悪役令嬢の婚約破棄は先回り。断罪の時間も惜しいですわ。

夏乃みのり

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王都へと向かう豪華な馬車の中。

普通なら、令嬢二人が向かい合えば、流行のドレスや観劇の話題で花が咲くところだが。

「……遅いわね。シャロン、その集計、あと三秒短縮できるはずよ」

「申し訳ありません、レーン様! 
馬車の揺れによるペン先の摩擦抵抗を計算に入れるのを失念しておりましたわ!」

レーンとシャロンは、膝の上に置いた小さな机に向かい、猛烈な勢いで書類を捌いていた。

向かいの席で、その光景を眺めていたアリスティードが、頬杖をついて溜息をつく。

「……なぁ、アン。あいつら、さっきから一言も『女の子らしい会話』をしていないんだが」

「殿下、お嬢様にとって『女の子らしい会話』とは、
市場価格の変動予測や、人員配置の最適化に関する議論のことですよ。
今のシャロン様は、お嬢様の思考の波長に最も近い、最高の話し相手なんです」

アンが淹れた、揺れる馬車でもこぼれない「表面張力を計算し尽くした」茶を飲みながら、レーンが顔を上げた。

「殿下、無駄口を叩いている暇があるなら、この貴族名簿に目を通しなさい。
彼らの派閥、隠し資産、そして『論破された時の反応パターン』を、到着までに暗記するのよ」

「……論破される前提なのか、彼らは」

「私の改革を邪魔する者は、存在自体が非効率だわ。
一秒でも早く沈黙させるのが、彼らに対する最大の慈悲よ」

レーンはそう言って、隣に座るシャロンに視線を移した。

シャロンは、レーンが課した「王宮予算の再計算」という、並の文官なら三日は寝込む難問を、
鼻歌まじりに(しかし目つきは鋭く)片付けていた。

「……シャロン。あなたのその計算方法、独自のアレンジを加えたわね?」

「はい! レーン様が教えてくださった『三桁同時並列処理』をベースに、
私の得意分野である『スキャンダルによる資産の減価償却』を組み込んでみましたの!」

「……悪くないわ。
その視点は、私の論理的思考だけではカバーしきれなかった部分ね。
人間の『醜い欲求』を、数値として変数に組み込む……。
あなたのその『性格の悪さ』、もとい『世俗的な観察眼』は、私の右腕として合格点よ」

シャロンの手が止まった。

彼女の大きな瞳に、みるみるうちに涙が溜まっていく。

「……れ、レーン様……。
今、私を『右腕』と……合格点だと、おっしゃってくださいましたの!?」

「事実を述べただけよ。
感情を昂らせて、涙腺から水分を無駄に排出するのはやめなさい。
脱水症状による思考停止を招くわ」

「いいえ! 排出させてください! 
私、これまでずっと、誰かに認められるために『可愛いフリ』をして生きてきましたわ!
でも、レーン様だけは……私の『中身』を見て、それを『効率の部品』として愛してくださった!」

シャロンはレーンの膝に抱きつこうとしたが、レーンが差し出した定規によって、三センチ手前で阻止された。

「接近禁止距離は二十センチよ、シャロン。
……でも、そうね。
王都に戻れば、四面楚歌の状況が待っているわ。
私の論理が通じない、感情に凝り固まった老人たちを相手にするのは、正直言ってリソースの無駄遣い。
そこにあなたの『嫌がらせスキル』があれば、私の負担が十二パーセントほど軽減されるわ」

「十二パーセントも! 
レーン様、私、あなたの盾となり、矛となり、泥棒猫となって、
あなたの邪魔をする非効率な輩を、一掃してみせますわ!」

シャロンは拳を握り、決意も新たにペンを握り直した。

「ふふ、頼もしいわね。
……友情、という名の非効率な概念に時間を割くつもりはないけれど。
目的を同じくする『共犯者』がいるというのは、悪くない計算だわ」

レーンは、窓の外を流れる王都の景色を眺めた。

かつては、自分を排除しようとしたライバル。
それが今や、自分の最も近くで「効率」を支える最強の味方になっている。

「レーン様! 次の書類、三秒前倒しで完了いたしました!」

「いいわ。ご褒美に、私の開発した『爆速暗算術・応用編』を、到着までの十五分で叩き込んであげるわ」

「喜んで! 脳みそが焦げるまでお付き合いしますわ!」

馬車の中には、ペンが紙を走る音だけが、心地よいリズムで響いていた。

アリスティードは、そんな二人を眩しそうに眺め、小さく笑った。

「……友情、か。
あいつら、世界を効率化する前に、王都の貴族たちを絶滅させる気じゃないだろうな」

「殿下、ご安心ください。
お嬢様は『全滅』なんて非効率なことはしません。
使える人間だけを選別し、残りは『静かに隠居させる』……。
それが最も合理的な解決策だと、おっしゃっていましたから」

「……それが一番怖いんだがな」

王都の門が見えてきた。
そこには、自分たちの特権を脅かす「効率の嵐」が迫っていることなど微塵も知らない、
優雅で非効率な貴族たちが、首を長くして帰還を待っていたのである。
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