君の魂の輝きまでは、呪いでも消せなかった。私はずっと見ていたんだ。君の、その折れない心を」
「ジェラルド様……」
胸がドキンと跳ねた。
呪いのせいで、誰からも理解されず、孤独に戦ってきたあの日々。
それを「見ていた」と言ってくれる人がいたなんて。
「私は武人だ。難しい言葉は知らんし、洒落たエスコートもできん。君を怒らせることもあるだろう」
ジェラルドは、私の手を包み込むように握りしめた。
その掌は分厚く、マメだらけで、温かかった。
「だが、君が辛い時、敵に囲まれた時、私が必ず前に立つ。君の最強の『盾』になり、君の道を切り開く『剣』になる」
彼は真っ直ぐに私を見て、ニカッと笑った。
「だから、私の背中に隠れていてくれ。……いや、君なら私の背中を任せられるな。共に戦ってくれ、リーフィー!」
「戦うことが前提なんですね」
私は思わず苦笑したが、目頭が熱くなるのを感じた。
なんて不器用で、暑苦しくて、そして……誠実な人なんだろう。
「……貴方は、本当にズルい方です」
「えっ? ズルいか? 反則技は使ってないぞ?」
「そういうところです」
私は彼の手を握り返した。
「貴方の言葉、しっかりと受け止めました。……私の心に、深く刺さりましたわ」
「本当か!? ストライクか!?」
「ええ。ど真ん中の直球でした」
ジェラルドはパァッと顔を輝かせ、私を抱きしめようとして……ハッと止まった。
「いかん。まだ返事を聞いていないのに、抱きしめるのはフライングだな」
彼は理性を総動員して手を引っ込めた。
「待っているぞ、リーフィー嬢! 全員の話を聞いた後、一番に私の名を呼んでくれ!」
ジェラルドは敬礼のようなポーズを決め、くるりと回れ右をして走り去っていった。
「うおおおおお! 緊張したァァァ!!」
走りながら叫んでいる。
「……ふふっ」
私はその後ろ姿を見送った。
頼もしい背中。
もし彼と一緒になれば、私は二度と孤独を感じることはないだろう。
物理的にも精神的にも、最強の守護者がいてくれるのだから。
「……さて」
私は熱くなった頬を両手で冷やした。
「次は、変化球の番ね」
リストの二番目の名前を見る。
宮廷魔導師、サイラス。
彼がどんな言葉で私を口説くのか。
私は深呼吸をして、次なる「戦場」へと向かった。
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