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「……これが私の帰還条件、通称『王国管理最適化計画案Ver.1.0』よ。読みなさい」
村役場の机に、鈍い音を立てて置かれたのは、辞書三冊分はあろうかという分厚い書類の束だった。
アリスティードは、それを見ただけで立ちくらみを覚えた。
「レーン……これ、一晩で書き上げたのか?
人間業じゃない。君の指の関節はどうなっているんだ」
「指の筋肉の動きを最小限に抑える『省エネ筆記法』を開発したのよ。
そんな感想はどうでもいいわ。早く第一項から目を通しなさい」
アリスティードは震える手で、表紙をめくった。
そこには、王族の教育では決して教わらない、血も涙もない「効率の要塞」が記されていた。
「第一項……『王宮内における不必要な茶会、および社交行事の全廃』?
おい、レーン。社交は貴族同士の絆を深める大切な儀式だぞ」
「絆? それを維持するために、一回平均三時間の拘束、衣装代、茶菓子代、そして何より『中身のない会話』による脳のリソース消費が発生しているわ。
今後は全ての交渉を、私の開発する『魔導通信板』によるテキスト形式で行うこと。
感情の機微を読み取る無駄な労力を省き、結論だけを爆速で共有するの」
「魔導通信……つまり、手紙じゃなくて、板に文字を浮かび上がらせてやり取りするのか?」
「そうよ。これを全貴族に配布し、行政のDX……いえ、『MX(魔導トランスフォーメーション)』を一気に進めるわ。
紙の消費量を八割削減し、返信待ちの時間をゼロにする。これが私の第一条件よ」
アリスティードは顔を青くした。
そんなことをすれば、これまで「優雅に暮らすこと」を仕事にしてきた貴族たちが、一斉に失業する。
「第二項……『無能な官僚の即時解雇権、および適正テストの導入』。
……レーン、これは流石に反発が大きすぎる。
王宮の役職は世襲で決まっているものも多いんだ」
「世襲という名の『非効率の再生産』ね。
国を動かすエンジンに、錆びついた部品を使い続けるほど愚かなことはないわ。
私の作成した適正テストに合格できない者は、即刻、領地に帰って土でも耕していなさい。
彼らの給料を削るだけで、国庫の余剰金は十五パーセント増加するわ」
「君が戻ったら、王宮が戦場になるな……」
「戦場? 違うわ、クリーンルームにするのよ。
無駄という名の塵を一つ残らず掃き出すだけだわ」
レーンは冷徹な瞳で、ペンを回しながら続けた。
「そして第三項。これが最も重要よ。
『王太子アリスティードの、王としての完全自動化』」
「……自動化? 私は人形じゃないぞ」
「あなたは象徴(マスコット)としてそこに座っていればいいわ。
面倒な判断や実務は、全て私が構築するシステムが処理する。
あなたは、私が用意した原稿を読み、私が指定した場所に笑顔で立っているだけでいい。
そうすれば、あなたの『的外れな判断』による損害をゼロに抑えられるわ。
これこそが、王国にとっての最大幸福よ」
アリスティードは絶句した。
それは、婚約者へのプロポーズというよりは、国家という名の巨大企業の「買収宣言」だった。
「レーン様……! 素晴らしい、素晴らしすぎますわ!」
横で書類を覗き込んでいたシャロンが、頬を赤らめて叫んだ。
「貴族たちの怠慢を根こそぎ破壊し、効率の神殿を築き上げる……!
私、その『魔導通信板』の入力速度で、王国第一位を目指してみせますわ!」
「いい心がけよ、シャロン。あなたには私の秘書官として、旧勢力の不平不満を『秒で論破して黙らせる』役割を期待しているわ」
「はい! 喜んで、毒舌の刃を研いでおきますわ!」
アリスティードは、目の前の二人の女性を見ながら、遠い目をした。
自分たちが王都に連れ帰ろうとしているのは、しおらしい婚約者などではない。
王国を徹底的に改造しようとする、美しき「効率の怪物」なのだ。
「……レーン。わかった。
君の条件、全て丸呑みしよう。
私が君の望む『マスコット』になることで、この国が救われるなら本望だ」
「あら、意外と聞き分けがいいのね。……あぁ、そう。
忘れていたわ。もう一つ、私からの『個人的な条件』があるの」
「個人的な? なんだ、宝飾品か? ドレスか?」
レーンは少しだけ視線を逸らし、手元の時計をいじった。
「王都に戻ったら、私の部屋を執務室の隣に配置しなさい。
……移動にかかる三分の時間を節約するためよ。
それから、あなたが夜遅くまで無駄に明かりをつけて起きているのを監視し、
適切な睡眠時間をとらせるための『強制消灯権』も私に付随するものとするわ」
アリスティードは一瞬、きょとんとした。
だが、その言葉の裏にある「不器用な気遣い」に気づき、思わず吹き出した。
「なんだ。結局、私の健康を管理したいだけじゃないか」
「……計算ミスをされると私の作業が増える、と言っているの。
勘違いしないでちょうだい」
「あぁ、わかっているよ。……ありがとう、レーン。
君の厳しい条件、謹んで拝受する」
アリスティードが深々と頭を下げると、レーンはフンと鼻を鳴らした。
「契約成立ね。……アン、荷造りを再開しなさい。
予定より三十分遅れているわ。
失った時間を取り戻すために、移動中の馬車の中で、王宮の全職員の名簿を暗記するわよ」
「お嬢様、やっぱりスパルタですねぇ……!」
こうして、辺境の村での爆速改革を終えた一行は、
王国を「効率の極致」へと変貌させるため、王都への凱旋を開始した。
それは、旧態依然とした王国が、一人の令嬢によって根底から覆される歴史的瞬間の始まりであった。
村役場の机に、鈍い音を立てて置かれたのは、辞書三冊分はあろうかという分厚い書類の束だった。
アリスティードは、それを見ただけで立ちくらみを覚えた。
「レーン……これ、一晩で書き上げたのか?
