悪役令嬢の婚約破棄は先回り。断罪の時間も惜しいですわ。

夏乃みのり

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王都の正門に到着した馬車を待っていたのは、熱狂的な歓迎……ではなく、奇妙な静寂と困惑の空気だった。

「……何かしら、この非効率な停滞は。
正門の通過速度が、私の計算より四分三十秒も遅延しているわ」

レーンは馬車の窓から外を眺め、不機嫌そうに眉をひそめた。

「レーン様、あちらを見てください! 
広場に人だかりができていますわ!」

シャロンが指差す先、教会の壇上には、純白のドレスに身を包んだ一人の少女が立っていた。
彼女が手をかざすと、集まった人々から「おおおっ!」という歓声が上がる。

「……『聖女様が、枯れた泉に命を吹き込まれた!』ですって?
殿下、私がいなかった数日の間に、この国はオカルト国家に転向したのかしら?」

「いや、私だって初耳だ! 
おい、ケヴィン! あの女は誰だ!」

アリスティードが慌てて側近に問い詰めると、ケヴィンは苦虫を噛み潰したような顔で答えた。

「……隣国から招かれたという、自称『真の聖女』リリィ嬢です。
レーン様が失踪された直後、保守派の貴族たちが『実務家よりも奇跡を』と担ぎ出したのです」

「奇跡? 
そんな不確定要素に国のリソースを割くなんて、正気の沙汰とは思えないわね」

レーンは馬車を降り、迷いのない足取りで人だかりの中へと突き進んだ。

「どきなさい。視線の導線を塞ぐのは、情報の処理速度を低下させるわ」

冷徹な声に、人々が反射的に道を開ける。
壇上の「聖女」リリィは、レーンの姿を認めると、慈愛に満ちた(ふりをした)笑みを浮かべた。

「あら、あなたが噂の『冷酷な令嬢』レーン様ですね? 
もう、難しいお顔はやめましょう。私が祈りを捧げれば、全ての問題は解決するのですから」

「……祈り? 
具体的に、一分間あたりの祈祷によって、具体的にどの程度のGDP(国内総生産)が向上するのかしら?」

「えっ……じ、じーでぃーぴー?」

「あなたのその『祈り』によって、先ほどから止まっている噴水の水圧が回復するとでも言うの?
物理法則を無視した発言は、聴衆の知性を侮辱する行為よ」

レーンは壇上に上がると、聖女の足元にある装飾過多な祭壇を一瞥した。

「リリィさん、と言ったかしら。
あなたの後ろにあるその大きな水瓶……底に小さな魔導ポンプが隠されているわね。
バルブの開閉タイミングが、あなたの手の動きと〇・五秒ズレているわ。
素人目には誤魔化せても、私の動体視力は騙せないわよ」

「な、何を失礼な! これは聖女の力で……!」

「黙りなさい。検証の時間よ。
シャロン、私のトランクから『液体成分解析器』を出して」

「はい! レーン様! 爆速で起動いたしますわ!」

シャロンが魔導具を突き出すと、レーンは噴き出した水を一瞬で解析した。

「結果が出たわ。
ただの井戸水に、安価な発光石の粉末を混ぜたものね。
視覚的な『奇跡』を演出するために、貴重な鉱物資源をドブに捨てている。
……あぁ、吐き気がするほど非効率だわ」

会場がざわめき始める。聖女を担ぎ出していた保守派の貴族たちが顔を真っ赤にして叫んだ。

「貴様、レーン・ド・ヴァレリー! 
聖女様の慈悲を、そのような無機質な数値で測るとは不敬であるぞ!」

「不敬? 
国家の予算を、こんな三流の手品に流用することの方が、国民に対する最大の背信行為だわ。
この女性を一日維持するためにかかるコストで、下町の街灯を三ヶ所も魔導化できる。
どちらが国民の利益になるか、猿でもわかる計算よ」

レーンは聖女リリィを真っ向から睨み据えた。

「あなたの存在は、我が国の『王国管理最適化計画』における致命的なエラーよ。
三秒以内にその偽りの衣を脱ぎ捨てて、詐欺罪の自首プロセスに移行しなさい。
それがあなたの人生において、最も損失を抑えられる選択よ」

「……ひ、ひぃっ!」

レーンの放つ、物理的な圧力すら感じる「効率の威圧感」に、自称聖女は腰を抜かして座り込んだ。

「殿下、あとの処理は任せたわ。
証拠資料は既にシャロンが三分でまとめ上げている。
私は陛下に、この騒動によって失われた『王宮の信用コスト』の請求書を書きに行くわ」

「わ、分かった! 衛兵! この偽聖女と、彼女を担ぎ出した者たちを拘束しろ!」

アリスティードの命令が下り、広場は一転して大混乱となった。

しかし、混乱の渦中にあっても、レーンの周囲だけは凛として静かだった。

「……レーン様、お見事ですわ! 
オカルトを論理で粉砕するそのお姿、まさに『効率の女神』ですわ!」

「シャロン、女神などという実体のない呼び方はやめなさい。
……さあ、行くわよ。
王宮の廊下に溜まった埃と、無能な貴族たちの垢を、今日中に一掃するわ」

レーンの帰還。
それは、偽りの奇跡が支配しようとした王都に、冷徹で完璧な「真実の論理」が戻ってきた瞬間だった。

王宮の門をくぐる彼女の背中は、これから始まる「大粛清」という名の最適化を予感させ、
多くの不真面目な官僚たちを震え上がらせるのだった。
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