悪役令嬢の婚約破棄は先回り。断罪の時間も惜しいですわ。

夏乃みのり

文字の大きさ
18 / 28

18

しおりを挟む
「……これが私の帰還条件、通称『王国管理最適化計画案Ver.1.0』よ。読みなさい」

村役場の机に、鈍い音を立てて置かれたのは、辞書三冊分はあろうかという分厚い書類の束だった。

アリスティードは、それを見ただけで立ちくらみを覚えた。

「レーン……これ、一晩で書き上げたのか? 
人間業じゃない。君の指の関節はどうなっているんだ」

「指の筋肉の動きを最小限に抑える『省エネ筆記法』を開発したのよ。
そんな感想はどうでもいいわ。早く第一項から目を通しなさい」

アリスティードは震える手で、表紙をめくった。
そこには、王族の教育では決して教わらない、血も涙もない「効率の要塞」が記されていた。

「第一項……『王宮内における不必要な茶会、および社交行事の全廃』? 
おい、レーン。社交は貴族同士の絆を深める大切な儀式だぞ」

「絆? それを維持するために、一回平均三時間の拘束、衣装代、茶菓子代、そして何より『中身のない会話』による脳のリソース消費が発生しているわ。
今後は全ての交渉を、私の開発する『魔導通信板』によるテキスト形式で行うこと。
感情の機微を読み取る無駄な労力を省き、結論だけを爆速で共有するの」

「魔導通信……つまり、手紙じゃなくて、板に文字を浮かび上がらせてやり取りするのか?」

「そうよ。これを全貴族に配布し、行政のDX……いえ、『MX(魔導トランスフォーメーション)』を一気に進めるわ。
紙の消費量を八割削減し、返信待ちの時間をゼロにする。これが私の第一条件よ」

アリスティードは顔を青くした。
そんなことをすれば、これまで「優雅に暮らすこと」を仕事にしてきた貴族たちが、一斉に失業する。

「第二項……『無能な官僚の即時解雇権、および適正テストの導入』。
……レーン、これは流石に反発が大きすぎる。
王宮の役職は世襲で決まっているものも多いんだ」

「世襲という名の『非効率の再生産』ね。
国を動かすエンジンに、錆びついた部品を使い続けるほど愚かなことはないわ。
私の作成した適正テストに合格できない者は、即刻、領地に帰って土でも耕していなさい。
彼らの給料を削るだけで、国庫の余剰金は十五パーセント増加するわ」

「君が戻ったら、王宮が戦場になるな……」

「戦場? 違うわ、クリーンルームにするのよ。
無駄という名の塵を一つ残らず掃き出すだけだわ」

レーンは冷徹な瞳で、ペンを回しながら続けた。

「そして第三項。これが最も重要よ。
『王太子アリスティードの、王としての完全自動化』」

「……自動化? 私は人形じゃないぞ」

「あなたは象徴(マスコット)としてそこに座っていればいいわ。
面倒な判断や実務は、全て私が構築するシステムが処理する。
あなたは、私が用意した原稿を読み、私が指定した場所に笑顔で立っているだけでいい。
そうすれば、あなたの『的外れな判断』による損害をゼロに抑えられるわ。
これこそが、王国にとっての最大幸福よ」

アリスティードは絶句した。
それは、婚約者へのプロポーズというよりは、国家という名の巨大企業の「買収宣言」だった。

「レーン様……! 素晴らしい、素晴らしすぎますわ!」

横で書類を覗き込んでいたシャロンが、頬を赤らめて叫んだ。

「貴族たちの怠慢を根こそぎ破壊し、効率の神殿を築き上げる……! 
私、その『魔導通信板』の入力速度で、王国第一位を目指してみせますわ!」

「いい心がけよ、シャロン。あなたには私の秘書官として、旧勢力の不平不満を『秒で論破して黙らせる』役割を期待しているわ」

「はい! 喜んで、毒舌の刃を研いでおきますわ!」

アリスティードは、目の前の二人の女性を見ながら、遠い目をした。
自分たちが王都に連れ帰ろうとしているのは、しおらしい婚約者などではない。
王国を徹底的に改造しようとする、美しき「効率の怪物」なのだ。