人間業じゃない。君の指の関節はどうなっているんだ」
「指の筋肉の動きを最小限に抑える『省エネ筆記法』を開発したのよ。
そんな感想はどうでもいいわ。早く第一項から目を通しなさい」
アリスティードは震える手で、表紙をめくった。
そこには、王族の教育では決して教わらない、血も涙もない「効率の要塞」が記されていた。
「第一項……『王宮内における不必要な茶会、および社交行事の全廃』?
おい、レーン。社交は貴族同士の絆を深める大切な儀式だぞ」
「絆? それを維持するために、一回平均三時間の拘束、衣装代、茶菓子代、そして何より『中身のない会話』による脳のリソース消費が発生しているわ。
今後は全ての交渉を、私の開発する『魔導通信板』によるテキスト形式で行うこと。
感情の機微を読み取る無駄な労力を省き、結論だけを爆速で共有するの」
「魔導通信……つまり、手紙じゃなくて、板に文字を浮かび上がらせてやり取りするのか?」
「そうよ。これを全貴族に配布し、行政のDX……いえ、『MX(魔導トランスフォーメーション)』を一気に進めるわ。
紙の消費量を八割削減し、返信待ちの時間をゼロにする。これが私の第一条件よ」
アリスティードは顔を青くした。
そんなことをすれば、これまで「優雅に暮らすこと」を仕事にしてきた貴族たちが、一斉に失業する。
「第二項……『無能な官僚の即時解雇権、および適正テストの導入』。
……レーン、これは流石に反発が大きすぎる。
王宮の役職は世襲で決まっているものも多いんだ」
「世襲という名の『非効率の再生産』ね。
国を動かすエンジンに、錆びついた部品を使い続けるほど愚かなことはないわ。
私の作成した適正テストに合格できない者は、即刻、領地に帰って土でも耕していなさい。
彼らの給料を削るだけで、国庫の余剰金は十五パーセント増加するわ」
「君が戻ったら、王宮が戦場になるな……」
「戦場? 違うわ、クリーンルームにするのよ。
無駄という名の塵を一つ残らず掃き出すだけだわ」
レーンは冷徹な瞳で、ペンを回しながら続けた。
「そして第三項。これが最も重要よ。
『王太子アリスティードの、王としての完全自動化』」
「……自動化? 私は人形じゃないぞ」
「あなたは象徴(マスコット)としてそこに座っていればいいわ。
面倒な判断や実務は、全て私が構築するシステムが処理する。
あなたは、私が用意した原稿を読み、私が指定した場所に笑顔で立っているだけでいい。
そうすれば、あなたの『的外れな判断』による損害をゼロに抑えられるわ。
これこそが、王国にとっての最大幸福よ」
アリスティードは絶句した。
それは、婚約者へのプロポーズというよりは、国家という名の巨大企業の「買収宣言」だった。
「レーン様……! 素晴らしい、素晴らしすぎますわ!」
横で書類を覗き込んでいたシャロンが、頬を赤らめて叫んだ。
「貴族たちの怠慢を根こそぎ破壊し、効率の神殿を築き上げる……!
私、その『魔導通信板』の入力速度で、王国第一位を目指してみせますわ!」
「いい心がけよ、シャロン。あなたには私の秘書官として、旧勢力の不平不満を『秒で論破して黙らせる』役割を期待しているわ」
「はい! 喜んで、毒舌の刃を研いでおきますわ!」
アリスティードは、目の前の二人の女性を見ながら、遠い目をした。
自分たちが王都に連れ帰ろうとしているのは、しおらしい婚約者などではない。
王国を徹底的に改造しようとする、美しき「効率の怪物」なのだ。
「……レーン。わかった。
君の条件、全て丸呑みしよう。
私が君の望む『マスコット』になることで、この国が救われるなら本望だ」
「あら、意外と聞き分けがいいのね。……あぁ、そう。
忘れていたわ。もう一つ、私からの『個人的な条件』があるの」
「個人的な? なんだ、宝飾品か? ドレスか?」
レーンは少しだけ視線を逸らし、手元の時計をいじった。
「王都に戻ったら、私の部屋を執務室の隣に配置しなさい。
……移動にかかる三分の時間を節約するためよ。
それから、あなたが夜遅くまで無駄に明かりをつけて起きているのを監視し、
適切な睡眠時間をとらせるための『強制消灯権』も私に付随するものとするわ」
アリスティードは一瞬、きょとんとした。
だが、その言葉の裏にある「不器用な気遣い」に気づき、思わず吹き出した。
「なんだ。結局、私の健康を管理したいだけじゃないか」
「……計算ミスをされると私の作業が増える、と言っているの。
勘違いしないでちょうだい」
「あぁ、わかっているよ。……ありがとう、レーン。
君の厳しい条件、謹んで拝受する」
アリスティードが深々と頭を下げると、レーンはフンと鼻を鳴らした。
「契約成立ね。……アン、荷造りを再開しなさい。
予定より三十分遅れているわ。
失った時間を取り戻すために、移動中の馬車の中で、王宮の全職員の名簿を暗記するわよ」
「お嬢様、やっぱりスパルタですねぇ……!」
こうして、辺境の村での爆速改革を終えた一行は、
王国を「効率の極致」へと変貌させるため、王都への凱旋を開始した。
それは、旧態依然とした王国が、一人の令嬢によって根底から覆される歴史的瞬間の始まりであった。
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