悪役令嬢の婚約破棄は先回り。断罪の時間も惜しいですわ。

夏乃みのり

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「……邪魔よ。廊下の占有率が80%を超えているわ。速やかに解散しなさい」

王宮の執務室へと続く大廊下。

そこには、偽聖女騒動で面目を潰された保守派の貴族たちが、私兵を引き連れて立ちふさがっていた。

「レーン・ド・ヴァレリー! 貴様のような可愛げのない女に、これ以上この国をかき回されてたまるか!」

先頭に立つバルザック伯爵が、いかにも悪役らしい顔を歪めて叫ぶ。

「可愛げ? その評価基準の曖昧さに時間を割くつもりはないわ。
それより伯爵。あなたの現在の立ち位置、建築学的に見て非常に危険よ。
その古いシャンデリアの真下に立つことで、不慮の事故による死亡リスクが15%上昇しているわ」

「な、何を不吉なことを! 衛兵、捕らえろ! 
この女は王宮を混乱に陥れる魔女だ!」

私兵たちが剣を抜き、レーンへと一斉に詰め寄る。

「殿下、下がっていてください! 私が食い止めます!」

アリスティードが剣を抜こうとしたが、レーンはその手首をスッと制した。

「殿下、無駄なカロリーを使わないで。
剣を抜いて、鍔迫り合いをして、汗をかいて、服を汚す……。
そんな非効率な戦闘、時間の浪費以外の何物でもないわ」

レーンは懐から、一見ただの鉄製の扇(おうぎ)を取り出した。

「シャロン、計算通りに動くわよ。
重心の移動角度は45度。摩擦係数を最小限に抑えて」

「はい! レーン様! 物理の法則に従って、爆速で排除いたしますわ!」

シャロンがレーンの合図と同時に、床に「何か」をぶちまけた。

「ぬおっ!? なんだ、この床は……滑る! 滑るぞ!」

「摩擦をゼロに近づけた特製の潤滑油よ。
そこへ、私の扇による気流操作を加えると……」

レーンが扇を一閃させた。
計算し尽くされた角度で放たれた風が、バランスを崩した私兵たちの急所……ではなく、
彼らが最も転びやすい「重心の弱点」を的確に突く。

「ぎゃあぁぁぁ!?」

ドミノ倒しのように、十数人の兵士たちが面白いように重なり合い、廊下の隅へと滑っていく。

「……衝突エネルギーの分散。完璧ね。
次は、そこの伯爵。あなたは血圧が高そうだから、少し冷やしてあげるわ」

レーンは淀みのない動作で歩み寄り、扇の柄の部分で伯爵の手首の神経を一突きした。

「あだだだだっ!? 腕が、腕が痺れて……!」

「神経への微弱な衝撃。一分間、あなたの右半身の運動機能は停止するわ。
その間に、あなたのこれまでの横領、および偽聖女への資金提供の証拠、計八十二件を読み上げることも可能だけれど、聞く?」

「な、八十二……!?」

「時間の無駄だから、結論だけ言うわ。
あなたは既に『社会的に死亡』しているの。
私の計算によれば、今すぐ自首して隠居を願い出るのが、あなたの家系が存続できる唯一の、コンマ一パーセントの生存ルートよ」

廊下には、這いつくばった貴族たちと、山積みの兵士たちだけが残された。

「……お見事ですわ、レーン様! 
指一本汚さず、最小限の運動量で、敵を物理的に排除する……! 
これぞ『効率の格闘術』ですわ!」

「格闘術なんて野蛮なものではないわ。ただの『整頓』よ。
ゴミが落ちていたら、適切な場所に掃き出す。それと同じことだわ」

レーンは扇を畳み、何事もなかったかのように歩き出した。

アリスティードは、鞘から半分出たままの剣を見つめ、乾いた笑いを漏らした。

「……カイル。私の出番、なかったな」

「殿下、我々ができるのは、お嬢様が通り過ぎた後の廊下を、雑巾で拭くことくらいですな」

「……そうだな。効率的に、拭くとしよう」

レーンの背中を追いかけながら、アリスティードは確信した。
この国に、彼女の論理と物理的(?)な効率化に勝てる人間など、一人も存在しないのだと。

「さあ、次は陛下の寝室よ。
三秒以内にクッションの配置を最適化しないと、私の今夜の睡眠時間が三パーセント削られるわ。急ぐわよ!」

「はい、レーン様! 全速前進ですわ!」

王宮の深部へと進む彼女たちの足音は、もはや一つの軍隊よりも力強く、
そして恐ろしいほどに規則正しかった。
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