「……レーン。わかった。
君の条件、全て丸呑みしよう。
私が君の望む『マスコット』になることで、この国が救われるなら本望だ」

「あら、意外と聞き分けがいいのね。……あぁ、そう。
忘れていたわ。もう一つ、私からの『個人的な条件』があるの」

「個人的な? なんだ、宝飾品か? ドレスか?」

レーンは少しだけ視線を逸らし、手元の時計をいじった。

「王都に戻ったら、私の部屋を執務室の隣に配置しなさい。
……移動にかかる三分の時間を節約するためよ。
それから、あなたが夜遅くまで無駄に明かりをつけて起きているのを監視し、
適切な睡眠時間をとらせるための『強制消灯権』も私に付随するものとするわ」

アリスティードは一瞬、きょとんとした。
だが、その言葉の裏にある「不器用な気遣い」に気づき、思わず吹き出した。

「なんだ。結局、私の健康を管理したいだけじゃないか」

「……計算ミスをされると私の作業が増える、と言っているの。
勘違いしないでちょうだい」

「あぁ、わかっているよ。……ありがとう、レーン。
君の厳しい条件、謹んで拝受する」

アリスティードが深々と頭を下げると、レーンはフンと鼻を鳴らした。

「契約成立ね。……アン、荷造りを再開しなさい。
予定より三十分遅れているわ。
失った時間を取り戻すために、移動中の馬車の中で、王宮の全職員の名簿を暗記するわよ」

「お嬢様、やっぱりスパルタですねぇ……!」

こうして、辺境の村での爆速改革を終えた一行は、
王国を「効率の極致」へと変貌させるため、王都への凱旋を開始した。

それは、旧態依然とした王国が、一人の令嬢によって根底から覆される歴史的瞬間の始まりであった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

お飾り王妃の死後~王の後悔~

ましゅぺちーの
恋愛
ウィルベルト王国の王レオンと王妃フランチェスカは白い結婚である。 王が愛するのは愛妾であるフレイアただ一人。 ウィルベルト王国では周知の事実だった。 しかしある日王妃フランチェスカが自ら命を絶ってしまう。 最後に王宛てに残された手紙を読み王は後悔に苛まれる。 小説家になろう様にも投稿しています。

親切なミザリー

みるみる
恋愛
第一王子アポロの婚約者ミザリーは、「親切なミザリー」としてまわりから慕われていました。 ところが、子爵家令嬢のアリスと偶然出会ってしまったアポロはアリスを好きになってしまい、ミザリーを蔑ろにするようになりました。アポロだけでなく、アポロのまわりの友人達もアリスを慕うようになりました。 ミザリーはアリスに嫉妬し、様々な嫌がらせをアリスにする様になりました。 こうしてミザリーは、いつしか親切なミザリーから悪女ミザリーへと変貌したのでした。 ‥ですが、ミザリーの突然の死後、何故か再びミザリーの評価は上がり、「親切なミザリー」として人々に慕われるようになり、ミザリーが死後海に投げ落とされたという崖の上には沢山の花が、毎日絶やされる事なく人々により捧げられ続けるのでした。 ※不定期更新です。

始まりはよくある婚約破棄のように

喜楽直人
恋愛
「ミリア・ファネス公爵令嬢! 婚約者として10年も長きに渡り傍にいたが、もう我慢ならない! 父上に何度も相談した。母上からも考え直せと言われた。しかし、僕はもう決めたんだ。ミリア、キミとの婚約は今日で終わりだ!」 学園の卒業パーティで、第二王子がその婚約者の名前を呼んで叫び、周囲は固唾を呑んでその成り行きを見守った。 ポンコツ王子から一方的な溺愛を受ける真面目令嬢が涙目になりながらも立ち向い、けれども少しずつ絆されていくお話。 第一章「婚約者編」 第二章「お見合い編(過去)」 第三章「結婚編」 第四章「出産・育児編」 第五章「ミリアの知らないオレファンの過去編」連載開始

恋人に夢中な婚約者に一泡吹かせてやりたかっただけ

恋愛
伯爵令嬢ラフレーズ=ベリーシュは、王国の王太子ヒンメルの婚約者。 王家の忠臣と名高い父を持ち、更に隣国の姫を母に持つが故に結ばれた完全なる政略結婚。 長年の片思い相手であり、婚約者であるヒンメルの隣には常に恋人の公爵令嬢がいる。 婚約者には愛を示さず、恋人に夢中な彼にいつか捨てられるくらいなら、こちらも恋人を作って一泡吹かせてやろうと友達の羊の精霊メリー君の妙案を受けて実行することに。 ラフレーズが恋人役を頼んだのは、人外の魔術師・魔王公爵と名高い王国最強の男――クイーン=ホーエンハイム。 濡れた色香を放つクイーンからの、本気か嘘かも分からない行動に涙目になっていると恋人に夢中だった王太子が……。 ※小説家になろう・カクヨム様にも公開しています

弁えすぎた令嬢

ねこまんまときみどりのことり
ファンタジー
 元公爵令嬢のコロネ・ワッサンモフは、今は市井の食堂の2階に住む平民暮らしをしている。彼女が父親を亡くしてからの爵位は、叔父(父親の弟)が管理してくれていた。  彼女には亡き父親の決めた婚約者がいたのだが、叔父の娘が彼を好きだと言う。  彼女は思った。 (今の公爵は叔父なのだから、その娘がこの家を継ぐ方が良いのではないか)と。  今後は彼らの世話にならず、一人で生きていくことにしよう。そんな気持ちで家を出たコロネだった。  小説家になろうさん、カクヨムさんにも載せています。

悪役令嬢は永眠しました

詩海猫(8/29書籍発売)
ファンタジー
「お前のような女との婚約は破棄だっ、ロザリンダ・ラクシエル!だがお前のような女でも使い道はある、ジルデ公との縁談を調えてやった!感謝して公との間に沢山の子を産むがいい!」 長年の婚約者であった王太子のこの言葉に気を失った公爵令嬢・ロザリンダ。 だが、次に目覚めた時のロザリンダの魂は別人だった。 ロザリンダとして目覚めた木の葉サツキは、ロザリンダの意識がショックのあまり永遠の眠りについてしまったことを知り、「なぜロザリンダはこんなに努力してるのに周りはクズばっかりなの?まかせてロザリンダ!きっちりお返ししてあげるからね!」 *思いつきでプロットなしで書き始めましたが結末は決めています。暗い展開の話を書いているとメンタルにもろに影響して生活に支障が出ることに気付きました。定期的に強気主人公を暴れさせないと(?)書き続けるのは不可能なようなのでメンタル状態に合わせて書けるものから書いていくことにします、ご了承下さいm(_ _)m

知らぬはヒロインだけ

ネコフク
恋愛
「クエス様好きです!」婚約者が隣にいるのに告白する令嬢に唖然とするシスティアとクエスフィール。 告白してきた令嬢アリサは見目の良い高位貴族の子息ばかり粉をかけて回っていると有名な人物だった。 しかも「イベント」「システム」など訳が分からない事を言っているらしい。 そう、アリサは転生者。ここが乙女ゲームの世界で自分はヒロインだと思っている。 しかし彼女は知らない。他にも転生者がいることを。 ※不定期連載です。毎日投稿する時もあれば日が開く事もあります。

【完結】この運命を受け入れましょうか

なか
恋愛
「君のようは妃は必要ない。ここで廃妃を宣言する」  自らの夫であるルーク陛下の言葉。  それに対して、ヴィオラ・カトレアは余裕に満ちた微笑みで答える。   「承知しました。受け入れましょう」  ヴィオラにはもう、ルークへの愛など残ってすらいない。  彼女が王妃として支えてきた献身の中で、平民生まれのリアという女性に入れ込んだルーク。  みっともなく、情けない彼に対して恋情など抱く事すら不快だ。  だが聖女の素養を持つリアを、ルークは寵愛する。  そして貴族達も、莫大な益を生み出す聖女を妃に仕立てるため……ヴィオラへと無実の罪を被せた。  あっけなく信じるルークに呆れつつも、ヴィオラに不安はなかった。  これからの顛末も、打開策も全て知っているからだ。  前世の記憶を持ち、ここが物語の世界だと知るヴィオラは……悲運な運命を受け入れて彼らに意趣返す。  ふりかかる不幸を全て覆して、幸せな人生を歩むため。     ◇◇◇◇◇  設定は甘め。  不安のない、さっくり読める物語を目指してます。  良ければ読んでくだされば、嬉しいです。

処理中です...